第95話 たのしいたいいく
最初の授業を終えて、俺たちは体育の為体操服に着替えてグラウンドに出ようとしていた。
「二時間目の体育、ゴリ山が出られないから刑部がかわりにやるんだってよ」
友人の声が聞こえ、俺と茂木は顔をしかめた。
「マジかよ、絶対柔道じゃん」
「あいつ超柔道好きだからな」
「なんか高校か大学かで柔道のインターハイ出たらしい」
「じゃあなんで数学とかやってんだよ」
「教員試験に水泳があって諦めたらしい」
「あぁ、あいつ絶望的なまでにカナヅチって本当だったんだな」
予想通り体育の授業内容は柔道へとかわり、男子だけでなく女子までもが武道場へと集められてた。
「女子の教師も休みだったのか」
「確か女子体育の飯塚は山田のクラス担任だろ。ゴリ山も学年主任だし、保護者周りで忙しいんだろ。しかし、女子いるのに柔道ってどうなのよ? しかも全員体操服だし。お前の大好きな一条なんか投げ飛ばされたら死んでしまうんじゃないか?」
「いや、昨日のビラの件で一条今日休みだって白銀が言ってた」
「そりゃまぁそうか、そっちの犯人も捕まってねーしな」
「可哀想だ。心から慰めてあげたい」
「お前一条のことになると素で気持ち悪いな」
しばらく待つと、頭頂部が薄くなった男性教師、刑部京一(37独身)がやたらとハッスルしながらやってくる。
途端に女子が二、三歩後ろへと下がる。
「刑部って女子から嫌われてるよな」
「まぁ女子だけじゃねーけどな。あいつ目つきがやらしいんだよ。話によると女子生徒を喰う為に教師になったって聞いたぞ」
「クソ野郎じゃねーか」
「成績をダシに女子生徒に無理やり補習うけさせたりとかな」
「クソ野郎じゃねーか」
「白銀とかよく狙われてるだろ。見た目の良いアホの子が大好物だからな」
「あぁそういやあいつ数学の補習よく受けさせられてるな。まともに補習出てるとこ見たことないけど」
「コラァお前ら、ちゃんと道場に礼はしたのか!」
唐突に怒鳴り始めた刑部は俺と茂木の頭は掴んで、無理やり頭を下げさせる。
「しました、しましたよ!」
「心がこもっとらん!」
髪を掴んで無理やり引っ張るのでめちゃくちゃ痛い。ハゲたらどうしてくれるんだこのハゲめ。
「よし、それじゃあ出席をとるぞ」
何事もなかったかのように刑部は生徒達を並ばせると、授業を代行する旨を伝え、準備運動の柔軟を指示する。
「なんだあいつサイコパスだろ」
「あいつ柔道着から乳首見えてんの腹立つな。なんであんなサイズ小さい道着着てんだよ」
「刑部のキモさが爆発してるな」
「そりゃ女子から引かれるわ」
「さっきから女子のとこばっかいって、男子完全放置だもんな」
「そりゃ男女ともにヘイト稼ぐわ」
「よし、女子はこれから受け身の練習だ! 男子は乱取りでもしておけ」
「乱取りしとけって実質自由じゃねーか。授業しろ授業」
「ダメだ、こっち見すらしねー」
「しかも基本可愛い子にしかいかねーとこがチンコに忠実だと思う」
刑部のねちっこい指導は続き、男女ともに嫌気がさしていた。
「よし、女子はこれから寝技の練習を行う。男子はそのまま乱取りでもしとれ」
「あいつマジクソだな」
「ほんまもんのクソだわ、あいつ」
「しかもいきなり寝技って露骨すぎんだろ」
「むしろ開き直ってエロイ事しか考えてないんじゃねーのか」
「よし、女子は二人一組になれー、おっ一人余るな? よし白銀は先生と組もう」
「二人組めから、余ってるな? までが早すぎんだろ」
「もう絶対それがやりたかったとしか思えん」
「センセー、あっち男子なんか暇そうなんで男子と組んじゃダメなんですかー?」
白銀の発言に一同がどよめく。
確かに乱取りでもしとれと言われた男子の大半は、やる気をなくして壁を背に座ったままべらべらと喋っているだけで、まともにやっているものは少ない。
てか一時間近く乱取りばっかやらせる方が問題だろうが、まともにやったら一瞬でバテるわ。
「いや、男子の体格と女子の体格では、うまく組むことが」
「先生の体格よりかは近いと思いまーす」
びっくりするくらいの正論で、刑部はぐぅの音も出なかった。
白銀は特に気にした様子もなく男子の方に走ってくると、他の女子たちも男女混合解禁だぜ! と走って男子に合流する。
「来た、梶、女子の群れだ一匹くらい捕まえよう!」
「いや、鮭の群れみた漁師じゃないんだから」
が、現実とは非情なもので、ほぼすべての女子は天地へと群がった。
「天地く~ん寝技教えて~」
「天地くん汗すご~い拭いたげるね~」
「天地君のにおいすご~い」
「天地く~ん、もういるだけでカッコイイ!」
「天地くん抱いてぇ」
「もっさん現実なんてこんなもんだぞ。例え男女のくびきが解かれたとしても、持っていくのは一人だ。結果俺らみたいなもんにはおこぼれすら回ってこん」
「神はいないのか!?」
WHYと天に向かって叫ぶ茂木。
しかし逆パターンもありまして、積極的な男は白銀や巨乳になった百目鬼に群がっていた。
「ほんと男っておっぱいには正直だよな」
「今百目鬼に群がってる奴はすがすがしいほどに下心しかないな」
「百目鬼の寝技は凄そうだしな。白銀こっちくんじゃねーの?」
「いやぁさすがにいつものグループ行くだろ。鼻か前歯か、天地は無理そうだけど」
と言ってると、嫌な予感が当たり、白銀が目の前に立った。
百目鬼は男子に囲まれて動けない。この辺りの慣れはやはり白銀の方が強く、男子に囲まれてもすぐに抜けてくる。
「寝技しよーや」
「スケベしよーやみたいに言うな。なんでそんな嬉しそうなんだ。いつものグループはどうしたんだ」
チラッと鼻と前歯の方を見ると、血涙を流しそうな目でこっちを睨んでる。うわ、後がこえぇ。
「えっ、桜井は矢代と組んでるし。余ってるっしょ」
「俺はもっさんと……」
と言いかけて茂木に頭をはたかれた。
「お前ホモかよ!」
「酷い言いぐさだな」
「こんなところに情けなんかいらねーんだよ! お前は進めよ! 前に! 振り返んじゃねー! 俺たちの想い無駄にすんなよ!」
なにその最終回一話前みたいな熱いセリフ。
「おっぱいを、おっぱいを……してこいよ」
「もっさん……」
「いいんだ、俺はお前を応援してるんだ。こんなところで足の引っ張り合いなんて醜いことはしねーよ……」
「もっさん……」
「行け、振り返るな。振り返ってもそこにあるのは童貞の死体だけだ」
俺と茂木の目にジワジワと涙がたまる。
「クソお世話になりました!!」
俺は土下座した後、振り返らず涙をこらえ白銀の元へと向かう。
「いいんだ、これで。お前が白銀とくっつけば……百目鬼さんはフリー!! なんかわかんねぇけど百目鬼さんあいつに気があるみたいだけどこれで心置きなく百目鬼さんを狙える!」
俺はもっさんの下心には全く気付かず、白銀と適当におままごとみたいな寝技をかけあう。
「そんじゃさっきやったのが袈裟固めだから、それをそのままやってみよう」
「そんな普通なんじゃなくて、あれやりたい」
白銀が指さすのは腕を両足で抱え込んで、横から引っ張る腕ひしぎ十字固めだった。
「あっちの方が楽しそう、組ませて」
「まぁいいけど」
白銀は見様見真似で技をかけるが、あまりちゃんと決まっていない。
「あー、多分もっと密着させないとガバガバですぐ抜けちゃうぞ」
少し強めに腕を引っ張ると簡単に拘束が解けてしまう。
「じゃあこうか」
白銀はめいいっぱい体を密着させ、俺の腕を抱きかかえる。
「そうそう。これは抜け出せないか?」
強めに腕を引っ張ると、白銀が逃がすまいと腕を強く捕まえる。
そこで単純でありながら真理に気づいた。
この体勢……おっぱい触れる!
気づいてしまった、気づかなければよかった、でも気づいてしまったからには、もう……戻れない。
いったん意識してしまうと、手首に当たる柔らかな感触しかわからない。
「あっ白銀やばい、それやばい」
「あーまた揚羽のこと白銀って言ったー」
「いや、そういうことじゃ」
手の位置がかなり危うい。密着しろと言ったのはこちらだが、これは教育上とても良くない。
そして更に良くないのが、めっちゃ見られてる視線を感じる。
「パー」
「なにが?」
「パーしてみて」
何を言ってるんだコイツはと思いながら俺は拘束されている手を開いた。
「グーチョキ」
言われるまま手の形を変えていく。
「猫の手」
柔らかく指を曲げる。
「そのままグー」
柔らかく曲げた指をそのまま握り込むと思いっきり白銀のおっぱいを握り込んだ。
この女……これを計算して? 天才か?
「やーらかいっしょ」
「いや、マズイマズイマズイ!」
「マズイ言いつつ手は離さないところがいいね」
「よくねぇ!」
ふと感じる冷ややかな視線、それは男どもからようやく抜け出してきた百目鬼だった。
えーい、ウチの男どもは百目鬼一人食い止められんのか、不甲斐ない奴らめ! もっさんはどうした、あいつなら……
見るとザマス姉さんに頬ずりされながら寝技をかけられている哀れな茂木の姿があった。
あいつはもうダメだ死んでる見捨てよう。凄惨な殺人現場から目を背けるとゴミカスを見る目の百目鬼の顔が直上に。
「楽しそうやね~」
凄いネコナデ声! 怖い!
「あーいたたた揚羽ギブギブ、こりゃ脱臼したかもしれんね」
俺は胡散臭い声をあげながら白銀から抜け出す。が。
「ウチもまぜてほしいなー」
百目鬼は俺の顔の方からそのまま倒れてくると、顔にどんっと自身の胸を乗っけ圧迫する。 そして俺の両肩を抱き込んでがっちりホールドする。
「これは上四方固め!」
なんらやましい点はないはずなのだが、男女間でこの技は想定以上の威力を発揮する。
上に乗る方と下になる方は頭の位置が上下逆になっており、百目鬼の顔は俺の腹にくっつき。下になってる俺は百目鬼の胸に直に触れる。
ここから抜け出せる男は本当にいるのだろうか、いや無理だね。
俺の頭をすっぽり胸で抱きかかえると、百目鬼はフッフッフと悪い笑みを浮かべる。
「あかんよ~梶君みたいになんの取り柄もない男の子は、ウチみたいななんもできひん子と一緒にならんと。世の中なんでもつり合いってもんがあるからね。白銀さんみたいに可愛い子と付き合うにはきっと梶君はまだレベル足りてないから、ウチで我慢しとき」
「むぐ~~! うぐ~~~!」
「そんなに喜んでウチも嬉しいわ」
「百目鬼、胸がやばい!」
「あれれ~おかしいぞ~白銀さんは揚羽って下の名前で呼んでるのに、なんでウチは百目鬼なんて可愛くない苗字で呼ばれてるんかな?」
クソ生意気な少年探偵風にいうのやめろ
「真凛!」
「はいはい、どうしたの?」
くそ、こんだけがっちり圧迫してきて、めっちゃ声笑ってるのがこえぇ! こいつもサイコパスか。
「胸が当たっ……て」
「それは先払いやから、好きなだけ使ってええよ」
わかっててやってんの!?
胸が当たってる! 当ててんのよと言われたくらいの衝撃が……走る!
「今の今まで男の人に群がられたことなんかないのに、おっぱい大きくなった瞬間この掌返し、世の中乳だわ」
そんな世の中クソだわみたいにやさぐれて言わないでほしい。
「いや、お前は元から良かったが、引っ込み思案なところとあのお祭り芸人みたいな眼鏡でフィルターかけられてただけだ」
「誰がヒカキソなん?」
「言ってない言ってない!! あっさりyoutuberの名前が出てくる辺りお前も自分で似てるなって思ってたんだろう!」
「梶君反省足りてへんのちゃう~?」
「理不尽!」
真凛の締め上げが激しくなり、乳圧に殺されそうになる。
「うぐぐぐぐ」
「百目鬼ちゃんほんと仲良いね。ダーリン揚羽もやっていいよね?」
「よせやめろ」
揚羽は全くこちらの言うことを聞かず、どこで覚えたのか足に四の字がためをかけてくる。
「おいバカやめろ、それは柔道じゃなくてレスリングの技ぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
見事に決まった関節に俺は悲鳴を上げる。
なんだこれ、女子に上半身と下半身に固め技を食らって悶絶する体育ってなんだ。
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