第286話 コア兵装

「あれか……」


 イングリッドさんの胸と尻に集中していると、 あっという間にヴィンセントは放置されている三機のアーマーナイツのもとへとたどり着いた。

 恐らく出撃から到着まで五分も経っていないと思うが、今まで経験した中で一番長い五分だったかもしれない。


熱源探知ヒートソナー展開」


 イングリッドさんがコマンドを口にすると、モニターが映し出す周囲の景色が灰色になり、その中で熱を放っているらしきものが赤や黄色で強調表示される。

 辺りをぐるりと見回してみるが、ハイドドラゴンらしき影は見えない。


「ダイヤ1より通信官ナビゲーター、ルナリアたちの機体を発見した。周囲にハイドドラゴンおよび指揮官オフィサーたちの姿はない」

『了解、情報を各機に共有します』

「確認するが、行方がわからない指揮官はルナリア、バエル、紅の三人であっているな?」

『間違いありません』

「揃いも揃って……減給だな」


 イングリッドさんは鋭い瞳で低くうなる。やっぱこの人超怖いわ。


「ナビゲーターこの周辺で動物や魔物が生息している地域は?」

『そのポイントより1200メイル西にレッドウッドの森があります。巨木地域で、小型の動物が多く恐らくハイドドラゴンより強い生物は存在しないと思われます』

「了解、それは住み心地がよさそうだ」


 モニターに映し出される簡易マップにレッドウッドの森がマーキングされる。

 それに従って移動すると、背の高い赤木が生い茂る森へと到着した。

 森の中へと入ると、昼間なのに鬱蒼と生い茂る枝葉が光を遮り薄暗い。

 ヴィンセントの背を超える木々の枝上に、大きな目をしたフクロウやリスたちが並ぶ。皆この鋼のケンタウロスを不思議そうに眺めている。

 こんなところにハイドドラゴンがいるのだろうかと思ったが、イングリッドさんは迷いなく森を突っ切っていく。


「ここにいるな……」

「なんでわかるんですか?」


 彼女の視線の先を追うと、木々の枝が不自然に折れている場所が続いている。


「尻尾をぶつけながら森の中を飛んでいる」


 嘘だろ。普通こんなのでわかる?

 ハイドドラゴンの痕跡はよく目をこらして見てもわからないレベルで、ただ枝が折れているだけにしか見えない。


「他の動物の可能性はないんですか?」

「こんな高い位置の枝が連続して折れたりしない。動物ならもっとうまく枝を飛び移る。恐らく腹が重くてフラついていたのだろう」

「な、なるほど」


 ヴィンセントがしばらく森の中を歩くと、急に開けた場所へと出た。

 そこで俺たちの目に飛び込んできたのは巨大な飛行船の残骸だった。

 船を中心に周囲の木々がへし折れ、近くに無数の木片や錆びた金属片が散らばっている。

 折れたマストに、前部と後部で大きく二つに割れた船体。古めかしい飛行動力がむき出しになっている。

 

「墜落したんですかね?」

「大昔のものだ。巡行動力がさして安定していない時代に、これだけの質量を浮かせようとは自殺行為だな」


 確かに船体にはコケやキノコが生えており、使用されている木も腐っているように見える。

 墜落のおかげと言っていいのかはわからないが、この辺りだけは日当たりが良く綺麗な花が咲いている。

 ヴィンセントが船へと近づくと小さなキツネが船体の中からひょこりと顔を出した。どうやら今は動物の住処になっているらしい。


「随分大きな飛行船ですね」

「貴族を相手にした豪華客船トラベルシップだろう」

「なるほど空のタイタニック的な……」


 イングリッドさんはモニターを熱源探知に切り替え周囲を探索する。

 すると、飛行船の甲板上で堂々と眠りこけるハイドドラゴンの姿があった。


「……めちゃくちゃ堂々と寝てますね」


 いくら透明化しているとはいえ、警戒心0かお前と言いたくなる眠りっぷりだ


「ダイヤ1よりナビゲーター。レッドウッドの中心部にて目標らしきハイドドラゴンを発見。墜落した飛行船の前だ」

『了解。周辺機を回します』

「必要ない。来る前に終わる」

『了解』


 相変わらず言うことがカッコいいな。俺もいつか「必要ない来る前にカタが着く」とか言ってみたいものだ。

 注釈で俺の仲間がカタづけるとつきそうだが。

 ヴィンセントは突撃槍を構え、ゆっくりとハイドドラゴンへと寄っていく。

 奴の姿は熱源探知で丸見えなので、眠りこけている隙に仕留めて終わり。

 そう思うと、俺の頭に疑念が残る。狡猾な闇のハンターと呼ばれるハイドドラゴンが、こんな無防備な姿を晒したまま眠るだろうか?

 いくら透明化しているとはいえ、最悪でも飛行船の中に身を隠すくらいすると思うのだが。


「嫌な予感がします。ちょっと待ちませんか?」

「待ってどうする。具体性のない感性の話ならよそでやれ」

「あの、こいつ本当は賢いはずなんですよ。ルナリアさんたちをまる飲みにしたときも不意打ちで、こんな堂々と眠りこける奴じゃないはずなんです」


 もし気づかれて逃げられてしまったら俺のせいだ。だが、このまま進むなと俺の中の何かがブレーキをかける。

 しかしイングリッドさんはハイドドラゴンの前まで機体を進ませた。

 俺の嫌な予感は外れたのか、至近距離まで寄っても何も起きない。


「…………すみません、ただの気のせいでした」


 しまったな、恥ずかしいことを言った。これではただのチキン野郎である。

 ヴィンセントは突撃槍を掲げ、ハイドドラゴンの頭を刺し貫こうとする。

 この一撃で終わり、しかし何を思ったのかヴィンセントはバックステップで飛びのいた。

 それと同時に、目の前を不気味な液体が通り過ぎていく。

 液体が着弾すると、ジュワッと音をたてて地面を溶かした。

 飛びのいていなければ、あの強酸液は命中していたことだろう。


「お前の読みは当たりらしい」


 強酸液が飛んできた方を見やると、墜落船の上空に、もう一匹ハイドドラゴンの姿があった。


「こいつらつがいか」


 目の前で寝たふりをしていたハイドドラゴンが起き上がり、透明化を解除する。

 どちらかが囮になっている隙に、もう片方が強酸液で獲物をしとめる。見事な連携プレイだと思う。

 ヴィンセントは熱源探知を解除し、ハイドドラゴンと対峙する。墜落船前に一頭、上空に一頭、二対一の状況。

 しかも周囲は木々が生い茂り、高速型のヴィンセントが加速するに必要な距離を稼ぐことができない。

 墜落船前のハイドドラゴンが動き出し、強烈なタックルを浴びせてくる。

 ヴィンセントは地面に蹄の跡をつけながらも、正面からがっちりと体当たりを受け止めた。

 ひょろりとしたカメレオンみたいな体をしているくせに意外と力がある。


「後ろがないですよ!」


 真後ろは巨木で、押し込まれている。


「わかっている」


 なんとか抜け出したいが両者組み合って動けない状況。そこに上空のハイドドラゴンが強酸液を降らせてきた。

 ヴィンセントの肩に強酸がかかり、ジュウジュウと音を鳴らし金属装甲を溶かしていく。


「まずいな。殺される」

「強力な酸液ですね、コクピットにかかったら――」

「ルナリアに」


 そっちかよ。


「勝手に持ち出して、溶かしたなんて言ったら発狂するぞ」

「本人発狂以前に喰われてますけど」


 もう一度強酸液を肩に浴び、モニターに映るステータスが警告音を鳴らす。


「どけ」


 ヴィンセントは組み合ったハイドドラゴンの力を空かし、うまく態勢を入れ替えた。

 ハイドドラゴンはつんのめりながら、巨木に激突する。


「うまい!」


 この四脚のアーマーナイツで合気道みたいなことしたぞこの人。

 凄いと思ったが、ひっくり返ったハイドドラゴンはすぐさま態勢を戻し巨木を駆けあがっていく。


「あっちじゃないな……」

「なにがですか?」

「ルナリアを喰ったのは上で飛んでるやつだな。こいつは動きが良すぎる」


 マジかよ、戦ってるだけでどっちが目的の方かわかるのかこの人。

 木によじ登ったハイドドラゴンは不利と悟ったのか、体の色を透明化させ周囲の景色と同化していく。


「熱源探知展開」


 モニターが熱源探知に切り替わった瞬間、ヴィンセントの頭部に強酸液が降り注いだ。

 ジュウっと装甲が溶ける音と共に熱源探知が勝手に解除され、モニターに砂嵐が走る。

 ステータス項目にセンサーエラー、回路切断と表示されている。


「賢すぎる。センサーを的確に潰してくるなんて!」

「視覚を奪うのは野生の狩人ハンターの常識だな。ルナリアが馬鹿正直に頭部にセンサーを組むのが悪い」

「あの人その辺にロマン感じてそうですからね……」


 イングリッドさんは潰されたカメラのかわりに、コクピットハッチを解放する。

 しかし正面しか見えない上に、こちらの弱点をさらけ出してしまっている。当然ハイドドラゴンたちがそれに気づかないわけがない。

 奴らは正面の視界に入らないよう、死角から攻撃を続けてくる。

 大きな衝撃が何度も機体を揺らし、ステータスの様々なところが警告音を発している。


「こう、何か必殺的なものってないんですか? ルナリアさんならつけてるでしょう」

「お前のそのルナリアに対する信頼度は一体なんだ」


 あの人がロボットに必殺技をつけないわけがない。


「まぁあるんだがな」


 ほんとにあるんかい。

 イングリッドさんは胸元から金色のカードを取り出すと、前面にあるカードリーダーへと通した。


「コマンドアップヴィンセント」

【マスターコード承認、アクセルコアセーフティーリリース】


 機械音声が響いたのと同時に、ヴィンセントの所持している突撃槍がドリルのように回転を始めた。

 槍は回転と同時に、光の粒子を放出し、やがてその光は槍全体を覆い隠す。

 薄暗い森を眩い光の槍が照らし出す。

 その異様な武器に、ハイドドラゴンが咆哮を上げ突撃を仕掛けてきた。


【エネルギータービン臨界、魔導エンジン出力全開、ファイアーコントロールスタンバイ 、最終安全装置解除】

「アイゼン……ベルグ!」


 イングリッドさんが操縦桿のトリガーを引くと、ヴィンセントの光の槍が解放される。突撃を仕掛けてきたハイドドラゴンは自ら槍へと突き刺さり、一撃で腹部から背中に槍が貫通する。

 光の槍は激しくスパークを繰り返すと、ハイドドラゴンの体を完全に灰にした。

 その様子を見ていたもう一頭のハイドドラゴンは、皮膚を透明化させ慌てて逃げ出そうとする。

 しかし投擲された光の槍アイゼンベルグがハイドドラゴンの頭を穿ち、その巨体を崩れ落ちさせた。


「凄い……あっというまに二頭を仕留めた」


 なんなんだこの機体は。この機体も起源聖霊をコアにもつ第二世代型アーマーナイツなのだろうか?

 こんなのどうやって倒せばいいんだと思った直後、ボンっと爆発音が響きヴィンセントの姿勢が崩れていく。


「えっ? えっ?」

「まだ調整が完全ではないか」


 機体のステータス画面にコアオーバーフロー、ヒートエンジン、右腕フレームコンポーネント異常といくつものエラーメッセージが表示されている。

 どうやらあの必殺技は、一発撃つと機体に相当な負荷がかかるようだ。


「降りろ」


 イングリッドさんに促されて、俺たちはコクピットから降りる。

 振り返ってヴィンセントを見やると背中から白い煙が上がっている。こりゃ多分しばらく動けないだろうな。

 仕留めたハイドドラゴンを確認すると、腹を突き刺された方は灰みたいになっていて原型を留めていないが、頭を潰した方は胴体部分が綺麗に残っている。

 しかも注射器が刺さっているので、こっちがルナリアたちを喰った方で間違いないだろう。


「あの乱戦の中で、よく倒していい方とダメな方間違わなかったな……」


 何か動きの違いとかあったんだろうけど、俺は途中からどっちがどっちかわからなくなった。

 何か達人には見えるものがあったのかもしれない。


「イングリッドさん、よく倒していい方がどちらかわかりましたね」

「途中から勘だ」


 嘘だろ、もうこの人勝てる気しねぇよ。

 俺が驚きで埴輪みたいな顔をしていると、イングリッドさんは冗談だと付け加えた。

 強者の思考は本気で読めん……。

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