第21章 冒険者養成学園

第160話 内部分裂

 聖十字騎士団、総本山モンサンロード


 城と教会が一体化した聖十字騎士団本拠地、グロウスター城前には、巨大人型兵器であるアーマーナイツが剣を地面に突き刺し膝をついている。

 そのうちの一体の胸部コクピット部分から、髪をクロワッサンのように縦ロールにした気の強そうな騎士甲冑姿の少女が降りてくる。

 彼女の側頭部には立派な角が二本伸びており、この立派な角は祖先であるベヒーモス種の角の名残と言われている。この角が立派であればあるほど魔力値が高く神聖が高いとされている。

 彼女の名は聖十字騎士団第三シュヴァリエ隊長ゼノ・シュツルムファウゼンであった。

 ゼノは城の入り口で、同じく二番隊隊長である盲目のセルフィ・シャルロットと合流し城の中へと入る。


「またあの豚どもの話を聞かなければならないと思うと嫌気がさしますわ」

「姫の救出方法がわかるまでは大人しくしてるんだよ。君は血気盛んだからね」

「わかってますわ」

「大体三番隊は君と同じように……」


 ゼノは絨毯に蹴躓きかけたセルフィの体を支える。


「目が見えていないのですから、危ないですわよ」

「すまない。全周囲に魔力を飛ばして空間把握はしてるんだけどね。地面のものには弱くて」


 セルフィの目がずっと閉じられたままなのは、幼少時代から目が見えなかったせいでもある。

 しかしながら武術、魔法には天賦の才があり、騎士団長であるアンネローゼのとりたてもあって隊長として起用されていたのだった。

 今では騎士団のブレーキ役として、彼女抜きでは団がなりたたないとまで言われている。

 二人が会議室の中へと入ると、他の騎士団団長及び教会教皇クラスの人間が集められ、巨大な円卓には既に二十人近くの人間が席についていた。

 円卓は丁度神官半数、騎士半数にわかれており、教会側の人間は全員が同じ法衣に神官帽と全く個性が無い。対照的に騎士側は装備もまちまちであり、騎士のくせに忍び装束を身にまとった目つきの鋭い女や、ローブで顔を隠したものなど見た目にまとまりがない。

 円卓席の中で二つ、他とは違い豪華な造りになっている席がある。一つは教会のトップである大教皇レッドラムが着座し、もう一つには騎士団側のトップであるアンネ―ロゼ姫騎士団長が席に着くはずであった。

 しかしアンネローゼの席は空席になったままで、彼女が現れる様子はない。

 金銀が編み込まれた法衣を着たレッドラムは周囲を見渡し、部屋の中にある大時計で時間を確認してから話を切り出す。


「それでは六木の月、定例円卓会議を始める。その前に」


 レッドラムが合図をすると、首輪に繋がれた甲冑姿の女が大柄で筋肉質な男に引きずられてやってきた。


「離せ!」


 女は暴れるが無理やり床に押さえつけられる。

 それは以前オンディーヌ領でオリオンと戦ったことのある、竜騎士ドラニアであった。

 騎士団側は驚いているようだったが、教会側の人間は無表情なままだ。


「この女は我々が秘密裏に加勢したオンディーヌ領での戦争で敗走し、更に次に与えた戦地でも無様に敗北を繰り返し兵を失いながら帰還した。あのような弱小王に負けるなど到底認められたものではない」

「ふざけるな! あんな連戦では竜を休ませる暇もない! 竜騎士隊を壊滅させたのは貴様だ!」

「ふん、口だけは達者だな。教会はこの失態を重く見て、聖十字騎士団第六シュヴァリエ隊長、竜騎士ドラニアの軍事責任を問い略式裁判を開く。教会側はドラニアの団長解任及び、黒土街送りを騎士団側に要求する」


 黒土街とは、聖十字騎士団領にある奴隷市のことであり、奴隷に落とされた人間に人権はなく、家畜以下の扱いを受ける。レッドラムはドラニアを奴隷送りにすることを要求してきたのだ。


「それでは採決に移る。賛成のものは挙手を」


 すると教会側全員が手をあげる。

 本来軍務や内政の重要事項に関して聖十字騎士団はこのように騎士団側と教会側で議題に対して採決をとって進行する。

 しかし、今現在騎士団側に例え不利な採決でもひっくり返せる唯一の絶対権限をもつアンネローゼは出席しておらず、ほとんど教会側の言い分が無条件で通る状況になってしまっていた。


「それでは賛成多数で可決……」

「お待ちください、ドラニアの処遇に対し、保留を要求させていただきますわ!」


 机を叩き立ち上がったのは、ゼノであった。


「アンネローゼ様がいない今、騎士団の処遇を教会側が勝手に決定することはあってはならないことですわ! それにオンディーヌ領への派兵は教会側の独断。それに対して騎士団側だけが罰を受けるのは納得できません!」


 その声にレッドラムの側近であるケルビムが声を上げる。


「アンネローゼ姫殿下が円卓会議にご出席なさらないのは騎士団側の都合でしょう? 本来なら円卓会議は最も重要な公務。それを体調不良でご欠席されているのでしたら、それにかわり教会側が決断するのは当然でしょう。派兵の件も独断と言われていますが、アンネローゼ様の母君であらせられるマリアローゼ女王陛下に許可をとっております」

「女王陛下は病で床に伏せられていますわ! 軍務の裁可など下せるはずがありません!」

「と、言われましてもね。詳細はアンネローゼ姫にもお話していますので、姫様からお聞きいただければ良いことでしょう」

「不浄監獄に監禁しておいてよく言う……」


 ゼノは忌々しいと吐き捨てるように言う。


「ゼノ卿、今のは聞き流しておきますよ」

「とにかくドラニアの処遇に関してはアンネローゼ様が会議に復帰されてから採決を――」

「それは一体いつになるというのですか?」


 やれやれと肩をすくめるケルビムに対し、レッドラムが首を振る。


「構わん、ゼノ卿の言い分にも一理ある。それではドラニアの処分保留を採決する。保留に賛成のものは挙手を」


 当然教会側からは誰も手が上がらない。だが、騎士団側が全員挙手すれば処分は保留となる。

 結果を見たレッドラムの顔はニヤリと歪む。


「毎度毎度……貴様らぁ……」


 ゼノは射殺すような目で、騎士団側で挙手しなかった二人の人間に視線を向ける。

 一人は属国椿より士官した女忍者、もう一人は白髪で目の下にクマをつくった初老の男だ。

 この二人は名目上騎士団員ではあったが、実際は教会側が採決を操作する為に送り込んできた間諜と言っても差し支えなかった。


「キヒヒヒヒ」

「…………」


 女忍者は黙したままで、男は不気味な笑みを浮かべている。


「賛成が半数に届かず。よってドラニアを黒土街送りとする!」


 レッドラムの実質の死刑宣告に青ざめるドラニア。


「嫌だ! やめろ! せっかく奴隷の身からここまではいあがってきたのに! あそこは嫌だ! 戻りたくない!!」


 叫ぶドラニアを大男は無理やり引きずっていく。


「あやつの部隊も何人か生き残っているのだろう。全員黒土街送りにしろ」

「はっ」


 レッドラムの言葉に、ゼノが憤る。


「お待ちなさい、なぜ部隊全員を黒土街送りにする必要があるのです!」

「ゼノ卿、我々は勝って当然、敗北は許されない。二度のチャンスをふいにしたのは彼女だけの責任ではないだろう。部隊全員が足を引っ張り合って負けたのだ。敗北は部隊全体の罪。大母神ミネア様は勝利以外お許しにならない」

「くっ、都合のいいときだけ神を傘に着て……」

「不服であるなら採決をとりますかな?」


 教会側全員がにやりと下品な笑みを浮かべ、その顔にはどうせ通らないがなと書かれている。

 ゼノは自身の不利を悟り、拳を握りしめたまま席に座るしかなかった。


「ゼノ、ここは耐えるんだよ」

「しかし!」


 ゼノの隣に座るセルフィは普段感情を読み取り辛く、常に瞳を閉じていて怒ることなどないと言われていたが、今はその拳を硬く握り、唇を噛みしめていた。


「くっ……アンネローゼ様さえこの場にいらっしゃれば……」



 円卓会議が終わり、騎士団員や教皇たちは退室していく。その中で残ったのはレッドラムとケルビム、そして目の下にクマを作った男ペヌペヌだ。


「騎士団のあのどうにもならず、怒りを無理やり抑え込んでいるところがたまらんな。勃起が止まらんわ」


 レッドラムのナニはギンギンになっており、その口元にはだらしなく涎がこぼれていた。


「ドラニアはよろしかったのですか? てっきり御寵愛されると思っていましたが」

「ふん、奴隷上がりの傷物をなぜ寵愛せねばならんのだ。ワシは穢れのない反抗的な生娘を寵愛によって敬虔なる信者にするのがたまらないのだ。特にあのクルト族はいい、神聖が高く先祖代々人間種と交配していない」

「ではゼノやセルフィにもいつか寵愛を?」

「当然だ。だが、ワシの目的はあくまでアンネローゼに神の子を出産させるのだ」


 レッドラムのモノは想像で更に怒張し、今にもはじけ飛びそうであった。


「キヒヒヒ、レッドラム様、それではあのドラニアの処遇はわたくしにお任せいただいてもよいですかな?」

「貴様の好きにせよ」

「それとは別に教皇様、実験場の一つで事故があり、実験体の制御ができなくなったと」

「破棄しろ。騎士団に後処理でもさせておけ」

「かしこまりました」

「騎士団が反乱を起こすのは時間の問題だろう。その時の準備を進めておけ」


 ケルビムとペヌペヌはゆっくりと頭を下げた。

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