第47話 草刈り
「そこをなんとかなりませんかね」
「と言ってもね~」
ステファンギルドの窓口で頼み込む俺に、太っちょのギルド職員は眼鏡のつるを持ち上げながら困った声をあげる。
今日ここに来ているのは、新たに加入したハイアマゾネスたちにクエストを斡旋する為だ。
自分たちで行くと、男の依頼は全て蹴ってしまうので、俺が依頼を見繕ってやらせることにしたのだ。
「鉄乙女団って、こと戦闘に関しては右に並ぶものがいないくらい強力な傭兵だけど、それ以外の依頼をやらせると大体依頼主を怒らせて失敗しちゃうんだよね」
「よーく言っておきますから!」
「ほんとに大丈夫なの? 彼女達男の依頼や命令は受けないって有名だよ?」
「大丈夫です、俺がなんとかしますんで!」
「う~ん」
ギルド職員はうなりながら依頼書を探す。
「何人くらい?」
「三十人から四十人くらい連れてきてます」
「そんなに? それだけいたらAクラスモンスターでも討伐できそうだ」
「はい、なんでどんと任せてください!」
「と言っても、今そんな大規模な戦闘依頼ってないんだよね」
「もうなんでもやらせてもらいます」
「じゃあ……これなんてどう?」
俺はギルド職員にお礼をしてから、依頼書を持ってアマゾネスたちが待機している、以前ソフィーとバイトした経験のある、酒場フェアリーエンジェルへと向かった。
フェアリーエンジェルにはハイアマゾネスの中でも特に武闘派な三十四名が麦酒を水がわりにして待機していた。
「おーい、依頼見つけてきたぞ」
「王帰って来た!」
俺の姿を見つけると、一緒についてきたアギが走ってやってくる。
しかし、それ以外のアマゾネスたちはこちらに興味がないようで、雑談をやめようとはしない。
「皆、王帰って来た」
アギの言葉にも反応せず、意図的に無視されているのがわかる。
そう、今回連れてきたアマゾネスたちは先日のゲーム勝負でチャリオットに引き入れたアギの姉にあたる人物たちだ。
ゲームの内容が内容だけに、俺に従っているハイアマゾネスは少なく、今回特に反抗心が強く表面上さえ取り繕うことのない、問題児ハイアマゾネスをよって連れてきた。
その為、仲間のはずなのにアウェー感が半端ない。
「皆静かにしろ。依頼がきたらしい」
この場を沈めたハイアマゾネス。
キュベレーの補佐をずっと行ってきたらしく、ハイアマゾネスたちの中でもナンバー2にあたる人物で、名前をアデラという。
俺に反抗心を持っているアマゾネスの筆頭であり、形式上従わざるをえないキュベレーとは違い、反抗心を隠そうともせず、なめた態度が目立つ俺の今一番の頭痛の種だった。
「さて、どんなものをもってきたのか」
アデラは木製のジョッキを傾けながら、金色の瞳をこちらに向ける。
明らかに値踏みされており、王として尊敬などという言葉は間違ってもないだろう。
切り揃えられた前髪と横髪が絹布のようにサラサラと流れ、挑発的な視線がこちらに向いている。
それはアデラだけではなく、三十四人のアマゾネス全員から向けられていた。
「おう、これから移動して、南東にあるミッケル領、別荘地の草刈り依頼をする」
俺が依頼内容を伝えると、アマゾネス達は不機嫌そうに鼻をならす。
「草刈り……バカバカしい。我ら誇りあるアマゾネスが、よその領地で草刈りなどできるわけがないだろう」
「なんでだよ。領地が凄く広いらしくて、三十人程度じゃ足りないかもしれないって言ってるんだぞ」
「そういうことではない。いいか、我らは戦闘民族。戦って収入をえることを生業としている傭兵だ。それを草刈りなど、召使いがやるようなことをできるわけがない」
「えり好みできる立場じゃないだろー。ギルドで聞いたけど、お前らすぐ依頼主怒らせるって評判だったぞ」
「後から注文をかえたり、ついでにこれもやれなどと、なめたことを言う依頼主が多いからだ」
「それくらいサービスでやれよ。傭兵なんてサービス業みたいなもんなんだから。こういうところからコツコツと評判をあげていけば、いずれ大きな依頼を任せてもらえる。戦闘に関しては凄いってギルドの人も言ってたしな」
「なんと言われようと我らはやらぬ」
「おいおい、仕事放棄はいけないんだぞ」
俺はなんとかアマゾネスたちを呼び止めるが、皆席を立ち、酒場を出て行ってしまう。
「ちょ、ちょっと待ってくれ。場所ここだから、来てくれよ!」
強引に場所だけ伝えるが、残されたのは俺とアギだけだ。
「すまない我が王。姉様たち思っている以上に男に命令されるの許せない」
「アギが謝ることじゃないよ。でも、もう依頼受けちまったからな、行くしかない」
この場にキュベレーがいれば一喝が飛んできて、彼女達はしぶしぶ従うだろう。
しかし無理やりやらされているのでは意味がない。
彼女たちが自発的にやってくれる必要がある。
「とりあえず先に行ってくるから」
「我、もう少し姉様を説得してから行く」
「うん、頼む」
俺は先にラインハルト城下町を出て、依頼主のいるミッケル領へと向かった。
「はい、はいすみません。少し遅れるみたいで。はい、期日までにはなんとか……」
「ほんとにできんのー? 君一人みたいだけどさ。こっちは四十人分の料金払ってるのに、一人しか来なかったら詐欺だよね?」
ミッケル領、領主のミッケルはでっぷりとした若い男性で、海に近い観光地に多くの別荘を持っており、そろそろ海開きということで、手入れしていない別荘地の草刈りを依頼してきたのだった。
「三日後にもうお客さん来る予定入ってるから。それまでに間に合わなかったら、例え草刈りでも違約金発生するよ?」
「はい、すみません。なんとか間に合わせますので」
「まぁ間に合うなら別に一人でやってくれてもいいんだけどね」
俺はぺこぺこと頭を下げながら、ミッケルさんの屋敷を後にし、別荘地へと足を踏み入れた。
「こりゃすごいな」
一年間全く手入れしていなかったのだろう。
コテージがいくつか並ぶ別荘地には背の高い草が生い茂り、足の踏み場もない。
俺は用意した三十人分の草刈り道具を広げる。
「これを一人でやるのは無理だな……」
一人草を刈り始めてわかる。硬い茎は切るのに力がいるし、草が湿気をはらんでおり蒸し暑い。
そして絶望的なくらい領地が広く、まるまる一時間草を刈り続けているのに、進んだのはほんのわずかで、恐らく四十人いても三日以内に草刈りを終えるのは難しいだろう。
「結構無茶な依頼だったな」
そう思うが依頼を受けてしまったものはやるしかない。
それにアマゾネスのみんなが来ないと決まったわけではない。
そのうち来てくれる、そう信じて俺は草刈りを続ける。
「ふぅ、あっついな……」
草を引き抜き、ゴミを拾いながら草刈りを続ける。
二時間程度経った頃だろうか、アギが申し訳なさそうな顔をしてミッケル領へとやってきた。
あの様子ではダメだったのだろう。
「すまない、我が王。姉様たちを説得するの難しい」
「そうか、アギが頼んでも難しかったら誰が頼んでもダメだろう。なに、きっと来てくれるさ」
「我が王……」
アギは心配そうな表情になるが、俺はそれに笑顔を返す。
こういう単純な作業は嫌いじゃないし、根気よくアデラたちを待とう。
それから俺とアギは日が暮れるまで、草刈りを続けた。
しかし、その日はとうとうアマゾネスは誰一人来ることはなかった。
一日中草刈りを続けたせいで、腕がパンパンだ。
虫さされも多く、脚や腕が赤く腫れている。
いっぱい汗をかいて、頑張ったのだが全体の十分の一も草を刈り切れていないだろう。
まずいな、明日皆が来てくれても二日で終わるかわからないぞ。
「すまない我が王」
またもアギが申し訳なさそうな顔をしているので、頭をわしゃっと撫でた。
「大丈夫だ、皆が来てくれればすぐに終わる」
「おい、全然進んでないじゃないか! これで本当に終わるのか!?」
日が落ちた頃、怒鳴り声をあげてやってきたのはミッケルさんだった。
「すまん、ちょっと怒られてくる」
「我が王……」
俺はミッケルさんにひたすら謝罪し、なんとかするよう伝える。
だが、当然ながらミッケルさんはそれでは満足しなかった。
「今からウチの屋敷の掃除をしにこい」
「えっ、今からですか?」
もう既に日も暮れ、星が輝きつつある。
「そうだ、契約違反をしているのはそっちだろ! 四十人の人間を三日分雇う金を払ってるんだ、そのうち丸一日二人しかきてなかったらこっちは大損じゃないか!」
「お言葉ですが、この領地を三日で刈り切るという契約のはずなので、日割り計算されるのは……」
「なんだ、こっちが悪いっていうのか!」
「そ、そういうわけじゃありませんが。ミッケルさんも最初刈り切れれば一人でやってもいいと……」
「うるさいな! ギルドに言って、お前を仕事できないようにしてやろうか!」
この程度でギルドを追い出されることはまずないのだが、確かに違反しているのはこちらなので何も言えない。
「わかりました。行きます」
「そうだ、そっちの女もだぞ」
アギの方を指さすミッケルさん。
あぁこりゃアギに何かミスさせて難癖つけてくるパターンだなと悟る。
「俺一人で行きます。彼女は別用があるので、戻します」
「何言ってるんだ! 依頼主の言うことが聞けないってのか!?」
「ミッケルさん、誤解しないでください。我々はあなたの奴隷ではない。あなたが命令をきかせることができるのは草刈りについての注文だけだ。今からあなたの屋敷に行くのは、あくまで俺個人の謝罪と、心配をかけている補填なんです。だから、あまりウチのチャリオットを召使いと同等に扱われては困ります」
あくまでニコニコ顔を貼りつけているが、口調は重い。
謝るべきところは謝らなければならないが、それ以上のことを要求されれば突っぱねなければならないし、全て言いなりになってはいけない。
「ぐっ……今日帰れると思うなよ」
「ありがとうございます」
俺はお礼を言って、アギを城へと帰す。
それからまたミッケルさんの屋敷に戻り、一晩かけて屋敷の清掃を行った。
翌日
俺はフラッシュムーブを使い、一度城に戻り汗を流してから、すぐにラインハルト城下町へと移動した。
案の定、酒場フェアリーエンジェルではアマゾネス達が酒を飲んでいた。
俺の姿を認めると、さすがに軽い罪悪感はあったのか、雑談はとまった。
「すまない、みんな昨日来てくれと言った依頼先にアギしかこなかったんだが、なぜだろうか?」
答えるものはおらず、しんとしている。
だが、その沈黙を一人のアマゾネスが破った。
「昨日アタシが具合悪くなったから、みんなで看病してもらってたんだよ」
「そうそう。いきなり熱だして大変だったんだ」
笑いを噛み殺した、明らかな嘘。
だが、具合が悪くなったのだったらしょうがないだろう。
「そうか、それは気づいてやれなくて悪かった。体調はどうだ?」
「あー、今は大丈夫」
「そうか、草刈りは意外と体力がいる。無理そうなら君は休んでいてくれ。多分看病もそんなに多くは必要ないと思うから、今日は草刈りの方に来てほしい。依頼主から後二日で終わらせてほしいと言われているんだが、領地が広くて多分俺とアギだけでは無理そうなんだ。よろしく頼む」
俺は小さく頭を下げ、フェアリーエンジェルを出てミッケル領へと向かった。
「ほんとどうしようもないくらいのバカ王だね」
「一人で一生草刈りでもしてな」
「あんな卑怯な手でアタシたちを負かした罰だよ」
「アギ、あんたも行かなくていいよ。あんなのあの卑怯王にやらせときゃいいんだよ」
王が去った後、アマゾネスたちは口々に思っていた不満を罵詈雑言として吐き出す。
アギはその光景を見て悲しく思った。
「今日もあっついな」
日差しが照り付ける中、終わりそうにない草刈りを続ける。
しばらくして悲し気な顔をしたアギが合流してきた
黙々と二人で草刈りを続けていると、アギは段々俺に近づいてきた。
「我が王、なぜ怒らない。あんな見え透いた嘘、誰でもわかる」
「本当に具合が悪くなったのかもしれないだろ?」
俺は手を止めず、硬い草の根を引っこ抜く。
「アマゾネスの嘘、本来許されるものではない。嘘は一族の中でも重い罪。普通なら一族追い出されても文句言えない」
「……彼女達が俺のことを信用していない理由はよくわかるんだ」
くっそ、この草かてぇ。
「でも、だからこそ俺は彼女たちのことを信用したい」
「嘘つかれてもか?」
「ああ。俺が信じなきゃきっと彼女達も信用してくれないと思う。サボりはよくないことだし、依頼主(クライアント)に迷惑をかけるのはよくない。今日も来てくれないと、ちょっと考えなきゃいけないけど、でも……きっと来るって信じていたい」
「…………」
アギが今何を思っているかはわからないが、その表情はただひたすらに申し訳なさそうだった。
「我が姉がすまない……」
「アギが謝ることじゃない。元からプライドの高いアマゾネスたちだったんだ。いきなり草刈りしろって言っても嫌がるのはわかってたし。俺もこつこつ彼女達の信用をためていきたい」
なんとか笑顔を見せたつもりだが、アギは恥ずかし気に骨のマスクを被ってしまった。
ありゃキモかったかな俺。
「我が王……その笑顔は反則。我、初めて種付けされたいと真に願ったかもしれない」
「えっ、なんだって?」
特殊スキル難聴を発動させ、アギの言葉を受け流す。
その様子を木を背にして伺っているものの姿があった。
王が丸一日帰って来ないことで、恐らくアデラとの関係がうまくいっていないのだろうと察したキュベレーだった。
自分が命令すればアデラたちはきっと従う、しかしそれでは今の王の願いが無為になってしまう。
キュベレーはアマゾネスのトップとして、もう少し先行きを見届けさせてもらうことにしたのだった。
「男……か」
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