第258話 監獄都市ヘックス

 その日の晩のことだった。

 オスカーたち三人は城下町にあるバーで、いつものように酒を飲み交わしていた。

 カクテルグラスに入ったさくらんぼをつまむクリストファーに、ワイングラスに入った深紅のワインをゆっくりと揺らすオスカー、ビールの大ジョッキを豪快に傾けるグランザムは既に出来上がりつつあるのか顔が赤い。


「おいクリフ、お前また女みてぇなもん飲みやがって」

「別にいいだろ、何飲んだって」

「いやよくない。そんな弱い酒じゃちっとも酔えん。マスターこいつにウォッカだ。一発で頭飛ぶくらいアルコール入れてくれ!」

「いらないよそんなの!」

「なんなら工業用アルコールでもいいぞ!」

「死んでしまうよ!」


 兄弟のようにじゃれあう二人を見て、オスカーは多少感慨深い気持ちになっていた。

 昔からウォールナイツに所属していたオスカーとグランザムとは違い、クリストファーはガチャ召喚で呼び出された戦士だった。

 彼のレアリティは最高クラスのEXであり、戦闘能力はヘックスの中でも随一で、すぐに多くの武勲を打ち立てて行った。

 しかしその反面、クリストファーは身に纏うオーラや、人間離れした美しい顔立ちによって他の仲間から敬遠され、彼自身もコミュニケーションを嫌い人を遠ざけていた。

 一時は心を見せない仮面の貴公子などと呼ばれていたが、ウォールナイツの部隊長となり、オスカーたちと肩を並べるようになってからはグランザムが一番彼のことを気にかけ面倒を見ていた。

 臆面もなくずかずかと人のプライベートにまで踏み込んでくるグランザムにクリストファーも最初は困惑したものの、徐々にだが打ち解け、今では無二の親友となっている。


「なぁクリフ、いつも俺たち野郎と飲んでないで、女と飲んだらどうなんだ?」

「別に僕の勝手だろ。それを言うならオスカーにも言いなよ」

「あいつは良いんだよ。あいつはホモだからな」


 オスカーの眼鏡のレンズがスーっと白く陰っていく。


「お兄ちゃんは、お前に良い女がいないことが心配で心配で」

「誰がお兄ちゃんだ」

「いつかオスカーと同じ趣味になるんじゃないかと」

「オスカーにぶん殴られるよ。っていうかぶん殴ってよ」

「なぁ時にクリフ、お前毛の生えてる女と生えてない女、どっちが好みだ? 勿論下の話だぞ」

「もうお前ほんと死ねよ! ほんと良いの顔だけだな!」

「ハッハッハッハッハ。男はハートがでかけりゃ、後はどうだっていいんだよ! おっと次にでかくていいのが金タ――」


 クリストファーはグランザムの顔面に裏拳を見舞った。

 グランザムはそのまま仰向けに倒れ気を失う。


「死ね!」


 無二の親友になっている(?)

 若干このままでいいのか不安になるオスカーだった。

 そんな彼の隣にミスリル製の鎧を着た、どこにでもいそうな警備兵の一人が座る。

 彼はオスカーの密偵であり、主に外にではなく内側に対しての調査を専門に行っている部下だ。

 部下はバーの喧騒に紛れ、他者に聞こえぬ小声で話をする。


「オスカー様、調査の結果が出ました。やはりヘックスの貴族の中で聖十字騎士団と繋がっているものがいます」

「そうか……デブル伯爵か?」

「ご存知でしたか?」

「ただの勘だ」

「さすがです。明日にでも査問会議を開き、伯爵の爵位剥奪を行う手順です」

「聖十字騎士団に及び腰だったのは、奴のせいか」

「他にも怪しい影はいくつかありますが、デブルを叩けば尻尾を出すかもしれません」

「そうか……ハラミ様には事実を伏せておけ」

「かしこまりました」


 短く会話を終えると、部下はバーから去って行った。

 街の規模が大きくなれば、立てなければいけない顔があり、味方の顔をする敵がいる。

 そんな見えぬ敵を相手にするのもオスカーの仕事であった。



 遅くまで飲んでいたオスカーが、自室に戻りベッドの上で天井を見上げていた。


「デブルを潰せば他の貴族がうるさくなりそうだ。ウォールナイツの越権行為と言われるだろう」


 果たして本当にデブルを捕まえていいものか。奴が聖十字騎士団と繋がっているということは、この街は奴らに襲われにくいということでもある。

 逆に奴を捕まえたことによって生じるデメリットの方が大きいのではないだろうか?

 いや、デブルがこの街を守る為に動くとは考えにくい。しかし他の貴族たちはそこを責めるだろう。

 もし聖十字騎士団が攻めてきたら、貴様らウォールナイツのせいだと。

 文句しか言えない貴族たちの姿が容易に想像できオスカーはげんなりする。

 ウォールナイツと貴族がこのまま仲違いすれば、聖十字騎士団のように分裂するなと自嘲気味な笑みが浮かぶ。

 ほんの少しだけデブルの娘ハラミの姿が脳裏に映り、彼女は父を捕まえた自分を恨むだろうかと考えた。


「酔いが回っているな……。もう寝よう」


 ランタンの明かりを消して眠りについた数時間後。

 突如響いたけたたましい爆発音に就寝していたオスカーは飛び起きた。

 すぐさま眼鏡をかけ部屋のカーテンを開くと、窓の外が真っ赤に燃えているのが見えた。

 続いて部屋に部下が駆け込んでくる。


「失礼します! オスカー様、南側城壁が何者かによって破壊され城壁一部が損壊、および火災が発生しています!」

「何者とはなんだ!」

「監視の兵からはヘックス領から約3000メイル以上離れた場所からの砲撃だと」

「攻城兵器だと!? バカな、そんなもの日中はなかったはずだ。こんな短時間で準備できるはずがない」

「み、未確認の情報ではありますが……」

「なんだ?」

「て、敵は天使兵器の可能性があると」

「!」


 その報せを聞き、オスカーは目を見開く。聖十字騎士団の主力である天使兵器なら長距離からの攻撃も、一撃でミスリルの城壁を粉砕する火力も頷ける。


「王をすぐさま避難させよ」

「はっ!」

「私は現場へ向かう。クリストファーとグランザムは?」

「両名とも既に領民の救助へと向かわれています!」

「正門を開け、壁の中に敵の侵入を許したなら逆に領民が逃げられなくなる」

「しかし正門の前には難民が……」

「奴らも中の事態が分かればすぐに逃げ出すはずだ。急げ!」

「はっ!」


 オスカーは砲撃のあった南側城壁へと急行すると、そこには地獄が広がっていた。

 未だ炎を上げて燃え続ける城壁、崩れた壁から鋼鉄の機械兵、アーマーナイツと呼ばれる巨大な機械甲冑たちが進軍してくるのだ。

 巨大な盾には聖十字騎士団の紋章が入っており、一目で侵略者の正体がわかる。


「チッ鉄人兵団……やはり教会か」


 更に崩れた城壁から難民が流入し、民家から略奪を行っている。

 難民からすれば聖十字騎士団が攻めて来ていようが関係ないのだ。

 どうせこのままいけば自分たちは飢餓で死ぬ。その上昼間はデブルに狙撃され仲間を殺された。ならば大義名分は十分。こいつらは奪っていい相手だと判断したのだ。

 聖十字騎士団も難民は無視し、兵舎やバリスタなどの防衛施設ばかりを狙って攻撃を行っている。悲鳴と怒号が入り混じり、街には混乱と火の手が広がっていく。


「食い物を寄越せ!」

「こいつは俺の物だ!」

「女だ! 女がいるぞ! 追え!」

「畜生、俺たちは可哀想なんだよ。だからお前らから奪っていいんだ!」


 暴動が起こっている中、オスカーは単身で城壁を破壊した天使兵器を探していた。

 雑魚はどうとでもなる。だが、城壁を破壊した超火力の機体だけは野放しにすることができない。

 我が物顔でヘックスの街を闊歩するアーマーナイツを、苦々しい思いで見ながら本命を探す。


「どこだ!」


 燃え盛る城壁付近に近づくと、壁を掴み煙の中から灰色の巨人が姿を現す。

 アーマーナイツより一回り大きい、身長8メートルほどの鋼鉄の機械甲冑。しかし他と大きく異なるのは、トサカのような頭部装飾の上に白く輝く天使の輪っかが見え、その背中には生き物のような白い羽がはためいている。

 オスカーはそのあまりにも神々しい光を放つ侵略者を見た瞬間、息を飲み、同時にヘックス城の陥落を確信する。


「天使兵器、最上位機種セラフ……しかもこれは聖十字騎士団団長アンネローゼ姫専用……デューク・スパーダ」



 オスカーが絶望に駆られている遙か上空、雲に隠れるようにして浮かぶ飛空艇内にて聖十字騎士団狂気のマッドサイエンティスト、ペヌペヌは不気味な笑みを湛えていてた。

 ヘックス攻略の指揮は、この飛空艇から行われており、いくらオスカーたちが頭を潰そうとしても見つかるわけがないのだ。

 指揮所中央の映像スフィアが炎の上がる街並みを映し出していた。

 飛空艇を操作する彼の部下たちが状況分析と、作戦の記録、地上部隊への指示を行う。


「鉄人兵団、アーマーナイツ一番から十六番まで正常稼働中」

「人形のことは良い。デューク・レプリカは?」 

「デューク・レプリカ、ヘックス王城へと到達。コアに乱れ無し」

「ふ~~む。実に良い。とうとう実戦に耐えられるほどになりましたか。自分の天才さが怖くなります。鉄人兵団にはあまり街を壊さないように言いなさい。特に壁は壊してはなりませんよ」

「了解。アーマーナイツ全機に連絡――」



 それから数時間後、ヘックスの街は朝焼け共に陥落し、住民、ウォールナイツの面々は捕らえられ跪かされていた。

 戦闘が終わり、未だ火の手がくすぶるヘックス城前に飛空艇を止めると、ペヌペヌは白衣をなびかせながら憎しみの視線を向ける領民たちの前に降り立った。


「とても良い憎しみですね! この機械の体をジンジンと疼かせますよ! さて……皆さんこれからどうなることかとご不安だと思いますが、何も心配することはありまセン。これからここにいる皆さんには労働力としてたくさん働いてもらうことになります。また何人かはサンプルとして実験を手伝ってもらいマス。喜んでください自身が実験体となり、この世界の化学と魔法を進歩させる輝かしい礎となれることを!」


 天を仰ぎ、まるで一人劇団でもしているような大仰な動きで叫ぶペヌペヌ。

 ロープで縛られたグランザムが立ち上がり怒声を張り上げる。


「テメー、この街をどうするつもりだ!?」

「ここはもうただの街ではなくなるのですよ。そう、【監獄都市ヘックス】として我が聖十字騎士団の為に働いてもらいます」

「監獄……だと」

「ええ、強制収容所、プリズン、刑務所、豚箱など呼び方はお好きにどうぞ。ま、管理は別の方にやっていただきますが」


 ペヌペヌがチラリと後ろを見やると、そこには拘束されておらず葉巻を吹かすデブル伯爵の姿があった。


「テ、テメエエエーーー! 俺たちを売りやがったな!」


 グランザムが縛られたままデブルに向かって走り出したが、武装した神官に無理やり取り押さえられていた。

 アッハッハッハッハとペヌペヌの狂気を含んだ笑いが、そびえ立つ城壁に木霊するのだった。

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