第26章 堕ちた騎士

第210話 動き出す闇

 ゼノは自身の姿を鏡で確認し、苦々しい表情を浮かべる。

 鏡に映る彼女の側頭部には、クルト族の誇りである雄牛の如く猛々しいツノが伸びているが、片方のツノに小さなヒビが入っているのが見えるのだ。

 見た目的にはそれほど深くはないが、触ってみるとわかる。ヒビはツノの中まで貫通していると。

 ゼノはグルメル領に食料を運んだ時のことを思いだし、唇を噛みしめる。


 あの時腐敗沼に落ちた後、転移魔法陣で食料加工センターの地下へと飛ばされた。

 そこで彼女達が見たものは、一見すると真っ赤な池だった。花でも咲いているのかと思ったが、しかしその赤いものは無数のハエの卵であった。

 彼女達がそのことに気づいたのは、天井にはりついた数えきれないほどのベルゼバエを確認してからだ。

 パニックに拍車をかけるように、一緒に転移してきた食料コンテナの中からなぜか大量の奴隷があふれ出したのだ。

 逃げ惑う奴隷たちに向かってベルゼバエは飛びかかり、一斉に産卵をはじめるという地獄絵図のような光景が目の前で繰り広げられ、一瞬タチの悪い悪夢かと思ってしまう。

 ゼノたちは慌ててアーマーナイツでハエを振り払うが、ハエの中に女王バエとでも言うのだろうか通常の10倍以上巨大なハエが突如襲い掛かってきて、側近の一人がコクピットごと押し潰されて死亡。

 もう一人の側近がハエを道連れにアーマーナイツ共々自爆し、女王バエに大ダメージを負わせる。

 しかし、生き残った女王バエは怒り狂いながらゼノの乗るアーマーナイツへと襲いかかって来た。

 ゼノは機体で女王バエをおさえると、コクピットから飛び出し、とどめの一撃を見舞った。

 だが、女王バエの最後の一撃がゼノのツノに命中すると、パキッと嫌な音をたてたのだ。


 咄嗟に顔をかばって横を向いてしまったのが悪かった。

 自身の迂闊さを反省すると共に、ヒビの入ったツノから魔力が漏れているのがわかる。

 クルト族の魔力は全てツノに集まっており、魔力タンクのような役割を果たす。

 このツノこそが強さの証明であり、己の誇りでもあった。

 もし仮にツノが砕けてしまった場合、クルト族を最強たらしめるセラフの降臨はおろか、まともに魔力行使すらうまくいかなくなってしまうことだろう。


「部下を二人も失い、ツノにヒビが入るなんて」


 なんて無様と続けようとしたが、自身の執務机の上に乗る一通の手紙を見て頭を振る。

 手紙には教会側に対してクーデターを起こす日付が書かれている。

 日付は明日未明。唐突のように思えるが、決起日を遅くすれば教会側に気づかれる可能性がある。

 その為、防衛手段をとらせる暇を与えず、報せから決行までは迅速に行われる。

 これまで下準備はしてきた。このクーデターが失敗すれば騎士団は立場を失い、処刑される可能性が高い。

 絶対に失敗するわけにはいかないのだ。


「例えこの命が尽きようと、アンネローゼ姫様だけはお助けいたしますわ」


 囚われの姫様を救出できれば、もし自分が死んだとしても騎士団は立て直すことはできる。

 その思いは騎士団全員の願いであり、最優先目標でもあった。

 彼女が復活すれば狂った騎士団と教会の権力バランスは元に戻り、更に姫様を閉じ込めた責任を問い教会側を追い詰めることができる。

 それこそが今回のクーデターの本懐である。

 ゼノはヒビの入ったツノにテーピングを施して補強すると、それを不可視の魔法で見えなくし戦いへと備えたのだった。



 俺たちはロメロ侯爵の緊急招集を受け、ロメロ邸会議室へと入っていた。

 そこには既にアルタイルを含めた、貴族界の重鎮と呼べる人間が集められ、皆緊急招集という重大事件に何があったのかと小さくどよめいている。

 俺が席に座ると、ロメロはすぐにやってきて、前置きは不要だと話を始めた。


「昨日未明に聖十字騎士団内にてクーデターが起こされた」

「!」

「なんと……」


 貴族たちの顔に驚きが走る。


「昨年ごろから言われていた、教会側と騎士団側のパワーバランスが乱れたことによるクーデターだ。そのことに関してはアルタイル卿が詳しい」


 ロメロに促されると、アルタイルは頷いて話を引き継ぐ。


「昨年、聖十字騎士団、教会側大教皇オーマイ・ゴッドネスが退位した後、その後任を大司教レッドラムが引き継ぎました。そこから聖十字騎士団全体が狂いだしたと言われています。就任後レッドラムは大教皇の権限を濫用し、各地で有能な人間を揃え、無神論者までも有能であれば幹部として起用し、教会側全体の能力向上を行いました。そして力を持ったレッドラムは現聖十字騎士団団長であるアンネローゼ姫を不浄監獄と呼ばれる牢屋に監禁しました」


 アルタイルは淡々と話しているが、アンネローゼ姫とは彼の姉にあたる人物で、その心境はおだやかなものではないだろう。


「聖十字騎士団の政治は教会と騎士団が行う円卓会議というものがありますが、教会側は騎士団トップであるアンネローゼ姫を円卓会議に出席させないようにしたのです。結果、円卓会議では教会側の言うことが全てまかり通り、騎士団側の提案は全て跳ねのけられることになりました。このことから今の聖十字騎士団領の治世は完全に教会主導のものとなってしまっています。今回のクーデターはアンネローゼ姫救出と騎士団の復権を目的としたものだったのでしょう」

「では、クーデターは成功したのですか? 武力をほとんどもたない教会側とアークエンジェルのような強力な兵器を持つ騎士団側では勝負にならないでしょう?」


 貴族の問いにアルタイルとロメロは首を振る。


「いえ、クーデターは失敗しました」

「そんなバカな!? どうやってあの騎士団に勝つというのだ?」

「それはわかりません。内偵からの話によると、騎士団側は最強戦力であるアークエンジェルの上位機であるセラフを用いたらしいですが、レッドラムを殺すことはできなかったとのことです」

「そんな……確かレッドラムは不死身だと聞いたが、まさか本当なのか?」


 アルタイルは重々しく首を振る。


「不死身なんてものはありえません。必ずトリックがあるはずです」

「そ、そうだな。そうに違いないな……」


 汗だくの貴族は大きく頷くが、誰しも奴が不死身などと信じたくないだけでもあった。

 しかし代々聖十字騎士団の教皇は不死身という話は誰もが耳にしたことがあり、実際に先代の教皇オーマイゴッドネスは信者の前で自身の首をナイフで刺したが、死ななかったという話は有名でもある。


「騎士団同士で争っているなら我々は関係ないんじゃありませんの?」

「そ、そうだ、奴らの内輪もめに巻き込まれるのはごめんだぞ」

「そうだそうだ。わざわざ対岸の火事を見に行って火傷する必要はない」


 不安からどよめきだした貴族たちをロメロが一喝する。


「静粛に! 事はこれで終わりではない」

「はい、ロメロ侯爵がおっしゃられた通り、事はこれで終わりません。今日未明、ゼスティンの民約7万人が教会によって粛清を受けました」

「粛……清」


 粛清の意味は誰でもわかる。ようは教会によって殺されたのだ。

 ロメロがアルタイルにかわり補足する。


「ゼスティンは聖十字騎士団の保有する領地の中で、最も聖ミネア教の布教率が低く騎士団寄りの領地と呼ばれていた」

「騎士団の弱体化を狙ったのでしょうか?」

「いや、恐らく見せしめであろう。騎士団に加担するのであればゼスティンのようになるぞと言いたいのだ」

「そんな独裁のようなことが……」

「そして教会側は必ずこう言う。彼らは聖ミネア教に背いたから粛清されたのだと」

「くっ、奴らは異端審問の権利を勘違いしている」


 ロメロは深く頷く。

 だが俺は話に引っかかりを覚えたので質問する。


「ロメロ侯爵、ゼスティンの民7万をこんなわずか数時間で皆殺しにできるものなのですか?」


 アルタイルが俺の疑問に反応する。


「正確には虐殺ではないのだよ梶卿。ゼスティンの民は今日の朝、誰も起きてこなかったんだ」

「どういう意味ですか?」

「ゼスティンの民は、皆眠ったまま死んでいたのだ」

「それはつまり、夜寝た後、教会の人間に殺されたんじゃ?」

「それは違う。ゼスティンの民は皆どこにも外傷はなく、眠ったまま生命活動を停止したんだ。毒ガスや呪いの類を疑ったが、それらの反応は何も検出されなかった」


 アルタイルの説明にその場にいた全員がわけがわからないと言いたげに、うなり、顔をしかめる。


「まるで集団自殺の暗示にかかったかのように、老若男女問わず、ゼスティンの民は無抵抗のまま息を引き取っていた。まるで死ぬのが当たり前かのように、安らかな寝顔のまま」

「でも、それじゃ誰がやったかわからないんじゃないですか?」

「教会側が声明をだしたのだよ。ゼスティンの件は教会側がやったと。神の使徒たる自分達に愚かにも刃を向けた騎士団と、その古巣であるゼスティンの民を粛清したとな」

「はったりかもしれませんよ?」

「はったりかどうかは問題ではない。現に10万近い人間を一晩で葬り去る方法が存在するということだ」


 このタイミングでゼスティンを粛清する動機があるのは教会だけであり、それだけの力を持つのも教会だけと。

 なら犯人は自分で声明を出した奴らで決まりというわけだ。


「そして教会の連中は東側諸国。つまり我々に対してミネア教に入信することを要求してきている。従わなければ言わなくともわかるだろう」


 俺たちも眠ったまま殺されるかもしれないと。

 動きが早すぎるな。恐らくクーデター失敗の原因はそもそも教会側に動きを読まれていた可能性が高い。

 ということは、クーデターを仕掛けた時点で騎士団側の負けは決まっていたわけだ。

 もしかしたら教会側は内心さっさと襲って来いと思ってたのかもしれない。

 そうすれば騎士団寄りの領地を粛清する口実ができ、更に目障りな騎士団も排除できると。


 ロメロは対抗する手段が全く思いつかず、重いため息をつく。

 それはどの貴族も同じで、皆神妙な顔をしながら他者を伺っている。

 このまま教会に服従し、奴らの奴隷と化すか、それとも反抗して教会と戦うかである。




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                                ありんす

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