#003-第2話「天使だヤッター!」

「え? え? 何が? 当然?」


 テンパる鹿師村さん。しかし、敢えて言おう。鹿師村さん以上に、俺の方がテンパっていたということを。何を口走ったのか、俺は。ていうか、ウサミミって何。


「あー、いや、なんでもないよ。なんでもない」


 俺は可能な限り平坦なイントネーションでそう言った。その結果、なんだかインチキ外国人みたいになった。そして鹿師村さんはこれっぽっちも釈然としていない様子で、俺の顔を覗き込み続けていた。その輝きがなくなった瞳がちょっと怖い。


「ま、まぁ、いいけど」


 キツネに睨まれたウサギのように萎縮する俺に気付いたのか、鹿師村さんは背筋を伸ばした。鎖骨がスイと遠ざかっていく。ああ、鎖骨……。


「変わってるね、大鷹くんは。お姉さんも面白い人だけど」

「ところでつかぬことをお伺い致しますが」


 なぜ俺はこんな言葉遣いをチョイスしたのか。しかし、喋り始めた俺の口は、慣性の法則という名の惰性で突き進んでいく。


「我が姉とはどういったご関係で?」

「先生」

「は?」

「家庭教師の先生」


 そういえば、この春、北海道の誇るH大文学部に現役合格した姉は、さっそく家庭教師のバイトを始めたと言っていた。近所のどこかのご家庭だとは思っていたが、まさか同級生の美少女の家庭教師になっていたとは。


 姉、グッジョブ!


 「女子に話しかける」という隠しコマンドが、モブキャラの一人に過ぎなかったこの俺に出現した瞬間だった。


 この状況はまさか、今流行の「チート」という波に俺は乗っているのか? 中学一年生にして、俺にも出会いが!? テンプレ? ねぇ、これテンプレ? 「主人公チート」とかタグつけちゃってもいい?


 なんせ中学一年生の男子の発想である。可愛い女子に話しかける口実ができただけでも、そりゃもう社会人一般に於ける「彼女ができた」のと等しいほどの興奮である(たぶん)。大興奮である。少なくとも今日から三日間くらいは、この一瞬を引き伸ばして生きていける。なんていうか、この一瞬によって、クラスで一番の勝者となったと、俺は今、自信を持って宣言できる。


 燃え上がる俺に若干引きながら、それでも鹿師村さんはニコッと微笑んだ。


「先生から、弟をよろしくねって言われてるの」

「は、はい! こちらこそよろしくおねがいします!」


 俺は立ち上がって、そのままの勢いで鹿師村さんの手を握っていた。


 今にして思えば、これは相当に大胆なアクションだった。まだ入力が許可されていない隠しコマンドを実行してしまったようなものだ。文字通りのチートだ。


 俺は自分の行為おこないと、その後に来るであろう結果に恐怖した。


 しかし、鹿師村さんは俺の手を振り払うことはなく、それどころか、それどころか! 少しはにかんだ笑顔を見せて答えてくれたのだ。


「え、えぇと……よろしくね」


 天使か!


 天使なのか!


 鹿師村凛凰さんは天使だヤッター!


 そして突然、周囲が妙にザワザワしていることに気がついた。


 クラスメートからの「モブキャラのクセに」……という、嫉妬のような冷笑のような、なんだか良くわからないとにかくネガティヴな感情のスポットライトを受けていたことを今この瞬間に初めて知り、俺の脳はあっけなくオーバーヒートを起こした。この隠しコマンドの実行は、やはり俺にはまだ少々時期尚早だったに違いない。きっとMPが足りていなかったのだ。

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