第71話 精神攻撃

 翌日マディソンの広場には多数の市民、貴族がつめかけていた。

 それらは全て今日行われるカルロスの公開処刑を見る為に集まったのだった。

 俺達はローブを着て、変装しながら人混みの中に紛れ込んだ。

 人混みの中や建物の影に、俺達と同じように目立たないようにしながらも、鋭い視線を処刑場に送る戦士の姿が見える。恐らく同盟軍兵だろう。

 救出するタイミングを見計らっているのかもしれない。

 正午になり、広場に作られた簡易の処刑場(ステージ)の上にナルシストとロープで縛られたカルロス、それに処刑人らしき鎌を持ったローブ姿の男が上がる。


「ナルシス王、早くそいつを殺してくれ!」

「お父さんの仇よ!」

「卑怯な同盟軍を許すな!」


 カルロスに向けて石が投げつけられる。


「くっそ……」


 何もできない自分がうらめしい。俺は強く拳を握りしめると、隣にいたオリオンがそっと硬い拳に触れる。


「集まった民たちの怒りは、このオンディーヌ家当主ナルシスが聞き届けた。これより何の罪もないマディソン市民の命を奪った卑劣なる同盟軍のリーダー、ニコライ・カルロスの処刑を執り行う!」

「ぅおーー!!」

「「「「こっろっせ! こっろっせ! こっろっせ!」」」」


 市民たちは怒りで正常な判断が出来なくなっている。普通に考えて同盟軍がこんなところで大量虐殺する意味なんて全くないはずなのに、大事な人を殺され、正しいことが何も見えなくなっている。

 ここで証拠もなしに本当のことを叫んだとしても、市民には聞き届けられないだろう。

 失った痛みと怒りを、わかりやすい|サンドバック(カルロス)にぶつけないと気が済まないのだ。

 カルロスの体が押さえつけられ膝をつく。

 鎌を持った男が隣につき、日の光を反射し鈍く煌めく鎌を振り上げる。


「今だ、突撃しろ!!」


 掛け声が響いた瞬間、人ごみに隠れていた同盟軍兵たちが剣を引き抜き処刑場(ステージ)へと走る。

 ダメだ、あんなタイミングじゃ警備に抑えられて終わりだ。しかしあそこ以外に突撃するタイミングがなかったのも事実。

 だが予想とは反し、ナルシスは驚いているように見えた。


「何、同盟軍だと!?」


 ナルシスと処刑人は迫る同盟軍に、カルロスを残したまま後退していく。

 同じくステージ近くにいた警備兵が下がっていく。

 チャンスだ、奴ら同盟軍が奇襲をかけてくるとは思っていなかったんだ。

 恐らくナルシスは処刑を遂行すれば、後は勝手に同盟軍が死んでいくと思っていたに違いない。

 まさか彼らが決死の救出作戦にでるとは思っていなかったんだ。


「今だ! 親父を救出する!」


 マキシマムの低い声が響く。


「なんだあいつらは!?」

「同盟軍よ! 同盟軍が邪魔しに来たのよ!」

「卑怯な奴らめ! ナルシス王を助けよう!」


 集まった市民で、戦えそうな男達が同盟軍を妨害しようとする。

 数が多い彼らが一斉に動けば同盟軍は一たまりもない。


「市民相手ならいけるはずだ! セバス!」

「かしこまりました」


 控えていたセバスが糸を張り巡らせ、妨害しようとしていた市民たちの足を引っかけ転倒させる。

 俺も筋骨隆々な男性にしがみつき、行く手を阻む。

 別のところではソフィーが暴動が起きそうなところで、暢気にエリザベスを追いかけていた。


「あらあらこんなところに可愛いクラーケンの子供がいますよ」

「どけ姉ちゃん! 怪我すんぞ!」

「あらあら、神は言っておりますよ、慧眼をもって物事を見極めよと」

「はぁ? いいからどけって」


 男が肩を掴もうとすると、ソフィーはわざとらしく大の字になって転がる。


「あーん、転んでしまいましたぁ」


 どんくさい神官に邪魔をされ、市民たちはやきもきとする。

 また別のところではリリィが押されたふりをして転倒すると、そのまま大声で泣きわめく。


「いたーいにゃ! いたーいにゃーーーーーっ!」

「わ、悪かったよ嬢ちゃん」

「にゃーーー!」


 もちろん嘘泣きである。

 全員が事故を装って暴動する市民たちを食い止める



「親父、大丈夫か!」


 マキシマムは警備兵を剛腕で弾き飛ばし、カルロスの元へと駆け寄る。

 だが、それをさせぬと処刑人が鎌でマキシマムの行く手を阻む。


「えぇい! あと少しだってのに!」


 鎌と剣が火花をあげてつばぜり合いをする。

 ひょろい体をしているくせにマキシマムと同じくらいの力があり驚く。


「誰か、誰かあと一人いないか!」


 ナルシス兵は全て同盟軍兵が押さえている。幸い周りを囲む市民もなぜか襲ってはこない。

 今なら蹲るカルロスを連れて逃げることができるはずなのに。

 そう思っていると、マキシマムの隣を眼鏡をかけた小柄な少女が駆け抜ける。


「お、お前なんでここに!?」

「ウチだって、同盟軍やから!」


 真凛の振り絞った勇気にマキシマムは感謝しながら、処刑人を力任せに吹き飛ばす。


「俺様の筋肉をなめんじゃねーーーっ!!」


 弾き飛ばされた処刑人はステージから落ち、土煙をあげながら地面を転がる。

 マキシマムもすぐさまカルロスへと駆けよる。


「大丈夫ですか?」


 真凛はすぐさまロープをほどくが、カルロスは蹲ったままだ。


「だいじょぶか親父! しっかりしろ!」


 マキシマムは肩を貸そうとするが、カルロスは唐突に二人を突き飛ばした。


「なにすんだ親父!」

「うっ……ぐっ……逃げるんだ」

「だから親父も一緒に!」


 カルロスは苦し気に胸をおさえて、二人を近づけないように後ずさる。

 気づけば彼の顔には大量の脂汗がうかんでおり、顔色も悪い。


「すまんマキシマム……私は……もう……ダメだ」

「何言ってんだよ!」

「ミス百目鬼、君には辛く当たった。私を許して……ほしい」

「なに言うてはるんですか!? 早く逃げんと」

「君は優しすぎる……この世界は君には辛いだろう……」

「カルロスさん!」

「しかし、誰かのために怒ることを怯えないでほしい。……優しさは時として、自分を縛る……枷となる。戦わなければ生き残れない……ぐぅ……ああああああああっ! 後は頼んだぞ、我が息子よ!」


 カルロスが雄たけびをあげると、突如彼の目や鼻、顔を構成するパーツが全て消えてなくなり、浅黒い肌しか顔になくなる。


「なに……これ」

「親父、顔がなくなってんぞ!?」


 マキシマムが駆け寄ろうとした瞬間、カルロスの上半身が爆発し、噴水のように血しぶきが上がる。

 残った下半身がバランスを失って崩れ落ちる。

 ペンキをぶちまけたかのように血が飛び散り、真凛はカルロスの血肉を顔面に浴び、汚れた眼鏡から飛び散ったカルロスの肉片を茫然と見つめるのだった。

 鼻の奥に鉄の臭いが広がり、今喋っていた人間だったものの跡が生々しく散らばる。


「おや……じ」

「ヒヒヒヒヒヒ」


 呆然とする二人に笑い声が響く。

 その声は鎌を持った処刑人から響いており、心底愉快そうな。

 まるでびっくり箱に引っかかった友人を眺めているような、二人にとっては気が狂いそうな笑い声だった。

 処刑人はフードをとると、顔を真っ白に塗り、目元だけを赤い星型にペイントされた不気味な顔が現れる。


「呪い、フェイスオフによって顔を失った人間は爆発して死ぬのデス。死ぬのデス。それはもう芸術(アート)、芸術のようにボンっと、ボンっと、とても美しい、まさしく美」

「貴っ様ぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


 目の前で父を殺されたマキシマムが、ミノタウロスでも一撃で屠りそうな斬撃を処刑人に向けて放つ。

 しかし処刑人はピエロのような軽やかさで斬撃をかわし、呪文を唱えるとマキシマムの体は広場の街路樹を叩き折りながら吹き飛ばされた。


「ヒヒヒヒヒ、王の命令はお前の体。いただいていく」


 ピエロのような男は真凛に振り返ると、悪魔のような笑みを浮かべる。

 それは子供が見たらトラウマになりそうな、地獄の底から響くような不気味で醜悪な笑み。

 しかし、怒りをその胸に抱いているのはマキシマムだけではない。彼女だって同じ気持ちだ。

 

 飛び散ったカルロスの血が、まだ彼女の眼鏡を赤く汚している。

 胸が痛い。その痛みは自身を焦がしてしまいそうだ。

 これが怒りなのだろうか? 苦しくて燃え上がってしまいそうだ。

 この怒りをどうすればいいのかわからない。真凛が生きてきた中で培われた理性が、怒りの炎を無理やり封じ込めようとする。

 しかしそれがかえって彼女の胸の痛みを悪化させる。

 炎の渦巻く鉄釜のような胸は、炎を逃がさなければ自身を焼き尽くしてしまう。

 やがて怒りを封じ込めている鉄釜の弁は焼け落ち、炎は外へと噴出する。

 彼女は初めて人を殺してしまうかもしれないと理解しておきながら彼女の名を呼ぶ。


「ロヴェルタァ!!!」


 天に突き刺さるような叫び声と共に、海賊服の女性が突如空から現れ、不気味で醜悪なピエロに殴りかかる。


「オーシャンブロー連撃! 逃がしたらあかんよ! 絶対にここで仕留める!」


 ロヴェルタは至近距離まで接近し、ピエロの腹に怒涛の連打を浴びせる。


「キヒヒヒ」

「メガロドンジョー!」


 ロヴェルタのアッパーカットが決まり、ピエロは吹き飛ばされ、きりもみしながら地面を転がる。

 アバラを砕く連撃と、顎に決まったアッパーに普段のリミッターはかけられておらず、その怒りに任せた攻撃は人を殺してもおかしくないほどの威力を誇っていた。いや、殺すつもりで殴らせたのだった。


「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」


 ロヴェルタよりも真凛の方が息切れが激しく、胸をおさえる。


「うっ……くっ……」


 ピエロを吹き飛ばして、ようやくカルロスの死に脳が追い付き、涙が頬をこぼれた。


「イヒヒヒヒ」


 倒したと思ったピエロ男が突如跳ね起きると、ロヴェルタの鳩尾に鎌の柄をめり込ませる。


「フヒヒヒヒヒ、わたし知ってマース。この女がお前の鏡像であることを、ヒヒヒヒヒ」

「!」

「この女はただの武器と同じ。あなたが生み出したエゴ、エゴの産物。フヒヒヒ、わたしには魂ミエール、この女の魂とお前の魂繋がってマース。それはつまり、この女を攻撃すれば、あなたの魂にも傷が入りマース」


 ピエロ男はロヴェルタを鎌で斬りつけ、殴り、いたぶる。

 反撃を許さない連続攻撃にロヴェルタは防戦一方になる。


「フヒヒヒヒヒ、早くに王のものになっていれば、こんなことにならなかった。ヒヒヒヒ、この男が死んだのは全部、全部お前のせいデース!」

「うるさい、うるさい、うるさい!」

「フヒヒヒヒヒ、見えマース。わたしにはあなたの心の闇が。一人で寂しい。だからあなたはこの女を作り上げた。寂しがりなマリンちゃんデース」


 ピエロ男は戦いながらだというのに、全てを見透かした不気味な笑みを真凛に向ける。

 心の中を犯しつくすような、批難、咎、侮蔑を存分に含んだ責め立てる視線と、あざ笑う嘲笑の笑みは、真凛の心を全力で折ろうとしているのだった。


「うるさい、見透かしたこと言うな!」

「フヒヒヒヒ黙りマセーン! この女を作り上げたところで結局あなたは一人、一人、手を差し伸べた人間もあなたのせいで死んだのデース!」

「うるさい!」

「フヒヒヒヒヒ、あなたは一人、ずっと一人、この運命からは逃れられマセーン。あなたと一緒になった人間は不幸になる。この男のように無惨で無意味な死を遂げるのデース! ヒヒヒヒヒ」


 ピエロの言葉と嘲笑に、真凛の精神は既に限界をきたしていた。

 カルロスが死んだのは自分のせいではないか? そう少しでも責任を感じたが最後、ピエロ男の嘲笑と言葉が何度も何度も心に突き刺さり、抉る。

 混乱状態に陥っている真凛は自身のたった一つ、すがれる力を叫ぶ。


「うああああああああっ、ロヴェルタァ!!」

「フヒヒヒヒヒヒ」


 ロヴェルタはピエロ男を捕まえようとするが、いつもの繊細な動きがなくなり、大振りを繰り返して逆に反撃を受けてしまう。

 今のロヴェルタの動きは真凛の心を映し出す鏡なのだった。


「フヒヒヒヒヒ!」 


 ピエロ男は素早い反撃で、ロヴェルタにダメージを与えていく。それに応じで真凛は膝をつき苦しそうに腹をおさえる。


「あなた痛みに慣れてナーイ! 戦ったことナーイ! 丸わかりデース! 殴れば殴るほど痛みを恐れ、逃げるようにナール! 戦いも生き方も逃げてばかりのマリンちゃん、フヒヒヒヒ、とっても可哀想デース」


 真凛の分身とも言えるロヴェルタは受けたダメージを真凛へ返還(バック)する。

 その為真凛はロヴェルタを戦わせるときは、本体である自分にダメージが跳ね返っていることをばれないように、物陰に隠れながらロヴェルタを”操作”していたのだった。


「フヒヒヒヒ、お前のせいで死んだ! お前のせいで死んだ、ヒヒヒヒヒ」

「黙って、黙って!」

「フヒヒヒヒ! お前さえいなければ助かった、ヒヒヒヒヒ」


 ピエロ男は言葉で真凛を責めたて続ける。見えないダメージは蓄積され、徐々にロヴェルタの姿が薄く消えかかっていく。


「フヒヒヒヒ、精神体は心が乱れると具現化すらできなくなりマース。あなたは自分自身にも裏切られるのデース!」


 消えかかるロヴェルタを絶望的な目で見る真凛。なんとか手を伸ばしてみるが、その手がロヴェルタにふれることは叶わず、ピエロ男の言うようにロヴェルタは真凛を残して消えようとしているのだった。

 ロヴェルタが消える前に、ピエロ男の笑いを止めなければいけない。


「あああああっ! ロヴェルタ、ダイダルパニッシャー!!」


 真凛の叫びに応じてロヴェルタが必殺の構えをとる。だが、必殺の大渦は発生せず、ロヴェルタの姿はそのまま薄くなり消えていった。


「フヒヒヒヒ、消えた、消えた、あなたは一人、あなたは一人、誰も助けない、助けられない、助からない、ヒヒヒヒ、辛い、痛い、苦しい? でも死んだあの男の方がもっと痛くて苦しいヨ」


 悪夢のような笑い声に真凛はその場でうずくまり耳を塞ぐ。


「フヒヒヒヒヒ!」

「黙って、お願い笑わないで!」

「フヒヒヒヒヒヒヒヒヒ!」

「黙れ黙れ黙れ黙れ!!」


 半狂乱な真凛は頭を強く振る。

 その様子を見てナルシスが口出しする。


「おい、モスキート、真凛はボクの嫁だ、壊すんじゃないぞ!」

「フヒヒヒヒ」


 モスキートと呼ばれたピエロ男は泣きじゃくる真凛を魔法で寝かせると、そのまま宙を浮かせ連れ去っていくのだった。

 ナルシスは真凛を手に入れ、同盟軍も潰せた喜びに口元をにやけさせる。

 だが突如後ろからナイフが飛び、ナルシスの頬をかすめ血が線を引く。


「はっ? ボクの顔に傷!? 誰だこの英雄に無礼なことをする奴は!」


 ナルシスが苛立ち振り返ると、そこには一人の王が立っていた。


「誰が英雄だ、このクソ野郎」

「なんだお前は!」

「やかましい、お前は俺が絶対そこから引きずり落としてやる、覚悟しとけ!」


 そう言い残し、王は走り去った。まるでおのれの無力さを噛みしめるかのように。

 だが、その目は怒りに燃えていた。

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