第254話 雪山怪談 前編

 雪山で遭難した貴族のトマスとシンシアを助けた俺たち一行は、迷惑をかけたお詫びに是非自分たちの別荘に来てくれと頼まれた。

 皆雪山で遊んで帰りたいと言うし、タダ飯くらいは食えるかなと軽い気持ちで了承してしまった。


 それが全ての間違いだった。


「咲、外やばいよ」


 オリオンが窓から見える薄暗いゲレンデに、横薙ぎの吹雪が降り注いでいるのを見て眉を寄せる。

 ビュービューゴーゴーとけたたましい風の音は、生命の危険を感じさせるほど激しい。

 俺たちはトマスの父親が所有する雪山にあるロッジで、悪天候により身動きが取れない状態になっていた。

 ゲレンデでスキーだヒャッホイと楽しんだのはいいが、昼くらいから急激に天候が崩れ、夜になった今現在猛烈な吹雪が吹き荒れているところだ。

 幸い宿泊予定のロッジにはたどり着いており、洞窟の中で一泊するという事態には陥っていない。


「うぅ、寒いです。もっと薪をくべましょう」


 ソフィーが備え付けの暖炉にジャンジャン薪をくべると、炎がゴォッと音をたてて大きくなる。


「あんまり薪使うと、なくなっちまうぞ」

「うぅ、今が良ければそれで良いです」


 なんというダメ人間の思考。

 俺はギシギシ音が鳴る安楽椅子に座り、ロッジにいる面子を見渡す。

 ロッジは近くに複数ある為、俺のチャリオットはそれぞれに分散していた。厳正なくじ引き()で俺と同じロッジになったのはオリオン、ソフィー、エーリカ、ディー、トマス、シンシア、ギャリソンというシンシアの執事、それとサタコという遭難しかかっていた謎の女だ。

 夕方くらいにこのロッジの前で行き倒れており、目の前で凍死されるのは寝覚めが悪いので救助することにした。

 今は部屋にこもって休んでいるみたいだが、身長が2メートル近く、真っ黒なコートを着ており布製のマスクで顔を隠していた。

 救助するときにコートとマスクを脱がそうとしたが、いきなり血走った目で起き上がると、それに触れるなと恫喝してきたのだ。

 なぜあの場で行き倒れていたのか、他に仲間がいるのか一切不明で、もしかしてやばい女を助けたんじゃないだろうかと思っている。

 オリオンとソフィー曰く、多分あの下何も着てなくて、寒さと露出のスリルを楽しむ危険な女だと根も葉もない噂を立てていた。

 美人の露出狂なら歓迎だが、結構いい歳してるし男みたいなガタイした人だから嬉しくもなんともない。

 バカどもは置いておいて唯一常識人のディーさんだけは、見られたくないものを所持しているのでしょうと、無難できっと当たりなことを言っていた。


「やぁ梶卿、こっちで美味しいシュールストレミングを食べないかい?」


 トマスはにこやかにニシンの缶詰めを掲げる。おいバカやめろ。それをここで開けたら吹雪の中に逃げ出さなきゃならなくなるぞ。

 そう思っているとシンシアが缶詰をとりあげる。遭難事件からトマスとシンシアの仲は悪化の一途をたどっていた。


「世界一臭いの間違いでしょう。さぁさ梶様、こちらでイルカの叩きを食べません?」

「なんて残酷な女なんだ。イルカはとても賢い生き物なんだよ」

「ならあなたは一生葉っぱでも食べてなさい」

「なんて傲慢なんだ。やっぱり君と別れて正解だったよ」

「それはこっちのセリフよ。あなたみたいに頼りにならない男より、梶様の方がよっぽど素敵よ」

「何を、チンパン野郎って言ってたじゃないか!」

「なんですって、あなただってブサイクだって言ってたじゃない!」

「それも君が言った事だろ! いくら真実でも言っていいことと悪いことがある」


 こいつら喧嘩するふりして俺を傷つけてるだけじゃないだろうかと思う。

 彼らを助けてから、ようやく俺が貴族でしかも爵位持ちだと信じてくれた。

 それから完璧な掌返しで、彼らの仲間意識が凄い。

 ここに泊まることになったのも、彼らの執拗なまでのお礼がしたいという言葉に根負けしたからである。

 トマスとシンシアは正式に別れたらしいのだが、二人とも俺に取り入る為に嫌々同じロッジで俺と交流をはかっているようだ。

 正直付き合わされる身としてはうんざりである。

 ことあるごとに喧嘩しており、俺をダシにされてる感が凄い。ある意味そんだけ喧嘩できるなら仲直りしたいんじゃないの? と思ったりもする。

 さっさと帰れば良かったかなと思っていると、不意に天井のランタンが消え、暖炉の火以外の明かりが消えてしまう。

 ロッジ内が一部を除いて一気に暗くなり、全員が周囲を見渡す。


「なんだ?」


 特に風が吹いた様子もなかったが。

 天井を見上げると、吊られている四つのランタンの火が全て消えていた。


「あら、もしかしてランタンに入ってる火の魔法石が切れたのかしら? トマス、早く火をつけて」

「簡単に言うなよ。脚立がないと天井には届かないし予備の魔法石もここにはない」

「じゃあ探してきてよ」

「無茶言うなよ。きっと外の倉庫の中だ。今外に出るのは危険すぎる」

「すぐそこじゃない。行ってきなさいよ、この意気地なし」

「なんだって、元からこのロッジの管理は君の家がしてるはずだろ」

「お嬢様、わたくしが行ってまいりましょう」


 喧嘩しかけた二人に割って入ったのはシンシアの執事ギャリソンだ。老年ながら鍛え上げられた肉体をしており、一目見たオリオンがあの爺多分元傭兵か騎士だと言っていた。


「危ないわギャリソン」

「お任せください。こういう時の執事ですので」

「俺も行こうか?」

「いえ、梶様たちは大事なお客人ですので、どうかそのままで」


 ギャリソンは手持ちのランタンをテーブルの上に置き、マッチで火をつける。


「応急処置ですが、これでしばらく我慢願います。では、わたくしは外へ」


 そう言ってギャリソンはコートを羽織ると吹きすさぶ吹雪の中、近くの倉庫に向かって行った。


「しかしランタンが一気に全部切れるなんておかしいな」


 トマスは光を失ったランタンを見上げる。確かに通常四つのランタンが同時に消えるというのは考えにくい。

 ロッジ内が暗闇に包まれると、外の吹雪の音も相まって不気味な雰囲気だ。


「こう暗いと気がめいっちゃうんで、ギャリソンが戻るまで私は部屋で休ませてもらうわ」

「恐いんだろ?」

「誰が!」

「君は気が強いくせに怖がりだからね」

「あなたもでしょ!」


 トマスとにらみ合ったシンシアは肩を怒らせながら自分の部屋へと戻って行った。

 ようやく喧嘩がおさまったかと深いため息を吐く。


「咲、なんかこう暗いとワクワクしてくるね」

「そうか? 不気味だろ」

「それわかります。暗いとなんかテンション上がるっていうかなんていうか」

「子供か」


 暖炉の前でオリオン、ソフィーの二人は温まっていて、エーリカとディーはランタンの明かりでカードゲームをしていた。

 外は相変わらずの吹雪で、ビュービューゴーゴーと窓割れるんじゃないかと思うくらい荒れている。


「ねぇ咲、なんか恐い話してよ」

「また定番なネタフリを。じゃあ恐怖の留年高校生、歳は大学生という話をしてやろう」

「もうタイトルだけで恐いの意味合いが違うってわかったからいい」

「むぐ」

 

 さすが付き合い長いだけあって、話のオチまで読まれている。

 それじゃあかわりにと申し出たのはトマスだった。


「この辺りにある恐い話。恐怖のオイテケ女をしようか」

「えー、どんなの?」

「あんまり怖くなさそうです」

「オイテケ女ってのは童貞を食う怪物なんだ」

「なんだ猥談かよ」

「違う違う。オイテケ女ってのは実在して、討伐隊が組まれるほどの怪物だったんだ。こんな感じに雪の降る夜、どこからともなくオイテケ……オイテケ……童貞オイテケーって声が響いてくるんだ」

「コメディじゃん」

「オイテケ女は元はただのブサイクな女でね。一度でいいから誰かに抱かれたいと夢見ていたが、ついぞ自分を抱いてくれる男は現れなかった。そんな彼女をあざ笑い、お前のようなブス、一生誰かに抱かれることはないとバカにしていた男が実は童貞だったんだ。彼女はそれから酷く童貞を憎むようになったんだ」

「やっぱコメディじゃんて」

「そうして闇に落ちたオイテケ女は、童貞を襲う怪物となり雪の降る夜窓に張り付いて童貞がいないか見回って来るという」

「オイテケ女ねぇ……」


 ダメだどう想像してもシュールな絵面しか浮かばない。


「梶君は気をつけた方が良いよ。オイテケ女は周りに女がいる、ウェーイ系童貞が大嫌いなんだ」

「そんなこと初めて言われたわ」

「奴は童貞のアレをちょん切ってピアスやネックレスにするのが大好きなのさ」

「お、おぅ……それは恐いな」


 一瞬俺の股間がヒヤッとする。


「確かに王様は危ないですけど、わたしたちは全然怖くありませんね」

「女だし。アレないし」

「オイテケ女は見た目の良い女も嫌いなんだ。特に男の影があると発狂しそうなくらいにね。奴は女を見つけると地下室に監禁し、生きたまま腹をさばいて内臓を抉りとる。そして”あなた顔だけじゃなくて内臓も綺麗ね”と言って目の前でそのハラワタを食って見せるのさ」


 小バカにしていたオリオンとソフィーが俺の服の裾を掴んだ。


「オイテケ女ってどんな外見をしてるんだ?」

「奴は2メイル近い巨躯で、男みたいな顔をしているんだ。それを隠す為に常にマスクを付けてる。そして野太い声でオイテケ~オイテケ~童貞オイテケ~って言うんだ」

「ダメだ。そのうめき声で一気にコメディになる」

「だよね、童貞オイテケはさすがにないよね」


 ハッハッハと笑っていると、不意にロッジの外から薄気味悪い声が響いた。


【オイテケ~……オイテケ~……】


「……今、何か言ったか?」

「いや何も言ってないけど」

「そうか」


 ま、まさかな。そんな怖い話した後、すぐにその怪物が出てくるなんて。


【オイテケ~……オイテケ~童貞……オイテケ~】


「「「…………」」」


 全員が黙った。確かに風の音に紛れて野太く不気味な声が聞こえてくる。


「ちょ、ちょっと王様、笑わせにかかってるのか怖がらせようとしてるのかはっきりしてください!」

「俺じゃねぇ」


 その時、また不意にランタンの火が消え、暖炉以外の明かりが全て消える。


「ちょ、ちょっと! 王様、タチの悪い冗談やめてください! どうやってランタンの火消してるんですか!?」

「だから俺じゃねぇ!」


 薄暗いロッジの中、不意にエーリカが立ち上がると彼女のヘルムから漏れるグリーンの光が不意に赤色にかわる。

 その手にロボコップが使いそうな拳銃を持って、ゆっくりと窓際に近づいていく。

 ディーも何かを感じたのか、剣を抜いて入り口扉へと警戒しながらゆっくりと進んでいく。


「あの、二人ともなんでそんなめっちゃ警戒してるのかな?」

「窓の外に不審な人間がいます」

「不審って……ギャリソンさんじゃないのか?」

「照合エラー、別人です」

「ねぇ咲、それって」

「言うな」


 オイテケ女のわけがないだろ。

 全員に緊張が走る中、突如別の場所から悲鳴が上がる。


「キャアアアアアアアアアアッ!!」

「なんだ!?」

「シンシアの部屋からだ!」


 急ぎ全員でシンシアの部屋に入ると、そこにはベッドの上で怯えるシンシアと、割れた窓ガラスがあった。

 そして床に転がる血の付いたハサミ。

 どうやら窓の外から投げ入れられたらしい。


「あっあっあっあっ……」

「どうした!」

「ま、窓の外にマスクをつけた女が、それも血まみれで……」


 マジかよ、ほんとにオイテケ女だって言うのか。


「そうだサタコさんは大丈夫か。あの人も部屋で休んでるはずだろ」

「確認しましょう」


 ディーとエーリカが二階にあるサタコさんの部屋へと押し入ると、中の光景を見て息を飲む。


「どうしたんだ?」


 遅れてやってきた俺たちも中の様子を見て顔をひきつらせた。

 そこには荒れ果てた家具と刃物で引き裂かれたベッド、床には血文字で[今宵、童貞が死ぬ]と書かれていたのだ。


「おい、まさかあの女……」



――――――――――――――――――――――――――――

更新遅くなってすみません。インフルでダウンしてました。

更新再開です。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る