第269話 メタルな鍵

 班長無双から数時間後――

 夜遅くまで事情聴取は続き、俺は気が狂った班長にいきなり襲われたということで解放された。

 班長の方は当然ながら無罪にはならず、重い罰が下されることとなった。

 恐らく猫の件もあって無事ではすまないだろう。

 自棄になった班長はクリストファーが女だということを暴露したが、当然彼女は男に戻っていた為、やっぱり班長は気が狂っていたということで相手にされなかった。

 まともな状態で言えば信用されたかもしれないが、下半身丸出しで鉄パイプを振り回してたら誰しも気が狂ったと思うだろう。


 聴取終了後、俺は看守に連れられて収容棟へと戻された。

 消灯時間はとっくにすぎ、明かりの消えた暗い牢を通り過ぎていく。

 驚くことに看守はいつもの独房ではなく、クリフのいる牢へと俺を押し込んだのだ。


「あの、なんでここに?」

「そこにいた男はもう帰ってこない」

「ど、どうなったんです?」

「死んだ……方がマシな目にあっている。お前には関係ない早く入れ」


 看守はホラー映画みたいなことを言い残して、牢に鍵をかけて去って行った。

 薄暗い牢の中にいたクリフも驚いているようで呆気にとられている。


「……よぅ、なんかここで暮らすことになったみたいだ」

「そ、そうなんだ。次の人が君でほんと良かったよ……」

「良かった?」

「いや、その……君なら信用できるから……」


 はにかんだクリフの顔は完全に乙女のそれである。

 俺の胸が一瞬高鳴りそうになった。待て落ち着け、コイツは男だ……今は。


「そ、そうか」


 よくわからない甘い空気が狭い牢の中を支配する。

 俺はもうクリフが女だということを知ってしまっているし、彼女も知られているとわかっている。

 でも今は男化してるから男として接した方がいいのだろうか? いや、そもそも女扱いはまずいのか。

 そんなことを考えていると、クリフは冷たい床に正座し三つ指ついて俺に頭を下げてきた。


「ほんとうに班長のことありがとう……君が来なかったら、僕は大変なことになってたと思う」

「すまんな。もう少し早くに助けてやれなくて」

「来てくれたから……。僕にとって君は白馬の王子様だよ」

「は、白馬……」


 頭の中にパカラパカラッ、ヒヒ~ンとバカっぽい馬の嘶きと爽やかにほほ笑むバカ殿みたいな俺の姿が浮かんだ。

 オリオンやソフィーに話したら、きっと腹がねじ切れるくらい笑うだろうな。


「う、うん」


 クリフは咳払いを一つすると、格子を背に立ち上がった。

 どうしたのだろうかと思うと、彼はおもむろに囚人服を脱ぎ捨て裸になって見せたのだ。


「ど、そうしたんだ?」

「あ、あの……君、確か僕を助けたお礼を僕の家族にしてもらうって言ってたよね?」

「そんなこと言ったような言ってないような」

「い、今からお礼……するから」


 クリフは手で自分の大事な部分だけを押さえると、淡く体全体が光り輝き、クリフ君はクリスちゃんになっていたのだった。

 何を言っているかわからないが、俺も何を言っているかわからない。

 キリッとした顔立ちはかわっていないものの、体全体が丸みを帯び、女性特有の胸とくびれた腰、大きなお尻と肉体は完全に女性化している。


「そんな一瞬で女になれるんだな」


 混乱した俺はなぜかそんな単純な感想をもらした。

 格子窓からさす微かな光に照らされ、彼女の艶めかしい曲線が露わになる。

 顔は男の時とそうかわらず二枚目だが、体はもう別人と言って過言ではないだろう。

 暗くてわかにりくいが、彼女の顔が真っ赤になっていることだけははっきりとわかる。


「ご、ごめん。僕男として生活してきた時間が長いから、ほんとこういう時どうしていいかわからないんだ」


 彼女の心臓音がこっちまで聞こえてきそうなくらい緊張と羞恥で体を硬くし、肩は小刻みに震えている。

 俺はスッと人指し指を伸ばしてクリスの胸に触れる。むにょんと弾力があり実に柔らかい。

 ツンツンと胸を突くたびに、ビクビクっと軽い電流を流されているように震えるクリスも可愛い。

 なんというか言いなりになった美人のお姉さんに好き放題悪戯しているようで、背徳感を感じる。

 だがそれがいい。


「あっ……ん……」


 上乳、下乳、お腹、腰、脚とツンツンしていく。

 これはもう辛抱たまらんと、掌で揉みつぶすように彼女の胸に触れると、クリスの体が大きく跳ねた。


「あ、あの……」


 彼女は眉をハの字に曲げ、耳まで真っ赤にした状態で、すがるような瞳でこちらを見る。


「や、優しく……して……ください。お願い……します」


 小さくて聞き逃してしまいそうな声。しかし熱い吐息と共に絞り出された願いは逆にこちらに火をつけてしまいそうになる。

 班長を歪めた原因コイツにもあるんじゃないかと思って来た。

 声を漏らさないよう自分の人差し指を噛みながら、両脚をすり合わせる姿は、嗜虐心をそそられてもおかしくはない。

 これは長い夜になりそうだな。

 そう思っていると、彼女の首筋、背中、二の腕、腹、脚、といたるところに青痣を見つける。

 班長がつけた傷跡が生々しく残っており、それを必死に隠し、誰にも助けを求められない状態で苦しんでいたクリスの心中を察する。


「…………毎日暴力振るわれてたのか?」

「えっ……う、うん……。班長、僕が抵抗すると殴るだけで許してくれるんだ」

「それは許してはないだろう。こんな綺麗な体を殴るなんて気が狂ってるとしか思えん」


 俺は優しく痣を撫でる。


「んっ……多分力でしか女の人を従わせることができないんだよ」

「クズだな。女の子は壊すもんじゃなくて愛でるものなのに。やめだ。こんな痛々しい痣見せられたら可哀想でやる気が起きん」

「だ、大丈夫だよ! 僕最後は守り通したから。そ、その全身舐められて汚いかもしれないけど、最後だけは……まも、守った……から」


 俺は明らかに無理をしている彼女の体を布団でくるんだ。


「傷はやがて消える。でも班長に嬲られた記憶はなかなか消えない。そんな時に頑張らなくていいんだ。今日は班長から解放された日なんだから、ゆっくりと休め」

「で、でも僕は」

「明日、また明日だ。ゆっくりお礼をもらっていく。あと自分で自分の事を汚いとか言うな。お前の体は十分すぎるほど綺麗だ」

「う、うん……ご、ごめん……」

「なんで謝るんだ?」

「その……僕、ほんと優しい人に弱いんだ……。どんどん君のこと好きになっていく……」


 段々クリスの俺を見る目が宗教の教主を見るような目になってきている。

 マンガだったら多分瞳の中にハートマーク入れられてるんじゃないか。

 これはまずいと思ったのですっとぼけることにした。


「えっ、なんだって?」

「ず、ずるいよ、その逃げ方」


 怒ったクリスが全然痛くない平手打ちで可愛らしく俺の頬を打った。

 そんなやりとりをしていると不意に何かの気配を感じた。

 俺は牢の床を見渡すと、そこにはドロドロに溶けたメタルスライムの姿があった。

 どうやら俺の引っ越しに合わせてこっちに移ってきたら、エロい体したクリスを見つけてドロドロに溶けてるようだ。

 俺は逃げも抵抗もしないゲル状のメタルスライムを拾い上げる。


「ほんと出歯亀モンスターだな」

「なにそれ?」


 クリスが俺の掴んでいる千切れないゼリーみたいなメタルスライムを見やる。


「メタルスライムだ。なぜか俺の独房の中にいたんだがついてきたらしい」

「へー、メタルスライムが人に懐くって珍しいね」

「懐いてるかは微妙だが……。男の前だとすぐ玉になって警戒するが、エロシーンを見るとこんな感じに溶けるんだ」


 俺はメタルスライムを振ってみるが、全く逃げる様子がない。

 液化してるときはやはり柔らかくなるらしく、ひんやり冷たく、ぶよぶよしていて触り心地が良い。


「図太い奴だな……ん?」


 俺は溶けたメタルスライムを見て思いついたことがあった。


「あれ? もしかしてこれって」


 俺はおもむろにメタルスライムを牢屋の鍵穴に突っ込んでみたのだ。

 これには驚いたらしく、メタルスライムは体を硬化させる。しかし、鍵穴に突っ込まれているので、液化した体は鍵と同じ形になる。

 俺は硬化して鍵状になったメタルスライムを回してみると、カチャンと音をたてて鍵が外れた。

 それにはクリスも驚いたようで呆気にとられている。


「外れたね……」

「ああ。凄いぞこれ……マスターキーの出来上がりだ」


 鍵にするにはいったんゲル化させる必要があるが、それもクリスのおかげでなんとかなる。


「よし、これで調べることができるぞ」

「調べる?」


 クリスに俺がここに来た経緯を説明する。


「というわけで、実は俺はアーマーナイツの生産工場を破壊し、デブルを暗殺する任務のためにやって来た。王様系エージェントだ」

「えっ、凄い」

「普通に凄いと言われると反応に困るな」

「特命騎士だよ! 僕がずっと演じてた特命騎士クリストファー・カーマインだ!」

「な、なんだそれ?」

「あっ、えっと今度説明するよ」


 しかしこれさえあれば勝ったも同然である。

 夜中に牢屋を抜け出して、アーマーナイツの生産工場と、デブルが夜どこで眠っているかを調べる。

 調査に来たはずなのに、今まで何も進展がなかったがこれで一歩前進だ。


「よし、早速抜け出して」


 俺は牢を出ようとするが、慌てたクリスが開いた鍵を閉めなおして、俺を無理やり引き倒した。


「なにすんだ?」

「黙って」


 しばらくしてカツカツと足音が聞こえてきた。


「看守の巡回時間だったか……」


 ランタンを持った看守が一つ一つ牢をチェックしていく。


「ふわあああっ……夜勤なんかやってらんねぇな。あーさみぃ早く帰ろ」


 看守は気だるげな声をあげながら去って行った。


「看守の巡回時間はなんとなくわかってるけど、今日はデブルがいろんな場所を視察したせいで警備のスケジュールが狂ってる。今日はやめたほうがいいよ」

「そうなのか」

「だから今日は一緒に寝ようね。暖めてあげるから」

「ん? ……そうかな? そうかも」


 何か丸め込まれたような気がするが、俺はメタルスライムの鍵を手に入れ、クリスと同衾することになったのだった。

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