第70話 処刑

 俺達が再び広場に帰るとコンテストの結果が出ており、やはりナルシスの優勝で幕を閉じようとしていた。

 トロフィーと王冠を受け取り、満足そうなナルシス。

 今すぐ駆け寄って問い詰めてやりたいが、人が多すぎて近づくことが出来ない


「くっそ、早く終わってくんないかな」


 そう思っていると司会が「これにて第50回フェルマーダブラックスミス女神杯を閉会します」と閉めの挨拶を行う。

 観客から拍手が巻き起こり、集まった人々が会場から出ようとしている最中、突如女性の悲鳴が上がる。


「キャアアアアアッ!!」

「なんだ!?」


 振り返ると、広場の入り口を封鎖するように、同盟軍の旗を掲げた戦士達が立っていたのだった。

 なぜかその同盟軍は血まみれの武器を握っており、目の前には人が倒れている。


「我々は同盟軍ブルードラゴンである! 卑怯なるオンディーヌ家一派に鉄槌をくだす為にこの場に現れた! ここにいる貴様らをオンディーヌ家に味方する危険分子として我々同盟軍が一人残らず駆逐する!」


 はっ? 何言ってんだあいつ? と全員が首を傾げる。

 ここは中立地区で戦闘は禁止されており、オンディーヌ家の人間もいるかもしれないが関係ない貴族や市民が大半である。

 そんなこと誰もがわかっているはずなのに。


「やれ!」


 前に立った同盟軍兵が命令すると、男達は剣を抜き、会場に集まっていた人たちに突如斬りかかったのだった。


「イヤアアアアアッ!」

「うああっ! ほんとに襲ってきたぞ!」


 無抵抗な人々が次々と斬られ、真っ赤な血しぶきが上がる。子供も老人も関係なく、背を向けるものを後ろから斬りすてる。同盟軍の容赦のない凶刃に何人もが倒れ伏し、親族や恋人らしき人間が悲鳴を上げ、涙を流す。

 阿鼻叫喚の地獄絵図と化していた。


「何考えてんだあいつら!」

「違う! あの人ら同盟軍なんかとちゃう! ウチあんな人ら誰も知らんよ!」

「なっ!? どういうことなんだ!」


 しばらくして、俺は話の筋書きが読めてきた。

 次に到着したのが待ち構えていたようなナルシスのチャリオットだったからだ。

 ナルシスは兵の前に立ち、カチャノフから奪ったクラーの剣を掲げる。


「おのれ同盟軍め、正体をあらわしたな! 我がオンディーヌ騎士団よ、力なき人々を守る盾となるのだ! 卑怯なる同盟軍を許すな!」

「「「ぅおーーっ!!」」」


 掛け声とともにナルシス軍は、家紋である薔薇の紋章が刻まれた剣を引き抜き、同盟軍とぶつかり合う。


「早く逃げろ!」

「ここは我々が食い止める!」


 マディソンの人々はナルシスの助けに感謝し、歓声をあげる。


「いいぞナルシス王!」

「お父様の仇をうって下さい!」

「ナルシス王頼む!」

「卑怯な同盟軍を許すな!」


「違う、違う、同盟軍はこんなことする人ちゃう……」


 膝をつき絶望する百目鬼だったが、俺はナルシスの意図が読めて強く歯噛みする。


「あんのクソ野郎、自作自演してやがるな!」

「えっ?」

「あの同盟軍はナルシス軍が同盟軍旗を掲げているだけだ!」

「それじゃあ……」

「やばいぞ、ここで本物の同盟軍が来たら」


 偽の同盟軍で人々を襲い、自分のチャリオットが助ける。しかしそのままでは自作自演がバレてしまうから、予め本物の同盟軍をこの街に誘い込んでいたんだ。

 じきに、この騒ぎに気づいた本物の同盟軍がやってくる。そうなったら本当に同盟軍対ナルシス軍の図式が完成してしまう。しかも同盟軍は中立地区を襲った汚名を被せられて。


「これは一体どういうことだ!?」


 俺の不安と予想は的中し、広場に到着したのは同盟軍リーダーのカルロスである。

 事態が飲み込めず困惑しているようだ。


「いたぞ、同盟軍のリーダーだ! 奴を許すな!」

「リーダー自らこのような汚い手を行うとは! オンディーヌ騎士団よ、奴を捕えよ!」

「はっ!」


 やばい、ここで応戦したら奴の思うつぼだ!

 だが剣を持って襲ってきたら、誰でも抵抗してしまう。本物の同盟軍はナルシス軍に応戦し、奴の予定した筋書き通りに事が進んでいく。


「咲!」


 叫び声が聞こえて振り返ると、そこにはオリオン、レイラン、アギたちの姿があった。


「ここは危険ネ、すぐ下がるよろし」

「待ってくれ、あれは同盟軍じゃない!」

「どういうことネ?」


 俺はすぐさまナルシスの意図を伝える。


「卑怯な奴!」

「でも、我たちにできることない」

「そうです、ここで同盟軍に加担しちゃうと中立地区で戦闘した罪と、戦争中の国に対して攻撃を加えた、戦争なんとか罪でダブルペナルティですよ!」

「あんた、”関係ない戦い”と”関係できない戦い”の違いくらいわかってるんでしょ!」

「くっ」

「待って咲、あいつらなんか逃げてく!」


 オリオンが指さす方を見ると、他の同盟軍と違い、戦闘に巻き込まれないように人影に隠れながら後退していく同盟軍兵の姿が見える。


「最初に仕掛けてきた奴らだ!」

「じゃああいつらが同盟軍じゃないって証明できれば」

「オリオン、アギ追ってくれ!」

「いってくる!」

「追跡は得意」


 二人は素早い肉食獣のように人混みの合間を縫って、逃げた偽同盟軍兵を追いかける。


「あたしたちは逃げるわよ!」

「でも! カルロスさんが、みんな戦ってはるのにウチだけ!」

「すまん百目鬼! 奴の目的はお前だ! お前が捕まったら同盟軍は完全に終わりだ!」


 奴の最後の筋書きは百目鬼を捕まえて、交渉すら不可能にして同盟軍を潰すことだ。

 俺は百目鬼の体を抱えて広場を全力で離れる。


「あかん梶君離して! ロヴェルタ! ロヴェルタ!」


 百目鬼はロヴェルタさんの名を必死に叫ぶが、彼女が現れることはない。

 何もできず惨劇の広場を後にする俺達は、完全に負け犬にしか見えなかった。




 コンテストの惨劇からまる一日後、重傷を負ったカチャノフと百目鬼は俺の城でかくまわれていた。

 ナルシス軍が同盟軍リーダーであるニコライ・カルロスを捕虜としたことが伝えられ、現在同盟軍にはカルロスと百目鬼の交換要求が行われている。

 問題はそれだけではなく、中立地区で戦闘を行ったとしてラインハルト城からのペナルティ審議を受けており、それが有効になってしまえば同盟軍の無条件敗北が課せられる。

 更に中立地区での戦闘は周辺の貴族を怒らせ、同盟軍への物資供給が完全に停止されており、同盟軍に手を貸すものイコール悪と見なされていた。


「ペナルティ審議、どう思う?」


 城の食堂に主要メンバー全員を集め、話をする。

 セバスが難しい表情をしながら口を開く。


「恐らく審議は通らないでしょう。数多くの戦場と、このような疑惑のペナルティ審議を見てきましたが、冤罪でペナルティになるケースはありませんでした。罠にはめてペナルティを受けさせようとする行為も何度か見ていますが、ラインハルト城がペナルティを下したことはありません」

「じゃあ冤罪ってわかってもらえるのか?」

「いえ、ラインハルト城はなぜペナルティにならなかったのかを公表しません。ですので、なぜ審議が通らなかったかわからない為、残るのは襲われた人々の憎しみだけです」

「恨みだけだけが残り、中立地区にすら出歩くことができなくなる……か」

「はい、恐らく民はナルシス王を英雄視するでしょう。正義の使者として」

「なにが正義の使者なんですか! 神様が見たら怒り狂って往復ビンタからの頭突きですよ!」

「使い古された手ではありますが、彼らは中立地区の第三者を味方につけました」

「もう停戦しても一生後ろ指さされるにゃ」

「後ろ指ですめばいいけど、襲われた遺族が仕返しに来る可能性だってあるわ。あそこ金持ちが多いから、傭兵なり暗殺者なりを雇ってね」


 俺達が話し合いをしていると、疲れた表情のオリオンが帰って来た。

 彼女達は偽同盟軍を追って、丸一日走り続けてくれたのだった。


「どうだった?」


 なんとなく表情で結果は予測できているのだが。


「まだアギが追いかけてる。あいつら並の兵士じゃないよ。あたしの足じゃ追いつけなかった」

「お前で追いつけないなんて、やばいを通り越して変態の域だろうな」

「それと、嫌なニュースを街で拾った。あたしはそれを伝えるために帰って来たんだ」

「なんだ?」

「明日、捕まってる同盟軍のリーダーが処刑されるって」

「なっ!?」


 オリオンの報告に集まっている全員が驚きを隠せず、動揺が広がる。


「でもリーダー殺しちゃったら、マリンは手に入らないんじゃにゃい?」

「強硬手段に出たってことかしら」

「いえ、恐らくナルシス王はこのままカルロス王を処刑して、この地で英雄になることが目的ではないでしょうか」

「悪の親玉であるカルロスを処刑すれば市民は更にナルシスを支持するわね」

「そうなればナルシス王は力を増し、同盟軍は更に弱体化します。同盟軍には百目鬼様を差し出す以外に助かる道はなくなるでしょう」

「卑怯な奴らにゃ」

「このことは同盟軍は知ってるのか?」

「うん、知ってる。むしろわざと情報を流してるようにも見えたし」

「あの野郎、また何か罠を張ってやがるのか」

「わかんない。処刑はマディソンの広場でやるって」

「コンテストの次は公開処刑かよ」


 俺達がこれからの動きに悩んでいると、サイモンが勢いよく食堂に飛び込んできた。


「王様! お客さんが来てますよ!」

「今忙しいから、また日を改めてくれって言ってくれ」

「わかりました!」

「ちなみに誰が来てたんだ?」

「わかりません! なんか青い竜の紋章をつけた怖そうな人たちです!」


 それだけ言い残してサイモンは走って来客の元へと戻る。


「青い竜……」

「それ、同盟軍の旗じゃない?」


 フレイアの指摘に確かにと手をうつ。


「それだ……ちょっと待てサイモン! 今のなし! ちょっと待って!」


 俺は急いでサイモンを追いかけた。あいつ犬だし足超はえぇ!

 だが、来客は既に城の中に入っており、サイモンを気にしないまま食堂へズカズカと入って来た。


「すみません! 今王様忙しいので、また違う日に来てください! 聞いてますか! 吠えますよ! ワンワン!」

「サイモンいいから!」


 まとわりつくサイモンを引きはがして、俺は同盟軍兵に向き直る。 


「あんたが梶王か?」

「あぁ、そうだ」

「とてもボインスキーを倒したやり手には見えんな」

「よく言われる」

「俺の名はマキシマム、いい筋肉をしている同盟軍リーダー、ニコライ・カルロスの息子だ」

「梶勇咲だ」


 マキシマムのごつい手と握手をかわす。


「今回のことは完全にハメられた」

「知ってる。全部ナルシストの自演だろ。偽の同盟軍兵を使って市民を虐殺し、おびき寄せた本物の同盟軍と戦う」

「わかっているなら話が早い。ここに百目鬼真凛という女がいるはずだ」


 セバスに頼んで同盟軍に百目鬼は俺の城に匿っているという旨を伝えていた。

 それがここに来たということは、用件は百目鬼を迎えに来たとみて間違いないだろう。


「いや、その百目鬼は今……」

「あの女には絶対に出てくるなと伝えてくれ」

「えっ? カルロスさんとの交換材料にしに来たんじゃ?」

「そのつもりだったが、親父から娘みたいな子供(おんな)の命を使って助かる趣味はねぇとのことだ」

「それじゃあ……」

「勘違いすんな。俺は親父の命を諦めたわけじゃねぇ。明日、親父の処刑が行われる。それに合わせて同盟軍は救出作戦を行う。あの女には間違っても来るんじゃねーって伝えておけ。いいな」

「危険だ、みすみす罠にかかりにいくようなものだ」

「んなこたーわかってんだよ。でもな、俺達は黙って頭(カルロス)殺されるところを見守るほど腑抜けじゃねーんだ。罠だろうがなんだろうが、この筋肉にかけて親父は救い出してみせる」


 マキシマムはそれだけ伝えると、お供と一緒に踵をかえし、城を出ていくのだった。


「いかがなさいますか?」


 セバスの問いに俺は深く唸る。

 同盟軍に手を貸せばラインハルトからペナルティで、最悪同盟軍を巻き添えに無条件での領地没収やチャリオット解散も十分ありえる。


「このことは百目鬼には黙っておいた方がいいだろう」

「そうですね」

「リーダーさんが処刑されちゃうなんて聞いたらきっとショックを受けちゃいますよ」

 

 ソフィーの意見に頷いた直後、机の上から皿が落ちて、パリンと甲高い音が上がる。

 何かと思い視線を移すと、食堂の入り口で茫然とした表情の百目鬼が立っていた。


「今の話、ほんまなん?」

「百目鬼……」

「ウチが行かんと、カルロスさん死んでしまうん?」


 一番ダメなタイミングで聞かれたな……。


「いや、違うんだ百目鬼」

「いつなん!?」

「いや、その……」

「いつなん!?」

「……明日……だ」

「そんな……、どこで? どこで処刑されるん!?」

「それは言えない」

「なんでなん! 教えて!」

「ダメだ、言ったらお前は行くだろ。さっきマキシマムさんって人が来て、お前を絶対に来させるなって言っていたんだ」

「そんな……マキシマムさん。でも、それって同盟軍が動くってことちゃうの?」


 百目鬼の鋭さに俺は苦い顔になる。


「お願い教えて! なんでもするから!」


 危ういセリフに口を滑らせそうになるが、詰め寄ってくる百目鬼から視線をそらす。


「マディソンの広場だよ。明日、多分正午」

「オリオン!」


 簡単に口を割ったオリオンを叱責するが、彼女の瞳は真剣だ。


「大事な人が死ぬかもしれないんだ。その時に自分だけ安全なところにいるなんてあたしには耐えられない。だから、あんたもよく考えて行動しなよ」

「ありがとぉ、ほんまに皆さんありがとぉ」


 百目鬼は深く頭を下げてから、マキシマムを追うように城を出て行ってしまった。


「くっそ、どうすりゃいいんだよ」

「恐らくですが、ナルシス王は百目鬼様には手を出さないでしょう」

「あいつが目的なら手を出さないだろうが、あいつが捕まったら全て終わりなんだぞ」

「咲、今同盟軍は大事な人を賭けて戦ってるんだよ。あたしたちが口出しすることじゃないよ」


 オリオンの意見は冷たくも感じるが、これは同盟軍の命を賭けた戦いであり、そこに危ないからやめろと口出しするのは間違いだと自分自身でも気づく。


「……くそっ、明日マディソンに行く。どうなっても顛末だけは見届ける」

「かしこまりました。戦闘準備だけは進めておきましょう」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る