第87話 メタルビースト

「前作でのゲームデータはコンバートできます……か」


 財布をあさると中から金色のメダルがでてくる。メダルには虎が刻印されており、このメダルには自分の機体データが登録されている。

 俺がメタルビーストの一作目をやり込んで、ようやく手に入れたレアメダルで、この機体が出てくると観戦者ができるくらいだ。

 それとは別にスマホのメタルビーストアプリを起ち上げる。この中には戦闘記録がセーブされており、このメダルとスマホを使用してゲームを行う。

 もちろん使わなくてもゲームはできるが、機体が無強化(ニュートラル)状態としての出撃になるので、アホ程やりこんだゲーマーの機体にはどうあがいても勝つことが難しい。


 俺は球体型の筐体の中へと入る。

 ゲーム筐体の中は360度モニターになっているが、ただのデモ画面が流れているだけで実際に映像を映すのはパイロットシートにかけられているヘッドマウントディスプレイだ。

 俺はパイロットシートに座り、ヘッドマウントディスプレイを装着する。

 すると不思議なことにパイロットシートは現実のままだが、360度モニターだけが切り替わりインサートコインと表示されている。

 俺は500円玉を放り込み、ゲームを開始する。


 しかし近年のゲームはワンプレイが高くなったものだと思う。でも、これだけの最新技術で作られたゲーム筐体を100円でプレイさせるのは限界だったのだろう。

 1プレイ100円で1回5分と考えたら、このゲーム筐体の時給は1200円、 ゲームセンターの営業時間が10時間ほどだとしたら 丸一日稼働しても12000円にしかならない。

 30日休まず稼働しても36万、最新型のゲーム筐体なんて600万ないしこんな360度モニターを使ってるゲームなんて1000万を軽く超えてくるだろう。

 それにアーケードゲームの寿命を考えると、一回500円でも安いくらいではないだろうか。

 それでも筐体代を稼ごうとしたら10カ月近くかかるわけだし。

 この辺はもっととりたいけど、とったらお客飛んじゃうってところだろうな。

 リースなんかもあるんだろうけどと最新ゲームのコスト事情を考えながらプレイアブル機体を選択していく。


「なににするか……」


 迷って決めたのはオーソドックスな主人公機体で、不利な地形もなくオールラウンドに戦える機体、レイジタイガーだった。

 胸部に大きな虎の顔がついており、往年のロボットアニメを彷彿とさせる風貌だ。

 このゲームの看板キャラクターということもあり近距離のブレードだけでなく、遠距離のライフルもあるのでリハビリには丁度いいだろう。俺の得意機体であったりもする。

 機体を選択すると、前作のデータを使用しますか? と画面に表示され、YESを選択すると、インサートビーストメダル、セットアップスマートフォンと表示される。

 俺はタイガーメダルを挿入し、操縦桿のすぐわきにあるケースにスマホをセットする。すると画面にコンバートデータ中と、長いタスクバーが表示された。


「げっ、もしかしてコンバートにめっちゃ時間かかるんじゃ」


 もしかしてゲームできないんじゃないだろうなと思ったが画面が大きく揺れ、突如ヘリコプターのハッチから夕暮れの街並みが映し出される。

 どうやらゲームのバックグラウンドでデータのコンバートを行うようで、今回の戦闘ではデータは使えないらしい。


[これより戦闘区域に突入、ビースト全機は敵市街地を制圧し、安全を確保してください。本作戦は敵ビースト全機の破壊を持って作戦終了となっています。それでは皆さんご武運を。ビースト各機、降下開始]


 オペレーターの音声が消えると、画面が一気にスライドし、機体が急降下していく。

 周りを見ると、他にも何機かの味方の機体が見える。

 これはオンラインで全世界のユーザーと共闘、対戦が行える仕組みになっているのだ。


 装着したヘッドマウントディスプレイから「よろしく~」と味方プレイヤーの音声が聞こえてくる。

 俺もよろしくと返し、機体は近代ビルの立ち並ぶ市街地へと着陸する。


「市街地は見通しが悪いし入り組んでるから、高速型、重火力型ともに不利なマップだな」


バランス型の レイジタイガーにしたのは正解かなと思っていると、突如目の前のビルが倒壊する。


「おっ、きたきた」


 敵の虫型の機体がわんさか押し寄せる。


「無人機(バグ)か、まだプレイヤー機(ビースト)はここまでたどり着いてないか」


 マップを拡大すると、ぐるりと壁に囲まれた都市が舞台で、中央には巨大なタワーが見える。

 宇宙開発地が舞台になっているようで、周囲にはシャトルの発射場や組み立て中のシャトルが転がっている。


「動かせるオブジェクトが多そうだ。タワーなんかは何かに使え……」


 そう思っていると、巨大な鋏を右手につけた人型機が突如襲い掛かってくる。


「プレイヤー機、シールドキャンサーだな」


 フットぺダルを踏み込み、スロットルレバーを手前に引いて距離を離す。

 こいつは装甲が硬く、ハンマーのような打撃型が有効だが、あいにく俺の機体には打撃属性の武器は搭載されていない。

 中距離でライフルを連射し、敵のHPをチマチマと削っていく。


「決定打にかけるか……」


 機動性が低い分、相手の攻撃に当たることはないが、こいつ一体に弾薬をどんどん吸い取られていく。

 相手の頭部に表示されたグリーンのHPバーがようやく半分くらいまで減ったと思った瞬間、突如マックスまで回復する。


「くそ、リカバリーユニットつけてやがるな」


 重装甲に体力回復はオーソドックスな組み合わせながらも凶悪だ。

 俺はウェポン選択をして、獣王剣を装備する。

 レイジタイガーの必殺武装でもあり、特殊効果はバリア、装甲を無効化することができる。わりかしチートじみた強さを持つ武器だが、反面エネルギー消費が激しい上に外すと無防備になるので使いどころが難しい武器でもあった。

 俺は呼吸を整え、ふーっと息を吐く。

 そして、フットペダルを全開まで踏み込むと、背面部のブースターが炎を上げる。

 ジェットエンジンのような甲高い金属音が鳴り響く。

 獣王剣を構えてブースター音を響かせていると、シールドキャンサーに乗るプレイヤーはこちらが何をやるかを察したみたいで、大きな腕をコイコイと手前に振っている。


「いいね、あおりは対戦ゲーの醍醐味だよ」


 俺はエンジン出力が限界になっていることを確認しスロットルレバーを一気に解放する。

 レイジタイガーは弾かれたように急加速し、地面を滑りながらシールドキャンサーに迫る。向こうは巨大な右腕をカウンターに合わせている。俺が突っ込んできたところを叩き潰すつもりだろう。

 粉砕機にも見える機体の懐に一瞬で接近する。

 シールドキャンサーはそのまま眼下のレイジタイガーにハンマーのような右腕を振り下ろす。

 右腕が地面を打ち砕くと、砕けたアスファルトが宙を舞う。

 しかしレイジタイガーの姿はそこにはない。


「もらった!」


 シールドキャンサーの叩きつけと同時に直角で飛び上がり、俺は空中から獣王剣を振り下ろし、重装甲ごと真っ二つに切り裂く。

 着地と同時に爆発が巻き起こり、レイジタイガーはブレードを腰の鞘に収納する。


「うん、なかなか悪くない」


 そう思っていると、突如警報が鳴り響く。


[ランカービーストが強襲、識別コードΣ9 機体名ランドバイソン・タイプオーガです。かなりの高火力機体になります。ビーストの皆さんお気をつけて]


 そう言い残してオペレーターからの通信は切れた。


「乱入か、いいね」


 通常乱入は戦っているどちらかの勢力に編入されるのだが、この乱入者はよっぽど腕に自信があるのか第三軍として初めからいた二部隊のどちらの味方でもない部隊を選択したらしい。


「でも基本対戦ゲーだからな。どんなに強くても2対1、もしくは3対1には絶対勝てないように……」


 と思ったら味方のマーカーがどんどん消えていく。


「やばい、あいつ強すぎる!」

「あいつ全国ランカーだ! 名前見たことあるぞ!」

「うあ、うあああああああっ!」


 イヤホンから味方の断末魔が聞こえてくる。

 味方軍、敵軍合わせて凄い勢いで撃墜されていく。

 進行が全く止まらないあたり暴走機関車のようにも見える。

 あっという間にほとんどのプレイヤー機が撃墜され、この試合ほぼ全て乱入者に蹂躙されたと言っても過言ではないだろう。


「マジかよ……ゲームバランス考えた奴出て来いよ」


 10対1で普通勝っちゃいかんだろ。ゲームとしてはダメだと思うが展開としては面白い。


「〇ャア少佐じゃないんだからな」


 レーダーに赤色のマーカーが迫ってくる。どうやらこいつが乱入者らしい。

 俺はビルの影でライフルを構えながら待ち構える。

 機体の残弾メーターが頼りない数字を表示している。これでやれるとは到底思えないが。


「全国ランカーの顔拝んでやろう」


 すると地面をズシンと大きな音を鳴らしながら一体のロボットが現れる。

 頭部に巨大な二本の角を生やし、肩部にはミサイルポッド、両腕にはガドリング砲が装備された、まさしく重装甲、重火力を絵に描いたような機体だった。


「ランドバイソン、確かシリーズ1作目じゃ格闘機のはずだが、バージョンが上がって重射撃に転向したのか?」


 あの重火力を抜けて、接近戦に持ち込めば……と思った奴はきっと俺以外にもたくさんいただろうな。

 そう思って様子をうかがっていると、まだ残っていたのか、さっき倒したシールドキャンサーと同型の機体が、自身の装甲を盾にしてランドバイソンへと突き進んでいく。

 その後ろにもう一機、蜘蛛を模した機体バズーカスパイダーが名前通りデカいバズーカを背負ってシールドキャンサーの後ろに続いている。

 シールドキャンサーを盾にして至近距離まで近づけば、例えキャンサーがやられても後ろのバズーカスパイダーの攻撃で……。

 と思った瞬間、ランドバイソンのガドリング砲が火を吹き、ものの数秒でシールドキャンサーは粉々になってしまった。


「嘘だろ、あのガドリング砲必殺じゃなく標準兵装ですよね」


 標準武器で、あのシールドキャンサーを粉々にできるってマジでイカれ性能すぎない。

 あの桁違いな能力は恐らくプレイヤーの手によって相当チューニングがされているものだと気づく。

 異常な出力と火力はビーストメダルに蓄えられた戦闘記録によるもので、このゲーム戦えば戦うほどプレイヤー機が強くなっていく成長要素も持っている。

 

 バズーカスパイダーは一瞬でキャンサーがやられたことに驚きつつも、すぐさまバズーカを連続で発射していく。

 弾頭が次々と命中し、ランドバイソンは爆炎に包まれる。


「やったか?」


 自分で言ってフラグだと気づきはっとする。

 直後、レーダーが反応を上げる。


「まだいる!」


 気づいた時には遅く、ランドバイソンの背中から伸びた二本のアームがバズーカスパイダーを捕まえると、そのまま機体を力任せに引き裂いたのだった。


「う、うわぁ。隠し腕まで持ってるのか」


 あれを改造したプレイヤーは相当な変態だろう。

 あれだけの重武装にまだ武装を積むとは。

 あんなの自重制御だけでも苦しいはずだ。

 バズーカスパイダーの爆炎が晴れると、頭部の雄牛を模したカメラアイが左右に動き、最後の標的を探す。

 その最後というのは言わずもがな俺のことだ。

 このゲームには緊急自爆ボタンという黄色と黒の縞々ラインに囲まれたあからさまなスイッチがあり、このボタンを押すと自爆(リタイヤ)することができる。

 一瞬俺はそのスイッチに手が伸びかけた、だが。


「リタイヤするくらいなら、最初から対戦ゲーなんて選びませんよね」


 俺の頬にはニヤリと笑みが浮かんでいた。

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