第198話 アイアンシェフXⅣ

 ディーが状況を察してこちらにやってくる。


「どうやら待つのに飽きたようですね」

「ああ、しびれを切らして島におしかけてきたって感じか」

「この程度の兵力なら突破して島を出ることも可能ですが?」

「それじゃ根本の解決にならないだろ。勝負するしかない」

「そうですね」

「しかしグルメル侯爵、具合悪そうだな」

「体調の悪化と侯爵の機嫌は比例しているように見えますからね。ちなみにいくら請求されました?」


 俺はディーに明細を見せると、彼女も苦い顔をする。


「メタルドラゴンが響いてくるだろうとは思っていました。グルメル侯爵が我々の料理に一体いくら支払ってくれるかですね」

「俺たちのキノコ料理に2800万も出してくれるか心底不安だ」

「侯爵は見込みのないものは料金を請求すると言っているだけで、彼をうならせるものを出せば、この料金は負担してくれると思います」

「だといいが」


 しかし唐突にちゃぶ台をひっくり返してくる奴だからな。美味いものを出してもお金はもらうとか言いそうで怖い。

 俺が深刻そうな顔をしていると、サクヤも泣きそうな顔になっていた。


「王君……ごめんね……わたしたちのせいで」

「いや、その点に関しては全く後悔してないから気にしなくていい」

「ごめん……」


 言い換えれば、この2800万はロイヤルバニーたちを救うために使ったようなもの。

 そう考えれば安いものであろう。

 サクヤはこちらを熱く見つめ、後ろからぴったりとくっついてくる。暖かく柔らかな感触が背中に当たり、甘い匂いが鼻腔をくすぐる。

 するとディーがうぉっほんと不機嫌そうな咳払いをする。


「とにかく最後の仕上げを行いましょう。このキノコ料理は確実にグルメル侯爵が求めているものです。後は見た目食欲をそそる何かをつけくわえるだけでいいはずです。他の参加者を気にしている余裕はありませんので、そこをつめましょう」

「わかった」



 俺たちは適当にくじを引かされ、料理をする順番を決めることになり奇しくも一番最後となったのだった。

 俺たちはチャリオット全員を集めて、最後の食材集めの指示を行う。


「幸いにも俺たちの順番は一番最後だ。食材を集める時間が少しだけだがある」

「やはりここはグルメル侯爵が好きな肉を集めますか?」

「いや、今から他の素材の味をがらりとかえてしまうメイン食材の調達はやめよう。銀河」

「はい、なんでしょう?」

「お前、アレ持ってるよな?」

「アレですか?」

「あぁウチでは皆結構日常的にアレを食ってるけど、あれは結構珍しい類だ。クロエと一緒に調理に回ってくれ。順番がまだだから本格的な調理はできないが、下ごしらえは重要になる」

「はい、お任せください」

「皆には俺が指示するものを集めてきてほしい。恐らく作らなきゃいけないものもあると思うが、それは都度聞いてくれ。俺は何人かの冒険者の料理を見て、グルメル侯爵の好みを探る」


 了解と全員が頷き、即座に散り散りになって食材探しと調理の下ごしらえに移る。



 審査が始まり、俺は一番手の冒険者が作る料理をその場で観察しておくことにした。

 ひげ面で料理とは無縁そうな冒険者は、自信ありげに出来上がった料理をテーブルに並べる。


「冒険者仲間の中じゃ、俺の料理は評判なんだ。きっとあんたの舌を満足させると思うぜ」


 出されたものは赤ワインの匂いが香るビーフシチューで、大きめの野菜と牛肉がゴロゴロしており、見るからに美味そうという感じだ。

 グルメル侯爵は差し出されたビーフシチューをすくい、一口食べると難しい顔をしている。

 まずいと言うよりは味の採点どうしようかなと迷っている風に見える。


「ん~……10点にゃも」

「えっ、それってもしかして」


 最高得点いきなり出たのか? といかつい顔をした冒険者の顔がパッと明るくなる。


「勘違いするなにゃも。100点満点中10点にゃも」


 一瞬で天国から地獄へと突き落とす言葉で、冒険者たちは顔を青くする。


「ど、どうしてなんだ!? 俺のシチューは現地調達でも美味いって評判で……」

「まず、いろんなものを食している朕になんのひねりもないビーフシチューで減点にゃも。味も朕の予想通り、肉は下ごしらえがされておらず硬く、野菜もあくをとってないから土の臭いが残って不快にゃも。そもそもビーフシチューはルーに素材の味が浸透するには年単位で煮込んで味に深い層をつくるものにゃも。それをどうカバーしてくるかが料理人の仕事だが、ただ仲間内で評判程度のシチューなんぞ予想通りの味もいいとこにゃも」


 かなり辛口だ。だが言ってることは結構まともだ。


「味の採点を下すにゃも。このビーフシチューの価値は0ベスタにゃも。満額使った料金払うにゃも」

「そ、そんな、400万もいきなり払えないぞ!」

「知らないにゃも。こいつらを船に連れて行くにゃも」


 兵達は冒険者を強制送還用の船へと連行していく。

 俺はその光景を見て苦い顔になる。

 やばいな、これ食べてさえくれない可能性すらでてきたぞ……。

 ぼやぼやしてられない、俺も皆を手伝おう。

 そう思った時、エーリカとレイランが俺の前に立つ。


「ワタシたち少し気になることあるネ。それ見に行っていいよろしか?」

「気になること?」

「あの沼のことなのですが、沼の中を調べると大量に死体が見つかりました」

「死体っ!?」

「ええ、恐らくどこかの奴隷と見られます。死んでからあまり日が経っていませんでした。深く調べた結果、あの沼、底に転移の魔法陣が設置されているのです」

「それが、島中央の施設に繋がってるネ。大量の死体と沼の底に設置された転移魔法陣気になるから、さぐり入れるネ」

「確かに気になるな。なにかわかったら教えてくれ」

「了解しました」


 なにかやばそうな雰囲気だが、エーリカとレイランの二人に任せておけば多分大丈夫だろう。



 それから約四時間、俺たちの料理の下ごしらえは済み、後はここで調理するだけになった頃、順番も近づいてきていた。

 グルメル侯爵は朝からずっと料理を食べ続けている。彼の採点はわかりやすく、一口しか食べないものに関してはほぼ10点、二口め何か具材を口にしたときは20点で、ここで初めてグルメル侯爵は料理に価値を認めてくれる。と言っても支払われるのはせいぜい1000ベスタくらいで、利用料金の足しにすらならない。

 ちなみに今のところ二口以上グルメル侯爵は食べておらず、ほとんどの冒険者が強制労働送りにされている。

 それと同時に侯爵は予想通り美味いものにありつけずイライラしており、最初の方はまずい理由を述べていたが、今ではまずいと一言怒鳴って点数を言うだけになっている。


「まずい! 10点にゃも! この料理の価値は0ベスタにゃも!」


 怒鳴られた貴族風の男性は肩を落として、すごすごと引き下がっていく。

 ギャラリーもかなり減り、残っているのは俺、アラン、ハゲテルの三人だけになっていた。


「さて、次は私のようだな。一つ侯爵の頬でも落としてくるかな」

「多分無理だと思うけど頑張れよ」


 アランはキザったらしく厨房に立つと、前髪をかきあげてから調理帽を被り、格好だけはカリスマ調理師みたいになると、手際よくオリーブたっぷりのパエリアを作り上げた。勿論ウェイウヴォアーをしこたま入れている。

 見た目だけは綺麗で、黄金色のライスと、大きいムール貝が花のように咲き、パプリカの彩が美しい。


「どうぞ、侯爵。これぞパエリアを超えたパエリアオブグランデアランスペシャルです。きっとこれを食べたら他の物は食べられなくなりますよ」


 相変わらず無駄に自信だけはたっぷりで、世界はったり選手権とかあったら優勝しそうな奴だ。

 グルメル侯爵はパエリアをスプーンですくい、匂いをかいだ瞬間、パエリアの皿を持ち上げた。


「そぉい! にゃも!」


 グルメル侯爵は掛け声と共に黄金色のパエリアをアランの顔面に投げつけた。


「あっつあっつあっつ!! 一体何をするのです!?」


 顔を火傷したアランは米を落としながら憤るが、カンカンになってるのは侯爵の方だった。


「お前、ウェイウヴォアー入れたにゃも」

「えっ……」

「朕はウェイウヴォアーを死ぬほど食べたから、もうウェイウヴォアーが入ってるかどうか匂いだけでわかるにゃも。あれを使えばうまい料理はできるにゃも。でも、あれは舌をごまかすだけの反則調味料。あんなものを使って料理と言い張る料理人はさすがにいないと思ってたにゃもが、そんなバカがいるとは許せんにゃも。お前の料理は0点にゃも! こいつを連れて行って、二度と料理ができない体にしてやるにゃも!」

「そ、そんな、侯爵! 侯爵!」


 アランは兵に両腕を掴まれて連れて行かれてしまった。

 二度と料理ができない体って一体どんな体なんだ。俺の頭に両腕をハサミやフックにされたアランが浮かぶ。


「さて、次はワシかのう……」


 ハゲテルは不気味な笑みを作りながらキッチンへと向かう。

 奴がメタルドラゴンの料理を作ることは知っているが、一体どんな料理が飛び出すのか。

 ゴクリと生唾を飲み込むと、ハゲテルは準備してきた食材を取り出し、それを突如全て上空に放り投げたのだ。

 あの爺とうとうトチ狂ったのか!? そう思ったがハゲテルは中華包丁を両手に持ち、掛け声を上げて、跳び上がったのだ。


「ハイイイイイッ!!」

「なんにゃも!?」

「バカな、あの爺空を跳びながら肉を切り裂いているだと!?」

「ハイハイハイイイイイッ!!」

「切られた食材が、空を舞いながら熱せられた中華鍋の中に飛び込んでいく!?」

「ハイイイイイイイハイハイハイイイイイッ!」

「凄まじい勢いで中華鍋から炎にゃも! バカな!? 鍋から炎が上がった瞬間肉が焼き上がっているにゃも!?」

「ハイイイッハイイイセイセイハアアアアア!」

「今度は中華鍋を両手に持って、空中で回転させているだと!?」


 まるでお手玉の如く中華鍋が空を舞う。


「よく見ておけ、小僧! これがワシの必殺料理、中華曼荼羅じゃあ!」

「バカな、回転する中華鍋が三つに増えているだと!? あれに一体何の意味があるんだ!?」


 空を舞いながら炒められていく料理の後ろに、俺たちは巨大なドラゴンの影が見えた。


「あれは、メタルドラゴン! 調理されているメタルドラゴンの幻影が見える!?」

「朕にも見えるにゃも! 雄々しく天に咆哮をあげるメタルドラゴンの姿が! あれは凄まじい力を持つ料理人にだけ使えると言われる、食影投射チャントゥイーシェン!」

「食影投射!?」

「あまりにもアレをうまいことアレしたら調理されている食材の影が見える、料理人必殺技的アレにゃも!」

「なんでそのへんぼんやりしてんだよ! あとなんで料理人が必殺技持ってんだよ!」

「伏せるにゃも!」


 直後俺とグルメル侯爵はあまりにもすさまじい料理に吹き飛ばされ、周囲の木々に激突する。

 突風に木々が大きく揺れ、野鳥がギャーギャーと鳴き声を上げて空に飛び立つ。

 それと同時にハゲテルの頭から虹色の光が漏れた。


「宮廷料理人奥義! 最終的必殺鋼龍降臨料理創生記!」


 キッチンに爆発と同時に竜巻が起こり、俺たちは木々に掴まっていないと海まで吹き飛ばされてしまいそうだ。

 虹色のハゲテルの光と共に俺たちの脳裏に歴代の宮廷料理人、食の鉄人、アイアンシェフと呼ばれた料理人たちの幻影が次々と過ぎ去り、料理の深い歴史がなだれ込んでくる。


「こ、これが料理創生の歴史にゃも!?」

「俺たちは料理の起源を見せられているのか!?」


 神々しい光が天空を切り裂き、メタルドラゴンの影が雲を割って姿を現し、鋼の王たる咆哮をもう一度あげる。


「にゃもおおおっ!!?」

「侯爵!」


 俺は吹き飛ばされかけたグルメル侯爵の腕を掴んで必死に爆風に耐えた。

 そして数瞬おいて、光はおさまりテーブルの上にはドラゴンを模した料理が出来上がっていた。

 精巧な飴細工のようにも見えるドラゴンはキラキラと鈍色の光を放っている。見ただけで腰を抜かしそうなほどの威圧感があり、その美しさは芸術品と言っても過言ではなかった。


「凄い、これが鋼龍降臨料理創生記……」


 ごくりと喉がなる。

 グルメル侯爵は恐る恐るドラゴンを模した料理にフォークをさし、口の中に含む。

 一口食べた瞬間だった。侯爵はすさまじい竜巻に吹き上げられると、彼は食影であるメタルドラゴンの頭部に仁王立ちしていた。

 侯爵が暁の地平線を指さすと、そこに原初の光が差す。


「これが……起源。朕は今、起源を食してるにゃも……」


 グルメル侯爵は食の起源に言葉は無用と首を振り、ガツガツと鋼龍降臨料理創生記を食したのだった。

 食べ終わって一息つくと、大きな腹が揺れる。侯爵は閉じていた目を開き言葉を紡ぐ。


「大変美味であった」


 凄い、グルメル侯爵から初めて美味いという言葉が出た。


「朕は満足しておる」

「光栄ですな」

「採点を言い渡す。調理者ハゲテルよ、そちの料理鋼龍降臨料理創生記は……」


 緊張の一瞬だ。ハゲテルは笑みを浮かべ、言葉を待つ。その顔はこれ以上ないものを作ったことによる勝ち誇りでもあった。


「90点にゃも!」

「お、おぉ……」


 凄い得点だ。しかし、あの凄まじい料理なら100点に行ってもおかしくはなさそうだったのだが。

 ハゲテルも同じ感想で、むしろ怒りを露わにしている。


「なぜじゃ、なぜこれほどの料理で満点ではないのだ!?」

「ハゲテルよ、そちの料理は確かに美味い。世界一を競えばトップになるかもしれないにゃも。しかし味は満点、だが見た目はどうにゃも?」

「素晴らしい造形のドラゴンであったじゃろう!? そこに何が不満なのじゃ!?」

「朕は料理を作れといった。あれでは芸術作品にゃも。単純に言えば、食いにくいにゃも。料理とは最後には腹の中に納まる。見た目は勿論重要、しかし食いたくない、このまま見ていたいなどと思わせてはいけないにゃも。料理は食べたいと思えるものでなくては」

「ぐ、ぐぬぬぬぬ」


 なるほど、グルメル侯爵が言ってることはもっともだ。味はともかく、とにかく食いづらそうであったのは確かだった。これがそういった芸術的な見た目を重視するなら文句なく満点だったのだろうが、料理はやはり食べてなくなってしまうものという侯爵なりの観念があるのだろう。

 しかし、高得点であることは間違いなく、この点数を超えるとなると、俺もそろそろ逆立ちしながら包丁を使うようなことをしなければならないかもしれない。


 次はとうとう俺たちの番だ。

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