第78話 有体な名前をつけよう

「ぐあああああっ!」

「キャアアッ!」

「くっ!」


 衝撃で壁に叩きつけられ、全身に重い痛みが襲う。

 俺達は倒れ伏し、立ち上がることが出来なかった。


「惨めだな、力を持ったと勘違いしたバカはこれだから」


 ナルシストが倒れた俺の頭を足で踏みつける。


「クソ……が」

「なんだって?」


 髪を掴んで顔を持ち上げると、そのまま何度も石床に顔面を叩きつけられる。


「君の不細工な顔を少しでもマシにしてやる。オラッオラッオラッ! 生意気なんだよ。ボクはこの世で不細工な奴と生意気な奴が一番許せないんだよ! 死ね!」


 ナルシストが顔面を打ち付けていると、後ろから影が広がり、モスキートの姿が現れる。


「そっちはもう片付いたのか?」

「フヒヒヒ、もう終わり。あの女はもうわたしの檻からでられない。後はわたしの影だけでも十分デース」

「よし、ちょうどいいモスキート真凛を起こせ。ボクがいかに優れた王であるか彼女に見せつけるんだ」

「マリンちゃん、心壊れかけデース」

「だからこそボクの姿を見せるんだ。そうすればボク以外にすがれるものはないと理解できるだろ?」


 モスキートはぱちんと指を鳴らすと、光を失っていた真凛の目に生気が宿る。


「えっ、ここは……」


 真凛は辺りを見渡す。そこは荒れ果てた部屋の中で、見知った人間が倒れ伏している。


「えっ?」

「見たまえ真凛。君を助けに来た男はボクに敗れた。ボクこそが一番であり、君に相応しい王だ。さぁ何も恐れることはない、ボクが君の王になってあげるよ」


 完全に己に酔っているナルシスは大きく手を広げ、血まみれの梶の頭を持つ。


「梶君!?」


 百目鬼が立ち上がると、転がっていた遠見の水晶を蹴り飛ばす。すると水晶は今の外の様子を順々に映し出す。

 敵軍に圧倒され、撤退指示に声を上げるディーに、仲間を逃す為血にまみれになりながらも槍を繰り出すアデラ。

 マシンガンが過熱(オーバーヒート)し、右腕から火花があがっていても弾丸を撃ち続けるロベルトに、負傷した兵に肩を貸すも魔法で吹き飛ばされるリリィ。

 ワイヤーが切れ、ズタボロになっても立ち続けるセバスに、魔力がなくなり敵に包囲され、腰をつき諦めながらも笑顔を絶やさいソフィー。

 市民を相手に反撃を許されず、石やナイフまで投げつけられても耐え続けるエーリカ。

 逃げきれず城の隅で包囲される同盟軍とカチャノフ。

 悪夢のような笑みと、呪術に耐えるレイラン。

 どこも限界だ。

 目の前には倒れた梶、マキシマム、彼の相棒の少女。

 声が聞こえてくる。戦っている声だ。この映し出された映像が嘘ではないという証明。


「下がれ、誰かソフィーの援護に回れ!」

「ダメです、ソフィーさん完全に孤立しています!」

「我が突破口を開く!」


 血まみれのアデラが炎の槍を回し、馬に乗って駆け抜けていく。


「よせアデラ、お前が死ぬぞ!」

「我らアマゾネス、元より覚悟の上!」



「畜生が、なんだこいつらは! 全く歯が立たねぇ! 徹甲弾をもってくりゃ良かった!」

「爺ちゃん、それ以上撃ったら爆発しちゃ……にゃぁっ!!」


 リリィは敵の魔法に吹き飛ばされ、頭から地面に落ちると人形のようにバウンドし、転がると動かなくなった。


「ネコ!!」



 セバスは壊れたモノクルを外し、血で視界が霞む中、力の入らない足を無理やり奮い立たせ敵を見据える。しかしその両手は血にまみれ、使い物にならなくなっていた。


「わたくしも執事としてのプライドがございます。主より先に倒れるわけにはいかないのです」


 敵兵は老人であろうと容赦せず、セバスに剣を振るう。



 ソフィーはナルシス兵たちに囲まれた状態で脚を怪我し、もう身動きがとれなかった。


「あらあらかよわい乙女相手に、男の人がたくさんで……そういえばわたし今日エリザベスたちにご飯をあげたかしら……でも、わたしがいなくなってもきっと誰かがあげてくれますね……」


 ソフィーは胸元で小さく十字を切り、神にこれからそちらにいくことを報告する。



「うせろ人外め!」

「ナルシス王に敵対する卑怯者め!」

「お父さんを返せ!」

「死んでしまえ!」


 エーリカの体は様々なもので汚され、ヘルムは巨大な石が命中しバチバチと電気が走っていた。

 それでも彼女は黙し、抵抗せず、ナルシスに味方しようとする市民を必死に食い止めるだけだった。

 本来ならば戦争中の領地に入って来た人間は間違って殺されても文句は言えず、戦争地に入るのが悪いと言われてそれで終わりだ。

 しかしそれでもエーリカは自分の王が邪魔だからといって排除するようなことを良しとはしないとわかっており、ただただ耐えるだけに徹するのであった。



「フヒヒヒヒ、誰にでもある心の闇、貴様の闇も見てやる、見てやる」


 痛めつけ、動けなくなったレイランの心を覗くモスキート。

 常人より暗い闇を見つけモスキートはにやりと笑う。



 どうしてこんなことに。

 真凛は後ずさると、誰かにぶつかる。

 そこには不気味な笑みをたたえたモスキートの姿があった。


「フヒヒヒ、全てあなたのせいデース。彼らはあなたを助けるために、ここまでやっているのですよフヒヒヒ」

「ウチの……」

「そうデース。あなたのために傷つき、苦しみ、呻き、倒れたのデース、フヒヒヒヒ」


 真凛の心にパキっと音をたててヒビが入ったのがわかった。


「あっあっ……」


 真凛は自身の体を抱き、過呼吸気味に息が早くなる。


「フヒヒヒヒヒヒ、ヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャ」


 モスキートの不気味な笑いに、心が締め付けられ、押さえつけられる。

 メキメキと音を立てて壊れていく心に、脳が痛みを避けようと心のシャッターを閉じようとするが、心が壊れる方が早い。

 だが心が壊れるより先に飛び込んできた少年がいた。

 先ほどまでナルシスにいたぶられていた少年は一瞬で真凛の位置に転移してくると、その体を掴む。


「お前だけでも逃がす!」


 モスキートを突き飛ばし真凛の体を転移させようとした、その瞬間少年の体がぐらりと崩れ、真凛に向かって倒れ込んできた。


「えっ、梶君?」


 真凛は震える手で少年の背中に触れると、大量の血が背中から流れ出ていた。


「あーあー勝手なことするから。君が悪いんだよ? まぁボクもこの剣を試してみたかったんだけど」


 ナルシスは蒼海色の剣を肩に担ぎ、愉快気に笑みを浮かべる。

 青き剣には赤い血がべったりとついており、一目で致死量だとわかった。

 深紅の血と鉄の臭いに目の前がチカチカと明滅し、カルロスの死にざまがフラッシュバックする。


「あっあっあっ……」

「……どめ……き」

「梶君!?」

「逃げろ」

「なんでなん! なんでウチなんか! みんなおかしい、ウチなんか助けてもなんもいいことあれへんのに!」


 少年は首を振り、足に力を入れ地面を踏みしめる。


「百目鬼……自分なんかって言うな。……例え命を引き換えにしても立ち向かわなければいけない……時がある」


 真凛の前に立つ少年は震える足を動かし、少女を守るように前に立つ。


「自分が自分である為に……大切なものを守るために、お前なんかに……引いてたまるか!」


 口元から溢れた血を拭うと、少年は歯を食いしばりながら頭を上げる。

 なぜこのような危険を冒して自分を助けにきたのか、少女にとっては大きな疑問でも、少年にとってはさしたる問題ではない。


 誰かを助けることに理由なんて必要ないから。

 だからこうして立っている。少年のたった一つ守り通している無垢なる願い。

 誰かを守ることに怯えるな。

 守るために傷つくことを恐れるな。

 自分の心に嘘を吐くな。


 最悪の状況でも立ちあがり、それでも諦めず、心に剣を持つもの。

 真凛はそれがなんと呼ばれるか知っていた。


 そう、それこそが彼女が求め、焦がれた幻想(そんざい)


 少女の怯え、凍った体の中に熱い血が流れるのがわかった。

 少女の触れた数多くの物語に違わず、少年は剣を持ち悪へと立ち向かう。

 その心と体が何度砕けようと立ち向かう姿に、少年少女は自己を投影し、世界を救う物語を夢想する。


「ああもう鬱陶しいんだよ、何度も起きてきやがって! いい加減死んでよ!」


 そんなものでは少年(ものがたり)は倒れない。輝く勇気を握りしめ、怯えや迷いのない目に悪は恐怖する。


「その目が生意気なんだよ! ボクをそんな目で見るなぁ!」

「おおおおおおおおっ!」


 血に染まった背中でナルシスとつばぜり合いをする。しかし少年のもつ剣が折れ、悪は笑みをこぼす。


「フハハハ、さすがボクの剣だ! そんななまくらへし折ってやった!」

「テメーの剣じゃねぇ! カチャノフのだ二度とほざくな!」

「生意気生意気生意気なんだよぉ!」


 少年は剣を折られても、その勢いは止まらず青き刃を潜り抜け悪を殴り飛ばす。

 顔面にきまった拳はナルシスの体は吹き飛ばし、そのまま地面を転がす。


「は、はひ……よ、よくもやってくれたな!」


 ナルシスは自分の鼻に触ると血があふれでており、前歯が折れていることに気づく。


「こ、このぉ!! ぼ、ボクが鼻血……ゆゆゆ、許さないぞ! あいつを殺してくれ!」


 ナルシスが命じると、甲冑姿の女が前に出る。

 少年は圧倒的な実力差があろうとも一歩も引きはしなかった。

 そして、守られていただけの少女は立ち上がり、少年と肩を並べる。


 小さなころ憧れたものがあった。

 それはどんなときでもキラキラと煌めいて、決してくもらない光だった。

 どんな悪にも負けず。

 どんな時も弱いものを見捨てない。

 強く。

 気高く。

 不屈の心を持つ戦士。

 その高潔さから彼らはこう呼ばれる。


 英雄(ヒーロー)と。


 今の自分がヒーロー(かれら)と同じ存在になれるとは到底思わない。

 しかし、この心に燃え上がる正義の血潮をもう止めることはできはしない。

 たくさんの勇気はこの胸に貰った。


 自分を守ってくれた優しい人に感謝を

 勇気をくれた人に感謝を


 さぁ悪に鉄槌を下そう。

 振り上げたこの拳を抑える必要なんてないのだから。

 優しき心に一振りの刃を持て。


 真凛の前に、一人の女性が舞い降りる。

 彼女のたった一つの力。

 彼女の生み出した、己を守る力。

 ロヴェルタとは元はゲームの中の人物であり、それが具現化したものだった。

 真凛を守るためのものとして、神が授けた能力(ドッペルゲンガー)。


 ロヴェルタは真凛と触れ合う。

 弱き心の中にあるたった一つの刃。

 今度は守られる為じゃない、守るためにこの力を行使しよう。



 ------真凛の立ち向かう心が、新たなる力を与える。



 ロヴェルタと真凛が触れ合うと二人は一つへと融合を果たす。

 有体に言えば覚醒、有体な名をつければ、そう


 真・真凛とでも名付けようか。


 神であるドラゴンは、覚醒の光を放つ少女にそう言い放った。




「なんだ……それ……」

「百目鬼、その姿は……」


 光の中から現れた少女の風貌は激変しており、美しいブルーの髪に胸には水結晶が埋め込まれた大きなリボンと、短いスカートにブーツ。

 少女が思い浮かべたヒーローが色濃く反映され具現化された姿。

 少女には力が満ち溢れ、視力も遙かによくなり眼鏡を必要としなかった。

 黒ぶちの眼鏡をゆっくりと外す。

 そこには意思の強い瞳があった。


「梶君……」


 真凛は少しだけ低くなった声を恥ずかしそうにし、少年の傷を撫でる。

 すると大きな泡が傷を覆い、惨たらしい傷から出血が止まる。


「これは……」

「うん、ウチ……もう逃げへんから……見てて」


 少女はブーツを鳴らし、悪へと立ち向かう。


「モスキート真凛をおさえるんだ!」


 モスキートは鎌を持って真凛に迫るが、鎌は空を斬る。

 直後背後に回った真凛がモスキートの背中にそっと触れる。


「ウォーターインパクト」


 パンっと軽い音の後、モスキートの体は壁を何枚もぶち破りながら吹っ飛ばされた。


「はっ?」


 あまりにも強力な威力に、そこにいた誰もが困惑する。


「もう……守られてるだけじゃないから」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る