第155話 ブラック求人
城下町はいつも通り行きかう行商や冒険者、身なりの良さそうな貴族に亜人や獣人族等様々な種族であふれいている。
「じゃあアタシ楽器をチューニングに出してくるから」
「俺たちも行こうか?」
「子供のお使いじゃないんだからゾロゾロ行ってもしょうがないでしょ」
そう言ってフレイアは手を振りながら街の中に消えていく。
「相変わらずドライな奴だ。母ちゃんのおっぱい揉むと怒るけど」
「そりゃ誰でも怒るって。ギルド行くでしょ?」
「そうだな。どうする飲むか?」
「久しぶりに依頼しようよ。あたしずっと咲のこと待ってたから、全然外出てないんだよね」
「俺がいないと引きこもりになるのは問題だぞ」
「やだ、咲いないと外行ってもつまんないし」
俺たちは役所と酒場が合体したステファンギルドに入ると、いつも通り冒険者や王達で賑わっていた。
屈強そうな筋骨隆々とした大男に、蛇のように眼光鋭くナイフをちらつかせている男など、どいつもこいつも現実世界にいたら職質からの一発逮捕間違いなしみたいな奴ばかりだ。
「うーん、ギルドに来ると異世界って感じがしていいな」
「そう? ただの飲んだくれのたまり場にしか見えないけど」
そのお前ら普段何やってんだってところがいいんだと思いつつ、俺たちは巨大な掲示板に無秩序に貼られた依頼書を一つ一つ見ていく。
「咲強くなったみたいだし、難易度の高そうなのする?」
「俺の力がこの世界でどの程度使えるか未知数なんだよな」
「じゃあビッグなめくじ、報酬2万ベスタ」
「それだとちょっと弱すぎるか。もうちょっと気持ち強い奴にしよう」
「じゃあキングフェニックスの討伐にする?」
「俺の話聞いてた? それEX4人以上推奨とか書いてあるよね? バカみたいに難易度高いよね?」
「報酬4000万」
「恐いって! いきなり跳ね上がり過ぎだろ」
「あたしがいればなんとかなるって」
「お前のそのアホみたいな自信は一体どこから来るんだ」
「必殺のゴッドバードは小さな街くらいなら一瞬で燃やし尽くすんだって」
「それ、確実に消し炭にされるよね? そんないきなりラスボスみたいな奴じゃなくて肩慣らし程度にしてくれると助かるんだけど」
「じゃあゴブリン~?」
「相変わらずゴブリンはゴキブリ並に多いな」
以前フレイアたちと一緒に戦った亜人族ゴブリン。見た目は背の低い緑のおっさんにしか見えないが、非常に狡猾で残忍。そして何より繁殖力が非常に高く、何とでも交配する為、根絶やしにするのが難しい。
異世界の厄介者的扱いで、巣を作られると村程度なら軽く滅ぼしてしまう程で脅威度は高いはずなのだが、何分数が多すぎる為報酬がまずく、リスクとリターンがかみ合っていないので受ける冒険者も王も少ない。その為初心者の登竜門程度にしか扱われない不憫なクエストだ。
「咲、ゴブリンやっぱ報酬まずすぎるよ。巣の討伐で1万5千ベスタは割に合わない。これならなめくじに塩かけてる方が儲かる」
「はした金で命落とすと辛いな」
一万そこそこの金で命を落としたら、ディーさんぶちギレて棺桶から俺を引きずり出しそうで恐い。
「しかし、相変わらずブラックな求人ばっかり並んでるな。4、5万で命賭けろってやつが多すぎる。こいつらこっちが持っていくアイテムとかの諸経費全く考えてないよな」
「推奨人数が増えれば報酬も増えるけど、ゴブリンなんかはギャラ的な意味で一人推奨だしね」
「確かに」
かと言って今更日給5千で人の家の草むしりもどうかと思う。
「これは? 廃屋敷に巣くったゴブリン他の魔物を追い払って下さいって」
「報酬は?」
「40万ベスタ」
「ゴブリンでその値段は高すぎるな。ってことは相当死んでるな」
依頼一つ、5万から10万くらいが相場で、それの4倍以上になると、かなりの高確率で冒険者が殺されている。
そうなると依頼のランクが上がり、ラインハルト城から補助金が上乗せされていくのだ。
「屋敷の中で見つけた有用なアイテム等は全てご自由にお持ち帰りしていいらしいよ」
「なんだそれ、実質40万軽く超えてるんじゃないか?」
「うん、美味しい。でも推奨SR4って」
「フルパーティーのオール高ランク推奨か。となると魔物の数が相当多いか、すげー強い奴が巣くってるかだな」
「多分ゴブリンじゃなくて別の奴がボスでいそう」
「俺もそう思う」
シロとクロいるしなんとかなるか? と思っていると、その依頼書を先に誰かが剥がしとる。
しまった、まごまごしているうちに持っていかれたと思い、依頼をとった人物を見やる。
「あっ」
「あっ」
そこには装備だけは一人前のイケメン騎士風の男が立っている。
えっと、誰だっけこいつ。確かフレイアの依頼を受けたけど、ゴブリンにいいようにやられて仲間全滅させられた奴。
「アバン!」
「アレンだ!」
「あれ、そうだっけ?」
「失礼な奴だ。まぁ貴様のような格下に怒鳴ったところで詮なきこと。私はエリートだからな」
「咲、誰こいつ?」
「お前見てなかったっけ? フレイアが仲間に入るときゴブリンの依頼受けただろ」
「あー、あの時見え見えの罠にはまって無様に仲間壊滅させた貴族の坊ちゃん」
「本当のこと言うな。無能に無能って言うと傷つくからな。俺の世界ならパワハラで訴えられる」
「そっか、無様って言って本当にごめんな」
オリオンは嫌味なしに謝る。
「き、貴様ら…………」
アランはこめかみに青筋を立て、腰に挿したカッコイイ剣に手をかける。
すると後ろから声がかかる。
「あの、依頼は見つかったンですか?」
声をかけたのは気の弱そうな少年少女三人で、声をあげたのはまだ若いのにまんまるく太った少年だ。皆一様に真っ白い制服のようなコート系の装備をしている。
アランは振り返るとニコニコ顔で少年少女に答える。
「えぇ、初心者に丁度良い依頼が見つかりました。これからすぐに向かいましょう」
「それは良かった。どういう内容なンですか?」
「廃屋敷にいるモンスターを掃除するだけで一人3万ベスタが手に入ります」
「おぉ、それは凄い」
俺は「ん?」と首を捻る。少年少女は三人、アラン含めて四人。報酬は40万ベスタだから一人頭10万の報酬のはずだが。
まさかこの野郎30万もピンハネする気か。しかもこの依頼は初心者用じゃねぇ。
「おいロラン」
「アレンだ。誰だロランってンしかあってないだろう」
「お前まさか初心者騙して、報酬ピンハネする気じゃ」
「さてさて皆さん、初めてでわからないことがたくさんあると思いますが、私についてくれば安心です。立派な冒険者として育ててあげますよ!」
アレンはこちらの言うことを大声で遮ると、そのままギルドの外へと出ていってしまう。
「あの野郎、ほんと救えねぇな」
そう口に出すとギルドのふとっちょ職員が顔を出す。
「梶王久しぶりだね。顔を見ないから死んだのかと思ったよ」
「生きてますよ。まぁすぐ人が死ぬから仕方ないですけどね。それより、さっきの白いコートの少年たちって新人ですか?」
「そうだよ。アカデミー卒ってやつだ」
「アカデミー?」
「冒険者養成学校ってのがあってね。貴族で冒険者を目指す子たちは大体そこに入って基礎を学んで卒業してから依頼を受けに来るんだ」
「基礎って戦闘基礎とか?」
「違うよ、それはまた別の学校があるから。良い依頼の見分け方や、先生たちが冒険の体験談から例題をだして、このときどういう風に動けばいいかとか座学で学ぶらしいよ」
「アホくさ」
オリオンが手を頭の後ろで組みながら一蹴する。俺も全く同じ意見だった。
「はぁ……それ、もしかして結構お金かかるんですか?」
「入学費と年間の学費だけで100万ベスタ軽く超えるらしいよ」
「悪徳商売じゃねぇのか、それ。100万で装備揃えたり、魔法教えてもらった方がよっぽどためになるぞ」
「10万で用心棒雇って、2、3回依頼受けた方がよっぽど勉強になるよ」
違いないと俺は頷く。
「まぁお金持ちがお金で安心を買うってことじゃないのかな。特に冒険者稼業ってのは教科書なんて存在しないからね」
「いや、買えてないし。バカに引っかかって上級者の依頼受けていったし。どうせあのバカも金で雇ったんだろ」
「アラン君は貴族だからね。それで安心する人も多いんだろう」
「よく考えろ、貴族ってことは自分たちと同レベルってことに」
そんなこと言ったところでもう遅い。アラン達は既に発った後だ。
「どうする、この前みたいに後追うかい?」
「パスだパス。目に見えるバカを全部拾いあげてたら、とてもじゃないが手も足も命も足りない。それにそれだけ金払って勉強したなら逃げるタイミングくらい教えてもらってるだろ」
「ロードラ市の近くに金スライムの群れが来てるぞ!」
突如大声が響くと、その場にいた飲んだくれの冒険者の目が$マークにかわる。
金スライムとは逃げ足が速いが捕まえると高額で買ってもらえる換金モンスターだった。
「オリオン網持て!」
「がってん!」
「シロとクロも連れて行くぞ。金スラ狩りじゃあああああ!」
俺たちも他の冒険者にとられないように、すぐさま網を持って金スライムの捕獲に走った。
数時間後、ギルドにある酒場でぐったりとする俺とオリオン、シロ、クロの姿があった。
「誰だよ金スライムって言った奴」
「金は金でもメッキスライムじゃん」
「大体ロードラって微妙に遠いんだよ」
「馬車持ってる金持ちの冒険者が羨ましかった。咲、あたしらも自由に使える馬車が欲しい」
「俺も欲しい」
金スライムとよく似たメッキスライムというのがおり、そいつらも換金モンスターだが、金スライムと比べると桁が二つほど落ちる。
俺たちが数時間かけずりまわって手にしたお金は4千ベスタにしかならなかった。
「こんなんじゃ酒代にもなんないよ」
と言いつつ酒を頼もうとするので止める。
「少しは貯めるということを覚えなさい」
「なぁ咲、ウチやっぱビンボーなのか? 飲み物も我慢した方がいいならあたし水で我慢するぞ」
俺は子供に苦労をかける親の気分が少しわかった気がして、ぶわっと涙が出そうになった。
「良い飲め、ちょっとくらい大丈夫だ。シロとクロも何か美味いものでも食うといい」
「モォ?」
オリオンにメニューを渡すと、あの野郎ウェイトレスにメニュー上から下まで全部と、全く遠慮のない注文の仕方をしてやがった。
まぁこうしてると俺たち二人で依頼を受けて、坊主で帰ってきた時を思い出す。
その時は飯もお預けでひもじい思いをしていたが、今は大丈夫だ。
大丈夫だよな? 俺国庫の管理とか全くしてないからよくわかんねーけど、ディーさんならなんとかしてくれてるだろ。
俺も適当に食って忘れることにした。
日も落ちようとしたくらいにギルドにフレイアが入って来る。
「あんたらもう飲んでるの?」
「失礼な俺はノンアルだぞ」
「あたしのは麦茶だ」
「麦茶にしては泡立ちがいいみたいだけど」
フレイアも席につくと適当に注文を始める。
「咲、あたしのブンブンコオロギ食べただろ!」
「食ってねーよ。よくあんなゴキブリみたいなの食えるな。それより俺のモンモル蛾どこにやったんだよ」
「しんないよ、あたし食べてないし」
「そのリスみたいな頬の中に入ってるんじゃないだろうな」
「NO!」
「だとすれば……」
「なんでアタシの方見んのよ。アタシから見ればコオロギも蛾も両方ゲテモノよ食べるわけないでしょ」
ガルルルルとオリオンと、飯の乗った皿を奪い合う。とてもそこそこの領地を持っている男と、オンディーヌ家の将兵を打ち倒したチャリオットとは思えないだろう。
その時ウェイトレスが持ってきた新たな皿を、シロとクロが二人でぺろりとたいらげているのを見てしまった。
「ホルスタウロスって雑食なんだな」
「基本は草食らしいけど、ホルスタウロスってようはミノタウロスのメスなだけだし」
「草食でよくまぁこんだけ乳が大きくなるもんだ。あっ、帰ってきて思ったんだけど、ホルスタウロス増えてないか? 前20もいなかっただろ」
「咲がいない間に他の群れが城に来て吸収された」
「ホルスタウロスって確かリーダーにしか従わないんじゃなかったか?」
「オスとメスは仲悪いけど、メス同士は結構適当っぽい。頭の角に鈴つけてるのが咲がいないときのリーダーだよ。シロとクロはそのリーダーの子供っぽい」
「なるほどな、乳搾りのとき参考にする」
「咲乳搾り大変でしょ? ホルスタウロスって全然お乳しぼらせてくれないって有名だから、きっと毎朝苦労してるんだろうなって思ってたんだ」
「お、おぉ……」
全然そんなことなはいのだが、まぁ訂正するほどでもないのでそのままにした。
「あんた朝の搾乳ついでにクロエの乳も搾ろうとするのやめてくんない?」
「なんかつい」
「つい、で母親が乳もまれてるところに出くわす娘の気持ち考えてよ」
「ごめんな、今度から公平にフレイアの乳も搾って---」
ゴッと頭蓋から嫌な音が鳴って俺はのたうち回った。
こいつジョッキで頭ぶん殴りやがった。
「ホルスタウロスって嫌いな奴が搾ろうとすると殴り殺しちゃうこともあるんだって」
「えっ、そうなの?」
「うん。だから朝あんなにいっぱいミルク搾ってきてる咲は偉いなって」
「お、おぉ……」
「さすが王だと思う」
「ただのスケベなだけよ」
段々良心の呵責が辛くなってきた。
一時間ほど談笑しながら飯を食い、最後のシメにデザート的なモノでも頼もうかと思っていたときである。
数時間ほど前アランと一緒に出た制服姿のふとっちょの少年がギルドへ駈け込んで来た。
顔中を血まみれにし、この世の終わりみたいに絶望的な表情をしている。
その時点ですでに何があったかはお察し状態であり、次に彼がすることはわかっている。
「どなたか助けて! ぼくの姉さんたちがモンスターに捕まってしまったンです!」
ほらきたと、俺と同じくメッキスライムを追いかけて疲れている冒険者たちはわれ関せずで酒を飲み進める。
「お金なら父が払います。お願いします!」
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必読!カクヨムで見つけたおすすめ4作品【第10回】に掲載されました。
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