#029-第11話「一番の座を賭けて」

「軌道共鳴?」


 冴羅が首を傾げた。


 「軌道共鳴」とは、海王星と冥王星のように、互いに規則的に影響を及ぼしあった結果、公転周期が2:3のような簡単な整数の比になる現象……だったかな? 動画サイトのコメントで見て気になったのでなんとなく覚えていた言葉だった。


 お互いが遠く離れていても、決してぶつからない。過去から未来に渡って、見えない場所からお互いに影響を与え続ける。そんな関係だったはずだ。


 姉が冴羅に行った説明も、ざっとそんな感じだった。


「あたしはね、ハルちゃんから永遠に忘れられちゃうのとか、嫌われちゃうのか、絶対にイヤ。覚えていて欲しいと、思ってる。愛していて欲しい……とは言えた立場じゃないけれど、愛した事を大事な思い出として残しておいて欲しい。そう願っているの」


 姉の本音を、こんなに明確な形で聞いたのは初めてだった。


 愛した事を大事な思い出として――。


「だから、そのために、あたしはこうしている。ハルちゃんを全力で愛そうとしているし、ハルちゃんに愛されたいと思っている。たとえほんの一時でもいい。になりたいと思ってる」

「先生……」


 リオと冴羅の声が重なった。


「もちろん、一番がリオちゃんなのはわかってる。そうじゃなきゃいけないのは、わかってる。でも、あたしも、愛されたい。一瞬でもいいから、一番に、愛されたい」


 姉はそこでプールの水を自分の顔にぶつけた。


「ふぅ……本音を言ったらスッキリした」


 姉は笑っていたが、実際には涙をこぼしていた。俺にはそうだとわかった。


「……先生」


 リオが口を開いた。


「一つだけ、先生と勝負してもいいですか?」

「うん?」

「ハルくんの一番の座」


 そこで一度、ぶつりと言葉を切る。そして、天井をちらりと見上げ、少し思案して、頷き、言った。


「一番の座は、渡さない――という勝負です」

「……うん」


 姉はプールに仰向けに浮かんだ。美しい肢体の全てが、俺の目の前に晒される。


「あ、私もそれしよ」


 リオもそれにならう。


 冴羅は俺の隣まで歩いてきてから、浮かんでいる二人の女性を見て、盛大な溜息をいた。


「なんだか中学生じゃ、首をつっこめる問題じゃなかったみたい」


 肩をすくめる冴羅の姿がなんだか可笑しくて、俺はちょっと笑ってしまう。


「なによ」

「なんでもない」

「……ま、いいわ。でもね、お姉ちゃんを泣かせたら刺すから。それだけは絶対にブレないから、私」

「わかった」


 頷く俺。腰に手を当てて、首をゆるゆると振る冴羅。


「しかし、なんでハルくんみたいな、一般人を絵に描いたような人を好きになったんだろ、お姉ちゃんたち」

「こら、冴羅。ハルくん馬鹿にしたら許さないんだからね」

「お姉ちゃんは、この人のどこが好きなの?」


 どこまでもド直球な冴羅である。それに対してリオは禅問答のような答えを返したのだった。


「私が好きなところが、全部好きなの」

「……呆れた」


 冴羅は「はぁ」と大きく息を吐いた。


「なんだか、怒ってる私が馬鹿みたい」

「怒ってくれた冴羅のことも、大好きだよ、お姉ちゃんは」

「……ばっかみたい」


 冴羅は天井を見上げ、そう呟いた。

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