第218話 Nを求めて

 黒のピラミッドへと移動するとここにも水売りがいて、また暴利で冒険者に水を売っているところを目撃する。


「あこぎな商売してんな……多分ムハンがなんとかしてくれるだろ」


 そう呟くと、俺の前にもはや見慣れたあの男が姿を現す。


「何なんお前? 俺の事好きなの?」

「ふざけるなよ。それはこっちのセリフだ」


 見た目イケメンだが残念系冒険者代表であるこの男。


「デイビット」

「アランだ」

「もうさ、俺たちの動きを監視してるとしか思えないんだけど」

「こっちのセリフだバカ者」


 こいつマジでライバル枠狙ってんじゃないだろうなと、ある意味恐怖を覚える。


「お前もピラミッドのアイテム狙いなのか?」

「当然だ。この街に活気があるのは、このダンジョンがあるからと言っても過言ではない。ピラミッドの中に眠る財宝が手に入れば、私は再起を果たせるだろう」


 なるほど、こいつみたいな考えの奴が集まってるからこの街は活気があるのか。

 そんなことを考えていると、アランは俺が水売りを眺めているのを見て、飲み水で困っていると思ったらしくクスっと笑みを浮かべる。


「なんだ貴様、爵位持ちのくせに水を買う金もないのか?」

「別に買う必要がないんだよ」

「ククク、強がりすぎると自分を苦しめるだけだぞ」


 水の魔法石があるから本当に必要ないのだが、こいつにいちいち説明するのは面倒だ。


「お前は水どうしてるんだ?」

「これを見ろ」


 そう言ってアランが取り出したのは凍った豆粒みたいな水の魔法石だった。


「これがあれば、いくらでも水が湧き出てくるのだよ」

「いくらでもは出てこんだろ。こんな暑いところでそんな豆みたいな石使ったら、すぐに魔力切れ起こして、ただの石になるぞ」

「だからこうやって凍らせてるんだよ」


 アランは凍った水の魔法石をレロレロとなめる。正直かなりキモイ。


「ほら水が欲しいか? 今なら土下座して私の名前の後に様をつけますと誓うなら多少わけてやらなくもない」

「水下さいデイビット様」

「誰がデイビットだ。それに土下座をしていないし」

「ごめんな。お前に土下座するくらいなら、その辺の蠍にでも土下座してる方がマシなんだ」

「しみじみと言うな。全く……まぁ土下座しても水はやらんかったがな。お前なんかに誰がやるか」


 相変わらず嫌な奴だ。

 そう思っていると、街の方から杖を持ち眼鏡をかけた青年が息を切らせながら走って来る。

 アランは彼と親し気にしているので、どうやら奴のパーティーらしい。

 青年は初心者というわけではなさそうなのだが、財宝狙いでこの男が傭兵として雇うにしてはいささか迫力に欠けるように見える。


「もうじきブラストさんが来ますので」

「おぉ、SRの戦士の方ですな。それは楽しみです」


 二人の話を聞くと、やたらとレアリティの話をしている。

 こいつこんなにレアリティにこだわる奴だったかな? と思っていると、アランがあっちに行けと鬱陶しそうな顔をする。

 しかし眼鏡をかけた温和そうな青年は俺に気づくと、柔和にほほ笑みこちらに近づいてきた。


「アランさんのお友達ですか?」

「ただの腐れ縁だ」

「全くでもって同意だが、その言い方は後々ライバル的なポジションになる奴のセリフだからやめろ」


 言い合っていると、青年はクスリと笑う。


「僕はサントス。主に聖霊魔法を専門にしています」

「これはご丁寧に」


 俺はサントスと握手をかわす。

 どこにでもいそうなとっぽい青年なのだが、それが余計に俺の疑問となる。


「あなたもピラミッドの財宝を?」

「あぁ、僕はほとんど数合わせでして」

「はぁ……?」


 危険なダンジョンは人が多ければいいというものではなく、トラップが予想される為、言っちゃ悪いが足手まといが一人いるだけで攻略の難易度が跳ね上がったりするのだが。


「貴様、まさか何も知らんのか?」

「なにがだよ?」

「このオベリスクのピラミッドは階層構造になっていて、道中モンスターはほぼ現れない。ただし階ごとに番人がいて、その番人が試練をだすのだ」

「試練?」

「ああ、大雑把なものなら番人を倒してみせよというものだが、その時必ず奴らは縛りを入れるのだ」

「なんだそれ」

「今まで出題された試練の中で確実にだされるものは、まず全レアリティを揃えよ。つまりN~SRまでの全戦士でダンジョンに入ることを要求される」

「EXはいらないのか?」

「それはプラス枠と呼ばれる。これはどんなレアリティでも構わない。まぁEXを用意できる冒険者なんてほぼいないに等しいから、大体はSRを二人入れる」

「つまりN、R、HR、SR、プラス枠の五人の戦士がいないと入ることすらできないんですよ。僕はその中でNの枠で呼ばれてまして」


 サントスは自身のレアリティを恥ずかし気に告げる。


「もしかして、ここって……制限ダンジョンって奴なのか?」

「そうだ。幸いここはパーティー組みで足止めされている連中で溢れているから、パーティー自体は組みやすい。この都市に限っては高レアよりNクラスの人間が重宝されるのだ」

「マジか……それって同じレアリティの奴らいっぱいとかはダメなのか? 例えば全レアリティ揃えてるけどSRだけ20人くらいいるとか」

「Nだけは大丈夫ですよ。Nは連れて行く人数に制限がないんです。ただし、他のレアリティで重複していいのはプラス枠だけです。他はキャラ被りギルティという試練に引っかかり、EXだろうと呪いで即死します」

「マジかよ……つまりNはいっぱいいてもいいけど、他のレアリティに関しては各一人ずつで、被って良いのはプラス枠だけと……」

「はい、その通りです。ちなみに最近追加されたUKはEXと同じくプラス枠に分類されるみたいですね」

「なるほど……」


 ちょっと待て、じゃあ王である俺はどうなるんだ?


「王は? レアリティのない王の扱いはどうなってるんだ?」

「王はどの枠にも引っかからずプラス枠にも分類されませんので、一名だけなら自由に入ることができます。ただし王が死んだ瞬間即時試練は失敗となり、仲間は外に放り出されるか爆死します」

「えっ、マジで……」

「王が死んだ時のペナルティを考えると連れて行かない方がいいと言われている」

「そりゃそうだな……俺死んだ瞬間ゲームオーバーとか難易度上がってるしな」

「そういうことです。でも……」


 サントスは俺たちのチャリオットを見渡す。


「試練の中には男と女を使ったものが出題されることもあるらしいんです。だから同性だけのパーティーだと危険ですよ」

「マジか……」


 俺の強制参加が決定した。

 まずいな。俺が参加するのは別に構わないが、N枠がいない。こういうときこそサイモン軍団の出番だが、あいつらディーたちとお留守番して城の掃除とかしてるぞ。


「ちなみにNなしでダンジョンに挑むとどうなるの?」

「一階層目は確実にレアリティチェックですので、その時にレアリティが揃ってないと爆死します」


 爆死多ない?


「最初でつまずくとはバカな男だ。せいぜい街でNクラスの戦士と交渉するんだな。まっ、見つかればの話だがな」


 アランは凍った水の魔法石をレロレロなめながら、大笑いして去って行った。

 

 レアリティR~EXのアテはあるが、どうやってもNの枠が空く。

 なんとかしてNクラスの仲間を引き入れるか、雇うかする必要があるようだ。


「交渉するしかないか……」



 俺はオリオンたちに事情を話して、Nクラスの仲間をスカウトする為に街の広場へとやって来ていた。


「ねぇ咲、今からサイモン連れてきちゃダメなの?」

「ここを往復するには時間がかかりすぎる。それならNクラスの傭兵を一人雇ってダンジョンに入った方が早い」


 一応音速ダチョウ便で連絡は入れたが、それが届いてサイモン達がやって来るのにどれほど時間がかかるか。むしろあいつらに砂漠越えは無理なので、来たときには棺桶になってる可能性が高い。


「まぁNクラスなら契約金も安いだろうしね」


 オリオンは珍しく仲間勧誘に前向きだ。その理由は単純で自分より下のレアリティが入ってくるのが嬉しいのだろう。


「Nだからっていじめるなよ」

「酷いな。あたしサイモンいじめたことないよ。一回だけサイモンにパン買って来てってお願いしたら元気よく出て行ったけど、途中で蝶々追いかけて帰って来なくなったことあるから」

「さすがのサイモンクオリティだな。だがシレっとパシリにしようとするんじゃない」

「てか、咲、これあたしたちがやる必要あるの? ウチに来たあのソフィーとフレイアを足して二で割ったような角折れの奴を助けようとしてるんでしょ」

「的確過ぎるキャラ分析はやめろ」

「すっごいビンタされたし、あいつも誰が助けてなんて言ったんですの(声マネ)とか言ってるし、咲が骨折って助ける義務なんかないよ」

「教会と対抗するにはどうしてもあいつの力がいるそうだ」

「あたし頑張るよ? あいついなくてもあたしたちが揃ってれば――」


 そういうオリオンの頭をポンと撫でる。


「教会との戦いは間違いなく避けられない。眠ったまま人を殺せるわけわかんねぇ奴らだし、もし女が捕まったらすげー酷いことされる。俺は絶対にそんなことさせない。だから奴らが油断しているうちに準備を整えておきたいんだ。それに……なんか可哀想じゃねぇか、大事な仲間もツノもプライドも全部折られちまったんだ。自業自得だからしょうがないって思うかもしれないけど、そこで俺も同じこと言ったら俺もあの地下闘技場で殺し合いを笑ってた貴族と大してかわんねぇと思うんだよ」

「咲ってほんとお人よしだよね。てっきりおっぱいにつられて助けてるのかと思った」

「…………」

「おい、なんとか言え」


 オリオンは俺のすねをゲスゲスと蹴りつける。


「そんなこと言ってないでNクラスの人間探すぞ」


 無理やり話を終わらせ、俺たちは手分けして広場にいる冒険者風の人間に声をかけていく。

 だが、皆RやHRクラスのレアリティで、どうにもNクラスには会えそうにはなかった。


 一時間程声をかけて回って、全員が空振りに終わっていたが、フレイアが遅れて俺たちの元に戻って来た。


「どうだった?」

「見つけたわよ」

「本当か!?」

「あそこ」


 フレイアが指さす先を見ると、そこには浮浪者と見まがうような老人が、欠けたお椀を前に置いて寝ころんでいた。


「本当にNなのか? ギルド登録証とかは?」

「なくしたんだって。レアリティはNだって言い張ってたけど」

「胡散臭いが、えり好みしてられる立場でもないしな。……数合わせで頼んでみるか?」

「ちょっと待って、先に依頼金聞いたのよ」

「ナイス、話が早い。いくらだって?」

「前金10万、財宝が手に入ったら三分の二を分け前として寄越せって」

「嘘だろ? いくらなんでも強欲すぎるだろ。Nの一回の依頼なんて普通1万ベスタも支払われないぞ」

「……レアリティの価値が逆転してる」


 確かにサクヤの言う通りSRの戦士はそこそこ見つけられたが、Nはその爺さんだけだ。

 アランの奴が笑っていた理由がわかるな。


「となると、逆にそれだけ要求できるってことは本当の可能性が高いのかしら」

「一応10万は持ってるが、こちらのお目当てであるラーの鏡を渡せって言われた時が辛いな」

「そこはもう交渉しかないんじゃない?」


 分け前交渉って揉めるからあまりやりたくはないが、そもそもダンジョンに入れないのでは話にならないので、俺たちの話し合いは爺さんを雇うという方向でまとまりつつあった。

 しかし話し合いをしているうちに、別グループの冒険者がその爺を連れて行ってしまう。


「先越されたね」

「……あのお爺さんは怪しいから……やめておいて良かったよ」


 サクヤの言い分に全員が確かにと頷く。

 しかし参ったな、Nクラスに悩まされる日が来るとは。

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