第275話 敵将との邂逅 前編

 ペヌペヌたちが三国同盟の先遣隊を壊滅させた翌日。

 俺はいつも通り労働する為、作業場にやってきて顔をしかめる。


「…………明らか看守の数増えたよな」


 作業場にはいつもいる冒険者崩れみたいな看守にプラスして、今まで見たことのない女の看守が数人増えている。

 しかもそのどれもが尻から尻尾が生えていたり、腰からコウモリのような翼が伸びていたり、頭から羊みたいなツノが生えていたりと人間種でないことが見て取れる。

 恐らく悪魔デーモン種だとは思うが、なぜ突然悪魔看守が増えたのかわからない。

 俺の隣に立つクリスも同じことを思っていたらしく、流れゆくベルトコンベアを見やりながらこちらに小声で話しかけてきた。


「看守増えてるよね?」

「ああ、しかも全員人間じゃないな。あの首からぶら下げてる社員証みたいなのはなんだ?」


 新たに増えた悪魔看守は皆首にカードをぶら下げており、それが社員証に見えてしょうがない。


「さぁ……。そういえば昨日ここに聖十字騎士団の技術顧問ペヌペヌが来たらしいんだ。その時にどこかの部隊が合流したらしいんだけど」

「そういや昨日外にでかい戦車が来てたな」

「ペヌペヌは帰ったみたいだけど、その部隊はここに駐留してるんだって」

「それがこの悪魔看守たちってか? 教会が悪魔と繋がってるとは世も末だ」


 新たに増えた悪魔看守を見やると、どいつもこいつも良い乳尻してやがる。

 俺は食い込みの凄まじいレオタードみたいな悪魔衣装を目で追っていた。


「動きにくくなるね」

「あぁ……目が離せないな……」


 あんなたゆんたゆんをあんな頼りない布面積で……。

 あのビキニみたいな紐に手錠を引っかけてるところがまたマニア心をくすぐる。

 こう、水着に銃だけ持たせたり、小さな少女に大剣持たせたりとか、そんなアンバランスな良さがある。


「ふと疑問だが、悪魔って問答無用で襲ってくる奴多いよな?」

「うん、そうだね。あんな規律のある動きをする種族じゃない。中級以上の悪魔は縄張りを持ちたがるよ」

「だよな?」


 悪魔とは己の快楽のためだけに生きることが多く、下僕を引き連れて歩くことはあっても、同等級の悪魔と群れて行動するというのはあまり聞かない。

 気に入らないものは殺し、犯し、嬲り、奪う。それが人間種であろうが魔族種であろうが関係ない。

 上級の悪魔になると魔力に優れ、国が精鋭を集って討伐隊を組んだりする。

 また本能に忠実な魔獣たちと違って知能が高く、自分の城をもって王を名乗るものもいるとか。


「多分この悪魔たち全員を統率するボスがいるんだよ。相当力の強い悪魔だね」

「新型のこともあるってのに、悩みがまた一つ増えちまった」

新型アレ動かせそう?」

「いんにゃ全然無理」


 収容棟の地下にあるアーマーナイツの生産工場から、新型であるメタトロンとタナトスの操縦マニュアルをスマホのカメラで撮影し、それを後から見返してみたのだが、なんのこっちゃちんぷんかんぷんな内容で全く動かせる気がしない。

 マニュアルの最初の一行目に[まず魔力係数Eに同調させ、機体の活性化及びファルシスコントロールに必要なステートメントを、コクーン回路へとアクセスさせる。そうすることによって全Fソリッドがパージすることで機能が解放される――]

 などと書かれていて、意識高い系IT社員のブログを見ているような気分になった。


「新型のマニュアルは?」

「見たけど専門用語が飛び交いすぎてマジで意味が分からん。ファルシのコントローラーがコクーンしてパージすると起動するらしい」

「オスカーならもしかしたらわかるかもしれないよ。彼古代ルーン文字とかに詳しいから」

「古代文字と、最新鋭アーマーナイツのマニュアルじゃ時代が違いすぎると思うが……」


 しかし現状手づまりなのは間違いない。

 どうしても捕らわれている俺とクリスだけでは限界があり、お互い能力が制限されている今信用できる仲間が必要だ。


「クリス、今晩オスカーのところに行こう。現状メタルスライムの鍵で外に出られるとはいえ、俺たち二人じゃ新型を奪って収容されている人間を助けるってのは現実的じゃない」

「そうだね。オスカーならきっと何か案をだしてくれるよ」

「まぁ問題は、あの石頭が簡単に協力してくれるかだが」


 そんな話をしていると、作業場の外からいかめしい漆黒の鎧を着た男か女かもわからない悪魔看守がやって来て声をあげる。


「この中に少しでも機械がわかる人間はいるか! イングリッド様が戦車の整備に何人か人を要している!」


 俺は元からいる人間の看守に背中を小突かれた。


「おい、お前行ってこい」

「作業はいいんですか?」

「構わん、デブル様からイングリッド様の要望は最優先で応えるようにと命令を受けている」

「はぁ、俺もそんなに機械わかりませんよ」

「いいから行ってこい」

「僕も行きますよ」


 クリスが手を上げるが看守は首を振った。


「お前はダメだ。残ってコイツの分の作業をしろ」

「うーなんで僕だけ」


 頬を膨らませるクリスと別れ、俺は悪魔看守に続いて作業場を出ていく。

 俺以外にも数人男の囚人が後に続き、言われた通り戦車の前へとやって来た。

 昨日チラリと見ただけだったが、実際戦車を目の前にすると言葉を失う。


「うわぁ……でかっ……」


 もうそれしか出てこない。

 巨大な砲塔に武骨な履帯。黒光りする重装甲はまごうことなき戦車だった。

 むしろ俺の知ってる戦車より図体がデカく、どちらかというと陸戦艦と言った方がいいのではないかと思う。


「まさかこの世界でこんなものにお目にかかるとは」


 動く機械甲冑ロボットやG-13がいるんだ。戦車くらい今更かと首を振る。


「貴様は中に入れ。後の人間は外だ」


 俺は騎士甲冑の悪魔に促され、戦車をよじ登って上部ハッチから中へと入る。

 操縦室はもっと狭いものかと思っていたが、普通に動き回れるほど広く、座席は前方に三席、中央に一席、前方三席の前には計器やレバー、いくつものスイッチが並び、昔テレビで見た飛行機の操縦席のようにも見える。

 中央の席は指揮官用のようで、操縦室全体が見回せるようになっていた。


「完全に文明が違うな……」


 ここで何をすればいいのだろうかと辺りを見渡してみても誰もいない。

 しばらく待っていると不意に天井から長い脚がニュッと現れた。

 黒いストッキングに包まれた美しい脚線美、踏まれたら痛そうなハイヒールの足がプラプラと宙に揺れている。


「……なんだこれ」


 なぜ脚だけ……。上を見やるとタイトスカートが半分めくりあがり、黒パンツの見えた尻だけが宙に浮かんでいる。

 オヤカタ! 空から尻が! 尻が降ってきます!

 オヤカタがいたらバカ言ってんじゃねぇ、働け! と叱られるだろう。


「これがラピュ○って奴か……」と俺はハッチに詰まった肉厚な飛行石しりをじっくりと眺めた。

 するとハッチの上から何かが聞こえてきた。「早く引っ張れ!」確かにそう聞こえる。

 ははーん……さては尻が詰まって中に入れないわけですね。わかります。

 しょうがないですね、そんじゃちょっと失礼して。

 俺はむんずと半分見えている尻を掴んで、無理やり引き下ろした。

 すると凄い勢いで女性がずり落ちてきて、俺はその衝撃で転倒し床に盛大に頭をぶつけた。


「ペヌペヌめ、歪んだハッチを勝手に直していくとは余計なことを……。これだから上部ハッチは嫌いなんだ」


 俺をクッションがわりにした女性は顔をしかめながらもゆっくりと体を起こした。

 官帽を被り、黒いジャケットを羽織ったどこぞの将校のような女性はようやく自分が何かを下敷きにしていると気づいたらしく、切れ長の瞳を俺へと向ける。

 俺はその時彼女の首にぶら下がっているカードを確認した。名前の欄にイングリッド・ラングレーと書かれており、あれ? もしかしてこの人ボスじゃない? と嫌な汗が流れる。

 氷の彫刻のような冷たい雰囲気を纏い、銀のカーテンのような髪がサラサラと流れる。心配になるくらいの肌の白さ、上に乗られているというのに全く熱を感じず、本当に彫刻が動いているのではないかと錯覚する。

 まさかこんな美しい人がケツが挟まって動けなくなっていたとは。


「……誰だお前は」

「あの、甲冑の看守に呼ばれて中に入ってたんですが」

「バエルか……他の奴はどうした?」

「最初から俺一人です」

「私を引っ張ったのはお前か?」

「はい、肉厚で良いお尻でしたね。こうもっちりと掌に吸いつくといいますか」


 ジェスチャーでこんな感じと丸いお尻を表現すと、女性は腰から銀色に輝く拳銃を引き抜いて俺の額に銃口をセットする。

 女性はゴミでも見るような冷たい目をして俺を睨むと、リボルバーの撃鉄を起こした。


「頭吹っ飛ばすぞ」

「すみませんすみません! 調子に乗りました!」


 女性は舌打ちすると、立ち上がってずり上がったタイトスカートを下ろす。


「あの、名前イングリッドさんで良いですか?」

「…………」


 否定しなかったってことは、やっぱりこの人がイングリッドという悪魔で間違いないのだろう。

 デブルから丁重な扱いを受けているということは、恐らくこの悪魔を率いているボス的存在。

 彼女は何事もなかったかのように中央の座席に座ると、俺を無視して中空に何やらデータ画面を表示させてピコピコと操作していく。


「あの、何すればいいんですか?」

「……掃除でもしていろ」

「はぁ……」


 俺は掃除道具を取ってきて、戦車内の清掃を行うことにした。

 やばそうなスイッチがいっぱいあって気を使う。黄色と黒の縞々枠で囲われたドクロボタンとかあって、これ押したらどうなるんだろうかと気になってしょうがない。

 元からキレイだったということもあり、清掃自体はそんなに時間がかからず終わる。

 イングリッドは相変わらず空中に表示された謎のデータとにらめっこして、時折舌打ちをまじえながら、空中に浮かぶモニターを増やしたり減らしたりしている。

 正直何やってるかさっぱりわからない上に、何かしら次の仕事が来る様子もない。

 あの人が手が空いたら帰って良いか聞くか。

 そう思い敏腕社長みたいな彼女の様子を伺いながら自分にできそうなことを探すことにした。




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第3回カクヨムWEBコンテストにて

ガチャ姫の方異世界ファンタジー部門で特別賞を受賞しました。

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