第112話 悪魔的
数か月前
「ほら、あの子ですよ」
「全然似てなくありません? 母親の方が勝手にそう言い張ってるだけじゃありませんの?」
「なんでもDNA鑑定で娘として結果が出たらしいですわ」
「あら、それじゃあ誤魔化しききませんね。あんなニヤニヤして気持ちの悪い笑みを浮かべて」
「ほんとに鉄男さん、最大の汚点ですわね”隠し子”なんて」
「どうせ母親も慰謝料や養育費目当てだったのでしょう。娘もいやらしさが顔に出てますわ」
「でも本家はどうするつもりなのでしょう。長男の岩男さんの娘はバカで有名ですし、次男の鉄男さんには気持ち悪い隠し子しかいないですし」
「岩男さんは再婚相手の息子を後継者にしたいと思ってるみたいですけどね」
「そんなこと源三様がお許しにならないでしょう。今でも喧嘩ばかりなのに」
「ほんとうんざりしますね」
親族会議が始まるほんの少し前、目の前で繰り広げられる親族の会話に黒乃は耳を塞ぎたい思いであったが、じっと笑顔を絶やさずに耐えていた。
黒乃がすぐそばにいても話をやめないのは、親族たちが黒乃にはなんの権力もないということがわかっているからだ。
事実黒乃にはなんの力もなく、彼女が今の話の内容を誰かに伝えたとしても、逆に非難されるのは彼女であった。「隠し子のくせに人を悪く言うのか」と。
白銀鉄男の隠し子である一条黒乃は正式に白銀一族であると認められておらず、白銀の姓を名乗ることを許されず、母方の一条の姓のままだった。
そんな立場の弱い彼女に優しく声をかけてくれるのが、天地眞一とその母である芳美だった。
芳美も黒乃と境遇が似ており、白銀の姓を名乗ることを許されていなかった。
眞一という高校生の子供がいるとは思えないほど若々しく美しい芳美であったが、その横顔には少しの疲れが見える。
彼女も白銀家では後ろ指さされる存在であった。
心無いものからは源三の遺産が目当ての女狐などと。
しかし黒乃にはとてもそうは見えず、自分も辛いのに気を回してくれる優しい母親にしか見えなかった。
また、眞一も黒乃のことを気にかけ優しい言葉をかけてくれる。
だが、周りの評価は穏やかに暮らしたいだけの黒乃、天地家を遺産目当てで出てきた、いやらしい存在と評する。
別段黒乃にとっても白銀家とつながりが欲しいわけでも、まだ亡くなってもいない祖父の遺産争いに参加したいわけでもない。
黒乃は今まで生きてきた中で父は既に死んだと聞かされており、それは母が自分の存在のせいで父に迷惑をかけないようひた隠しにしてきたものだった。
彼女が
黒乃の母が体調を崩し、入退院を繰り返していて、彼女が丁度家に一人だった時だ。
突如自宅に黒塗りの高級車がやってきて、スーツ姿の男性に連れられ巨大な屋敷へと案内された。
そこで出会ったのは気さくな祖父で、話を聞くと後継者をそろそろ選ぼうかと思ってるんで親族で後継者の権利があるものを探し出してる最中に君が見つかったと言う。
正直黒乃には寝耳に水な話であり、大きく驚いた。
そして黒乃と鉄男が隠し子であるという関係性も聞き、そこで母がなぜ今まで父のことを隠し通していたのかを悟る。
和風の客間に通された黒乃は、父がどのような人物かを想像し、今まで生きてきた中で一番の緊張を味わった。
やがて父が現れると、やってきた人物は和服を着たオールバックの男性で、とても厳格そうな風貌だった。
黒乃はこれが自分の父なのかと緊張がピークに達する。
初めて会った父に驚いたが、例えどのような関係性であっても父は父であり、祖父からは自分以外に子供はいないと聞く。
なら初めて口に出す、父さんという言葉を許してくれるだろうか? 少しの不安と、少しの期待を込め、黒乃は鉄男に向け「はじめまして、父さん」と口に出した。
すると鉄男は激昂した。「貴様に父と呼ばれるいわれはない」と。
黒乃のふり絞った小さな勇気は見事に最低な形で打ち砕かれ、更に続けざまに「お前さえ産まれてこなければよかった。とんだ誤算だ」と続けた。
黒乃の心は粉々に撃ち砕かれた。そして涙目になった黒乃の目が気に入らないと鉄男は手を上げたのだ。
その瞬間、隣の部屋で聞き耳をたてていた祖父が障子を破って乱入し、鉄男をボコボコにして、庭に上半身だけを埋めて、犬神家のような不気味なオブジェクトにしたのだった。
しかし、黒乃は鉄男をかばったのだ。「どうか、父を許してください」と。
祖父の源三は、これだけ酷いことを言ったにも関わらず、それでも父を守ろうとする子の姿を見て、自分の息子の情けなさに涙を流したという。
「揃いも揃ってバカ息子どもが!」と源三は天に向かって咆哮すると、大気がビリビリと振動し、地震が起こったとまで言われている。
この件から源三の機嫌の悪さが一段と悪化したと言われており、源三は息子である岩男、鉄男の提案や申告を全て無視するようになった。
黒乃の母は鉄男に会ったこと、鉄男に黒乃が認知されなかったことを聞き、更に体調が悪化し、病院から出ることが出来なくなってしまった。
祖父は黒乃の母を大きな病院に移し、その費用と、黒乃の学費、生活費を全て用立ててくれたのだ。
しかしその数か月後、黒乃の母は亡くなった。
母の墓石の前に来た源三は手を合わせ「ほんにワシのせいですまんかった」としょぼくれており、祖父も本当はもっと違った結果を見たかったのだろうということはよくわかった。
黒乃は余計なことをしてくれたとは思わない。母の寿命に関しては天命だと思っている。
それに父の存在を教えてくれたことは感謝している。しかし、結果はうまくいかなかった、ただそれだけのことである。
「…………」
時は現在へと戻る。
黒乃は小さく息を吐いた。
寒い夜だが、街には光が溢れている。
暗くなった空には雪が舞い、街行く人々は寒そうに帰路へとつく。
黒乃は刑部との写真の件以来不登校となり学校にも行かず、こうして街を歩いている。
昨日は隣にクラスの同級生が越してきて散々な目にあった。
彼の顔を思い出すと、悩んだことなんてなさそうな実に能天気な姿が浮かぶ。
自分もあれくらい正直に生きられれば人生楽かもしれないと思う。
黒乃は珍しく他人のことを考えながら、ふらりふらりと歩くと、目の前に光り輝くビルが見える。
見上げるとそこは五星館と書かれたゲームセンターである。
もう一度彼に会いたい。
名前も知らない美しい少年に。
そう思いつつ、ついこの場所に来てしまったのだ。
会ってどうする。声をかけるのか? たった一度対戦した程度の面識とも呼べない希薄すぎる関係しかないのに。
ゲームセンターの自動ドアが開くと、中から同い年くらいの高校生が三人、楽し気に話をしながら出てくる。
目の前で突っ立ったまま身じろぎ一つしない黒乃を見て、怪訝な視線を向ける。
黒乃がほんの少しだけ視線を上げると、少年たちは彼女の視線に驚いて慌てて走り出す。
再び自動ドアが閉まり、映し出された自分の顔を見ると、そこには三白眼の目つきの悪い少女の顔がガラスに映る。
なんだこの目は、自分を見て逃げ出した少年たちの気持ちがわかる。
こんな目つきの悪い女に視線を向けられれば誰だって逃げ出すだろう。
彼女は公然と他者から視線をそらすことが出来る神器、スマートフォンを取り出そうとしてポケットに手を入れる。しかし掴もうとした手は空をきった。
寮に忘れてきてしまったのだ。それならもう一つの神器、3DDS、PSVINTAのどちらかと思ったが自身の着ているコートの軽さからわかる。どちらも持ってきていない。
最低だ。それだと、もう地面を見つめる他にない。
少しだけ動いたせいで自動ドアが反応して開く。すると中からは騒がしいゲームの音と共に、客の笑い声が聞こえてくる。
その中で客の一人が、知っている人物と重なる。
着崩した制服に、派手な髪色。顔は自分の友達の圧倒的勝利だが、周りをたくさんの友人に囲まれて楽し気に話をして人の中心となれる人物。
一瞬だけ揚羽の姿が重なり、一歩だけ足が前に出た。
不思議だ、石像のように固まっていた足が彼女のことを思い出しただけで動き出したのだから。
黒乃が一歩二歩と歩みを進め、店内に入り、何かゲームをして他者に視線を向けないようにしようと思った。
だが、揚羽と似ていると思った少女がカツカツと音をたてて近づいてくる。
初めは外に出るだけかと思ったが、その視線は黒乃の姿を捉えて離さず、彼女は咄嗟に逃げようとしたが派手な少女は走って追いかけて来た。
ゲームセンターのトイレ横、薄暗くなった場所に黒乃は追いやられていた。
目の前には揚羽に似ていると思った少女。実際は鼻が上を向いており、ケバケバしい化粧でちっとも似てなんかいなかった。
その後ろにニヤついた同い年くらいのヤンキー風少年が三人、通路を塞いでいる。
怯える黒乃を前に、ケバい少女は仁王立ちする。
「あんたさ、アタイのこと睨んだだろ?」
黒乃は、あぁやっぱりかと内心諦めた。
彼女が気をつけている視線に関するトラブルである。
この目のトラブルに関しては今に始まったことではなく、幼いころからトラブルのもとになっていた。
スマホやゲームを持っていれば言い訳は立つが、今はそれもなく、言い訳をすることができない。
もちろん黒乃が睨んだなんて事実はなく、実際は友人に囲まれる姿を見て羨ましく思っただけである。
「オイオイいくら花ちゃんが悪魔的に可愛くても睨んじゃいけないぜ」
耳にピアスをジャラジャラつけた少年が俯く黒乃の顔を下から覗く。
「ウヒョー、目だけが残念だな。それ以外はパイオツもでかいし、悪魔的に可愛いのによ」
「ヒロヤ、アンタどっちの味方なのよ」
ケバい花ちゃんが怒っている。
「そんな怒んなよ花ちゃん。俺っちが愛してるのは悪魔的な花ちゃんだけだぜ」
「あんたそれもうただの悪魔になってるじゃない」
「あっ、いっけね」
ドッ、ワハハハハと笑いに包まれる少年たち。
この身内特有の笑いにいたたまれない気持ちになる。
「とりあえず花ちゃんが気悪くしてるからさ、なんつーの悪魔的な詫び的なサムシング入れてくんねー?」
「す、すみません……」
黒乃は頭を下げたが、少年たちは許すつもりはないらしい。
「いや、そんなんじゃなくて、もっとこう悪魔的な謝り方があんだろ、なぁ?」
「土下座よ、土下座、アタイ、そいつの土下座が見たいわ!」
「ヒュー、やっぱ花ちゃんは悪魔的だぜ」
「おら、土下座しろ土下座」
「「土・下・座! 土・下・座!」」
ヤンキー少年たちは大盛り上がりである。その様子に客も店員も何人か気づいてるようだが、誰も助けてくれるような人間はいなかった。
「ほら、土下座しなよ! アタイの前でね! アタイはちょっと顔が良くていい気になってる女が大嫌いなんだよ!」
「さすが花ちゃん、ちょっとかわいい気の弱そうな女を見つけて土下座させるのが趣味なだけあるぜ」
「アタイのことはデビル花ちゃんと呼びなさい!」
高笑いする花ちゃんを前に、黒乃は膝をつく。
土下座程度、なんだというのだ。それで気がおさまると言うのならいくらでも頭を下げよう。
黒乃は膝をつくと深く頭を下げた。
「フヒヒヒヒ、それでいいのよ。ヒロヤ写真とってツブヤィターに投稿して」
「さすが花ちゃん、やることがえげつなさすぎだぜ」
ヒロヤは土下座する黒乃の写真を撮るとツブヤィターに画像をアップしようとする。
「待ちなさいヒロヤ、おら、あんた顔あげな」
デビル花ちゃんは黒乃の髪を掴むと無理やり頭を上げさせる。
「ほらピースしな、アタイとツーショットだよ」
「さすが花ちゃん、勝者と敗者で写真を撮るなんてマジもんのデビルだぜ」
「違うよ。土下座写真だけ上げたら炎上するに決まってるから、こうやって仲いいアピールしとくんだよ」
「さすが花ちゃん悪魔的に頭がキレるぜ!」
「あんたらが想像力の足りないパーなだけなんだよ! ほら笑いな!」
無理やり土下座を強要され、その写真を撮られ、挙句の果てにピースで笑えと言われる。
普通の精神で出来る所業ではなかった。しかし黒乃は作り笑顔には自信があった。
どんな時だろうと笑顔を強要されてきた。
しかしその笑顔が曇る。
近くにあったメタルビーストの筐体から、探し求めていたあの美少年が出てき……いや、違う。あれは同じクラスの梶……なんとか。昨日隣に越してきた同級生だ。
なぜ自分は彼を美少年と間違えたのか、それが不思議だ。
彼はこちらの様子に気づくとゆっくりと近づく。
一瞬黒乃は助けてくれるかもしれないと淡い期待が浮かぶ。
だが寄って来た彼を、デビル花ちゃんのとりまきたちが道を塞ぎ、あっちに行けと追い払う。
「おら、遊んでんだよ! 寄ってくんじゃねーよ、閉店ガラガラなんだよヴォケが!」
遊んでる。確かにそう見えなくもないだろう。彼は土下座させられているところを見ていないし、今の自分はヘラヘラと笑みを浮かべながらピースまでしている。
遊んでいるように見られてもおかしくはないだろう。それに自分は昨日彼に酷いことを言った。
彼は疑わしい視線を向けながらも背を向ける。
待って、行かないで。
そう口からこぼれてしまいそうだった。
この時叫ぶことができれば。そんな勇気があれば彼女の人生はもっと違うものだったかもしれない。
しかし彼を巻き込みたくない、もし巻き込んで怪我でもさせてしまったら責任をとれない。そんなネガティブなことばかりを考えてしまう。
やがて黒乃の負の感情は彼女の背に力の塊となって姿を現す。
ダメ、出てこないで。
そう思っても遅い。背後に形作られたのは彼女と同じ顔をしたもう一人のクロノである。
同じ制服姿だが、本物と違い着崩されており、スカートの丈も遙かに短く、アクセサリーがジャラついている。
そして何よりも違うのは酷薄な笑みを浮かべ、目の色が紅蓮の炎のように赤く輝いている。
もう一人のクロノが自身の顔を掌で覆い隠すようになぞると、両目を覆い隠す金属製のアイマスクが現れる。それはまるで自分の視界をわざと遮るような拘束具のようにも見える。
「マサムネ!」
「はっ、なんだよ? マサムネって誰?」
ヒロヤとデビル花ちゃんが振り返る。が彼らの目にはもう一人のクロノは映し出されていない。
しかし黒乃の目にはゆっくりとヒロヤに近づいていく、もう一人の自分が見えているのだ。
「お願いやめ……」
「なんなのコイツ、頭いっちゃってんじゃないの?」
「ほら泣くなよ! そんなに泣いたら花ちゃんと仲良さそうに見えないだろ?」
暴れる黒乃を押さえつけようとする。
目に見えぬもう一人の黒乃はデビル花ちゃんの首を掴もうと手を伸ばす。
しかしその瞬間
「やっぱ泣いてんじゃねーか!!」
突如割って入って来たのは、立ち去ったと思った勇咲だった。
駆け寄って来た取り巻きの少年を有無を言わさず全てワンパンで沈めていく。
黒乃は勇咲の異様な武闘派能力に驚いた。顔だけはどこぞの世紀末英雄伝みたいだが、まさか本当に世紀末英雄ばりに強いとは誰が思おうか。
「なんだオメーは!」
「ホワッタアァァァァァ!!!」
近寄って来たヤンキー少年の顎にキレの良いフックが入ると、そのまま後ろに倒れる。
更に後ろから羽交い絞めにしようとしてきた少年を両手を大きく開き、胸をそらして吹き飛ばすと、振り返りざまに裏拳からの連続パンチが入り、ヤンキーはノックアウトされた。
「アーーータタタタタタタアタァァァァァァァッ!!」
並のヤンキー程度では相手にならないほど強く、本来なら笑ってしまうような彼の叫びも、異常なキレの良さと相まって変に様になっているのだった。
「なんなのよヒロヤ! あいつは!?」
「わからねー! もしかしたらジャッキーチュンかもしれねぇ!」
「そんなわけないでしょ!?」
「なら、中国が雇った刺客ジェットリーかもしれねぇぞ!?」
「ヒロヤ、こんなところにジャッキーもジェットリーもいないわ! それに俳優のチョイスが古いわ! あいつの叫びに惑わされすぎよ、落ち着いて自分を取り戻して!」
「ごめんよ花ちゃん、悪魔的深呼吸すれば……」
「ホワッチャネェイム!!」
ヒロヤは少林寺的叫びのように聞こえる英語と共に放たれた左フックで倒れた。
勇咲は親指で鼻をこすり、眉を寄せながらデビル花ちゃんを睨む。
「なによ、あたいをやろうって言うの!? あたいを倒したってあたいって言う魂は穢せやしないんだからね!」
殴るつもりはなかったが、その一言でイラっとしたのでぶん殴ってやろうかと思う。
しかしデビル花ちゃんの体は突如宙に浮く。
まるで見えない何かに首を絞められているようにも見える。
だが黒乃にはしっかりと見えており、それはもう一人のクロノがデビル花ちゃんの首を締め上げているのだ。
まるでこのままへし折ってやると言わんばかりにメリメリと首を締めている。
その顔には楽し気な笑みが浮かんでおり、殺すことになんの躊躇いもないように思える。
「おごごごごごごご」
黒乃はもう一人のクロノに向かって手を伸ばすが、彼女がやめる気配はない。
やがてデビル花ちゃんは泡を噴き出し、体から力が抜け、完全に意識を無くす。
「死ね」
もう一人のクロノの手に力が更にこめられる。
「待て待て、死ねじゃない」
勇咲はもう一人のクロノの肩を掴んで無理やり引き離させる。
「!」
デビル花ちゃんは倒れ落ちると、意識がないまま失禁した。
それを見て取り巻きのヤンキー少年は急いで逃げ出す。
ヒロヤも意識を取り戻しデビル花ちゃんを担いで逃げ出した。
「ひぃぃぃぃぃっ!!」
黒乃は立ち上がり、未だに構えをとかない勇咲に礼をする。
「あの……ありがとう……ございます」
「すまない、一瞬本当に君の友人かと思ってしまった」
「いいんです……。聞いても、いい?」
「なに?」
黒乃は本当に理解できないと言いたげに、助かったという安心感などまるでなく、とても悲し気な瞳で勇咲に聞く。
「どうして助けてくれたの?」
「…………なぜ、そんなことを聞く?」
「普通は、普通は助けてくれない。誰も助けてなんてくれない……。みんな見て見ぬふりをして、どれだけ辛くても、誰も、誰も……」
黒乃の脳裏に親族の辛辣な悪口がいくつも浮かび、その目が生意気だと手を上げた父が、その目が気に入らないと黒乃を土下座させたヤンキーたちの姿が浮かび、目じりに涙が貯まる。
その度ににへら笑いを浮かべてやり過ごしてきた自分が情けなくて、誰にも頼れず、ただただ痛みがすぎるのを待つしかない。
唯一自分を受け止めてくれた母は既にこの世になく、孤独な自分を守るものは自分しかいないはずなのだ。
勇咲はその姿に大きく息を吐いた。
「一条、困っている人を助けるのは当たり前なんだぞ。まして女の子を助けられられないクズに俺はなりたくない」
一瞬風が吹いた。
自動ドアが開いて、外の空気が流れ込んだわけではない。
空気がこもったゲームセンターの中、黒乃の心に一陣の風が吹いたのだ。
彼の姿があの美少年と被り、黒乃は自分の目をこする。
そこにヘッドホンをつけた、いつぞやの兄ちゃんが現れる。
「その子土下座させられて、写真撮られてたよ。友達なら取り返した方がいいんじゃない? 腹いせにばら撒かれたりするかもしれないよ」
「ほぅ、奴ら自分の血が何色か知る必要があるな」
勇咲は世紀末英雄モードに入ると、眉毛が太くなり、顔が劇画になる。そして手の骨をバキバキと鳴らしながらゲームセンターの外に出ていくのだった。
奇しくもゲームセンターにはこのイカれた時代にようこそのアニソンがかかっているのだった。
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