第230話 黒のピラミッドⅠ

「最後だけしまんなかったけど、なかなか悪くなかったわよ」


 ピラミッドに入ってフレイアがすぐに言葉の飴をくれる。


「本当であります。白のピラミッドを代表して深く感謝するであります」

「啖呵切るのだけは一流ネ」

「はっはっは褒めろ褒めろ。俺は褒められて伸びるタイプだ!」

「ダメだよ、咲ってすぐ調子乗って足踏み外すタイプだから」


 俺たちが薄暗いピラミッドに入ると、壁に設置された蝋燭が勝手に灯っていく。

 ぼんやりとした明かりによって、壁に古代文字のように見える彫刻が浮かび上がった。


「完全に白のピラミッドを再現しているでありますね。内装もほぼかわりませぬ」

「わざわざ隣に全く同じもの建てるのが性格悪いよね」

「本当にファラオとなりかわりたかったんでしょ。性格悪いと思うのは同意するけど」

「ファラオはアポピスのことを嫉妬の塊って言ってたからな」


 ある意味アポピスはファラオの強烈なファンであったのかもしれない。

 こんな大掛かりなピラミッドをまるまるパクってくるなんて、憎しみ以外にも感情を持ってないと無理だと思う。

 蝋燭は順路を示すように、奥へと順次灯って行き迷うことはなさそうだ。

 全員で先へと進んでいくと、正方形の広い部屋へと出た。明らかに何か出て来そうな、ゲームならボス部屋みたいな雰囲気が漂う。

 部屋の奥にはスフィンクスのような巨大な石造のモニュメントと、その手前に赤く光る大きな円形の床が見えた。

 この床だけ他の石床と違い、中央に【?】のような文字が浮かんでいる。


「ナハル、この床は?」

「試練のアルディアであります。白のピラミッドと同じならば、その床を踏むことで試練が発動することになっていて?文字は問いかけ形式の試練です」


 俺は光る円形床を踏むと、スフィンクス型のモニュメントの目が光り輝き、低い声が響き渡った。


[試練1、レアリティ重複チェック……チェック完了。試練クリア]


 何もしてないが勝手に試練はクリアになったらしい。この辺はアランの言ってた通りだ。

 全てのレアリティを揃え、尚且つ重複したレアリティが存在しないこと。

 今の俺たちはその条件を満たしているからクリアになったのだろう。

 赤く光る床が青色へと切り替わる。どうやら試練をクリアすると色がかわるらしい。これだけ見るとクイズ番組のセットにも見えた。


[第2階層へ進め]


 部屋の奥の石壁がスライドして次の階層へと進む道が開ける。

 それと同時にスフィンクスの口からチャリンと金貨が一枚吐き出された。

 俺はそれを拾い上げて首を傾げる。


「なんだこりゃ?」

「試練の報酬であります」

「金貨一枚ってケチね」

「まぁまだ入ったところだしな」


 俺たちはそこからやたら長い階段を登ったり下りたりを繰り返し、次の試練部屋へと進む。

 部屋の中へと入ると、先程と部屋の構造はほぼかわらず、一周回って同じところに来たのではないかと錯覚する。

 しかしながらスフィンクスの前にある、光る床に描かれていた文字が【?】から骨付きマンガ肉のマークへとかわっている。


「第2階層の試練はなんだ?」

「恐らく食に関する試練と思われます」

「それはまぁ……」


 肉のマークついてるしな。


「この神殿は人間の欲望についてを題材にしているであります」

「食欲のテストってわけネ?」

「はい、その通りであります」

「これって全何階層あるの?」

「白のピラミッドと同じなら、恐らく9階層のはずであります。アポピスが何もしていなければの話でありますが」


 なんにせよ、出題されないとわかんないってことだな。

 俺は試練のアルディアを踏むと、スフィンクスが低い声でアナウンスを始める。


[試練2、出現する番人を全滅させよ]


 てっきりフードファイトでもさせられるのかと思ったが、オーソドックスなバトル系がきたらしい。部屋の出入口が全てが封鎖され、直後石壁のいたるところがスライドして開くと、包帯を巻かれた大男たち次々に現れる。


「多いな……」

「お気を付けください、砂漠の番人マミーであります。アンデッド種であり、剣等の物理攻撃がきかない厄介な敵であります」

「砂漠でミイラ男は定番だな」


 しかし、それにしても数が多い。ミイラ男は数を増し続け、部屋を埋め尽くすほどになっていた。


「まだ2階層目でこれは多いんじゃないのか?」


 マミーたちは皆空腹なのか、口を大きくあけ、血肉を求めるようにこちらに群がって来る。


「食欲って、こっちが食われる方かよ……」


 しかしまぁ別段恐れることもないだろう。


「三羽もいれば十分でしょ?」

「やりすぎかもしれん」


 既にフレイアの爆弾がコッコッコと平和的な鳴き声を上げながら奴らに向かって歩きだしている。


「ふせろ!」


 全員が伏せると、その直後ミイラ男の前まで迫っていたレッドホットチキンは大爆発を巻き起こし、全てのミイラ男を一掃したのだった。


「やっぱ閉鎖されてる部屋の中での爆弾は威力がすげぇな」


 俺たちの周囲にミイラ男の腕や頭が散らばるが、しばらくするとスっと透明になって消えていく。

 どうやら魔力で作り上げられた幻影のようなものらしい。


[試練2クリア。第3階層へ進め]


 アナウンスと同時に再びスフィンクスの口からジャラっと金貨が10枚吐き出された。


「ちょっとずつ増えていくんだな」

「じゃあ次は100枚かしら」


 フレイアの顔に笑顔が浮かぶ。

 金貨を拾い終えると、最初の階と同じ様に扉が開いたので、次の階層へと進む。

 第3階層の試練のアルディアにはハート型の絵が映っており、なんとなくなんの試練かわかった。


「性欲か……」


 欲望と聞いて、ちょっと来るかなとは思っていた試練内容だ。

 一体どんな恐ろしい試練が繰り出されると言うのだ。今から楽し――今から恐ろしい。

 俺はごくりと息を飲んで、軽くスキップしながら試練のアルディアを踏みに行く。


「思いっきり顔ニヤケてるネ」

「男が一人しかいないから楽しみなんでしょ」


 相変わらず鋭いウチのメンバーたちだ。

 スフィンクスの目が光り輝くが、なかなか試練内容を言わない。なんでだ? と思っていると、先ほどの威厳のあるような声ではなく上ずった、恥ずかし気な声で試練がアナウンスされる。


[試練3、い、異性と口づけ……せよ]


「…………」


 身構えていた俺たちは響き渡ったアナウンスに何言ってんだコイツ? という表情になる。


[試練3、キ、キスをせよ!]

「二回言ったな」

「二回言ったネ」


 ムハンも意味ありげなこと言ってたし、どんな恐ろしい問題をだされるかと身構えていたのにこれである。

 いや、予想の範囲内と言えばその通りなのだが。


「…………ナハル。こんな問題本当にあるのか?」

「はい、あります。予想されている通り、この問いは性欲に関する問いかけでありますね」


 それにしては随分ソフトな試練だ。


「問題まで完全にパクってんだな……」

「一応性欲の問題なら優しい方じゃない?」


 確かに。もっとドギツイのでも一向にかまわなかったのだが。

 そういやアランのパーティーにいたNの青年が異性が必要になる試練があるとか言ってたが、恐らくこれの事だろう。

 そしてたちこめる誰がすんの? オーラ。

 男が俺しかいないので俺は決定だが、問題は相手である。


「とりあえず誰かとちゅーしたらいいのか?」

「ほんとに誰でもいいの?」


 オリオンがスフィンクスに声をかけると[レ、レ、レアリティ制限なし]とどもった返事が返って来た。

 なんで出題している方が恥ずかしがってるんだ。


「誰でもいいみたいだね。どうする? 皆しないならあたしがするけど」

「ちょっと待つネ。ここは公平に決めるネ」

「ジャイケル? 別に皆が嫌ならアタシが生贄になってあげてもいいけど」

「皆様にご心労をかけるくらいでしたらわたしめが引き受けますが?」

「とりあえず負けた人がしようよ」

「そうね」


[し、試練3クリア]


 女性陣が話し合おうとした瞬間クリアとアナウンスが響いて、全員が俺の方を見やる。

 サクヤが完全に話を無視して、俺にむちゅーと口づけをしてくれていた。


「……みんないらないみたいだから……もらった。後でカリンちゃんに……自慢する」


 サクヤは口を離すとペロリと自身の唇を舐めた。


(このウサギ新入りのくせに一番厄介ネ)

(油断した……ウサギにはお約束の躊躇時間がないんだったわ)

(どんなものか一度経験してみたかったであります……)

(お腹空いたな)


 何かボソボソと聞こえてきているが、恐いから聞こえてないことにしよう。


「いや、その、なんかすまん」

「別に気にしてないネ」


 そう言ってレイランはじゃれつくように俺にボディブローを見舞った。俺の体は一瞬くの字に折れ曲がり、意識が飛びそうになった。

 コイツ結構本気で殴りやがった。


「そうね、良かったじゃない。ウチのメンバーだから許してあげるわ」


 フレイアはブーツで俺の足を踏み砕く勢いで踏みつける。


「いっつ! 寛大な判断痛み入ります!」


 フンとフレイアは鼻を鳴らすと、お待ちかねの報酬タイムに備えてスフィンクスによじ登り出した。何やってんだ? と思って見てると、スフィンクスの口に革袋を被せている。


「そのスフィンクスがゲロ吐いてるみたいなのやめろよ」

「100枚もあったら零れてどっか行っちゃうかもしれないでしょ?」


 そう言うとスフィンクスがゲロゲロと硬貨を吐き出す。


「おっ、来た来た」


 凄い勢いで吐き出した為、フレイアは重さで腕が持って行かれそうになった。


「おっ、凄い! これ絶対100枚以上あるわよ!」


 キスするだけで金貨100枚以上か。これもしかして1から3層繰り返し回ったら大儲けでは?

 そう思ったが、革袋の中を覗き込んでフレイアは顔をしかめた。


「なんで銀貨なのよ」


 銀貨は金貨の半分の価値である。


「ちょっとでも豪華っぽく見せようとしたんじゃないのか?」

「重くなるだけじゃない」

「結局何枚だったんだ?」

「え~ちょっと待って……」


 フレイアは銀行職員かと言いたくなるような驚きのスピードでお金を数える。


「199枚」

「価値としては金貨100枚分だな」

「じゃあ、金貨100枚分で渡しなさいよ」

「恐らくこの階の金貨が切れてしまっていたのでありましょう」

「釣銭切れた自販機じゃないんだぞ……」

「あと1枚どこなのよ?」


 確かに銀貨200枚には1枚足りない。


「その辺ひっかかってんじゃないのか?」


 俺はスフィンクスの口の中を指さす。

 フレイアは「クソが」と毒づきながら、もう一度スフィンクスに登ると、大きく開いた口の中に顔を突っ込んだ。


「お前、銀貨一枚でそんな必死になることもないだろ」

「バカじゃないの? 貧乏チャリオットのくせに銀貨軽視してんじゃないわよ。死ね」


 銀貨でブータレてたくせに言いすぎだろ。心弱かったら泣いてるぞ。

 しかしあいつ、後ろから見るとスフィンクスに食われてるみたいになってんな。

 しかも無茶な態勢のせいでパンツ丸見えだしな。

 時折デニムのミニスカートを下ろそうとしているので隠す気はあるらしい。


「あった!」


 どうやら銀貨を見つけたらしい。フレイアは大喜びで銀貨を取り出しスフィンクスの口から頭をだそうとするが、どうやら何かにつっかえてしまったらしく抜けないようだ。


「ちょっと抜けないんですけど!」


 必死にお尻を振っているが、うまくはさまっているらしく彼女の首はビクともしない。


「咲、助けてあげないの?」

「死ねって言われたからな。死んでほしい奴に助けられるのはあいつも屈辱だろ」


 それが聞こえたのかフレイアは大慌てになる。


「嘘、嘘! 好き、ほんと好き! 愛してる! だから早く助けて!」


 こいつホラー映画だったら真っ先に死ぬだろうな。

 なんとかスフィンクスの口からフレイアの頭を引っ張り抜いた。 


「危うく皆にフレイアは銀貨一枚で死んだと報告する必要があったぞ」

「もっと早く助けなさいよ!」


 フレイアは持っていた銀貨を俺に投げつけると、額に直撃した銀貨は石床の隙間に落ちてとれなくなってしまった。

 なんという骨折り損。

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