第14章 ID0000

第100話 白銀家

 時刻は日も落ち、夜のとばりが下りた頃、白銀家の和風屋敷に続々と高級車が入り、緊張した面持ちの親族縁者がイカれてんのかと言いたくなるほど巨大な屋敷に入って行く。

 カコンと音をたてる鹿威しに日本庭園のような美しい巨大な庭には白銀カンパニー創設者である白銀源三の銅像がデカデカと飾られ、本人を200%以上美化されたデザインは一体誰の像なのかよくわからなくなっていた。

 200畳の和室に殿様にでも会うのかと思うような整列具合で百人近い親族縁者は正座して並んでいた。

 一番前に座るのはスーツ姿の白銀家長男岩男(いわお)とその再婚相手である天地芳美(よしみ)、その隣を一つ開けて芳美の息子眞一が続く。

 妻の芳美と別性であるのは、彼女がまだ白銀の姓を名乗ることを親族会議で認められていなかったからだった。その為眞一も同じく、天地の姓のままだった。

 全親族が揃い、既に20分が経過していた。


「遅いな父さん……」


 岩男を腕時計を何度も確認する。そろそろ誰かに呼びに行かせようかと思った時だった。

 一番奥の襖が開き、源三の姿が現れる。

 頭にブラジャーとパンツを被った変態スタイルで。


「とぅ!」


 源三は勢いよくジャンプして、親族の前で胸元を露出すると、いかにもパチモンくさい偽おっぱいがボインと飛び出る。


「ん~ボヨヨ~ン! ボヨヨ~ン!!」


 源三は楽しそうにおっぱいをボインボインさせるが、100人近い人間が集っているというのに誰一人として何も反応しない。


「ボヨヨ~ン、ボヨヨ~ン!!」

「…………」

「ボヨヨ~ン、ボヨヨ~ン!!」

「…………」

「ボヨヨ……ふぅ、お前らマジクソだわ」


 疲れたのか飽きたのか、源三は偽物のおっぱいを取り外して適当に捨てると、一番奥にある他とは違い一段上がった膝おき付きの殿様席に座り、つまらなさそうにキセルに火をつけた。


「鉄男(てつお)はおらんのか」

「仕事で今日は来れません」

「ふぁーあ、しょうもな」


 源三は大きく欠伸をして、適当に進めろと視線を岩男(むすこ)に向ける。


「それでは、忙しい中親族各位の方々に集まってもらい恐縮です」


 岩男が頭を下げると、全員が座ったまま頭を下げる。


「初めての方もいるので最初に軽く説明を。この親族会議では白銀カンパニーの新規事業の提案から、白銀一族の結婚や死亡の報告を行うものです。また融資の願い、融資後の事業進捗を行う場でもあります。白銀に関するものであれば、どのようなものでも発言提案してもらって構いません」


 つまりこの会議は新たな事業が云々とかこつけてはいるが、ようは源三にお金くださいと言ったり、ウチの娘はこんな凄いところに嫁いだ、嫁を貰った、事業が成功した、失敗した、などを報告する成果報告を行い白銀家での地位を向上させるための会議でもあった。

 岩男を小さく咳払いをすると話を始める。


「では私からは一番の議題であります、白銀カンパニーの後継者についての話し合いをさせていただきたいと思います。ご存知の通りこの白銀カンパニーを一代で築き上げた父白銀源三は既に高齢であり、いつ世代交代を行ってもおかしくはありません。現在は私が社長代行という形で白銀カンパニーの社長職を務めさせていただいていますが、職務中につくづく思うのがこの会社は父のものであるということです。ほぼ全ての物事において父の承認を得ない限り事業を進めることができないことです。これでは私はお飾りの社長でしかないでしょう」

「それの何が悪いんじゃ」


 岩男の話に源三は口をはさむ。


「はい、ですのでそろそろ後進に舵をとらせてもいいのではないかと」

「全く、実の父親と喋ってるとは思えん口のききかたじゃの。ようはお前いるとめんどくさいからさっさと会社よこせってことじゃろ」

「そういうわけではないです」

「言っとくがの岩男、ワシはお前に会社を譲る気なんぞ微塵もないぞ。自分の子供の管理もできんようなバカ息子に会社なんか預けられるわけないじゃろがー」


 源三の目は岩男の妻芳美と眞一の間に空いた人のいない座布団に向けられていた。

 本来ここには娘である揚羽が座っていなければいけないのであったが、揚羽は今まで一度も親族会議に出たことはないのだった。


「なんで揚羽ちゃんは来とらんのじゃー?」

「あの子にはこの話はついていけないので、私が来なくていいと言ったのです」

「ホホー嘘はいかんぞ岩男、ワシ前に揚羽ちゃんと会ったが、今まで家族会議があったことすら知らんかったぞ」

「それは……」

「ワシが説明したら自分なんかいなくてもいいと言っておったがのー」

「ですからあの子にこの話はついていけないので」

「じゃあなんでそのガキンチョはおるんじゃー」


 源三の視線は芳美の連子である眞一に向いていた。


「この子は非常に優秀で、いずれ白銀を背負って立つものです。ですので今から」

「ワシはそれがなんでお前の娘じゃなくて他人の息子なのかを聞いとるんじゃこのドアホウが!!」


 源三の一喝は200畳の大部屋をビリビリと振動させ、親族縁者を縮みあがらせるに十分なものであった。

 熊殺しの源三などと言われることがあるが、熊どころではなく竜ですら倒してしまいそうなほどの眼圧とプレッシャーであった。


「ワシにはお前が再婚前のことをなかったことにしたがっているようにしか見えんわ」

「違います。ですが真由美は最低な女で」

「自分の娘に手をあげる親がどの口で嫁の悪口叩くんじゃ」

「それは……」

「確かに前の嫁は最低のクズじゃ、自分のやったことを全て娘になすりつける人の形をした鬼じゃ。しかしなそれを見破れんで娘に手をあげるお前も同レベルじゃ。ワシ、お前のことなんも信用しとらんから。自分の娘も信用出来ん奴が会社のトップに立つとか無理だから。だからワシ、お前が持ってくる案なんか全部却下するから」

「しかしそれはでは話が進みません! それに取引相手である父さんのご友人も、全て父を通してからにしてくれとしか言ってくれません。もし父さんに何かあった時、白銀カンパニーはそのまま潰れてしまいますよ!」

「ワシが作った会社じゃ、いつ潰そうがワシの勝手じゃ。お前はワシが海外で作って来たビジネスの尻馬に乗っかって社長という置物になっとるだけじゃ。それだけでも感謝せんか」


 毎度の如く繰り広げられる喧嘩内容に、親族は諦めかかっていた。

 この親子は既にこじれすぎてしまっていて、岩男が正式に認められることはないだろうと。

 だからこそチャンスである。白銀家が勝手に自爆するのなら、その後はウチが……。

 そう思っている親族の数は少なくなかった。


「お父さん考え直してください。岩男さんは」

「えーい、ワシをお父さんなどと呼ぶではない!」


 芳美がとりなそうとするが逆効果であった。

 岩男にはなぜこんなにも父が怒り心頭しているのかよくわからなかった。

 自分はたとえお飾りにしか思われていなくても、昔のような貧しい思いをしないよう必死に勉強し、功績をたて事業拡大もしてきた。

 屋台骨を作ったのは間違いなく父ではあるが、ここまで成功してきた一端は自分にもあるはずなのに、全く自分を認めようとしないのはなぜなのか。


「フンッ、この話は進まん、他の話をせい」


 源三がふて腐れながらキセルを吹かすと、突如一番奥の金襖が開く。

 本来そこは源三専用の入り口であり、例え岩男でも使用すれば雷が飛んでくるのだった。

 侍従が間違えたのかと思ったが、そこに立っていたのは着崩した制服姿の揚羽だった。


「あれ、ここじゃないの?」


 全員の視線が揚羽に注ぐが、彼女が気にした様子はなかった。


「揚羽、なぜお前ここに!」


 岩男が立ち上がるがそれより先に源三が揚羽に飛びついた。


「あっげはちゅわ~ん。どうしたんじゃ家族会議なんかでたことなかったのに!」

「ダーリンが出ろって」

「ダーリンって、まさか男か」


 コクリと嬉し気に頷く揚羽。


「ゆ、許せん! しかし揚羽ちゃんがここに来ただけでも大きな進歩じゃ。悔しいがその男には感謝してやろう」

「揚羽お前はこの話には関係ない別室に行っていなさい!」

「なにいっとんじゃバカもんが」


 源三はゲートボールハンマーで岩男をぶん殴る。


「揚羽ちゃんにもばっちり後継者の資格はあるんじゃ、一番関係ないのはお前じゃバカもん」

「そんな父さん」

「あれ黒乃来てないの?」

「黒乃ちゃんもあんまり来なくてワシ寂しい」

「来たら会えると思ったのにな。あっ、おじいちゃん揚羽欲しいものがあるんだけど」

「なになに、ゲンちゃんなんでも買っちゃう。何欲しいビル? 島? 国?」

「そんなのいらないよ」

「だよねぇー」


 完全に親バカならぬジジバカであった。

 その後上機嫌な源三は親族の新規の企画や提案をなんでもかんでもOKをした。


「近隣の野良ネコを氷漬けにして、そのうえでスケートをするという斬新なアイデアが」

「ええ、ええ好きにせー」

「ネコちゃんかわいそうだよ、爺ちゃん」

「かわいそうじゃ! ネコちゃん氷漬けにするとかお前らには人の心がないのかバカもんが! ネットで炎上したいのか!」

「爺ちゃん優しい」


 揚羽が源三をギューっと抱きしめると、源三は上機嫌で「ウハハハハハハ、最高じゃ、最高じゃ」と大笑いしている。

 親族たちは気づいた。あっ、やばいあの子(あげは)が後継者で間違いないと。

 突然親族は離席し、ひっきりなしに携帯でいろいろなところに電話をかけはじめた。


「あぁ婚約者候補……とびきりのイケメンを100用意しろ」

「バカでもいい、あの子が気に入るイケメンだ。リサーチをすぐに開始して手を打つんだ」

「理系、文系、ウェーイ系全部集めろ、すぐに。あの子をとれば白銀カンパニーはとったのと同じなんだよ」


 様々なところでいろいろな思惑が進む。

 その中で岩男は大部屋を出ると頭を抱える。


「どうしたらいいんだ……」


 全く自分を信用しようとしない父。せっかく芳美と再婚してからはしっかりやってきた。

 それに芳美の息子眞一はとても優秀で、揚羽とは比べるまでもないほどだ。

 仮に自分が認められなくても眞一だけは白銀の後継者としてやりたい。


「血なのか?」


 父は眞一のことを白銀の血族じゃないから嫌っているのだろうか。だとしたら方法が。


「父さん」

「眞一」


 父を心配した眞一が、目の前に立っていた。

 眞一はハンカチを差し出す。そこでようやく自分の額に玉のような汗がいくつも浮かんでいることに気づく。


「すまないな」

「いいんだ。父さん別に俺白銀の後継者になれなくても」

「何言ってるんだ! 父さんが絶対にお前を後継者にしてやるから、信じて待っていなさい!」


 岩男は再び意気込んで大部屋に入って行く。

 それからすぐに上機嫌だったはずの源三の怒鳴り声が聞こえてきた。


「だから父さんは無能なんだよ。お爺さんが答えを何度も言ってるのに未だに気づいていない」


 娘も信用できんもんに、会社のトップが任せられるか。

 いくら眞一が優秀だと源三に説いたところで、源三はまたかと思うだろう。またお前は優秀な方にしか興味を持たないのかと。

 結局眞一が優秀なのは芳美の教育と眞一本人のスペックによるところである。そこに岩男の力は何も介在していない。つまり源三が言いたいのは岩男が育てた娘が優秀だと言い張るなら、例えどれだけポンコツであろうと本気で考えてやったであろうが、再婚相手の息子がたまたま優秀で、それを優秀なんですと押し売りしてくるところが最高に気に入らないのだ。それはお前が凄いのではなく、そいつらが凄いだけであって、それを厚顔無恥に売り込んでくるところが腹立たしいのだと。

 つまるところ、祖父は冷徹に見えてよっぽど人間臭く情に厚いのだ。

 その情をないがしろにする岩男がとても許せなくて、認めることができない。

 それを岩男が気づいていないところがまた滑稽でもある。


「少し予定をかえる必要があるかな」


 眞一の頬は少しだけ楽し気に吊り上がっていた。

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