第48話 アデラ

 夕暮れが迫り、明日が期日だというのに全然終わっていない草ボーボーの領地を見て、俺は小さくため息をついた。

 これは本格的にまずく、やりたくはないが城から人を連れてこないとダメかなと思い始めたときだった。

 唐突に俺のスマホが震える。

 なんだ? と思い取り出すと、画面にはステファンギルドへ出頭してくださいとメッセージが表示されていた。

 あぁ、こりゃミッケルさんギルドにチクったなと察する。

 一回帰って、今度はギルドに怒られないとダメだなと気が重くなった。

 アギの方を見ると、彼女にも大分疲れが見える。戻って休ませないとダメだ。


「アギ、今日はもう戻ろう。俺もギルドに顔ださなきゃいけなくなった」

「でも……」


 アギはまだ全然終わってないと目で訴えていた。


「大丈夫だ、心配するな。いざとなったら城から応援よぶから」

「……本当にすまない。姉さまたち結局来なかった」

「気にするな。多分腹でも痛くなったんだろ」


 軽く茶化して俺はフラッシュムーブを使って、ラインハルト城下町へと戻って来た。


「アギは酒場に行ってきな」

「我が王、また怒られるか?」


 心配そうな顔をするアギの頭をなでる。


「そんな心配すんな、ちょっと話してくるだけだ」

「我も行く。王一人にさせない」

「別にいいんだぞ」

「よくない。我が王、嫌なこと全部一人で受けている」

「あんま気にすんなよ。好きでやってることだ」


 絶対についていくと強い意志を感じるので、俺は仕方なくアギを連れてステファンギルドへと向かった。


 ギルドの中に入ると、俺へのお説教タイムどころではないらしく、ギルド職員が慌ただしく駆けまわっていた。


「緊急依頼! 盗賊団邪竜の尾が酒場を占拠し、人質をとって立てこもっている! 冒険者、ならびに王は盗賊団殲滅の緊急依頼を受けてください!」


 ギルド職員は大声で叫ぶが、近くで飲んでいた冒険者や王は顔を伏せながらいそいそと依頼を受けずにギルドを出ていってしまう。


「邪竜の尾か。確か高額の懸賞金がかけられていたな」


 高額がつくということは、それだけ危険な盗賊団ということで、確か殺しや盗み、奴隷売買で名を上げている非道なグループだったはず。

 どいつもこいつもHRクラス以上の腕を持っているらしく、それが三十人以上いて、城も迂闊に手を出せないとか聞いたな。


「邪竜の尾は街の中央区にある酒場フェアリーエンジェルに立てこもっています! 人質の姿も確認されており、至急ラインハルト警備隊の応援に向かってください!」


 フェアリーエンジェル……、ウチのアマゾネスたちがいたところじゃないか。

 嫌な予感がして、知り合いのギルド職員を見つけ呼び止める。


「おじさん! 人質の中にアマゾネスはいた!?」

「ああ梶王か! 丁度よかった鉄乙女団に依頼を頼みたいんだ!」

「その鉄乙女団がひょっとしたら捕まってるかもしれないんだ!」


 ギルド職員と話をしていると、別の職員がやってくる。


「人質の中にアマゾネスの姿が確認されています」

「くそ、やっぱりか!」

「我が王、我も一緒に!」


 俺とアギは全力で街の中央、フェアリーエンジェルへと向かった。




「おら、寄るんじゃねー! ぶっ殺されてーのか!」


 酒場の前で斧を振りかざした大男が暴れている。

 中にも何人かの盗賊団がいるようだが、人質の姿は見えない。


「おらっ! 人質をぶっ殺されたくなかったら、今日捕まえた俺の仲間を解放しやがれ!」


 大男は怒鳴り散らし、駆けつけた城の警備隊たちを威圧する。


「お姉さまたちが、中に……」

「大丈夫だ、俺がなんとかする」

「なんとかって?」


 俺は斧を持った大男の前に立った。


「なんだテメーは? ぶち殺されてーのか?」

「人質の中にアマゾネスがいるはずだ。俺と交換してくれ」

「はぁ? 何ふざけたことぬかしてんだよ!」

「アマゾネスは強い、だが俺は弱い。だから逃げることもない」


 臆面もなくそう言うと、大男は笑い出した。


「クッ、ハハハハハ、テメーでテメーのことを弱いって言ってやがる。情けない野郎だぜ!」


 大男は酒場の中に一度引っ込むと、アマゾネスを一人連れて出てきた。


「顔の良い女だから後で楽しもうと思ったが、舌にナイフなんて隠してやがった。危うくチン○ちょんぎられるところだったぜ。こんな女はいらねー」

「他にアマゾネスは?」

「あぁん? いねーよ、こいつだけだ」

「そうか、逃げ遅れたのは彼女だけか」


 確かに見覚えのあるアマゾネスだ。ハイアマゾネスでは一番若い、フィーネさんだったかな。そんな名前だったはず。

 気絶しているらしく、ぐったりとしていて動かない。

 俺はゆっくりと近づいていく。


「おらよ、くれてやる」


 大男はフィーネの体を放り投げると、俺を捕まえ、無理やり引きずっていく。


「我が王!」

「俺は大丈夫だ」

「うるせーとっとと中に入れ!」


 顔面を殴打され、俺は酒場へと転がされた。

 中には二十人ほどの人相の悪い盗賊団の姿があった。

 どいつもこいつも血なまぐさい臭いがして、平然と人殺しをするタイプの人間だとわかる。


「ボーイ、なぜこんなところに!?」


 人質の中にリーゼントにカマっぽい動きをするフェアリーエンジェル支配人のリカールの姿もあった。


「仲間が捕まってるって聞いてね。人質交換で中に入って来た」

「男気あふれてるわね。そういうの好きよ」


 バチコーンとウインクを決めるリカール。


「おらっ、こっち来い。楽しませろ!」


 男が従業員の少女を強引に連れ、テーブルの上に寝かせると、無理やり衣服を引き裂いた。


「キャアアアアアッ!」

「黙ってろ!」


 男は泣き叫ぶ少女の顔面を殴り、無理やり黙らせると、ズボンを脱ぎ捨て汚いイチモツをとりだしたのだ。


「へへっ、良い女がいて待つのに退屈しなさそうだぜ」


 盗賊団が下卑た笑みを浮かべ、少女を取り囲んで、次は俺だなんて勝手なことをのたまっている。

 俺はゆっくりと立ち上がった。


「ボーイ、どうするつもりなの!?」

「これは男の子として見過ごせる状況じゃないでしょ」

「やめなさい、殺されるわよ!」

「大丈夫、俺の仲間がすぐに来る」


 俺は下半身丸出しの男に体当たりし、転がっていたワインボトルで思いっきり男の金玉をかちあげた。

 ワインボトルが砕け、ガラスの破片が金玉に突き刺さり、男は悶絶しながら倒れた。


「なにしやがるテメー!」

「ぶっ殺してやる!」


 怒り心頭の盗賊団たちは、俺の髪を掴んで、無理やり壁に叩きつけると、何度も何度も壁に頭を打ちつける。意識が一瞬とんだが、激しい痛みにすぐさま意識は戻って来た。倒れると容赦なく殴る蹴るの暴行をくわえていく。


「ボーイ、あなたは本物のボーイよ」


 目をおさえたくなる光景と、嫌な音に人質たちは耳を塞ぎ震える。

 だがリカールだけはその光景をしっかりと目に焼き付けていた。




 その頃、アギは姉たちを探し走り回っていた。

 解放された姉(フィーネ)の体を担ぎ、辺りの酒場を探して回る。

 そしてその中で姉たちがいる店を見つけたのだった。


「どうしたアギ、血相をかえて」


 アデラがアギに抱えられたフィーネに気づく。


「どうした? 何があった?」

「姉様たちがさっきまで飲んでいた店に盗賊団押し入った」

「なに?」

「フィーネ姉さま盗賊団に捕まってた。でも、我が王身代わりになって人質となった」

「確かにフィーネは支払いの為に少し残っていたが、まさかそんなことになっていたとは」

「我が王捕まってる、姉さま助ける為に捕まった! 我が王助ける!」


 アギは必死に声をあげるが、アデラは首を振る。


「奴は我らの仲間ではないし、フィーネも助かったのなら、あの男を助ける意味はないだろう。それにそのまま殺されてくれたほうが……」


「なぜだ!!!」


 アギの怒声は場末の酒場全体を揺るがすほどの大声だった。


「なぜそのような悲しい捉え方をする! 我が王助からなければ多くの人悲しむ。酋長の仇を得た恩人でもある! 姉さまおかしい、自分たちさえよければそれでいい! その考えいけない言ったの姉さまたち! 仲間を思いやれない人間、仲間失格言ったのも姉さまたち! そんな考え方一番嫌いだったはず!」


 アギは大声あげるうちに、段々と熱いものがこみあげてきて、気づけば頬に涙が伝っていた。


「王は姉さまたち信じていた! 自分が信じなければ、信じてもらうことできないって! だから自分信じてもらえるまで信じると! 王、姉さまたちに嫌われてるの知ってる。だからいろんな人に頭下げて仕事もらってきた。でも姉様たち働かないから怒られてる。でも王、姉さまたち怒ったりしない。姉様たちのこと信じてるから怒らない! 今も盗賊団にアマゾネス捕まった聞いて慌てて飛び出していった。フィーネ姉さま助ける為に自分が身代わりになった!」


 熱く声をあげるアギに、段々とアデラやアマゾネスたちの頭は冷え、誰もが気まずそうに口を閉ざし、軽口を叩くものは一人もいない。


「我が王、力強くない! 自分一人では盗賊団倒せないのわかってる。それでも仲間の為に前に出た! 姉さまたちこれでも卑怯王言うか! 本当に卑怯ものどっちか我にはわかる! 王は常に前で戦ってる! その王に後ろ指さす、例え姉様でも許さない!」


 アギの瞳からとめどなく涙がこぼれでていた。

 それは大事な人を馬鹿にされたことを心の底から怒る、仲間の声だった。

 アデラはその様子を見て、ゆっくりと深呼吸し、豊かな胸を上下させる。

 村にいたときは姉さま姉さまと自分の後ろを追いかけてきたアギが、今ではしっかりと自分の考えを持っている。

 酋長が後任にアギを選んだのもよく理解できた。


「立派になったな……」


 涙を流しながら肩で息をするアギの目じりに触れ、涙をぬぐうと、アデラは自身の槍を背負う。

 その槍には誇り高きアマゾネスの紋章が描かれた旗が巻き付いている。


「これより我らアマゾネスは王の救出を行う。総員前に出よ!」

「姉さま!」


 アデラを先頭に腕に覚えのあるアマゾネス達が次々に続く。

 アギの叫びは姉たちの心を突き動かしたのだった。

 未だ酒場を囲んでいるだけの城の警備隊をかきわけ、ハイアマゾネスたちは店の前に出る。


「なんだテメーらは娼婦か?」


 大男の前にアデラは立ち、美しい髪を揺らし、鋭い金の瞳で敵を見据える。


「総員抜刀!!」


 アデラの叫びとともにアマゾネス全員が得物を抜き、一気に駆け抜ける。

 店の前でがなり散らしていた男を蹴散らし、三十四人のアマゾネスたちはフェアリーエンジェルへと強行突入する。

 いくら腕の立つ盗賊団でも、更に腕のたつ傭兵団が多勢でやってくればひとたまりもない。


 中に入ると二十人程の盗賊たちの姿と、人質の姿があった。

 衣服に乱れはあるものの人質に乱暴された形跡はない。

 だが、その中で一人血まみれになって倒れている少年の姿があった。

 見るも無残な姿で、顔ははれ上がり、もはや誰かわからない。

 下半身を丸出しにしたブ男がボロボロになった王の髪を引っ張って頭を持ち上げている。

 その光景はアギがキレるには十分すぎた。


「死ね!」


 アギは獣のような動きで男に飛びかかると、身の丈ほどもある曲刀で正確に男のイチモツを切り落とした。


「うああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ!」


 股間から大量出血して、もがき苦しむ男の背に馬乗りになると、曲刀を男の喉にあて、そのまま一気に持ち上げ首を搔っ切った。

 絶叫したままのブ男の首がゴロリと転がる。


「ひぃっ!」


 まるで凶暴な肉食獣が飛び込んできたようで、盗賊団は取り乱す。


「制圧せよ!」


 アデラの掛け声とともにアマゾネスが戦闘を開始する。

 アデラはすぐさま倒れた王の体を抱き起す。


「大丈夫か!」

「おぉ、遅かったな……」


 恐らく自分たちが到着するまで、ひたすらいたぶられ続けたのだろう。顔面ははれ上がり、いたるところから血が流れ出ていて、目も開いていない。

 恐らく声だけで判断しているのだろう。


「その人は私が犯されそうになったときに助けてくれて」


 一番衣服の乱れが激しい少女が、すすり泣きながらも答える。

 よっぽど怖い目にあったと見える。

 二十人近くの武器を持った男に、一人王は立ち向かったのだろう。

 そのとき自分たちは酒場で酒を煽っていただけ。

 誰も見ていないところで一人戦っていた王のことを考えるとアデラは胸が痛んだ。


「かっこよく倒せたら一番なんだが、俺にはこれくらいしかできねーから」


 酷い顔を歪ませ、無理に笑顔を作る少年に、アデラはこの王が真に勇敢なるものだと確信する。


「待っていろ、すぐに終わらせる」


 アデラは槍を抜き、盗賊団に構える。


「我が奥義、新たなる主の為に振るおう。力をまとえソル・ダート!」


 槍に巻かれた旗から紅蓮の炎が巻き起こる。

 完全にオーバーキルとなる魔槍の一撃が放たれ、盗賊団は全員炎の渦とともに店の外へと吹き飛ばされた。


「奴らを逃がすな!」


 アデラの命令でアマゾネスたちが駆けぬける。

 戦闘というより蹂躙に近く、いくら強いと言われている盗賊団でも、戦闘を極めたアマゾネス三十人の敵ではなく、次々に斬り殺されるか、捕縛されていった。

 戦闘自体はものの数分で片が付いた。

 周りにいた城の警備隊も加わった為、事件は迅速に鎮火する。

 盗賊団の身柄は城の警備隊に全員引き渡され、残ったのは野次馬とアマゾネスと王だけだ。



「いててて、なんか最近よく怪我するんだよな」


 王はアギの肩をかりながら、未だ騒然とするフェアリーエンジェルの前にいた。

 アデラは王の前に跪き頭を垂れた。


「我が王、我らのこれまでの非礼を詫びたい」

「ああ、いいよいいよ別に。君らが俺を受け入れられないのは知ってたし」


 アデラは腰から一本の短剣を引き抜き、王に手渡す。


「奴隷の身分でありながら、王を見下し、あまつさえ嘘までついた罪は我が一族の掟から見ても許されることではなく、我が首を持って王の怒りを鎮めていただきたく願う。かわりにどうか、我が姉妹だけは奴隷として王への従事を認めていただければ幸いに思う。身勝手な頼みで申し訳ありませぬ」


 俺は短剣を眺め、アデラの首筋にあてる。


「ま、待ってください! 嘘をついたのはワタシです、処刑するのであればどうかワタシを!」

「いや、たきつけたのは私だ!」

「あたしが止めていればこのようなことにはならなかったのです、どうかあたしを!」


 我が我がと殺到するアマゾネスたち。

 なんかこの光景デジャヴなんだが。


「あぁ、いいよ別に。とりあえずウチ帰ろう。今日はもう疲れて一歩も……動けない」


 ふらっと体が崩れ、俺はアデラに覆いかぶさった。

 草刈りしてから風呂入ってねーから、俺すげー汗くせーや、とか思ったが、アデラがそれを気にしている様子はなかった。

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