第97話 藪蛇

 放課後、今日こそは川島を探るために早めに下校し、ずっと川島の後をつけていた。

 寒くなってきているこの季節にクラスメイトを尾行とは俺なにやってんだろうなと素にかえったりしなくもないが、これも全ていじめの証拠をつかむ為である。


「下校後は結城と一緒に駅前のショッピング街でアクセ見たり、服見たりか……まぁごくごく普通の女子高生だわな」


 一時間程して、川島のドッペルゲンガーかと言いたくなるくらい風貌の似ている友人結城と別れると一人駅前でスマホとにらめっこしていた。


「しかしあいつほんとにスマホから目離さねーな。なんか育成ゲームでもやってんのか?」


 川島が待つこと5分、一人の少年が駅から合流する。

 それは制服姿の鼻だった。


「鼻? なんで鼻が川島と?」


 二人は何言か言葉を交わすと、腕を組んでショッピング街へと入って行った。


「えっ、川島ってもしかして鼻とデキてるのか?」


 意外だ。てっきり川島含め、白銀グループの女子は全員天地が好きだと思っていたのだが、実は鼻とは。


「グループの内情なんてわからんもんだな」


 後ろから2人をゆっくりつけていると、川島は鼻にあれほしい、これ欲しいとねだっているようで、鼻は少し顔を引きつらせながらも川島のねだるものを買い与えていた。


「……あいつ財布にされてるだけじゃね?」


 鼻の家ってそんなに裕福じゃなかった気がするが、川島の為に必死にバイトでもして頑張っているのだろう。

 それを考えると純愛なのかもしれないな。少しだけ鼻のことを見直した。


「ちょっとお客さん買うの、買わないの?」

「えっ?」


 二人の様子を近くの帽子店に入って見ていたのだが、どうやらあまりにも夢中で見るあまり商品を手に取ったままぼっ立ちしていたようだ。

 手に取ったのは固いツバと金のエンブレムがついた警帽だった。

 正確には違うのだがデザインは明らかにそれに意識して寄せている。

 結構強く握りしめていたようで形が少し歪んでしまっていた。


「か、買います」

「ありがと~6800円だよ」


 結構高い……。無駄にエンブレムやらデザインが凝ってるせいだな。

 帽子一つで新品のゲームソフト並とは……。

 無駄な買い物をさせられ、おのれ鼻めと理不尽な怒りを奴に向ける。


 また一時間程経った頃だろうか、二人が駅前から離れていく。

 どこに行くつもりだろうかと思いついていくと、駅近くの商店街を抜けて人気のない住宅街を進んでいく。

 どんぐり坂と呼ばれるところなのだが、この辺りにあるもので川島が好みそうなものはない。

 鼻の家にでも行くつもりだろうかと思ったが、二人が入っていった先はピンク色に輝くお城みたいな建物だった。


「休憩5000円、宿泊8500円……あぁそういう……」


 学校のクラスメイト同士がラブホに入って行く姿を見て、軽い精神ダメージを受けながら俺はホテルの外観を眺める。


「結構高いんだな……」


 素の感想を漏らしながら、はぁっとため息をつく。

 夜の城はこちらの気持ちなど知った事ではなく静かに佇んでいる。確かにここは目立ちにくい場所ではあるのだが……。

 この中で鼻と川島が……。やめよう精神汚染が進んで、人に戻れなくなってしまう。

 どうするか、このまま待ち続けるのもなぁと思いつつ近くにある駐車場のフェンスに背を預けながら待っていると、ものの30分そこそこで二人が出てきた。


「はやっ、こんな早いものなのか?」


 これから鼻のことは早漏野郎と呼んでやろうかと思う。

 ことが終わると鼻は満足げな顔で川島に別れを告げて駅前へと戻っていく。


「散々おごらされた結果が、30分程度で1発ヌかれて終わりか……男ってバカっていうか悲しい生き物だな」


 川島もしばらくして駅前に戻ると、鼻に買わせた荷物をコインロッカーに預け、またスマホを眺めながら誰かを待ち始めた。

 するとまたもや5分ほどして今度は風呂入ってテッカテカの前歯がやって来た。


「まさか……」


 俺の予想は当たり、今度は前歯と川島が一緒にショッピング街へと入っていった。

 そして先ほどの鼻と全く同じで、前歯は山のように川島の欲しがるものを買い与えていた。

 無理すんな前歯、お前ん家ボロッボロのアパートじゃねぇか、苦しいんだろ。女に貢いでる場合じゃねぇだろ……。と思いつつも、男は目の前にセックスをぶら下げられるとアホの子のように貢いでしまう悲しい生き物なのだろう。

 そしてまた1時間ほど経って二人は移動を始める。

 行先はわかっているのだが一応ついていく。

 予想通り二人は先ほどの城のようなホテルに消えていく。


「うわぁ……二股かけらえてるって鼻と前歯知ってんのかな……」


 俺は再びホテルの外観を眺める。うわ、すげぇ複雑な気分だ。クラスメイトの二股現場を目の当たりにして、女の恐ろしさと男のバカさを痛感する。


「これが手玉にとられるってやつなのか……」


 しばらく待つと、今度は30分もしないうちに二人は外へと出てきた。

 早い早すぎる。今度から前歯のことは早撃ちマックと呼んでやろう。

 しかし鼻とは少し違い、前歯はまだ不満が残っているようだ。


「そりゃ30分足らずじゃつまんねーだろうな」


 前歯は食い下がっているようだったが、川島は手をあわせて「ごめんね、また今度」みたいなことを言っているようだ。

 あんだけ買わせたんだから、もう少しくらいサービスしてもいいんじゃないだろうか。多分普通に風俗の方が安上がりなくらい買わせてるしな。

 川島は前歯を無理やり帰らせると、今度はホテルの前で待機していた。

 すると


「げっ、刑部……まさか」


 次に現れたのは今日柔道でぶん投げた刑部だった。

 奴の頭にはまだ畳の線が残っており、間抜けな姿だった。

 川島は指さしてケラケラと笑うと、刑部は本気で怒っていた。

 やがてそこがホテルの玄関だということに気づいて、慌てて川島をホテルの中に押し込んでいく。


「うわ……嫌な現場見た」


 あまりにもショッキングすぎてつい写真撮ってしまった。

 鼻と前歯はまぁ可哀想だけどバカな奴らで終わりだけど、刑部は犯罪だろ。教育者失格ってレベルじゃねーよ。

 またもやすぐに出てくるかと思ったが、今度はかなり長いようですでに30分以上経っていた。


「寒くなってきたな……」


 時刻は既に夜10時前、住宅街ということもあって街灯の光と目の前のホテル以外に光はない。

 俺何やってんだろうな。クラスメイトと教師がホテルに入ってるところ目撃して、そのまま張ってんだもんな。

 これ以上の情報は今日は無理か。長いこと張って得た情報が、川島は鼻と前歯と刑部とやってるってことだけだもんな。知りたくなかったものばっかりだ。

 近くの自販機で買ったホットコーヒーもすっかり冷たくなり、ビューっと冷たい風が頬を撫でる。


「さっぶ」


 帰ろうかなと思い立ち上がろうとするが、寒さで腰が痛い。

 これだけ長丁場になるなら一回帰って着替えて来れば良かった。

 夜になってかチラホラとホテルへと入るカップルが見受けられる。

 男女、女男、男男、女男

 一部おかしなカップルがあった気がするが気のせいだろう。

 自由の国だしな、恋愛も自由だ。

 こうやって張ってたら揚羽とか来るんじゃないだろうか。そんなことを思いながら、もしこの場に揚羽が来たら俺はどんな反応を返すだろうか。

 やっぱりな。

 男がいたのか。

 嘘だろ?

 ショックだ。

 裏切ったな。

 しょうがないな。

 彼氏でもないくせに、裏切ったとか何を言っているのか。

 やっぱりな、もなんか違う気がする。ショックだが一番近いか? ショックって別に恋愛は自由だし、ショックを受ける意味もよくわからんが、でも多分揚羽にはここに来てほしくないんだろうな。

 そう思っていたが、ふと学年が上がり白銀と同クラスになった頃茂木が言っていたことを思い出す。

「白銀がラブホから出てきたの見たって」

「あいつ100人くらいの男と経験あるらしい」

「なんか本命は凄い金持ちのオヤジらしくて、あいつ高級車から出てきたって目撃者がいるんだ」

「セックス依存症らしいぞ。俺も100人の中の一人になりてぇ」

 まぁ茂木の話なんてゴシップ週刊誌と同レベルなんで別に気にはしてないし、尾ヒレ背ビレがつきまくってるのはわかっている。

 わかってはいるんだが、なぁ……。

 男をいっぱい作るってのはやっぱり男好きなのか。確かに男も女を並べたいっていうハーレム願望があるんだ、女にだってその願望はあるだろう。

 いや、これ以上考えるのはよそう。俺はまだ人でいたい。


 寒空の下、空を見上げると星でも見えるかなと思ったが、見えたのは真っ黒な空と電線だけで悲しい気持ちになった。


「あれ、ダーリンなんでこんなとこに」


 あいつがよく鳴らしているローラーの音が聞こえ、顔を上げる。

 全くいないでくれと思うといるんだからな。

 モスグリーンのコートを羽織り、上はボンテージみたいなチューブトップに下は尻が見えるくらいのホットパンツで、このクソ寒い中よくそんな格好すると思う。

 ヘソピアスとウエストチェーンというのだろうか金の鎖がウエストのくびれに巻き付いていて、見た目どこに出しても恥ずかしくないビッチというやつだろう。


「なにしてんのお前?」

「えっ揚羽? いや揚羽は別に……」


 盛大にキョドってるな。

 先ほど考えた想像の中でどれが一番近いかと思ってたが、答えは凹んだが正解だったようで、川島がクラスメイトと二股かけてたとか刑部と今ホテルの中に入ってるとか、正直そんなことどうでもよくなるくらい凹んだ。

 そのことを察したのか揚羽は慌てふためき始めた。


「違うから、マジで違うから! さっきまで黒川いたし! ほんとマジだから嘘だと思ったら電話して聞いてみていいから!」

「なんでそんな必死になってんだよ。別にお前がどこにいたってかまわねぇよ」


 それがたとえホテルの前だとしても。

 あれ、なんで俺いじけてんだ。

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