第256話 雪山怪談 後編

 パチパチと音をたてる暖炉を見ながら、俺はディーに膝枕された状態で耳かきをされていた。

 なんで耳かきなんて持ってるんだと聞くと、淑女のたしなみですと返ってきてちょっと笑ってしまった。さすがディー女子力が高い。

 耳かきしてるディーの体は自然と前傾になるので、セーター越しの胸がぐにゃりと形を潰し俺の頭の上で休憩している。


「なぁディー、おっぱいが上に乗ってるのだが」

「すみません、大きいので勝手に乗るんです。我慢してください」


 ある意味嫌味にも聞こえるが、勝手に乗ってしまうなら仕方ないだろう

 遺憾ながら、何時間でも耐えて見せよう。

 つけてないおかげで、潰れた胸が俺の頭を圧迫し小刻みに揺れる。

 耳かきなんて最早どうでもいい、そのまま続けてくれとしか思わない。


「ディーはでかいよな」

「セクハラですよ」

「ホルスタウロスのインパクトがでかいけど、人間枠じゃ最強か?」

「その枠ではクロエでしょう」

「そうか、クロエは超でかかったな……ハーフエルフででかいってあんまり聞かないんだが」

「人間枠とは外れますが、ゼノもそうでしょう」

「ゼノは身長小さいけど、胸囲は凄いもんな……。歩くおっぱいとか言ったらぶっ殺されるんだろうけど。そういやゼノは俺たちが砂漠行ってた時大人しくしてたのか?」

「あれはもう完全に心が折れていますね。ツノを折られたことによる能力の消失、仲間は拘束されているのに何もできない自分に、生きる事すら諦めかかっています」

「そうか……自分が治めていた領民も皆殺しにされちまったもんな。俺も同じ状況なら自殺しててもおかしくない」


 そう言うとディーは珍しく怒ったような表情をする。


「冗談でも自殺するなんて言わないで下さい」

「ならおっぱいの力が必要だ」


 そう言うと、ディーはセーターの裾を上げて俺の頭を中に入れると、そのまま姿勢を前傾に倒した。

 真っ暗で何も見えないが、暖かく柔らかい感触が直に伝わり、滑らかな肌が俺の頭を包み込んだ。

 それと同時にドクンドクンと心臓の音が至近距離で聞こえてくる。

 ディーと二人っきりでイチャつくことってあんまりなかったけど、甘やかすの好きすぎる。


「どうですか、生きる気力は湧きましたか?」

「この状態で後5時間頼む」

「長すぎですよ」


 と言いつつも否定せずそのままにしてくれるディーさん、マジダメ男製造機。

 俺がディーのセーターの中で賢者モードになっていると、バンっと音をたててロッジの扉が開かれた。

 そこには雪を被り、息を切らせたオリオンの姿があった。


「咲! オイテケ女捕まえたよ! オイテケ女、実はオイテケオジサンだった!」


 ディーは慌てて俺の頭をセーターの中から追い出すと衣服を正した。

 しかし、ディーのパンツとブラは暖炉の前で転がっている。


「オイテケオジサンってなんだそのパワーワード」


 遅れてエーリカとソフィーが帰って来ると、そこには簀巻きにされたオイテケオジサン(?)の姿があった。

 縄と布団でグルグル巻きにされており、身動きできないオイテケオジサンはビクンビクンとエビゾリしている。

 エーリカは無理矢理体を押さえつけ、額に銃口を突きつけると「動くと頭が吹き飛びますよ」とオイテケ女より怖いことを言う。

 大人しくなったオイテケオジサンの血濡れのマスクをはずすと、俺たちは「えっ?」と声を上げる。

 それは倉庫の中で死んでいたはずの、シンシアの執事ギャリソンだったからだ。


「なにしてんのオッサン……」


 拘束を解いてやると、血に見せかけた染料を落とし顔を拭いているギャリソンに話を聞く。


「これには深い事情がありまして……」

「深いわけもなくこんなことしたら、ただの頭おかしい人だからな」

「なに女装趣味だったのこの人?」

「不潔、不潔です!」

「ち、違います……その、お恥ずかしい話、シンシア様とトマス様のことが原因でして。二人はともに愛し合っていたのですが、遭難の後よくないことがあったようで、突如別れると言い出しまして……」


 その件に関しては俺たちの方が詳しい。


「ありゃ別れた方がいいぞ。両方ダメ人間だからな」

「だからこそです。トマス様に捨てられたお嬢様に嫁の貰い手はありません」


 さすが執事。自分の主のダメ具合を正確に把握してるんだな。


「なんとか二人のよりを戻そうとオイテケ女の伝説を利用したのです」

「芝居を打ったわけか」

「しかし倉庫の中で死体を確認した時、確かに死んでいたが」

「あれは錬金術師に依頼して作った、わたくしそっくりの精巧な人形でございます」

「はぁ……金かけてんな」

「それなら言ってくれればいいのに」

「申し訳ない」


 まぁ反省してるようだし、一応は善意でやろうとしていたわけだからこれ以上責めるつもりはないが。


「しかしギャリソンさんも手の込んだことするよね」

「あぁ、サタコさんに化けてたんだろ? まさかそこまでするとはな」


 今思うとサタコがロッジの前で行き倒れていた時から芝居は始まってたってわけか。

 だけどあの時ギャリソンはいたような気がするんだが。


「どういうことでしょうか? わたくしとサタコ様は別人でございますが?」


 ギャリソンは疑問符を浮かべて首を傾げている。


「またまたとぼけなくていいよ。部屋をズタズタにして今宵童貞が死ぬとか今考えるとバカみたいなこと床に書き残してただろ?」

「あれ面白いよね。100%咲死ぬじゃんって思った」

「ええ、今宵王様が死ぬって書いてあるのと一緒ですからね」


 アッハッハと笑うオリオンとソフィー。あいつら二人は後で泣かそう。


「…………申し訳ありません。確かにわたくしとサタコ様の体格は似ておりますが本当に別人なのです。それにお嬢様の部屋にハサミを投げ入れたのはわたくしですが、それからすぐに倉庫で死体の準備をしていましたので、部屋を汚したりはしていないのです」

「……エーリカが銃撃ったのは覚えてる?」

「確かに銃声のようなものが聞こえましたが、気のせいだと思っておりました」

「…………」


 全員が顔を見合わせる。


「じゃあ、あのサタコって奴は……」

「確かに最初ロッジに姿を現したオイテケ女と、ギャリソン氏の生体シグナルは別の物でした」


 そう言えばエーリカが窓の外にオイテケ女が見えた時、照合エラーとか言ってたな……。


「待て……それじゃあ奴は本物のオイテケ――」


「キャアアアアア!!」


 俺が言いかけたのと同時に、シンシアの部屋から悲鳴が上がる。


「お嬢様!」

「まずいぞ、本物のオイテケ女だ!」

「トマス様は童貞でございます!」

「奴は女がいる童貞が大嫌いって言ってたな」


 今宵童貞が死ぬというメッセージは、俺じゃなくてトマスに向けられたものだったのか!

 俺たちはシンシアの部屋へと駆けこむと、斬り傷だらけのトマスがディーの剣を床に刺し、ハァハァと息を荒くしていた。

 部屋の壁は粉砕されており、暗い雪面に血痕が残されていた。


「ハサミを持った化け物が襲い掛かってきたの。でもトマスが守ってくれたの!」

「む、無我夢中だった。あんな恐ろしい怪物がいるなんて信じられない」


 トマスの手は震えているが、シンシアを守り切りオイテケ女を撃退したようだ。

  

「あ~んトマス様、さすがわたしの婚約者だけありますわ」

「えっ?」

「わたし今のことで気づかされました。やはりわたしに必要なのはあなただと」

「そうかいシンシア、実は俺も君のことを」

「嬉しいです!」


 そう言って二人はひしっと抱きしめ合った。

 なんかよくわからんがトマスが男を見せたことによって、シンシアは見直したらしい。


「どうしますか、ギャリソン氏の件」

「本物が出てきた上に、上手くいってるなら別に言う必要もないだろ」

「そうですね」


 オリオンがまた怪物討伐だーと外に出て行こうとしたが、今度は俺が首根っこを掴んで引き留めた。

 俺たちは今度こそロッジに籠城し、眠れぬ夜を過ごしたのだった。



 翌朝、オイテケ女の襲撃はなかったものの、寝ずの番をしていたせいで眠くてしょうがない。

 しかも、こっちが気を張ってる中、トマスとシンシアは寝室で童貞と処女を卒業したようだ。オイテケ女を警戒している中、ギシアン聞かされる身にもなってほしい。

 エーリカは気を使ってBGM流し始め、俺は適当に歌なんか歌ってごまかし、ギャリソンは肩身の狭い思いをしているしで、いろんな意味で忘れられない夜になった。

 ロッジを出ると天気も回復し、暖かな日差しが照り付けている。

 昨日の惨劇が嘘のようだ。


「オイテケ女なんて本当にいたのかな?」

「さぁな、もしかしたらサタコはただの盗賊とかだったのかもしれないな」

「恐い恐いと思うからオイテケ女なんてものを想像してしまうんです」


 一番怖がっていたソフィーがフンと胸を逸らす。

 俺たちは昨日破壊されたシンシアの個室を外側に回って見ていた。


「壁粉砕して侵入してきたみたいだしな。それを考えると人間技じゃないか」

「血の跡は消えてしまってますね。あら、これは何ですか?」


 ソフィーが雪の中で何か煌めくものを見つけ、掘り起こしてみる。


「なんだそれ?」

「なんでしょう、何かのアクセサリーみたいですけど」


 ずるりと引きずり出すと、それは男のアレに穴をあけて糸を通した呪術にでも使いそうな不気味なネックレスだった。


「王様、これは何ですか?」

「チンコネックレスだな」


 ソフィーは二度見した後、泡吹いて倒れた。


「ほんとにいたんだねオイテケ女……」


 危うく俺かトマスのアレが、ここに加えられるところだったってわけだ。

 俺たちはサタコと最初出会った時、頑なにコートを脱ぐことを拒否していたのを思い出していた。

 恐らくこれを身に纏っていたのだろう。そりゃ脱げないわけだ。


「こんな不気味な山、さっさと下りるぞ」

「ねぇ咲……あそこにマスクをつけた女がいるんだけど」


 俺は振り返ってみるが、そこには雪を被った木々しかない。


「何もいないだろ」

「確かにいたんだって!」

「恐いこと言うなよ……」


 俺たちは一刻も早く雪山を降りることにした。

 その時トマスとシンシアも一緒に降りたのだが、なぜかシンシアが処女じゃなかったらしくトマスが怒り心頭し、また喧嘩になっていた。

 でもいいなあいつ、もうオイテケ女に狙われる心配ないんだろうし。


「俺も誰かに童貞貰ってもらうか……」


 そう漏らすと、一瞬ウチのチャリオットがザワッとした気がした。

 なぜか急に身なりを正したり、胸元を開け始めた仲間に首を傾げながら俺たちは山を下りていく。




 その頃――

 チャリオットを引き連れて下山する少年を見て、マスク姿の女は不気味な笑みを浮かべる。

 そして「童貞……オイテケ」と呟いた。しかしその声は風に流され、誰の耳にも届くことはなかった。




 雪山怪談        了

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