第85話 エロ爺
午前最後の授業である体育で、ゴリ山にしごかれたというのに微塵も体力的辛さを感じず、教室内で体操服から制服に着替えていた。
「なんなのお前、ほんと体力バカになったの?」
「いやぁ、そういうわけじゃないと思うけど」
「じゃあなんでゴリ山の地獄サッカーでケロっとしてんの?」
「なんでだろうな、よくわかんねぇ」
「てか、お前ゴリ山のネオタイガーショット普通に受けてただろ。あれ当たっただけで吹っ飛ぶぜ」
「なんであいつのシュート少年漫画みたいな名前ついてるんだよ」
教室内にはまだ男子生徒しかおらず、女子の体育は水泳だった為着替えに時間がかかっているようだった。
「女子は水泳、男子はサッカーって不平等ここに極まりって感じじゃね」
「おまけに水泳場でやってるから外から見えないしな」
「それな。まだ見えたら許せるけど、見えないのが一番許せないわ」
二人で世の中の不平等について話していると、突如外から悲鳴が上がる。
「キャーーー! 下着ドロよ!!」
絹を切り裂くような女生徒の叫び。
しかしその内容が下着ドロて。んなバカな。
「嘘だろ、現代日本で下着ドロなんて存在するのか?」
「また出たのか」
「また?」
「ああ、昨日、一昨日とお前の休んだ日に出てきた爺で、女子更衣室に忍び込んで下着をかっぱらっていくんだ」
「マジかよ、今日日普通に逮捕案件だぞ」
「これがまたすばしっこい奴でな、生徒だけでなく教員からもうまく逃げのびてる」
「盗まれた方にはたまらないだろうが、下着ドロって響きだけで面白いな」
「不謹慎ながら俺もそう思う。見に行くか?」
「おう」
茂木と二人教室を飛び出し、声のした方に走る。
どうやら下着ドロは体育館脇にある女子更衣室に現れたらしく、ちんちくりんな爺さんが風呂敷を担いで走り回っている姿が見えた。
「ウハハハハハ! 大漁じゃ大漁じゃ!」
「待ちなさいよ下着ドロ!」
「嫌じゃ嫌じゃ嫌なのじゃ~ウハハハハハ」
下着ドロの爺は驚くほど機敏で身のこなしが軽い。
ぴょんぴょんと飛び跳ねて、あっというまに更衣室の屋根に飛び乗ると、そのまま屋根伝いに学校の外に出ていく。
「昨日も見たがあの爺さん超はえぇな。ネズミ小僧やルパンのような怪盗を彷彿とさせる」
「ネズミ小僧やルパンが下着ドロやってたらBPOへのクレームが凄そうだな」
「視聴者全員が銭形応援するだろうな。それでお前は何やってんの?」
茂木は俺が握り込んだ掌サイズの石を見やる。
「落としてやろうと思って」
「あの爺さん早いから絶対当たらないぞ」
「かもな……よっと!」
爺さんに向かって石を放り投げる。
「ウハハハハ、また来るから楽しみにして、ぎょええええええ」
どうやら石は爺に命中したらしく、そのまま学校のすぐ脇にある川の方へと落ちて行った。
「当たったな……」
「確か命中上がるスキルもってたはずだからな」
「ん?」
「ん?」
「いや、そういう反応するときはもう覚えてないって今日一日で理解した」
「またなんか変なこと言ったのか」
茂木に言ったことを即座に忘れながらも、俺は落ちていった爺さんを見に行った。
「誰じゃ、こんないたいけな老人に石を投げつけおって!」
爺さんは頭にたんこぶを作りながらぷりぷりと怒っていた。
「下着泥棒のどこがいたいけなんだよ」
「むっ、貴様がワシに向かって石を投げつけたのか! 許さんぞ!」
ちんちくりんな爺さんはどこから取り出したのかゲートボールのハンマーを持って、俺に飛びかかってくる。
「はいはい、爺さん老人ホームはここじゃないからな」
爺さんをかわして襟首を掴む。
「貴様ワシの動きを見切るとはデキるな」
「爺の体当たりくらい誰だってかわせるわ」
「離せ離さんか! ワシを誰だと思っとるんじゃ!」
「下着ドロ以外の何物でもねぇよ!」
「でいやぁぁぁ!」
爺さんはつままれているというのに、ハンマーで俺の腕を叩くと、なぜか俺の体は上下さかさまにひっくり返っていた。
「えっ、なんだこれ」
「こんな愛くるしい老人に手を出すとは親の顔が見てみたいわ!」
「自分で言うな、このスケベ爺!」
「ギャルのパンティの価値もわからん青二才の分際で許さんぞ! ワシの必殺技を受けてのたうち回って死ぬがよい!」
なんて口の悪い爺なんだ。
「ワシ必殺熊殺しじゃ!」
爺が俺と対峙すると、小さな背の後ろに巨大な熊が見える。
爺の眼光の鋭さと殺気には、熊も逃げ出すのではないだろうか。
しかし所詮は爺の睨みである。その程度で動じるほど軟ではない。
「なんだ睨むだけか、熊殺しとかいうから驚いたぞ」
「なに? ワシの熊殺しが通用せんじゃと?」
爺は眼光を緩めると、俺の体を無遠慮に触りまくる。
「な、なんだよ」
「この筋肉に、この傷……お主……”どこから”来た?」
「どこからって近くの」
「そんなもん聞いとらんわい!」
爺がハンマーで俺の頭をぶん殴り、目の前を星が飛ぶ。
「いってぇ!」
「さっきの石ぶつけてくれた礼じゃい」
「それよりどういう意味なんだ」
「気づいとらんのか、まぁよい。貴様、何かを思い出してはすぐ忘れることがおきとらんか?」
「なんでそれを!?」
「やはりか、面白い。学校が終わったら駅前の五星館に来い」
それだけ言い残すと、ぴょんぴょんととても爺とは思えないジャンプ力で飛び跳ねながら逃げて行った。
「なんなんだ……」
それはそうと、この残された下着はどうしたらいいんだ……。
パステルカラーの様々な種類のパンツが入った風呂敷をもって、俺は学校へと戻り茂木と合流した。
「よっこらせ」
ドサッと大量の下着の詰まった風呂敷を下ろす。
「お前、これどうしたの?」
「奪還してきた」
「お前マジですげーな」
「これどうしたらいいんだろうな」
「場所が悪い、移動しよう」
「ん?」
確かに人目につくところで女子のパンツを広げるのはよくないだろう。
茂木に言われて俺たちは校舎裏にパンツを持って移動する。
「普通で考えたら教師に渡しときゃ問題ないよな?」
「いや……これだけのお宝、じゃなくてパンツをそのまま返すのは勿体ない」
「は?」
お前は何を言ってるんだと死んだ魚の目で茂木を見やる。
「被ろう」
「被りません」
「拒否るの早くない?」
「もうちょっと迷うことなら返しも遅いよ」
「いや、被るだろ」
「俺下着ドロで思うんだけど、よく誰がはいたかもわからんもん盗もうと思うよな」
「ロマンが足りないなお前は。パンツってのはある程度サイズで持ち主がわかるんだよ」
「いや、俺お前みたいな異能(パンツソムリエ)持ってないから」
「見ろ、このパンツを! これは間違いない、相当やばいボディをした女子がはいたものに違いない!」
「せやろか、俺にはいささかでかすぎるのではないかと思うのだが」
「被る!」
茂木は有無を言わさずパステルパープルのパンツを男らしく被った。
「おぉ、俺にはできないことを堂々とやってのける奴がいると、なんだかカッコよく見えるな(錯乱)」
「だろ、お前も自分を解き放てよ」
茂木は怪しい宗教主みたいに、両手を広げ自分を解き放ちなさいと慈悲深い顔で言う。
頭にパンツ被ってなければなー、いや被ってなくてもダメだな。
「いや、下着ドロとかわらんことやってどうするんだよ」
「あっ、凄い、パンツ被ると頭が冴えわたっていく気がする。完全に目覚めたわ」
「どう見ても犯罪にだろ」
「ほら、恥ずかしいのは最初だけだから」
「やめろぉ、俺を性犯罪に巻き込むんじゃない」
「かたい奴め、オラこれでも握ってろ」
「おいバカやめろ」
茂木は俺に一枚の黒い下着を握らせる。
その時下着ドロを探していた女子の集団に見つかる。
「あんたたち何やってんの!」
「いや、これは」
「それ~あたしのパンティーよ~」
茂木が被っているパンツを指さしたのは、学校でも有名なハム子、いやドム子さん。バストウエストヒップすべてが100センチオーバーのダイナマイトボディの持ち主だ。
「良かったなダイナマイトじゃん」
「ドラム缶じゃねーか!」
人のパンツ被っておいて酷い言いぐさである。
茂木が被っていたのはドムのホバー用パーツだったようで、同じくダイナマイトボディのドム子さんたちが三機で茂木にジェッ〇ストリームアタックをしかける。
誰かを踏み台にして助かるということはできなかったようで茂木はすれ違いざまに頭、胴、股間に致命的なダメージを受け無惨な姿で転がされた。
「ひっ」
小さな悲鳴と共に、俺は下着ドロから下着を取り返したという旨を伝え、土下座してなんとか許してもらうことになった。
おかしい、本来なら感謝されるはずだったのに。
そう思いつつ、俺は女子が自分のパンツを全て回収し終わるまで地面に顔をつけていた。
これが世に言う土の味である。
女子がパンツを回収し終わった中、一人携帯ゲーム片手にその場に残っている女子の姿があった。
「これで……全部?」
か細い声で聞かれ、俺は土下座したまま「全部でございます」とまるで奉行に頭を下げる罪人のように女子の方を見ずに告げる。
「…………それ、わたしの」
言われて茂木に握らされていた下着に気づく。黒の大人びた下着にギョッとして俺は顔を上げないまま下着を掲げる。
「ど、どうかお納めください」
土下座でパンツを掲げるなんともシュールな姿である。
俺は少しだけ顔を上げて、このパンツの持ち主が一体誰なのかを確認する。
そこにはゴミクズを見るような目で佇んでいる一条の姿があった。
死にたい。よりによってなぜぇ。
一条は、その人を殺したことがあるような目で一瞥すると、土下座している俺の頭をそのまま踏んだ。
「むぎゅう」
靴だけは脱いでくれてる辺り優しさは感じる。
一条は俺の頭を踏んだまま下着を受け取ると、そのままの状態で下着に足を通す。
当然パンツをはくときは片足を上げるので、俺の頭に一条の全体重が乗る。
「潰れる潰れる」
「黙れ……ゴミクズが」
「はい、すみません」
一条はご丁寧に片足を通すと今度は足を入れ替えて、また俺の頭に全体重を乗せて下着をはく。
ここで頭あげたら凄いことになってるんだろうな。でもそんなことしたら俺の頭そのまま踏みつぶされるんだろうな。
パンツをはき終わると一条は頭から足をどける。
「ありがと」
それだけ言い残して、一条の気配は遠ざかる。俺はようやく足跡のついた頭を上げると、遠ざかる少女に突風が吹き、スカートが豪快にめくれ先ほどまで俺が握りしめていた黒いパンツが白い肌に食い込んでいる姿が見えた。
一条は顔を赤くしてこちらを睨むが、俺は既に罪人土下座スタイルに戻っていた。
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