第57話 勇者ゲー×

「ここ……どこ?」


 真凛が倒れた体を起こすと、目の前には透き通る青い湖に中世のような石造りの民家や、小さなお城が見えている。

 明らかに現代日本とはかけ離れた景色であり、自分が夢でも見ているのかと疑う。

 だが、肌に感じる風の音、水の匂いは明らかに夢などではない。


「えっ、嘘、マジで?」


 普通の人ならパニックになるような現象ではあるが、真凛にとってはこの光景はいくつものアニメ、漫画、小説で経験しており、そこから導き出されるものは。


「異世界キターーーーーー!」


 歓喜の声を天に向かってあげる。

 まさかこんなことが、これが壮大なドッキリで、実は映画村に連れてこられたり、寝かされている間にヨーロッパのどこかに運ばれたという可能性もなくはないが、スマホの中に引きずり込まれると言う非現実が巻き起こった後に、この状況である。

 オタク脳である真凛が異世界だと思わないわけがなく、それは間違いではなかった。


「とうとう勇者デビューしちゃったか。異世界で勇者に選ばれちゃったけど質問ある? とかツブヤイタァーで投稿しようかな」


 そう思い、真凛はポケットに手を入れると、吸い込まれたはずのスマホがちゃんと入っていた。

 あれ? と思いながら画面を開いてみると当然の圏外である。

 これでwi-fiとかつながってたらどうしようかと思ったけど、ますます異世界の可能性が濃厚になったのだ。


「通じないのは当たり前だよね」


 納得しながらスマホをポケットに戻すと、バサバサと羽の音が響き、目の前にゲームアプリで見慣れた間抜けなドラゴンの顔があった。


「うわぁっ! びっくりした!」

「失礼な奴だ。せっかく説明しにきてやったというのに」

「喋った……うん、喋るよね、異世界だし」


 真凛は変に納得してからドラゴンの話を聞くと、ここはお前のいた世界じゃねーから、魔物とか普通にいる世界で、歩いてたら唐突に殺されることもあるから。

 それとこの大陸の覇権を争ってる王とかいるから、そいつら年から年中戦ってて、目をつけられたら殺されるかもしれないから気をつけて強くなってなと、雑なチュートリアルみたいなことを言った後、目の前にゲームでよく見たガチャマシーンが設置される。

 ドラゴンから「君、弱いから初回特別ボーナスで回していいよ」と促され、真凛は不可思議な光景であるにも関わらず何の疑いもなくガチャをガリガリと回す。

 すると、ことりと手の中に落ちてきたのは虹色のカプセルだった。

 本来なら幸運を喜ぶところであるが、真凛は半ばそれが当然だと思っていた。

 なぜなら異世界転移したときに主人公が特別な力やチート級能力を手に入れるのは定番であり、今更泥臭くレベル上げをしていく成長物語なんて流行っていないと思っていたからで、この虹色のカプセルは当然の結果だと思ったのだった。

 真凛が虹色のカプセルを引くと「おめでとー大当たりー」とどこから取り出したのかドラゴンはベルを鳴らし「じゃあ後は頑張ってな」と最後まで雑な応援をして空へと飛びあがり消えていった。

 あとは自分の力でやれということのなのだろう。

 望むところだと思い、カプセルをひねってあける。

 辺りに虹色の光が輝き、周囲を眩く照らす。

 なにが出てくるのかとワクワクした。

 どんなゲームでもそうだが、大当たりを開封する作業ほど楽しいことはない。

 そう思ったのだが、カプセルの中は空であった。

 あれ? と思い中を覗いたり振ったりしてみるが空は空である。

 何も出てこないが、ガチャから出てくるのが強力なキャラクターと決まったわけではない。

 何か特別な能力やレアアイテムの可能性もあり、イベントを進めないと手に入らない仕様になっているのかもしれない。

 そう自分に言い聞かせていると、近くの茂みがガサガサと揺れ、目の前に緑の顔をした亜人、ゴブリンが飛び出してきた。


「うわ、ゴブリンだ……初めてみた」


 あたりまえである。

 もう見た目完全ザコキャラなモンスターに真凛は笑いがこぼれる。

 突然の異世界、チュートリアルをするドラゴン、ガチャで力を手に入れる、そして現れる雑魚モンスター。

 完全に自分の為に作られたゲームではないかと。

 ここで自分に秘められた力の使い方を覚え、最初の街でクエストが発生、そして村長から「あなた様こそ異世界の勇者じゃ」そして伝説へ~流れが読めすぎている。

 だが嫌いではない。

 異世界ものとは王道を外れるべきではないのだと。

 だが、真凛の予想はあっさりと裏切られる。


「えっ、なんで!?」


 彼女が困惑するのも無理はない。

 秘められているはずのチート能力が発動しないのだ。

 なにかしらあるはず、そう思っていたのだが、なにも起こらない。

 巨大な炎の渦も、敵を凍てつかせる氷も、全てを薙ぎ払う雷も、そんなもの何も起きない。


「ファ、ファイア! サンダー! ブリザード! ええっとメラメラ! ギラデイン! ヒャドール!」


 自分はキャスター系だろうと思い、魔法っぽい呪文を叫んでみるが、辺りは静かなものである。

 実は近接勇者系? と思い、近くにあった枯れ枝を拾ってみるが、そんなことはなく飛びかかって来たゴブリンを弾くとあっさりと枝は折れた。

 そして飛びかかって来た拍子に腕を斬られ、赤い血が筋になって流れ出た。

 腕に熱をもった痛みが走り、脳が初めて生命の危険信号を送る。

 ゴブリンはまるでこちらをなぶるように手加減しながら攻撃しているように見える。

 雑魚モンスターのくせに勇者に手加減するなんてと怒りたくなったが、そんなこと言える立場ではなかった。

 ゴブリンの手に持っている粗末なナイフには自分の血がついており、玩具ではないとわかる。

 あれは明確に自分を殺すものなのだと理解したとき、真凛の腰が抜けた。

 今、目の前にいるのは現実の殺人鬼となんらかわりのない、恐ろしいものなのであり、自分を守ってくれるものは誰もいない。

 そう思うとペタリと腰がおち、情けなく助けを求めて叫んだ。


「誰か助けて! 誰か!」

「ギギギギ」


 ゴブリンは血走った目をして、腰を抜かした真凛に飛びつくと石のような拳を顔面にあびせる。

 喧嘩なんてしたことがなく、当然殴られたことのない彼女に頭蓋に響く拳がガンガンと音をたてて降り注ぐ。


「いったい、やめ、やめて!」


 喋ることもままならず泣きながら叫ぶが、ゴブリンが拳を止める様子はない。

 真凛の口の中が血まみれになる頃拳が止まると、ゴブリンはおもむろにスカートの下をまさぐりはじめたのだった。


「ちょ、何する気なん!」


 これはまずい、死ぬよりも恐ろしいことを平然とする気だと気づくと四つん這いになって逃げだす。

 だがゴブリンは真凛の腰を引き掴んで自分に寄せようとする。

 その力が普段運動のしていない少女の力では逃げることが敵わず、ずるずると引きずられていく。


「やだ! やだ、やだ、やめてぇ! 嫌ぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


 今まで生きて来た人生の中であげたことがないほどの半狂乱な悲鳴をあげるが、周囲に人の気配はなく、このまま死ぬよりもおぞましいことをこの醜い怪物にされてしまうのかと思うと足と声が震え、恐怖から涙が止まらなくなる。


「あ゛ぁ゛ぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


 何が異世界だ、何が剣と魔法の世界だ。何がチート能力だ。これじゃ悪夢のような凌辱ゲームに転移したのではないかと思ってしまう。

 最初にあのドラゴンが言ったことは間違いではなく、唐突に殺されることもあると。


「うあああああああああああっ!!」


 腹の底からこれ以上でないほどの叫びをあげた瞬間、ドンっと音をたてて天に向かって光の柱が立ち上った。


「なに……これ?」


 虹色にマーブリングされた光の柱から何かが飛び出したかと思うと、ゴブリンの腹に拳がめり込み、水しぶきをあげたアッパーカットが繰り出され、小さな亜人の体は水の竜巻に体を切り裂かれ、きりもみしながら空に打ち上げられると無惨な姿になって地面に落下した。

 真凛は突如虹の光から現れた海賊衣装の女性を見つめ、ははっと乾いた笑いをこぼしその場に座り込んだ。


「ロヴェルタさんだ」

「余はそなたの力となる為にやってきた。この力、そなたに預けよう」


 これがもしかして、さっきのガチャで手に入れた力なのだろうか? ピンチになってから力が発動、または新たな仲間が助けにくるというのは王道だ。

 だが、これは真凛の直感であったが、恐らくロヴェルタは自分が叫ばなければきっと来なかったであろう。

 そうなれば自分はとてもとても恐ろしいことになっていたに違いない。

 異世界だ、やったーという浮ついた気分は一瞬で霧散し、自分はこれから生きていけるのかという本来一番最初に思うであろうことに真凛は今更直面した。




 ロヴェルタの能力は自分の予想をはるかに超えて優秀で、そんじょそこらのモンスターが束になっても敵わない性能を誇り、真凛も徐々にロヴェルタの扱いになれていった。

 その後のことはあまり覚えておらず、生きることに必死でギルドに相談すると同盟軍というもに加入すれば今すぐには死ぬことがないと聞き及んで、半ばなし崩し的に同盟軍ブルードラゴンに加入することになったのだった。

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