第228話 体で払います

 風呂場にたくさんの足音が聞こえ、一糸まとわぬウチの女性陣が入ってきた。


「あら、ちゃんとお座りしてるじゃない」

「またアフロにされたらたまらんからな」

「おっしゃー風呂だー!!」


 オリオンは勢いよく風呂の中へと飛び込むと、水柱をあげて盛大にクロールをしはじめた。


「ちょっとオリオンさん、そんなに広くないんですから泳いだら頭打ちますよ」


 と言ってるソフィーが、石鹸を踏んづけて盛大にひっくり返って頭を打った。


「ぐおあぁぁぁっ……割れる……神は言っております、ここに石鹸置いた奴殺すと」

「アッハッハッハッハ、ソフィーってドジだよね!」


 オリオンのゲラ笑いにイラっとしたソフィーは、石鹸を放り投げると手首のスナップがきいた投擲は見事にオリオンの額をとらえた。

 パカーンと良い音と共に頭蓋を直撃した石鹸は天井に向かって跳ね上がる。


「いったぁっ!! 何すんのさ!」

「人にドジって言ったからです!」


 正論は人を怒らせる。


「まぁまぁ皆さん仲良くしましょう。お風呂は気持ちよくなるところですので」


 そう言って仲裁に入った銀河はピンク色のぬるぬるした液体をお湯でといて、全身に浴びる。


「なんですかこれ?」


 オリオンとソフィーは、ねばーっとした液体を掌で伸ばし弄ぶ。


「スライムの粘液みたい」

「これを体に塗って、男性の上を滑るととても喜ばれるそうで――」

「何教えてんのよアンタは! 気持ち良いの意味が違うのよ!」


 赤い顔をしたフレイアのグーが銀河の頭に容赦なく落ちた。


「ったく、このバカ忍者。ほんとは襲われ願望あるでしょ」


 確かに襲いに行ったら風呂場にマット敷いて、ローンション体に塗りたくった後三つ指ついて頭下げてきそうである。

 さすがに襲う方もそこまで準備万端にされていると引いてしまうだろう。


「ねばねば凄いですね。凄く滑りそうです」

「ソフィー、これ全身に塗って入り口からお風呂まで滑ってこれるかやろうよ」

「いいですね。やりましょう」


 オリオンとソフィーは湯船から離れて寝転がると、壁を蹴ってすさまじい勢いで地面を滑りながら突進する。

 お前らは築地のマグロかと言いたい。

 浴槽にダイブしかけた瞬間レイランとエーリカが同時に二人の頭を踏んずけて食い止めた。


「行儀悪いの良くないネ」

「大浴場で遊ぶのは怪我の元になります」

「ポンコツ、お前ロボットのくせに風呂入るのか? 錆びて動けなくなる違うか?」

「発想が古いのです。やはり死んでシナプス細胞まで腐ってしまっていますか?」

「ポンコツボロットが」

「腐乱死体が」

「「…………」」


 レイランとエーリカが無言でにらみ合うと取っ組み合いを始めた。

 頼むからお前ら数秒前に言ったセリフ忘れないでくれ。


「ああ、もう風呂場で暴れんじゃないよわよ! 早く入んなさい!」


 フレイアに続き、ローションを落としたオリオンたちが順次湯船に入っていく。その後ろでドンフライが何食わぬ顔で浴槽に歩いていくので、俺は尾羽を掴んだ。


「なにしれっと入ろうとしてんだよ」

「我輩、今は可愛いただのニワトリである。ピヨピヨ」

「都合の良い時だけニワトリになるんじゃねぇ。ピヨピヨいうひよこみたいな奴は嫌いだって言ってただろうが」

「ピヨ?」


 ピヨじゃねぇよピヨじゃ。ってかこれ、前女風呂に入ろうとしたときやった手口と同じだろうが。


ピヨピーヨ離せ、離さぬか! ピヨヨ年上を敬え!」

「風呂に入るのに年齢なんか関係あるか!」


 ドンフライは離せバカモノと鋭い嘴で突き技デッドリースラストを見舞って来る。急所を的確に狙って来るので、それを全てをかわし、嘴を無理やりおさえた。


「そなたら……」


 クソやかましい俺たちにファラオは呆気に取られ、なんと言って良いものかわからないようだ。


「許可ならナハルにとったよ。犬のおじさんも女の子なら一緒に入るの大丈夫って言ったし」

「まぁ裸の付き合いって奴よ」

「そうです、腹割って話しましょう。神様と言っても言いたいこと山ほどありますよね? 神は言っております、人間マジうぜぇと」

「そんなブラックな事考えるのあんただけよ」

「ワタシ、ファラオの考え興味あるネ。1000年以上の時を過ごしてくると、どんなことを思う?」

「本機も霊的な概念には興味があります」


 一斉に質問を浴びせられると、ファラオはザバっと水しぶきをあげて立ち上がり高笑いをする。


「フハハハハハ、良い! じっくりと語り合おうではないか!」


 ファラオがうるさいの好きで良かったな。普通ならキレられてぶっとばされてもおかしくないぞ。

 ファラオやナハルたちと仲良く話しているのを背にして、聞き耳をたたていると、俺に抑えられたドンフライが恨めしそうにこちらを見上げる。


「お主、我輩と取引するである。ここに我が友から譲り受けた貴重なキノコがある」


 ドンフライはさっと怪しげなキノコを取り出した。傘の部分が緑と白の水玉模様で柄の部分に顔のようなものが浮かんでいる。


「なんだこれ? やばそうな見た目してるが」

「この緑のキノコを食べると身長が縮む」

「毒キノコか?」

「こっちの赤いキノコを食べれば身長が大きくなる」


 傘のカラーリングが赤と白の水玉模様にかわったキノコを見せられる。


「大丈夫これ? 怒られない?」

「これを食えばお主はバレずに風呂場に入ることができる」

「そりゃ凄い」


 俺はなんの躊躇いもなくキノコを食べると、みるみるうちに体が小さくなっていく。どういう仕組みか知らんが、着ている服まで縮んでいるぞ。


「おぉ、凄い!」


 あっというまにドンフライが巨大な怪鳥と化してしまった。

 よし、これならフレイアたちにバレずに風呂場へと入り込めるぜ!

 そう思ったが、巨大化しているのはドンフライだけではなく、見えるもの全てであり本来数十歩程度の距離もマラソンくらいの距離にのび、浴槽までがとんでもなく遠くなってしまった。


「ドンフライ、俺を乗せていってくれ!」

「嫌である。お主はここで死ぬである」

「なっ!?」


 ドンフライはニヤリと笑みを浮かべると、鳥足を振り下ろしてくる。


「フハハハ、かかったであるな。我輩を邪魔した罰である。貴様はそのまま一生小人としてバッタとでも戦っているがいいである!」

「なにっ!?」


 ドンフライは突然裏切ると、バタバタと羽を扇いで小さくなった俺の体を吹っ飛ばした。


「謀ったな!」

「バカめ、これが年の功である!」


 俺を吹っ飛ばしたドンフライは意気揚々と浴槽にかけていくが、すぐに爆発して帰って来た。

 そりゃそうだろうな。

 フレイアに焼き鳥にされたドンフライは地面に「おっぱい」とダイイングメッセージを残して力尽きた。


「くそぉ、ニワトリの事笑ってられないな」


 小さくなった上に吹っ飛ばされたせいで、風呂までが絶望的に遠い。

 走って浴槽に向かうが、急に足が地面から浮かび、体全体を浮遊感が襲う。


「あらっ? もしかして?」


 俺はひょいと体を掴まれて、持ち上げられる。

 目の前の巨人を見やると、それは裸になったクロエと遅れてきたカリンとサクヤにバニー軍団。それにナハルだった。


「……すごくちっさい」

「呪術でもかけられたでありますか?」

「ドンフライに変なキノコ食わされたらこうなった」

「あらあら大変」


 正確には自分から食ったのだが。


「……可愛い」

「ほんと、玩具みたい」

「……このまま連れてこ」


 ミニチュアサイズになった俺の服を剥いていくサクヤとカリン。じたばたともがいてみたが巨人相手に人類はあまりにも無力だ。せめて立体的に軌道できる装置でもあればなんとかなったかもしれないが。


「やめてくれー」


 あっという間に全裸にされてしまうと、もはや抵抗は無意味と悟り、殺せよとされるがままブラーンと吊るされる。もうこのまま煮るなり焼くなり好きにしてくれと思っていると、サクヤは俺の体を胸で挟むと、そのまま浴槽へと運んで行ったのだった。


「おぉ、これは凄い」


 サクヤが湯船につかると、胸の谷間に丁度いいくらいの湯が入ってきて気持ちがいい。

 これが谷間風呂って奴か。そんなの聞いたことないが、恐らくどこの秘湯よりも気持ちよく、そしてエロい。

 そんな小さくなった俺をレイランが見つける。


「なんネこれ?」

「あっ……」


 レイランは小さくなった俺の体をつまみあげて、こちらの裸体を見据える。


「玩具アルか?」

「玩具じゃない。本物だ」


 俺が声を発して事情を説明すると、レイランは一瞬驚いたものの「ほー面白いネ」と言うだけだった。こいつら適応能力が高すぎる。


「食べられそうなサイズネ」


 レイランは白く鋭い八重歯を見せながら、俺を脚からまる飲みにする。

 俺の体は彼女の歯に甘噛みされ上半身だけ外にでてバタバタと暴れる。


「王の踊り食いネ」


 口の中ので下半身が舌に揉まれて大変なことになっている。


「オイバカやめろ! これはお前が美人だから許されてるが、ブサイクだったら完全なホラーだぞ!」

「ん~……味は……ないネ」

「何当たり前のこと言ってるんだ。離せ!」


 レイランはずるりと自分の口から俺の体を抜くと、唾液が糸を引いた。

 浴槽のふちで俺を洗うと、サクヤが一瞬の隙をついて俺の体を奪取した。


「あっ、何するネ!」

「……食べちゃダメ」

「はーいサクヤちゃん独り占めもダメ~」


 サクヤが奪った俺を今度はカリンが奪い、胸の谷間へと収納する。

 なにここ、胸って女の子の収納スペースなの?

 と思ってると、一番見つかってはいけない奴らに見つかる。


「なにこれ、人形?」

「咲の人形だ」


 オリオンとフレイアは珍しそうに俺を取り囲む。まずい、こいつらは普通にシャレにならん。ここは人形のふりを……。

 と思った瞬間俺の体は光り輝き、人間サイズに戻ってしまった。

 どうやらキノコの効果が切れたらしく、勿論、全裸だ。

 立ち上がった俺の目の前には座ったオリオン達の顔がある。

 全員あまりにもそのショッキングな光景に釘付けになり「まぁ」と頬を染める者がいれば、怒りなのか羞恥からなのか体を震わせているものもいる。


「…………」

「…………やぁ、可愛いけん玉だよ」



 俺はその後、ドンフライより無惨な姿になって浴場に転がされた。



「ほんとバカ!」


 フレイアはプリプリと怒っているが、オリオンと銀河が体中の穴という穴に棒を突き刺されて絶命しかかっている俺を風呂の中へと運び込んでくれた。


「なんで連れてくんのよ」

「いいじゃん別に、咲のけん玉くらいリフティングできないと」

「そうですよ忍びのお姉さまが得意だった、けん玉房術風魔手裏剣で」

「なにそれ見たい」

「そうですか? では、滑りを良くするために特製のロ――」


 銀河が再びねばねばの液体を取り出そうとしてフレイアは頭に一撃を入れる。


「そのネタはもういいわよ!」


 大声をあげると全員の視線がフレイアに向く。


「最近フレイア、咲と仲良すぎない?」

「急に二人で赤い顔しながら部屋から出てくるとこ見たことあるネ」

「うん、なんか最近怪しい」

「フレイアちゃんばっかり……パパ、ママではダメですか?」


 一瞬で矛先が自分に向いて、焦り倒すフレイア。


「しょ、しょうがないわね今回だけよ」


 そう言って顔を赤らめながらポセイドンみたいに湯船の中へと沈んで行った。


 風呂に入っているだけなのにキャーキャーとやかましく、激しく体力を使わされる。

 全員が体を洗い終えて、風呂につかり疲れを落としている最中、復活した俺は音もなくファラオの背後に近づいていく。

 そして背後からその胸をわし掴んだ。

 褐色の胸が俺の指の形に潰れ、むにゅりと柔らかな感触がダイレクトに伝わり、とても触り心地が良い。


「ほほぉ、そなた良いのか? 皆の前で妾の胸を大胆に揉んで」

「全然よくない」


 気づかれたらボコボコにされるのがわかっているが、そのまま声を張り上げた。


「あーーーーっ! すまん皆、俺がおっぱい好きすぎてファラオの胸を揉んでしまった! これはもうアポピスを倒して、この街を救うしか詫びる方法がない!」


 俺の三文芝居に皆が苦笑いを浮かべる。

 仕方ないなとオリオンは暖かな湯船につかりながら同調してくれた。


「あぁ、そりゃ邪神の一つくらい倒さないとね。神様のおっぱい揉んだんだから」

「そうですね。きっとそんな不敬な人間、そのままにしておいたらカエルにでもされてしまいますよ」

「なんネ、まだ協力する言ってなかったか?」

「言ったけど頑固でな。強硬策に出た」

「それでは我々はマスターの非礼を詫びる為に体で返すしかありませんね」

「女性の大事な部分に触れられたのですから、自分も頑張ってお館様と共に慰謝料を返します」


 全員が同調するとファラオが慌てて言葉を挟む。


「ま、待て、そなたら礼で言えば妾らが助けられた方が先じゃ。そなたらを巻き込むのは危険すぎる!」

「なっ? こう言ってなかなか協力させてくんねーんだ」

「ねぇ、ファラオ。猫ちゃん含めてあたしたち、もう友達だよ」

「な…………友?」


 こういうときオリオンの裏表のない言葉は力を発揮する。


「友達が困ってたら助けるのは普通だよ」

「そうです。お館様にどんとお任せ下さい!」

「おう、俺以外の誰かが解決してくれる」

「あんたね……」


 浴場に笑い声が響き、どうやら俺の独断で助けようとしているのではないと察してくれたようだ。


「そなたら……すまぬ……」


 オリオンは大きく首を振った。


「そういうときはすまぬじゃなくて、ありがとうだよ」


 そう言ってオリオンはニカっと八重歯を見せて笑う。


「よし、そんじゃ明日黒のピラミッドに乗り込むぞ。メンバーは俺で選出する。残りは金色の蛇探しだ」

「「「おーー!」」」」


 ナハルは俺たちに「ご協力感謝いたします」と言葉を述べてぐっと頭を下げた。

 こうして俺たちの黒のピラミッドへの殴り込みが決まった。


 風呂を出てからセトが殴りかかって来たのは言うまでもない。

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