第120話 ホスピタルホラー

 勇咲たちがスポーツセンターでガルーダと戦っている同時刻、茂木と真凛の眼鏡コンビは白銀総合病院前にやってきていた。

 うっすらと霧が出ている中、静かに佇む病院はどことなく不気味さを感じさせる。


「百目鬼さん、なんで急に病院に? もしかしてデキちゃった? 産婦人科ならいいとこ知ってるよ? ちなみに俺を連れてきたってことはパパは俺なのかな---おごふ」


 真凛の鋭いショートエルボーが茂木の腹に突き刺さる。


「怒るよ」

「もう怒ってるじゃない……軽いジョークなのに」

「ほんまは梶君呼んだんやけど、なんか白銀さんのことで忙しいみたいやし。一応そっちが終わったらこっち来てってメールはしておいたけど」

 

 と、理解を示しがらも真凛は少しふて腐れ気味だ。


「なーに、梶より俺の方が頼りになるってとこ見せてやりますよ」

「早く行くで」

「あぁ、待って~」


 真凛は茂木の話を完全スルーして院内へと入る。


「なんか引っかかてるんよね。一番最初の山田さんの事件が」

「あぁ、なんか顔のパーツを全部奪われて今も昏睡状態とか」

「うん、それが引っかかるんよね」


 二人は改装されて、まだ汚れのない真っ白な廊下を歩く。

 病院の中は具合の悪そうな爺さん婆さんで溢れており、近くを通るだけでこちらも具合が悪くなってきそうだった。


「引っかかるっていうのは?」

「う~ん、なんか不可解というか、山田さんが見つかった状態って完全に猟奇的やん?」

「そうだね、ミザリーだね」

「顔のパーツを奪われたってことはつまりのっぺらぼうってことやろ? 警察はなんでその状態でその人が山田さんやって断定できたん?」

「そりゃ着てるもんとか、身元を特定できるものを持ってたんじゃない?」

「でも、それってつまりはただの状況証拠なだけで、多分山田さんだろうって判断よね?」

「そりゃまぁ、顔がないんじゃ特定のしようもないだろうし」

「そやんな。でも、制服姿の女の子なんて多分いっぱいいるやろうし、正直それがかなり腑に落ちひんのよね」

「確かに」


 二人はエレベーターで階を上がり、受付で聞いた山田の病室前までやってくる。

 そこには当然のように面会謝絶のプレートがかかっており、中に入ることはできない。


「まぁ入れませんよね」


 どうしたもんかと考えていると、そこに教育ママのような鋭角的な眼鏡をかけたクラスメイト、小田切香苗、通称ザマス姉さんが休日だと言うのに制服姿でやってくる。


「あらら、二人ともどうしたの?」

「あっ、ザマス姉さん」

「小田切さん、え、えっと、ちょっとお見舞いに……」

「偉いわね、私は四組の委員長のかわりに今週分のプリントを届けに来たの」

「山田って確か四組だったな。大変だなザマス姉さんも」

「ところで、梶君はいないのかしら?」


 ザマス姉さんはキョロキョロと辺りを見渡す。最近この二人と彼が仲が良いことを知っているので、もしかしたら一緒に来ているかもしれないと思ったようだ。


「いや、梶は来てないよ。今度デートの約束でもとりつけておくよ」


 茂木は梶を音速で売った。


「あらやだ、別にそういうわけじゃないのよ。でも、せっかくだからお願いするわ」


 いちいちおばさん臭い動作でザマス姉さんは上機嫌になる。真凛は後で知らんでとジト目で茂木を見やっている。


「ザマス姉さん、ここ面会謝絶になってるけど、どうやって入ってるの?」

「あら、別に鍵なんかかかってないから普通に入っていいらしいわよ」

「えっ、マジで?」

「プリントおいてすぐ帰るだけだしね。四組の委員長、いつもそうしてるって」


 ザマス姉さんはヨホホと笑みを浮かべながら、面会謝絶と書かれた扉をあけて中へと入る。


「ザマス姉さん、意外と根性座ってんな……」


 茂木と真凛は二人、顔を見合わせて病室へと入る。

 個室の中にはビニールのカーテンに包まれ、様子をうかがうことができないベッドが一床だけある。

 静かな部屋の中、ピコン……ピコンと定期的に電子音を刻むバイタルモニターが、大小の山を描いている。


「彼女も災難ね、こんな事件に巻き込まれるなんて」

「そうだね……」

「しかも彼女、親御さんと連絡がつかないみたいで、ずっと一人きりみたい。可哀想よねぇ」

「そうなんだ。ザマス姉さん物知りだな」

「全部四組の委員長から聞いたことよ。ヨホホホ」


 二人は少しだけ開いているカーテンへと近づくと、医療ドラマで見られるような生命維持装置を繋げられた少女の姿があった。

 しかし顔の部分には真っ白い布がかけられており、これが山田弘子だと断定することはできない。

 確認する為にはこの布をはがすしかない。茂木がそぉっと布に手を伸ばす。

 心臓の音がバクバクと響く。この薄布の下にのっぺらぼうと化した顔があるのかと思うと緊張せずにはいられない。

 その時ガチャリと音がして、二人はビクリと肩を震わせ、すぐさま後ろを振り返る。

 するとそこには、カーキー色のコートに口ひげをはやした恰幅の良い中年男性とスーツ姿の若い男性の姿があった。


「君たち、ここは面会謝絶だ。何をやっとるんだ!」

「す、すみません、僕ら彼女の友人で」

「そ、そうそうプリントを持ってきただけなんです」

「なら、すぐに出ていきなさい!」

「は、はい!」


 三人は追い出されて苦い顔をする。


「あれ、もしかして山田さんのお父さんかな?」

「多分警察じゃないかしら、あの人たち以前学校に聞き込みに来てたの見たわよ」


 山田の病室前にはスーツ姿の若い男性が見張り役に立たされている。

 ギラギラと目を光らせている辺り、もう入れそうもないと思い、茂木と真凛はため息を吐く。

 すると唐突に病室の中からドサリと何かが倒れる音がする。

 病室前に立っていた若い刑事は何があったのかと思い扉を開くと、そこには前のめりに倒れた先ほどの男性刑事の姿があった。


「目黒警部! なんだ君は!」


 刑事の怒鳴り声が聞こえ、真凛たちはすぐさま病室に戻った。

 するとそこには倒れたコート姿の刑事と、病室の中にいる不気味な少女と対峙する若い刑事の姿があった。

 俯いたままの少女はゆっくりと顔を上げる。その瞬間茂木と真凛は心臓を鷲掴みされるような、嫌な悪寒に襲われる。


「ユル……シ……テ」


 少女が視線を上げ、二人は深紅の瞳と目が合う。その瞬間世界の色が落ち、灰色の世界へと落とされる。

 先ほどまでいたはずのザマス姉さんと刑事二人の姿はなくなり、茂木と真凛は混乱する。


「な、なんだここ?」

「これ、まさか梶君が言ってた灰色の世界じゃ……」


 不気味な少女の姿もなくなり二人は辺りを見渡す。

 一瞬の時を経て、世界に色が戻る。しかしザマス姉さんも刑事も消えたままで、茂木は慌てて病室の外に出るが、先ほどまでいたはずの入院患者や看護婦の姿が完全に消え、しんと静まりかえっている。


「な、なんだここは……」


 病室に戻ると真凛が青ざめた顔でベッドを見ている。

 そこには顔にかけられた布がめくられた状態の女性が横たわっている。

 予想通り、顔には口以外の器官が存在していない。

 しかし、山田だと思われていた女性は明らかに高校生の体躯ではなく、肌の質感からしても三十代から四十代くらいだ。


「誰……これ?」

「山田じゃないことは確かだ……」

「さっきこんなんじゃなかったよね?」

「ああ、もっと若い感じだった。こりゃ俺たちの母ちゃんか、その少し下くらいの女の人だろう」


 手や指先を見てもわかる。これは苦労を重ねた女性の手だ。女子高生のそれではない。

 手品のようにベッドで寝ていた人物が入れかわり、二人はもはやパニックに近かった。


「シテ……シテ……」


 突如不気味な声が響き渡り、二人は部屋の中を見渡す。


「キャァッ!!」


 真凛が悲鳴を上げる。彼女の視線の先には先ほどの真っ白な顔をした少女の姿があった。

 生気が完全になくなり、死体が動いているようにしか見えず、その口元は少しだけ動いている。

 そこで茂木はようやく気づいた、風貌はかわっているが彼女が以前路地裏で見た川島だということが。


「ユル……シテ……」

「川島……なのか?」

「ソンナ……ツモリジャ……カッタノ」


 川島は歩行動作を一切見せていないにも関わらず、瞬間移動したように女性の横たわるベッドまで移動すると、悲し気にその姿を見やる。

 横たわっている女性は明らかに山田ではないのだが、今の彼女にそれが理解できているとは到底思えなかった。


「川島、それ山田じゃないぞ!」


 茂木が声をかけるが、彼女の耳には届いておらず、俯きながら呪詛のように許しを請うている。


「普通じゃないな」 


 二人が一歩二歩と後ずさると、川島の顔がゆっくりと天井を見上げてから二人の方を向く。

 その瞬間真っ白な川島の顔が大きく歪む。


「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛アアアアアッ!! ガエゼガエセガエセガエセカエセ!!」


 唐突に悪魔のように絶叫し、真っ黒になった眼球からドロドロとどす黒い涙が流れだし、二人は恐怖する。


「な、なにを言ってるんだこいつは!?」

「茂木君、ポケット!」


 真凛が指さすと、茂木のポケットから黒い霧のようなものが溢れている。


「なんだよこれ!?」


 茂木は即座にポケットに手を入れると、そこには勇咲から借りた川島のスマホが入っていたのだった。

 画面から真っ黒な砂粒のような霧が噴出されている。

 茂木は霧に驚いて、スマホを落としてしまう。

 その瞬間黒い霧が川島の姿を包み込み、彼女の体を見るも恐ろしい骸の姿へとかえたのだった。

 ドロドロと肉が削げ落ち、残るのは少女の骨のみ。頭蓋から青い炎が漏れており、人魂が入っているように見えなくもない。

 その不気味な体躯は天井に届きそうなほど巨大に膨れ上がっていく。

 

「骸骨お化けとか冗談きっついわ……」

「スケルトン……いや、この周囲の温度の低下……コキュートス……。茂木君逃げるよ!」

「えっ? 百目鬼さん、今なんて?」

「逃げるでって!」


 真凛は自身で言ったことを即座に忘れながら急いで病室を出て、廊下を走り抜ける。

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