第212話 地下闘技場

 俺はアルタイルと共に、騎士団が流されたとされる黒土街へとやって来ていた。

 当然ながら護衛として、オリオンやサクヤたちもついてきており、全員がローブを被って目立たない格好をしてから街の外れにある、小さな民家へと入っていく。

 この中に、悪趣味な貴族たちが奴隷を戦わせて見世物にする地下闘技場があるらしいのだが、外観はただのオンボロ小民家にしか見えない。

 家の中にはリザードマン族の男が立っており、鋭い眼光を放ちこちらを威嚇している。

 アルタイルは臆せず男の前へと近づく。

 あの男いきなり殴りかかってきたりしないだろうなと思いながら見ていると、何やら交渉しているみたいなので聞き耳を立ててみる。


「オレサマオマエマルカジリ」

「俺もお前丸かじり」

「…………」


 合言葉だろうか、もうちょっとマシなものはなかったのだろうか。

 そう思っていると突然リザードマン族の男は槍を手に取り、アルタイルに襲いかかった。

 しかし後ろに控えていた燕尾服の魔人グリフォンが、リザードマン族の頭を掴んで壁に叩きつけた。

 リザードマン族は一撃で気を失い、ピクピクと震えている。


「ふぅ……」

「なんだ、合言葉通じなかったのか?」

「いや、私はそもそもリザードマンの話す言語がわからない」

「いや、でもなんか合言葉っぽいこと言ってなかったか」

「適当だ」


 俺もお前まるかじりって適当言っただけかよ!

 こいつ意外とアバウトなとこあるなと思いながら見ていると、グリフォンは力技で床板をひっぺがし地下へと続く階段を見つけだした。


「おい、大丈夫なのか、こんな無理やり入って」

「構わん。言葉の通じない見張りを置く方が悪い」

「そりゃそうなんだが……」


 薄暗い地下階段をゆっくりと降りていくと、鉄格子の扉へとたどり着く。

 ランタンの明かりが光り、なにかと思うとローブを着た不気味な男が鉄柵越しに手を差し出している。

 アルタイルは男に金貨を支払うと、ローブの男は鉄格子の鍵を外して中へと俺たちを導いた。


「武器を」


 男はロッカーのような小型のボックスが並ぶ場所に俺たちを連れてくると、全員の装備をボックスの中に収納し、鍵をかける。


「あんたたちみたいな強そうな人に暴れられると困るんでね」


 そう言って男は鍵を俺たちに戻し、帰るときに箱から持ち帰れと告げる。


「爵位持ちの旦那二人とは、随分羽振りがよさそうですね」


 ローブ姿の男はニヤリと笑みを浮かべながら、後ろからついてくるサクヤやオリオン達を見て下卑た笑みを浮かべる。どうやらこの男が闘技場への案内人らしい。


「今日の対戦の目玉はなんだ?」


 アルタイルは無知を装って、案内人に騎士団の話を聞きだす。


「クルト族の女騎士がつい最近入って来やしてね。先日話題になった騎士団と教会のもめごとで、負けた騎士共がウチに流されてきたんですよ。ここの連中は正義面した騎士団の連中が大嫌いでね。奴らの決闘デュエルは盛り上がりますぜ」

「ほぉ、しかし騎士団の連中に奴隷如きが敵うのか?」

「本来なら勝てやせん。しかしある方法で力を封じ込めてるんでね……」


 案内役の男は闘技場の扉を開き中へと入ると、凄まじい歓声が聞こえてきた。


「「「殺せ! 殺せ! 殺せ!」」」


 闘技場は円形ドーナツ型のスタジアムとなっており、外周の観覧席には、マスクをつけた貴族たちが、何かの紙を握りしめながら殺せと連呼している。

 彼らの視線を追いスタジアム中央を見やると、そこには筋骨隆々なリザードマン族の男が、鎖付きの鉄球を振り回しながら相手と対峙している。

 相手になっているのは――


「やはりゼノか……」


 聖十字騎士団第三シュヴァリエ団長ゼノ・シュツルムファウゼンの姿があった。

 彼女の姿はいつもの真っ白な騎士服ではなく、申し訳なさ程度に乳房と股間が隠された、ビキニアーマーと呼ぶにもお粗末な装備で、片足には重そうな足かせと鉄球が取り付けられている。

 武器は玩具みたいな木製の盾と、刃こぼれした銅の斧で、駆け出しの冒険者でももっとまともな装備をしている、みすぼらしい姿であった。


「殺せ、クソ女! 俺はお前に100万ベスタ賭けたんだぞ! 負けたら俺がぶっ殺してやる!」


 どうやら賭博をしているらしく、ここにいる全員が殺し合いを見世物ゲームとして楽しんでいるようだ。

 なんともまぁご高尚な趣味だこと。

 しかし、相手がどれほど屈強であろうと、ゼノには膨大な魔力がありアーマーナイツだかアークエンジェルだか知らないが、凄く強いロボットを呼び出せるのだから負けるわけがない。

 アルタイルと二人で観覧席に並んで座り、しばらく観戦していると賭博屋が近づいてきて、いくらか賭けないか? と聞いてきた。俺は断ったが、グリフォンはあの女に10万と、ゼノに賭けた。


「お前は博打に弱いのだからやめておいた方がいいぞ」

「今回こそは勝つ」


 アルタイルに窘められるが、グリフォンは牙のような鋭い歯を見せてニヤリと笑う。


「レートは?」


 アルタイルが賭博屋に聞くとゼノが二十倍と、驚くことにあのリザードマンに賭ける人の方が多いようだ。


「では私はあのトカゲ男に100万」


 賭博屋は賭け金をメモして、二人に頭を下げてから下がっていく。

 どうやらこの場でお金を支払う必要はないらしい。さすが貴族の遊び場と言ったところか。


「おい、大丈夫か? 100万も賭けて。相手はあのゼノなんだぞ?」


 俺なら100%ゼノに賭けるが。


「大丈夫だ。彼女は絶対勝てない」


 なぜかアルタイルは自信満々に笑みを浮かべ、ひじ掛けに腕をたてて頬杖をついた。

 俺はなぜこれほどまで自信にあふれているのかよくわからず、そのまま決闘を見届ける。

 すると、ゼノはリザードマンの攻撃に防戦一方で、はじき返すのがやっとという感じだ。以前あった時に感じた力強さを微塵も感じない。


「どうなってんだこりゃ……」


 あいつなら魔法とかでドカーンとやれば……。あっ、そうか、もしかして奴隷落ちしたせいで平伏の首輪をつけられて魔力を封じられてるんじゃ……。そう思い彼女の首筋を見やるが、汚い鎖付きの首輪がつけられている。

 だが、あれはどう見ても平伏の首輪ではなく、ただの首輪だ。


 ほんの一瞬よそ見をした瞬間、リザードマンの鉄球がゼノの腹にめり込み、彼女はピンボールのように吹き飛ばされ、観覧席間近の高い壁に激突する。


「うわ……痛そう」


 普通ならば一撃KOは間違いなさそうだったが、ゼノは土煙の上がる中、斧を杖代わりにして立ち上がる。

 リザードマンは口元に笑みを浮かべ、長い舌を伸ばしゆっくりと近づいていく。

 フラフラになったゼノを目の前にして、リザードマンは鉄球を捨て、その太い腕で腹を殴る。

 彼女の体がくの字に曲がり、嫌な音が響く。

 たった一撃で気絶させられたゼノは、そのまま腹を押さえながら前のめりに倒れた。


「勝者、ドルムス!」


 審判が勝者宣言を下すとリザードマンは片腕を上げて勝利を誇り、選手控えへと下がっていく。残されたのは前のめりに倒れた無惨なゼノの姿だけだ。

 早く医務室に連れて行ってやれよと思っているが、なかなか彼女が回収される様子がない。まさか自力で起きるまでそのままにされるんじゃないだろうなと思っていると、ゼノに賭けたらしき貴族が飲んでいたワインのボトルやごみをリングに投げつける。


「ふざけんじゃねーぞ、このクソ女! お前にいくら賭けたと思ってるんだ!」

「死んで詫びろ!」

「何が最強の騎士団だ、なめてんじゃねーぞ! このツノ無しが!」


 俺は観客に言われて初めてゼノの頭部のツノが片方折れていることに気づく。


「クルト族はツノが折れると、あのように何もできなくなってしまうのだよ。まるで触角をもがれた虫のようにね」


 アルタイルが視線を落とすと、椅子の下にゴキブリが一匹走り回っている。

 グリフォンはそれを足で踏みつぶす。


「今の彼女らはゴキブリ以下だよ」

「そこまで言わなくても……」


 そう思ったが、彼の瞳はゼノを見てはおらず、自身の帽子に触れる。

 確かアルタイルもクルト族で、ツノが折れていた。恐らく今の言葉はゼノに向けたのではなく自身に向けた言葉であることに気づいた。


[それではこれよりエキシビジョンマッチを行います。対戦カードはゼノ・シュツルムファウゼンと]


 アナウンスと同時にリングサイドにある鉄柵が開き、奥から四足歩行の魔獣が姿を現す。

 ライオンのような狂暴そうな顔に、背中にはコウモリの羽と、蠍の毒尾を持った怪物。

 恐らくまともな冒険者でも裸足で逃げ出すようなモンスターだ。


[マンティコアでございます。エキシビジョンマッチに配当はありませんので、純粋にショーをお楽しみください]


「ちょっと待て、ゼノは今戦ったところで、もう一戦なんてできるわけないぞ」


 ズタ袋を被った男が現れて、ゼノに向かって水をぶっかけると、彼女は意識を取り戻す。

 男はすぐさま逃げ出すと、退場口を閉鎖して、マンティコアとゼノをリングの中に閉じ込める。

 いきなり目の前にモンスターが現れ、わけもわからず斧を構えるが、彼女の足は震え、顔色は真っ青だ。

 当たり前だ、あんなモンスターを手負いの上に装備なしで立ち向かうなんてありえない。


「ゼノを仲間に入れる前に殺されちまうぞ」

「大丈夫だ。マンティコアの奥歯は抜かれているし、毒尾の針もない」

「そういうことじゃないだろ!? あんなのじゃれつかれただけで普通の人間死ぬぞ」

「そうだな」

「そうだなってお前……」


 ゼノは必死に逃げまどっており、観覧席の高い外壁を登ろうとしたり、退場口の鉄格子を必死に揺すったりしている。その動きを滑稽だと大笑いする貴族たち。

 いや、ライオンより狂暴なモンスターと同じ檻にぶちこまれたら誰だってああなると言いたい。貴族たちのいやらしい笑い声が俺を不快な気分にさせる。


「オリオン」

「あたしじゃ無理。リングまで距離が離れすぎ」

「サクヤ」

「ここに入るとき……槍……とられた」


 確かにここに入るとき、全部の武器を預けさせられたんだよな……。


「でも……助走つけて跳べば、あいつの頭蹴り潰せる」

「さすが竜騎士、脚力は半端じゃないな」


 しかし、いきなり乱入するのはあまりにも目立ちすぎる。


「何か目立たない手はないか……」


 銀河がずっと自分を指さしている。


「何か良い手はないか……」

「あ、あのお館様、自分でしたら誰にも気づかれずにあの魔獣を仕留めることができます」

「何か良い手はないか……」

「あ、あの!」


 わざと無視していたのに銀河は俺の目の前までやってきて、できますと豊かな胸を張る。


「…………どうやってやる気だ。武器がないんだぞ」


 そう言うと銀河は胸の谷間から笛のようなものを取り出す。


「このマツタケさんからいただいた、モーレツ毒テングダケの毒を使用した吹き矢で仕留めます」

「……お前の肺活量は、こっから50メートル以上先にいるマンティコアに当てられるというのか?」

「め、めいいっぱい近づけば」


 リングの外壁から必死こいて吹き矢伸ばしてたら誰でも気づくわ。

 しょうがない、目立ってしまうがサクヤに頼むか。


「サクヤ」

「うん……君のために頑張る」


 なんていじらしい子なんだ。

 そう思っていると、グリフォンがサクヤに立ちふさがる。


「……何?」

「動くな」


 グリフォンの言う動くなは、何もするなと言うことだろう。


「あれは弱者の末路だ」

「しかしこのままじゃ」

「殺しはしないさ。貴族のストレスのはけ口にされているうちは」


 アルタイルは手を組んだまま、優雅にリングを見据える。


「このままサンドバックにさせるって言うのか?」

「元を正せば彼女にも原因がある。もっとここの住民に対して殊勝な態度をとっていれば、こうやって地下に落とされ見世物にされず、娼館や異常性癖の貴族に売られただけですんだというのに」

「それはマシな方なのか?」

「自分のやったことが己に返ってきているということだ。それに」


 アルタイルは視線で合図するとグリフォンは目に見えぬ魔弾をリングに向かって撃ち込む。するとバチっと音をたてて魔弾は中空で弾かれてしまった。


「リングの周りには離脱防止用の障壁が張られている」

「…………」


 アルタイルとグリフォンはわかったら大人しくしておけと視線で語る。


「俺、こういうの嫌いだ」

「正義感の強い君には耐えがたいだろうが、人間誰しもストレスを抱えて生きている。金を持った人間はこういった過激な遊びでガス抜きをするのが好きだ。しかも元騎士団は酷い奴だから何をしてもいいという大義名分を得てね」

「趣味が悪いんだよ。関係ない奴が一緒になって拳を振り上げるのは納得できない」

「納得できなくても理解はできるだろ? それが民意というものであり、形がなく流動性である証明でもある」

「お前の言ってることはよくわからん」


 やがてリング内で酷い暴行を受けていたゼノは再び動かなくなってしまった。

 この辺りで貴族たちはスッキリしたのか、マンティコアは檻に戻され、ゼノはズタ袋の男に乱雑に掴まれて退場口へと消えていく。


「さて、私は彼女の飼い主オーナーと少し話をしてこよう。君は彼女を見てくるといい」


 そう言ってアルタイルは貴賓席の方へとグリフォンを連れて消えていく。

 俺はゼノが心配になって、すぐに選手室の方へと走った。 




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                                ありんす

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