第201話 アイアンシェフ エピローグ

 料理バトルから数日後、ロメロ侯爵に今回の顛末を伝えると大層喜んでおり、多くの貴族の悩みを解決した功績が称えられ爵位というものを頂いた。

 一番下っ端の男爵バロンという爵位らしく、下っ端の割には名前だけはいかつい。

 これで名もなき底辺貴族から爵位持ちへと昇格したようで、少しは権力を使える立場になったらしい。

 それに伴い貴族章が二つに増え、俺の襟には星型の襟章が並んでいる。こうして見ると撃墜マークみたいでカッコイイ。

 ただディー曰く、一番下の爵位は侯爵以上なら誰でも与えられるもので、渡せる褒美がない時によく爵位を与えて誤魔化すことが多いとかなんとか。

 確かに爵位以外なんも貰えなかったなと思ったが、元からグルメル侯爵の暴走を止めに行っただけなので、それで爵位が貰えたなら喜ばしいことだろう。

 まぁ、このまま便利屋として使われそうな予感はするが、既にウチのチャリオットはロメロ侯爵子飼いの狂犬という噂が出回っている。

 狂犬なら飼えてねぇじゃんと思うのだが、あながち間違いでもないので訂正する気は起きない。

 

 ロメロ侯爵と話した後、その足で俺たちは黒土街に向かいロイヤルバニーたちの奴隷としての再登録を行っていた。

 彼女らの首や胸についているバーコードみたいな焼き印が、まだハゲテルが登録した時のままになっているらしく彼女達はもう一度焼き印を押さなくてはいけないらしい。

 焼き印は気絶するほどの痛みを伴うらしく、バニーたちはやだなやだなと言いつつも順次奴隷商館に入って登録を行いにいった。

 俺は黒土街の酒場で彼女達を待っていると、意外な男が隣に座った。


「エールを一つ、それとこの男にワイン、いやミードを」


 有無を言わさず俺に一杯おごって来たのはアランで、勝手におごったくせに渋々おごってやっているという感じの表情だ。


「どうしたアレックス。別にお前におごられないとやっていけないほどではないぞ」

「アランだ。一応強制労働から救ってもらった礼だ。勘違いするな」

「律儀だな。お前は助けたら石ぶつけてくるタイプだと思ってた」

「人をなんだと思っている。私はこれでも貴族だぞ」

「家出したから貴族じゃないだろう」

「うるさい」


 ふとアランが俺の襟章を見て、ピクリと止まる。


「お前、爵位持ちになったのか?」

「そうだぞ、だから敬語使えよ」

「死んでもお断りだ」


 そう毒づいてアランはマスターから差し出された麦酒を煽る。


「くそ、会った時は貴族ですらなかったのに、今は爵位持ちとは……」

「お前、結局あのけばい貴族はどうしたんだ? 雇い主だろ」

「0点と言われて雇い続けてくれる慈悲深い貴族なんて私は見たことがない」

「確かにこの世界はドライだからな。また冒険者に戻ったわけか。俺に一杯おごってる場合じゃないだろ」

「ふん、貴族はどのような状況でも品格を保たねばならんのだ」

「今までお前の行動で品格あったことないけどな」


 まぁ武士は食わねど高楊枝の貴族版みたいなもんか。


「お前のライバルとして忠告しておいてやるが、恐らく近いうちに聖十字騎士団内での内部分裂でこの辺りは荒れる」

「しれっとライバルになるな」

「忠告はした。爵位を得て、ロイヤルバニーを得たからといっていい気になるなよ。大事なものが増えれば増えるほど戦いは苦しくなる。お前はまた一つ苦しくなった」

「本音は?」

「正直羨ましい」


 こいつ麦酒一杯で酔ってんな。

 アランは酒を飲み干すと、貴様とはもう二度とあわないだろうと無駄に再会フラグをたてて店を出て行った。


「わりかしあいつも話せばいい奴……」


 俺はアランが酒代を払わず出て行ったことに気づいた。


「あの野郎、おごらせやがったな……」


 最後までイラッとさせられていると、今度はローブを目深に被った奴隷商のヨハンがやって来て俺の隣に座る。

 どいつもこいつも俺を見つけたら寄ってくるのやめろ。


「キング、話は聞いたぜ。爵位を得たんだってな」

「耳が早いな、ってか早すぎだろ」

「通りで冒険者風の男が、今酒場に行けば男爵になったばかりの男がいて、そいつが酒をおごってくれるって吹いて回ってたぜ」


 あのクソ野郎。早速恩を仇で返してきたか。


「誰も信用しちゃいなかったけどな」


 ヨハンは人の金で適当に注文して酒を煽る。


「キングはなんでまたこの街に来たんだ。奴隷買いか?」

「いや、ウチに入った新入りが奴隷でね、登録をしにきた」

「あぁ、焼き印押しに来たのか。奴隷泣き叫んでなかったか? あれ痛いってレベルじゃないからな。あまりの痛みに弱い奴なら脳が焼き切れるくらいだ」

「マジかよ……やだなやだなって言いながら商館に入って行った」

「自分で行ったのか? 根性あるな」

「焼き印が前の主ので、それを早く消したいらしい」

「あぁ、二回目か、二回目は麻酔使うから痛くねぇ」

「なんで二回目から麻酔なんだ?」

「一回目は奴隷に落ちたっていう烙印をその身に痛みとして刻む為に麻酔を使用しない決まりだ。二回目からは頼めば麻酔を使える」

「一回目から使えよ」

「古い決まりだし、その決まりに異議を唱えるのは奴隷だけだ」

「弱いものがなに言ったって無駄ってことか。ほんと貴族ってクソだな」

「あんたも貴族だろ? しかも爵位持ち」

「俺が偉くなるのは領民や仲間を守れるようになる為だ」

「ご立派。悪いことで仕事してるこっちには耳が痛ぇや」


 ちっともそんなこと思ってなさそうにヨハンは酒を煽る。

 すると、酒場にウチのウサ耳集団が現れた。どうやら焼き印が終わったらしい。

 全員いつものバニースーツではなく上は胸だけを隠すような薄着に着替えている。


「全員終わったわよ」


 カリンとサクヤが笑みを浮かべ、こちらに向かって来る。


「見て……これ」


 サクヤは自身の下乳を見せると、以前のバーコード型の焼き印ではなくハート形の焼き印が見えた。


「可愛くない? 皆これにしちゃったのよ」

「う、うん可愛い」


 でもハート形の焼き印って確か性的なことを専門にする奴隷につけられるんじゃなかったけ、と思いつつ、喜んでるので水をさすのはやめようと思った。

 キャイキャイとはしゃいでる兎たちを見てヨハンの眉間に皺が寄る。


「キング、これ、もしかして奴隷なのか?」

「えっ、あぁ三日月兎騎士団っていう、ロイヤルバニーの竜騎士たちだ」

「マジかよ、三日月兎って北方で有名なとこだろ? 一体いくらで買ったんだ?」

「金は払ってない」


 俺はこれまでの経緯を話すと、アランと同じように空から3億ベスタ降って来たみたいな話だなと例えた。


「焼き印見えてなきゃ誰も奴隷なんて思わねぇな」

「高級感ある子たちだしな」

「違う。普通どれだけ高級感があろうと奴隷は悲壮感が勝るし顔を見れば奴隷だと一目でわかる。それに対してこいつらはそう言った悲壮感が全くない」

「平伏の首輪もつけてるだけで何の制限もかけてないからな」

「それだけじゃないな……言葉で言い表すのは難しいが……この女ども盛ってやがるな」

「なんだそれ、やな言い方だな」

「奴隷のくせに男を見る余裕がある。バニー種は性欲が強いと聞いたことがあるが……」


 ヨハンはチラリとサクヤたちのハート形の焼き印と俺の顔を見比べる。


「奴隷が主人に恋愛感情? ありえねぇだろ」


 なにやらヨハンはぶつくさと言っているが、その時貴族らしきカールした口ひげの男がこちらに声をかけてくる。


「失礼、あなたが彼女達の主人かな?」

「そうだけど?」

「確認させてほしいのだが、彼女達は奴隷で間違いないのかな?」

「それが何か?」

「いや、別に因縁をつけるつもりはない。これほど容姿に恵まれている奴隷を見たことがなくてね。焼き印を見なければ奴隷とさえ気づかなかった」

「はぁ……」

「差し支えなかったらどこで購入したかや、いくらくらい出したのかを聞きたいのだが」


 カール髭の男が聞くが、明らかに周囲の貴族たちも気になっている様子で耳が大きくなっている。

 俺が本当のことを言おうとするとヨハンがドンっと肘で背中をうつ。


(なんだよ)

(一億って言っとけ)

(はぁっ!? 高すぎるだろ)

(俺があの女たちに値段をつけるならそれくらいか、もしくはそれ以上だ)

(マジか)


 本物の奴隷屋がそう言うのならそうなのだろう。

 でも別にお金なんて払ってないと言ってもいいと思うのだが。


(口が裂けてもタダなんて言うなよ。あの女たち奴隷業者にさらわれるぞ)

(一億って言った方が狙われるだろ)

(金は力だ。一億の奴隷が盗まれたら、主人がさらった奴隷商人を八つ裂きにするまで追って来るのはバカでもわかる。それにそんだけ資本力のある主人に手を出して自分の未来を想像できねぇ奴はこの街にはいねぇ)

(金持ちは敵に回したくないと)

(当たり前だ、金持ちは敵じゃなくて友達に限る。それに、そんだけ値段が高けりゃ、周囲の見る目はかわる。間違いねぇ)


 つまりはったりをうって超高い値段をつけておけば、貴族たちは本来奴隷を見る侮蔑的な目ではなく一億の宝石を見るような目になるってことか。

 そういうことなら、そういうことにしておこう。


「一人一億ベスタ」

「金髪と銀髪は二億だ」


 ヨハンがはったりを倍に上乗せする。


「に、二億!?」


 カール髭は目を剥き、髭がボヨンと深くカールした。


「じょ、冗談だろう? 桁があまりにも違うのだが」

「ほんとほんと。この子ら元三日月兎騎士団っていう、北方最強の竜騎士団だったんだ。それをこの冴えない兄ちゃんが全部買った。これでも安くしてやったんだよ」


 適当なこと言っていくヨハン。大丈夫かこれ、いくらなんでもバレるんじゃないかと思っていたが、カール髭の貴族はむっちりとしたロイヤルバニーたちの肢体を見てごくりと生唾を飲み込んだ。


「た、確かにそれくらいしてもおかしくないだろう。わ、私も欲しい! 君奴隷商だろ? 私にも一人売ってほしい!」

「毎度あり、でもバニーの奴隷は希少で今はいなくてね。優先的に回してほしいなら少し上乗せして調達料をいただけると助かるんですが」

「いいだろう! 商館で契約書をいただこう」

「毎度」


 ヨハンはクククと悪い笑みを浮かべている。

 なるほど、この男の本当の狙いは破格の奴隷を貴族に売ることか。

 でもロイヤルバニーなんて簡単に見つかるのか疑問だ。

 カール髭の貴族が酒場を出ていくと、ヨハンも立ち上がって金貨を一枚俺に放り投げた。


「良い商談が手に入った。おごってもらうつもりだったがおごってやるぜ」

「ロイヤルバニーが手に入らなかったらどうするんだ?」

「見た目の良い代替えの種族を調達して、これしか手に入りませんでしたって言えばいい。客が代替えの奴隷を気に入ればそのまま売るし、気に入らなければ調達料だけは俺の手元に残る」

「そのうち怒られるぞ」

「大丈夫だ、絶対貴族ってのは見つかるまで探して来いって言うに決まってる。その度に継続的に調達料が手に入る。最高だな」

「いつか刺されるぞ」

「危なくなったらトンズラするだけだよ」


 ヨハンは正しく悪党らしいことを言って貴族の待つ商館へと向かって行った。


「……二億も、しないよ?……多分」


 ヨハンとの話を聞いていたサクヤが小首をかしげるが、俺は笑って返した。


「そうだな人に値段なんかつけられないな」



 それからしばらくして、奴隷業界に高級志向のロイヤルスレイブという、新たな奴隷ジャンルが産まれたのだった。

 高級なペットを買う感覚で、労働などは一切強要されず主人より大事にされる奴隷ができあがり、奴隷の意味とは一体……と存在意義を問われることになるのだった。



 アイアンシェフ編      了


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次回は書きだめの為、お休み予定です。

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