#007-第3話「月がきれい……ってナンダコレー!?」

 事件は、姉の車でリオたちを家に送り届けた、その帰り道で起きた。


 時間は夜の九時頃。


 金色の月明かりのおかげで、空がずいぶんと明るかったのが印象的な夜だった。


「月がきれいね。満月だわ」


 姉はそんなことを言いながら運転していた。月明かりに照らされた姉の横顔は、それはそれは美しい。

 

 満月かぁ……。月明かりも悪くない。


 そこで俺は何か引っかかりを覚えた。


 満月?


 満月で、何かあったような……?


 ……。


 そうだ、満月!


 ――君は十六歳になった最初の満月の日に、新たなる能力の片鱗を見ることになる!(ドォン)


 今日が、その最初の満月だ……。


 俺の全身の表皮に、どっと汗が湧いて出る。なぜだか耳がすごく痒い。


 ふと視界に信号機が入る。示す色は、黄から赤に変わっていた。車がゆっくりと止まる。


「どうしたの、ハルちゃん。なんか」


 俺を見た姉の表情が固まっていた。


 俺は耳の辺りの猛烈な痒さに負け、両手を両耳に持っていった。


 あれ?


 あれれ?


 ない!?


 ちょっと待って。


 そんなバカな。


 耳があるべきところに、耳がない。モミアゲの後ろにあるべき物体がない!?


「は、は、ハルちゃん……!」


 いまだかつて、この姉がここまで動揺するのを見たことがあっただろうか。いや、ない。言うまでもなく反語表現である。


 ついでに言うと、俺も最高潮に動揺している瞬間だ。イエー! 最高潮だぜ! 十六年の人生に於ける、最大の動揺かもしれない。


 ていうか何が起きたのー!? 


 視界の端で信号が青になる。


 おおお落ち着け。落ち着くんだ、俺。耳があるべき場所にないとか、そんなことが現実世界であるはずないじゃないか。


 現に今だって、車のエンジン音はとても良く聞こえている。タイヤがアスファルトの上を回転する音は、まるで立体音響のようで、さらに、いつもよりグッとクリアな音質だ。さらに言うと、運転席の姉の呼吸も荒くなっているのがわかったし、その心拍もとても速い。聞いてるこっちまでドキドキしちゃうほどに、姉の鼓動はいつになく激しかった。その呼吸音と鼓動が、車内に反響してわんわんと俺に迫ってくる。


 ってちょっと待って!


 これ、聞こえすぎじゃね!?


 普通、他人の鼓動とか聞こえないだろ!?


 姉は手近な路地に入り込んで、素早くハザードランプをつけ、車を止めた。


「ハルちゃん、どこも痛くない!? 大丈夫!?」

「ね、姉ちゃん、声が……」


 普段は耳に心地よくすら感じる姉の声が、大音響となって俺に襲い掛かってくる。姉は震える手でルームミラーを動かして、俺の顔をそこに映し出した。


 顔は、いつもどおりのモブ顔だ。


「じゃなくて、頭!」


 姉が息を切らしながら、俺の頭を指差している。俺はルームミラーで頭の上を映してみた。


「ほわっつ!?」


 微妙な英語が口から出た。


 頭の上には、白くて長いものが二つ、ぴんと直立していた。


「ナナナンダコレー!」


 今度は微妙な日本語が口からほとばしり出た。


 なんだこれ、とは言ったものの、そこにあるものが何なのかは明白だった。


 あ、ありのままを話すぜ?


 俺の頭にニョッキリと姿を見せていたのは、ウサミミだ。それはまるで、絵に描いたような、ウサミミだった。


「新たなる能力ってこれのことかぁっ、謎の声!」


 車内で俺は絶叫した。


 その俺の声が車内で大いに反響し、聴覚器官内で激しいハウリングを起こした。


 眩暈がするほどの衝撃だった。


 そうか、ウサギが吠えない理由って、これか……。


 朦朧としてきた意識の中、俺はそんな真理に気が付いたのだった。


「ハルちゃん!? 大丈夫!?」


 姉が俺の頬に手を当てて覗き込んでくる。が、俺にはこう答えることしかできなかった。


「ぜんぜん……だいじょばない……」


 シートに深く座り、ふわっと意識を手放しそうになった瞬間だった。


 左側――つまり助手席の窓の方――から、名状し難いプレッシャーが襲い掛かってきた……!

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