第200話 アイアンシェフXⅥ

 グルメルは味噌汁と米を全て食べ終えると、ゆっくりと瞳を閉じた。


「採点を言い渡す。調理者梶、いやトライデントよ。そちらの料理、キノコの味噌汁は……」


 全員に緊張が走る。侯爵は全て食べてくれたとは言え、恐らく味ではハゲテルに軍配が上がるだろう。ここで高得点を出せたとしても、奴に勝てなければ意味はない。

 その様子をライバルであるハゲテルも眉間に皺を寄せながら耳を傾ける。


「……きゅ…………95点にゃも!!」

「ぃよっし!!」


 5点差で勝った!


「バカな!?」


 傍で見ていたハゲテルは驚愕と憤りの声をあげる。


「あんな味噌汁がワシの料理を上回るなんてありえん! 解毒作用があるからと言って点数を贔屓しているじゃろう!」

「黙るにゃも!!」


 グルメルはくわっと目を見開いた。


「そちが憤る気持ちはわかるにゃも。味だけの点ならハゲテルが圧勝。しかし、朕は鋼龍降臨料理創生記を食した後、おかわりを食いたいとなぜだか思わず、胃がしめつけられるような苦しさを感じた。その証拠に朕は全て食べきれず、少し残してしまっているにゃも」


 確かにグルメル侯爵はハゲテルの料理を食べた後吐き戻していたし、少しだけだが食べ残してしまっている。


「逆に朕はこの味噌汁を飲んで、深い懐かしさと自身の料理の原点である母の味を思い出すことができたにゃも。料理は愛だなんてことは言わないにゃも。しかし、この味噌汁は誰かのために作り上げられた究極の一杯であり、そちの味だけを追い求めた鋼龍降臨料理創生記と対極の位置にある料理にゃも」

「そんな、たかが味噌汁ごときに」

「たかが味噌汁にゃも。しかし、この味噌汁は朕の雇う料理人や、恐らくそちでも再現するのは不可能にゃも。こんなことを言うのは料理の選定者としては相応しくないが、朕はあの味噌汁なら何杯でも食べられるがそちの料理は一杯で満足になるにゃも。それがなぜなのか朕にも説明できないにゃも」

「ふざけるな! そんな理由でワシが納得できるわけないじゃろう!」


 ハゲテルが頭の血管を浮き出させて更に激昂した時だった。

 G-13が、食べ残された鋼龍降臨料理創生記をアームで持って運んできたのだ。


[グルメル侯爵ガ、何故コノ料理ヲ食ベキレナカッタカ説明スルコトガデキマス]

「本当か?」

「朕に説明できぬことを、なぜロボットが説明できるにゃもか」

[先日ウェイウヴォアーノ鑑定ヲ行ッテイマシタガ、ソレト同ジ成分ガ、コノ料理カラ検出サレマシタ。ソレモ通常ウェイウヴォアーノ約1000倍以上ノ含有量デス]

「めちゃくちゃ一杯入れたってことか?」

「ウェイウヴォアーが入ってたら朕が気づくにゃも」

[恐ラク、ウェイウヴォアーノ原料トナルモノヲ、ソノマママ入レタト思ワレマス]

「ってことはハゲテル、お前ウェイウヴォアーの原料が何か知ってるな!」


 俺が指さすと、ハゲテルは大きく首を振るう。


「し、知らん! ワシは何も知らんぞ!」


 何も知らないと言ってるくせに、ハゲテルは大急ぎで逃げようとするのでサクヤとカリンが奴の体を拘束する。


「離せ! この恩知らずの淫売兎どもめ!」

「恩とか笑わせるわね」

「……殺したい」

「おいハゲ、ウェイウヴォアーの素材はなんだ?」

「知らんと言っておるだろう!」


 シラを切るハゲテルに、多少手荒な手を使うかと思い、俺はベルトを外しパンツを脱いでケツを直に奴の顔に押し付けようとした時だった。

 突如ズンズンと何か巨大なものが近づいてくる音が森の中に響く。

 なんだと思い後ろを振り返ると、そこには右腕は破損して火花が上がり、ボディのいたるところが泥まみれになったゼノのアーマーナイツが木陰から現れたのだ。


「あれ、あいつまだこの島にいたのか」


 そういえばトウヤが奪ったと思われる新型アーマーナイツをぶっ壊しても何にも言ってこないなと思っていたが、どうやら何かしらトラブルに巻き込まれていたと見える。

 様子がおかしいゼノのアーマーナイツは、巨大な剣を抜いて突如こちらに向かって斬りかかって来た。


「なんだ!?」


 アーマーナイツは集まっていた人間をかきわけ、グルメル侯爵へと刃を向けたのだった。

 俺は侯爵の体を無理やり引っ張って剣をかわすと、剣は大きく地中にめり込む。

 攻撃の反動で、アーマーナイツは関節のいたるところからバチバチと火花を上げ機能が停止してしまう。

 ゼノは即座にコクピットから降りると、巨大な斧を担いでグルメル侯爵に斬りかかった。


「なんなんだよお前!?」


 俺は間に割って入って黒鉄で斧を受けるが、あまりにも一撃が重い。


「この邪教徒がっ!!」

「いきなり何言ってるんだお前!?」

「なにじゃありませんわ! 邪魔するならあなたも邪教徒として殺しますわよ!」


 ゼノは激昂しており、まともに話ができる状況ではない。


「やめるよろし」


 声が響いて振り返ると、そこにはレイランとエーリカの姿があった。

 エーリカは無理やりゼノの体を羽交い絞めにして力で抑え込む。

 どうやらゼノを連れて帰って来たのはこの二人らしい。

 エーリカはゼノの首筋に鎮静剤を打ち込むと、牙をむきだしにしていた彼女の体から力が抜ける。

 だが、意識は失っておらず、こちらを食い殺そうとするような怒りの瞳で睨んでいる。


「説明してくれ二人とも、なにがあったんだ!?」

「我々は沼の転移魔法陣の出口となっている、島中央の施設を潜入調査しました。内部を調べると、食料加工センターというのは表の姿で、地下は邪教徒アモンの目が運営するウェイウヴォアーの生産工場でした」

「アモンの目!?」

「ええ、工場には邪印が刻まれていましたので確実でしょう」

「ってことは二人ともウェイウヴォアーの製造過程を見たのか」

「はい、ウェイウヴォアーの原料はベルゼハエの卵と卵から孵った蛆でした。それをすり潰し希釈して粉末状にしたものを缶にしています」

「なんだって!?」

「工場には巨大なベルゼバエがうじゃうじゃいて、たえず卵を産み続ける、生産ラインが出来上がってたネ」

「ちょっと待て、奴らは確か人間や生物に卵を産みつけるんじゃ」

「はい、奴らは工場に運び込まれた奴隷に卵を産み付けていました」

「産卵が終わった後、次から次に奴隷は機械に乗せられて連れて行かれるネ」

「それわざわざ産み付けた卵を摘出してたのか?」

「違います」

「人間ごとプレス機で潰して、全部ぐちゃ混ぜネ。ハエの卵に人間の血を混ぜると、尋常じゃない中毒性を持ち、尚且つ味覚神経を麻痺させ、自身に都合の良い味に錯覚させる万能調味料ウェイウヴォアーのできあがりネ」


 その話を聞いて全員の顔が青くなる。

 真実を聞いて少しでもウェイウヴォアーを食べたことがある人間は胃液が逆流しているようで顔色を悪くしていた。


「なぜそれでゼノが怒り狂ってるんだ」

「彼女は運び屋にされたのです」

「コノ女、食品加工センターに食料を運んでると思いこまされていたけど、実際運んでたのは苗床用の奴隷だったネ。ご丁寧に中を覗かれても大丈夫なように奴隷に幻影の魔法までかけられてたネ」

「ってことはグルメル侯爵が世界中から奴隷を集めてたのって……」

「ウェイウヴォアーの材料にする為ネ」


 なんだコイツは、料理食ってるときはまともなこと言ってたから普通だと思ってたが、真正のサイコパスはコイツじゃねぇか。

 俺はグルメル侯爵に向き直る。


「し、知らないにゃも! 朕はここでウェイウヴォアーを作ってるのは知ってたにゃもが、材料とかアモンのなんとかなんて知らないにゃも!」

「見苦しい言い訳を! わたくしの仲間はあの工場でハエに襲われて命を落としましたわ!」


 確かにゼノの周りには後二人、アーマーナイツに乗った側近がいたはずだった。姿が見えないと言うことは……。


「本当にゃも! 朕は何も知らないにゃも! ここのプラントの管理は全てバートレーがやってたにゃも! 奴隷もバートレーが必要だからって理由で集めただけにゃも!」


 グルメル侯爵は泣きそうになりながらバートレーを見やるが、言われた執事の姿は周囲にない。

 ついでにハゲテルの姿も見えない。


「野郎、逃げたな」

「追いかけますわよ!」



 その頃、バートレーとハゲテルは船のある海岸へと向かって走っていた。

 バートレーの首筋に隠していた不気味な目玉の邪印が浮かび上がる。

 それは彼が邪教徒である証であった。


「あ、あなたが料理にベルゼバエの卵を直接入れるからです。あなたほどの実力があればハエの卵なんて使わなくてもよかったはずです、ハイ」

「黙れ、貴様があんなバカ女を運び屋にするからじゃろう!」

「ようやくあの肉だるまを毒で殺し、私がアイアンシェフ領を治めることがことができたというのに全てがパァです……」

「自分の為に奴隷を何百人と殺した男が領主か」

奴隷家畜を食品加工して何が悪いのです。とにかく逃げなくては! 財源であるこのプラントが潰れたと知れば、”教皇”様に粛清されてしまいます、ハイ」

「ウェイウヴォアーの作り方を教えたワシまで消されることはないじゃろうな!?」

「そんなことわかりかねます、ハイ」


 二人が全力で走っていると、急に足が重くなり、まるで深い沼に足をとられてしまったように全く動かなくなってしまう。


「脚が……動かぬ」

「な、なぜ」


 後もう少しで脱出用の船までたどり着けるというのに、二人は森の中で身動きがとれなくなってしまった。

 周囲を見渡すと、突如景色が一変してそこはロイヤルバニーたちを沈めた腐敗沼と変わったのだった。

 全力で海岸に向かっていたはずなのに、なぜか沼のど真ん中で動けなくなっており、二人は混乱する。


「な、なんだこれは!?」

「まさか幻影を見せられたというのですか、ハイ」


 狼狽する二人の前に、一人の男が現れる。ローブにマスク姿の男は中空に浮かびながら二人を見下ろす。


「し、司祭様! どうかお許しを、ハイ」

「ワシは関係ないはずじゃ!? ワシはお前らアモンとは関係ないじゃろう!」


 ローブの男は何も答えず、パチンと指を鳴らすと、沼の中から大量の死体が浮かび上がってきた。

 そのどれもがハエの苗床にされたもので、まともに原型をとどめているものがない。

 さなぎ化した死体がメキメキと音をたてて割れると、そこには成虫へと成長したベルゼバエの姿があった。

 ベルゼバエは糸を引く羽を伸ばすと、不快な音をたてて空へと羽ばたいた。

 脱皮直後で腹をすかせたベルゼバエはバートレーに組み付くと、頭から削るようにして食らっていく。


「ああああっ、やめ、やめ、あああああっ!」


 隣でベキベキと音をたてて食われていくバートレーを見てハゲテルは恐怖する。


「嫌じゃ、死にたくない! ワシは料理人としてこれからも生きていくんじゃ!」


 ハゲテルが叫びをあげると、隣でバートレーを食っていたベルゼバエが飛び立ち、森の中へと消えていく。

 人間一人で満腹になったのかと一瞬ほっとするハゲテルだったが、今度は産卵を控えた腹の大きいベルゼバエが二匹飛んできたのだ。

 ハエは沼の中で身動きできないハゲテルを見つけると、背中に一匹が組み付き、顔面にもう一匹が張り付く。


「やめろ、やめろおおおおっ!! おごっ」


 ハゲテルの口と肛門にベルゼバエの赤黒くグロテスクな卵管が挿し入れられ、ハエたちは直腸と胃の中に産卵していく。


「おごぉぉぉぉっ!」


 産卵を終えたハエたちはハゲテルを解放するが、また次のハエがハゲテルの体に組み付き産卵していく。

 ハゲテルが前に「順番に産めばええのに」と言ったのを守るようにハエたちは自分の順番が来るまで仲良く空を旋回している。

 全てのハエたちが産卵を終える頃にはローブ姿の男は消えていた。



 俺たちがハゲテルたちを確認できたのは奴らが逃げ出してから三時間後で、海岸に向かって逃げたと目撃情報があったのに、見つかったのは因縁のある腐敗沼だった。

 二人は無惨な姿で沼に浮かんでおり、バートレーは原型がわからなくなるくらい体がすり潰され、ハゲテルの方はベルゼバエに組み付かれ産卵されたようで、腹部が破裂してしまっており、周囲に臓物をぶちまけている。

 その臓物を孵化した大量の蛆が食らうという地獄絵図であり、誰もが顔を背けたくなる光景だった。


「バートレーの遺体からアモンの邪印を確認しました」


 死体を調べていたディーも、吐き気をおさえているようで顔色が悪い。


「ハゲテルは?」

「いえ、彼の方には見つかりませんでした。島に来ているグルメル侯爵の私兵に話を聞くと、バートレーはグルメル侯爵に強い恨みを持っていたようです」

「復讐のためにアモンの目に入った?」

「背景まではわかりませんが、彼はウェイウヴォアーが毒であることを知っていてグルメル侯爵に大量に摂取させていたようです」

「確かに、グルメル侯爵も原材料を知ってたらウェイウヴォアーなんて絶対食うわけないもんな。工場は?」

「捜索しましたが、工場にいた職員は既に転移の魔法陣で逃亡。施設は自分達で破壊したようです」

「……邪教徒の資金源を潰せたのはいいことだな」

「グルメル侯爵はアイアンシェフ領および、輸出した全てのウェイウヴォアーの回収、破棄、領民の病院での検査を行うことを決定したようです」

「そうか……あんな魔法の粉なんかに頼らなくたって美味い飯はできる」

「本人自身も領地に帰ってすぐに入院するそうです」

「そうか、ゼノは?」

「バートレーとハゲテルの死体を見て引き上げることを決めたようです。それと侯爵が進めていた輸出料金の引き上げは撤回するそうで、これからも今の料金を維持するそうです」

「そのことに関してはロメロ侯爵に良い報告ができそうだな」

「はい」

「とにかく目的は達せたわけだし、俺たちも引き上げるか」

「ええ、我々も少量ですがウェイウヴォアーを摂取してますので戻ったら検査と浄化を行いましょう」


 ディーと話していると、今回の立役者であるマイコニドがひょこひょこと歩いてくる。

 あいかわらずのポーカーフェイスっぷりで、何を言いたいかはわからない。


「お前には世話になったな。大活躍だったぞ」


 そう言って傘を撫でてからバイバイとお別れするが、マイコニドはひょこひょこと後ろをついてくる。


「む……ついてくるな」


 その光景を見たクロエがあらあらとほほ笑みながらマイコニドを抱き上げた。


「パパ、連れて帰ってもいいですか?」

「ウチの料理大臣がそういうならいいだろ」


 俺もキノコ料理が好きになってきたしな。


 その後グルメル侯爵は強制労働送りにした冒険者や貴族たちを全て解放し、島で利用した料金も全てとらないと公言した。

 邪教徒は引っかかるが、とりあえずトラブルは全て解消できたのだった。



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次回 アイアンシェフ編エピローグ

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