第272話 新型

「まず没収された持ち物を回収したい。高級独房棟に向かおう」


 ボストロル風女看守の言葉通り、高級独房棟の一階に倉庫として使用されている部屋を見つけた。

 中には領民たちから略奪された物品が雑に並べられており、俺たちはその中で自分の持ち物を発見する。


「おぉ……俺のスマホに王の駒だ……。黒鉄はないな」


 しかしこれを取り返せたのは大きい。

 恐らく武器は別の場所にあるのだろう。


「クリス、そっちはどうだ?」

「えっと、ちょっと待って」


 どうでもいいが繋いだ手錠がチャラチャラと音をたて、お互いの腕を引っ張り合うのでかなり邪魔である。


「ん? 何やってんだ?」

「今絶対こっち見ないでよ」

「ん?」


 そう言われると見たくなるのが心情である。

 むしろ絶対やめろは絶対やれと同義語だ。

 俺はクリスの方を見やると、丁度下着を穿き替えているところで、短いスカートの下に手を突っ込んでいるところだった。


「何で堂々と見てるんだよ!」

「いや、男物穿くのか女物穿くのか気になって」

「この姿で男物穿いてたらおかしいだろ! いいからあっち向いて!」


 そんなこと言われましても、隣でパンツ穿き替えてる女性がいたら見るだろ。

 クリスは支給品の囚人パンツを脱ぎ捨てると、真っ黒の大人びたパンツに素早く穿き替える。

 恐らく服屋から没収された新品の中から選んだようで、つややかな黒い生地が彼女の白い肌には良く映える。 


「う、うぅ、何で最初から最後まで見るんだ……」

「だが……見られているというのにクリスの体は興奮で上気し、得も言われぬ快感が全身を駆け巡るのだった」

「変なモノローグつけないで!」


 クリスが声をあげると、不意に倉庫の扉が開かれ、巡回中の看守がランタンを掲げて中を見やる。


「おかしいな。今何か声がした気がするんだが」

「そんなわけないだろ。テメーは安い金で働きすぎなんだよ」


 看守は二人いるようで、後ろから声がかかる。


「そうだな。しかし……もっと整理した方がいいんじゃないか? この部屋グチャグチャじゃねーか」

「ここにいる看守どもに言えよ。じゃあテメーがやれって言われて終わりだけどな」

「探せば何か見つかりそうだが」

「金目のもんはデブルが全部抜いちまってるよ」

「そういうとこは抜け目ないっていうか、ケチつーかよ。囚人いびりくらいしか旨みのない仕事だぜ」


 看守はデブルと仕事への愚痴をもらしながら、倉庫内を一瞥しただけで去って行った。

 俺たちは服の山の中に体を隠しており、看守が去ったのを確認してから頭を出した。


「あんまり大声出すなよ。ここは敵地なんだからな」

「ご、ごめん」

「それにしてもデブルって人望なさそうだな」

「裏切り者に人望なんかあるわけないよ。だから傭兵崩れみたいなのを雇って看守にしてるわけだし」

「そういう奴らは勝ち馬に乗って甘い汁を吸いに来ただけだから士気も低いと……」


 私物を回収し、俺はアルタイルが送って来たヘックス内の地図を頭に思い浮かべながら高級独房棟を出る。


「アーマーナイツの生産工場を探すんだよね?」

「ああ、パーツを作ってる工場じゃなく、組み立てを行っているメインの生産工場を探す。いくつか目星をつけてた場所があるんだ。そこに行ってみる」


 俺たちは看守の目をかいくぐりながらアーマーナイツの生産工場を探すが、目星をつけていた場所は全部外れだった。

 全てがスクラップやネジ、バネ、装甲、車輪などの細かなパーツの工場だった。

 運よく一時間程で回ることができたが、結局見つからなかったでは意味がない。


「まずいよ。多分看守の巡回時間まであと30分も残ってない。そろそろ牢に戻らないと」

「くそっ、スマホを取り戻しただけでも十分収穫か……」


 また明日にするか? しかし明日もこんなにうまくいくとは限らないし。

 そう思いながらも俺たちは収容棟の方へと戻ると、俺はある違和感に気づいた。


「ん……? なぁクリス、収容棟の地下って何があるんだ?」

「えっ、なんだろ。昔は屋内訓練場があったって聞いたけど」

「それは広いのか?」

「うん、そこそこ。この収容棟自体、元は騎士候補生が使っていたものを改造した施設だから。今は何もないはずだけど」


 俺は収容棟の脇に備え付けられた、雷の魔法石が入った発電ユニットを見て首を傾げた。

 収容棟内で電気設備なんて一つもなかったはずなのに、これほど大きな発電ユニットがなぜこんなところにあるのかと。


「…………クリス、地下だ。多分その屋内訓練施設で何か造ってる」

「えっ?」


 デブル達聖十字騎士団はアーマーナイツの生産工場が狙われることはわかっている。

 当然隠すなら人目につかない地下。しかも地上には生きた人間が千人単位で居住している建築物を配置する。

 もし収容棟の下に工場があった場合、人的被害を最小限におさえ工場だけをピンポイントに破壊するというのが事実上不可能となる。

 捕らわれた人間は単純に労働力としてだけではなく、気づかないうちに人間の盾として利用されているのだから、よくよく考えれば理にかなった配置である。

 俺とクリスは収容棟の地下を降りていくと、古びた木製の扉と錠前が目の前を塞ぐ。


「こんな扉じゃなかったと思うけどな……」


 首を傾げるクリスの隣で、俺はコンコンと扉を叩いて感触を確かめる。


「密度が高い。これは木じゃなくて金属だ」


 木製扉と見せかけているが偽装だ。

 音の感じからして分厚い金属扉と見て間違いない。

 俺は錠前を解錠する為、ポケットから球体化したメタルスライムを取り出す。

 メタルスライムは牢屋の鍵穴に突っ込まれたことにご立腹しているようで、テコでも動かんぞと言いたげにカチカチになってしまっていた。


「クリス、少し股開け」

「えっ? ちょ、ちょっと待って、そんな……いきなり……」

「いいから早く」

「き、君時たま凄く強引になるよね。……そういうの嫌いじゃないけど」


 言われてクリスは半歩足を広げる。

 俺は球体状のメタルスライムを彼女の股下に差し入れた。

 すると一瞬でメタルスライムはドロドロに溶けた。


「あのさぁ!? 君さぁ!? 乙女心って知ってる!?」

「なんでつい先日まで男だった奴が急速に女心学んでるんだ」

「僕の覚悟と期待返してくれない!?」

「シーシー。何を覚悟したのか知らんが、こんなところで見つかったらシャレにならんぞ」


 液化したメタルスライムを鍵穴に突っ込んで回すと、カチャンと音をたてて鍵が外れた。


「これ……中で作業してたらどうするの?」

「大丈夫だ。寝ている囚人に気づかれるから恐らく夜は作業をしていない」


 俺たちは重い金属扉を開くと、中は消灯されて薄暗い。シンとして物音一つせず、予想通り人の気配はなかった。

 俺はスマホのライトを点灯させて中をみやると、目の前に飛び込んできた光景に息を飲んだ。

 天井の高い地下施設にズラリと並ぶ完成したアーマーナイツと、組み立て用の大型クレーン。車輪付きの移動式階段に、部品の入ったコンテナが所狭しと並ぶ。


「ビンゴ」


 ここがアーマーナイツの組み立て工場で間違いなさそうだった。

 場所は確認できた。だが、それと同時に攻撃不可能な位置にあるということもわかってしまった。

 この工場がどれほどの規模なのか確認する為、俺とクリスは暗闇の中を探索することにした。


「暗いな……浮遊光球ライト


 クリスが魔法を唱えると、ぼんやりとした明かるい玉がふわりと浮かび上がる。


「魔法使えるのか?」

「初歩程度なら首輪の制限があっても大丈夫だよ」


 ライトって確か簡単そうに見えて術者を自動追尾したり、発光量のコントロールとかでそこそこ技量がいるのだが、クリスにとっては初歩らしい。

 そんなことを思っていると、何か勘違いしたのか彼女は心配げにこちらを見やる。


「明かるすぎかな?」

「そうだな、少し明かるいかもしれない」

「じゃあ」


 クリスはライトを消すと、小さくて丸い豆のようなものを握り込んだ。すると指の隙間からニョロりと細長い茎が上方に伸び、その茎から下垂れの真っ白い花が咲く。

 スズランのように穂状に三つの花が咲き、それぞれの花から淡い光が漏れている。


「それは?」

「月光花っていうランタンがわりになる花だよ」

「いや、それをどうやって咲かせたんだ?」

「えっと、花の成長力を強化したんだ。種はさっき倉庫にあった僕の私物を使ってる」


 クリスは小さな木箱を取り出し、中を開くと沢山の種が入っているのが見えた。


「凄いな……。お前なんでも出来るな」

「こういう才能には恵まれてね……。花は好きだから……。例えお芝居の小道具でも」


 後半声が小さすぎて聞き取れなかったが、クリスは含みのあることを言う。

 月光花に照らし出された彼女の表情がほんの少しだけ悲し気なのが気にかかった。

 俺は手錠で繋がれた手を握りしめてやると、クリスの頬が少しだけほころぶ。


「君は本当に優しいな」

「俺は美人には優しい。超美人には超優しい」

「君はきっと誰にだって優しいよ」

「買い被りだ」


 二人手を繋いで工場内を探索する。

 俺はスマホのカメラでパシャパシャと工場内を撮影して記録を残していくことにした。

 撮影に夢中になっていると、クリスが俺の手を引く。


「ねぇ、あれなんだろ?」


 彼女が指さす先を見ると、そこには他の機体とは明らかに違う人型の機体が二体見える。

 大きさは一般のアーマーナイツと比べて一回り大きく、八、九メートルくらいあるだろうか。

 カラーリングは白と黒、両方の機体が一体何をモチーフにしているかはすぐにわかった。


「天使と死神か……」


 白い羽を持った聖騎士風の天使型アーマーナイツと、黒い羽を持ち巨大な鎌を携え、髑髏面をつけた死神型のアーマーナイツ。

 この二機は他と比べ、明らかに異彩を放っている。両機ともに無数のパイプに体を繋がれており、一部部品も取り外されている。

 恐らくこの状態で動き出すことはないだろう。


「ね、ねぇ、これってもしかして……」

「ああ、間違いない……新型だ。この工場ただの組み立てだけじゃなくて、新型の開発までやってやがったんだ……」


 二機の新型に近づいていくと、近くに制御用のコンソール基盤があり、その上にファイルがいくつか並んでいる。

 俺はその中の一つを手に取りパラパラとめくっていく。

 どうやら開発資料のようで、開発者の走り書き含め、機体の情報が記載されている。

 機体の基礎スペックに魔術演算装置エーテルロジックジェネレーターを備え、従来のアーマーナイツに比べて何倍もの力が出るだの、フレームが硬質金属強化ハードメタル化されドラゴンのブレスにすら耐えるとか、グラフと数値を交えて細かに記載されているが、内容が難しすぎて俺の理解を完全に超えている。

 かろうじてわかったのは――


「レプリカ計画……。下級天使のコピーとして作られたバッテリー型のアーマーナイツと違い、クルト族の使用する熾天使セラフ級アークエンジェルの完全コピーを目指して作られた試験機プロトタイプ。エンジェルコアの代替となる聖霊融合機関スピリットコアを実装。ヘックス地下工場にて現在開発ナンバー004メタトロン、005タナトスの運用試験を開始……尚1号機に当たるデューク・スパーダ・レプリカはヘックスでの戦闘試験を完了、現在サードフェイズへと移行」

「まさか、ヘックスを攻め落としたのって」

「どうやらこいつらの兄弟機らしいな……」


 俺は天使型のメタトロン、死神型のタナトスを見やる。

 ヘックスを攻め落とすほど強力な機体が、今目の前に二機も並んでいるのだ。

 冗談じゃないぞと乾いた笑いが漏れそうになるのを抑える。


「横文字が多すぎてわけがわからんが、完成度は両機ともに80%ってとこらしい」

「じゃあまだ動かないんだ」

「いや、コイツはまだ動かないじゃない……”もうじき動くんだ”」


 言葉の意味を理解してクリスの頬に冷や汗が流れる。


「コアの安定とその他もろもろ細かな調整が終われば、この二機は戦闘に出てくる……。そうなればこいつらのデータを元に、更に改良されたアーマーナイツが出てくる」

「……破壊、しなきゃ」

「ああ、今は無理だがな。必ず何か作戦を考えよう」


 今の俺たちにはこの新型はおろか、ここにいる旧型アーマーナイツ一体すら破壊する力はない。

 とにかく現場を押さえなければ。

 俺は片っ端から資料と格納庫内をスマホのカメラで写し、記録に残していく。

 時間がない、とにかくこの資料の中に新型の弱点が載っていることを期待する。

 そんな中クリスはまじまじと二機の新型を眺め――


「壊せないなら奪っちゃうのってどうなのかな?」

「…………」


 写真をとっていた俺の手が止まり、クリスと顔を見合わせた。


「お前……天才かよ」

「えっ?」


 俺はすぐさま開発資料の中から、操縦マニュアルの項目を探し出して写真撮影を行う。

 そうだよ、完成してから奪えばいいじゃん。

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