第45話  鉄乙女団

 俺はアギと共にラインハルト城下町近くにある、寂びれた酒場を訪れていた。

 ここはアギの姉にあたるハイアマゾネスが設立した傭兵団、鉄乙女が拠点としており、酋長の死後アギたちが俺のチャリオットに入ったことを直に伝える為にやってきていた。


「ここか」

「一応姉様たちには手紙で酋長の死と、我が王のちゃりおっと? に入ったこと伝えた」

「じゃあ事情は把握しているんだろうな」

「我が王、中入る前に忠告ある」

「何?」

「我らアマゾネス、古くから男のことは子を孕むタネとしか見ていない。でも、我々王の活躍を見て考え改めた。しかし姉さまたち活躍見てない。だから王のこときっと見下す」

「そうだよね。わかってはいるんだが、どうしたものか」

「王、やってはいけないこと、絶対なめられるのよくない。強気でいく」

「強気か……俺苦手なんだけどな」

「アマゾネス弱い人間に従わない。まして男には絶対従わない」

「だから強気でいくしかないのか」

「うん、言い方も気をつける。気を使った言い方とかしちゃいけない。対等と思っちゃいけない。姉さまたち絶対下に見てくる。我が王、優しき人我慢してしまう」

「まぁ舌戦になったら、はったりと強気は当然だよな」

「うん、姉さまたち怖いけど、従わせるつもりでいく」

「わかった。強気だな」


 アギの方を見ると、まだ中に入ってすらいないのに汗だくになっており、緊張しているのが伺える。

 そんなに怖い人達なのだろうか? 俺まで不安になってきた。

 古びたスイングドアを開こうとすると大柄な男が突如吹っ飛ばされてきた。


「ふざけるな! 我ら誇り高きアマゾネス、そのような仕事は娼館の女にでも頼め!」


 奥から女性の怒鳴り声が聞こえてきて、大柄な男は覚えてろと捨て台詞をはいて走り去った。

 うわ、入りたくねー。超こえー。

 やだなと思いつつ、スイングドア開くと、中には屈強というよりどこか妖艶な雰囲気がただよう女性たちの姿があった。

 かなりの人数で、二十人近くいる。アギの話だと百人以上いるという話なので、恐らく酒場の二階にいるか、ギルドの依頼で出ているかだろう。

 皆それぞれ剣や斧などの武器を下げ、服装はほとんどが下着のような、俗にいうビキニアーマーであった。

 オリオン達で見慣れてると思ったけど、あいつらより一回り年上の女性が身につけていると雰囲気が大分かわり、いけないお店に来ているような気分になる。


「誰だ!」


 恐らく怒鳴っていたらしい、前髪を切り揃えたアマゾネスが威嚇するようにこちらを見る。


「えーすみません、今日ここに来ることになっていた梶と言います」

「姉様我です、戦士アギオルジです」


 アギの姿を見て、アマゾネス達が驚いて近寄って来る。


「アギオルジが大きくなったものだ」

「我らが村を出た時はこんなにも小さかったというのに」


 ここにいるアマゾネスたちに比べればアギはまだまだ子供扱いのようだった。


「話は聞いている、姉様を呼ぼう」


 妖艶なアマゾネスが二階に駆け上がると、ほどなくしてうっすらと透けたマントを身につけたアマゾネスが階段を降りてくる。

 アマゾネスの姉様と言っているから、どんなゴリラがやってくるのかと思ったが、年は二十台半ばといったところだろうか。

 特別年を重ねているわけでもなく、ウェーブのかかった長い髪を揺らし、紫のアイシャドーにぷるんとした水気のある唇。泣きぼくろがセクシーで一見すると優し気な大人の女性という感じなのだが。


「姉さまハイアマゾネスで一番強い。怒らせるととても怖い」


 アギが俺に耳打ちする。

 確かに歴戦の戦士といった感じではあるが腹筋が6パックに割れているわけではなく、しなやかな筋肉の上に女性の膨らみがあり、くびれたウエストラインと大きなお尻につい目がいってしまう。

 いや、こんなこと言うのもどうかと思うんですがTバックに目がいかない男なんていませんよ。


「アギオルジ、久しいな」

「姉様、ご無沙汰、でっす」

「まだ少し発音が悪いな。言葉の勉強をもっとしっかりしろ。喋り方一つでなめられるぞ」

「はい、気をつけ、ます!」

「良い、座りたまえ」


 アマゾネス姉様? はテーブル席につく。俺達も対面に並んで座る。

 その周囲をハイアマゾネスたちが取り囲んだ。


「お前ら、あまり威圧するな。萎縮するだろう」


 アマゾネス姉さまの言葉に、周囲に小さな笑いがこぼれた。


「我が名は戦士キュベレー。気軽にキュウちゃんとでも呼ぶといい」


 呼べるか、そんなプレッシャー半端なくだしてる奴に。


「戦士アギオルジ、話は聞いている。酋長のことは残念であった。だがその後見事に酋長の仇をとったことを我ら一族の誇りに思う」

「はい」

「先にお前の酋長引継ぎの件だが、我らに異論はない。我らは村を出た身、酋長が遺言でお前を後任に選んだのであれば我らが口出しすべきことではない」

「は、はい」

「だが、こちらは容認できぬ。一族を王のチャリオットに入れるなど言語道断。百歩譲ったとしても王は女の戦士であるべきだ。お前が尊敬できる女戦士の下にはいるというのなら、我らの中でも異論はあるが、新たな酋長であるお前が決めたことだ、口出し程度にとどめる。だが……」


 キュベレーは俺を睨み付ける。


「こいつは男だ。男などタネ以外の存在価値はないと村でも教わったはずだ。男の王につくなど我らアマゾネスの歴史で二度もあってはならぬこと。それを理解していないわけではないだろう」


 二度ってことは、過去に一度男が一族のトップに立ったことがあるのかもしれない。


「はい、ですが」

「ですがではない、口答えするな」


 キュベレーは有無を言わせぬ迫力で、アギの言葉を遮ってしまう。

 その様子は母に叱られる娘のようにも見える。


「わかったなら、今すぐ一族をこの王の元から離せ」

「ですが姉様、酋長の仇はこの王の協力あってのもの。このものがいなければ死者はもっとでてた、でっす」

「誇りあるアマゾネスがなぜ死を恐れる。酋長の仇の為に散ったのならば、そのスピリチュアルは昇華され、誇り高き戦士(エインヘリア)として天界(ヘイムダル)に導かれることだろう」

「しかし、死者がでないことは良いことでは」

「違うアギオルジ、お前はわかっていない。酋長の仇討ちに部外者の手を借りてはならぬ。一族のことは一族でケリをつける。これ当然」


 俺は話を聞いてて段々げんなりしてきた。

 凝り固まった価値観を持った人間との会話は不毛だ。

 キュベレーは語気を荒げ、アギを説得する。俺はそこに口をはさんだ。


「あのー」

「黙っていろ、貴様には何も聞いていない」


 俺は無視して続ける。


「全然関係ない話で申し訳ないんですけど。誇り有るアマゾネス百人以上が拠点にしているわりにはボロい場所だな」


 寂びれた酒場をバカにした目で見る。


「あまり大きな口を叩くなよ。貴様らにタネ以上の価値など」

「あんたらそんなこと言って男の依頼は突っぱねてんだろ。だからこんなにも人が暇そうにして残ってる」


 周囲の空気が一変して、怒気と殺気が入り混じった重い空気にかわる。


「最初に言ったな、言葉遣い一つで相手になめられると。そりゃあんたの経験談か?」


 重い空気が一層重くなり、目の前の女性から殺気が放たれる。


「今すぐ貴様の首を斬り落として、この話をなかったことにしてもいいんだぞ?」

「王としてギルドに登録してる俺を、こんな街中で白昼堂々斬り殺して城が動かないわけないだろ。前科持ちの殺人傭兵団なんて評判ついたら誰からも使われなくなるって、ちょっと想像したらわかるだろ。ドスきかせて殺すぞなんて子供じみた脅し文句で黙ると思うなよ」


 俺の目をまっすぐと見て、キュベレーは俺の人間性を推し量っているようだった。


「そこそこの戦いは潜り抜けてきているようだな」

「飢餓状態のオークの群れに比べたら、あんたらなんか全然だよ」


 飢餓状態のオークとやりあったのかと後ろでアマゾネスたちがざわつく。


「勝負しないか俺と?」

「何?」

「あんたは俺が気に食わない。でもアギたちは既に俺のチャリオットの一員だ。勘違いすんな。あんたが交渉するのはアギじゃない俺のはずだ」

「ふん、何を言いだすかと思えば……良かろう。ならば一族の掟にのっとった決闘で」

「バカなこと言うな。言い出したのは俺だが、この勝負はお前らがふっかけてきたもんだろ。なんで俺がお前らの提案する勝負にのらなきゃならないんだ」

「ではどうするという。言っておくが卑怯な勝負には我らも乗らない」

「いいよ。その前に賭けるものを決めよう」

「賭け?」

「ああ、お前らの一族を賭けたゲームをしよう」

「ゲームだとバカにするな!」


 キュベレーはだんと強くテーブルを叩く。


「違うだろお前ら、勝負してもらうんだ、あんまりなめた口叩くなよ。俺の権限でチャリオットに入ったお前らの一族皆殺しにできるんだぞ」


 まぁそんなことするわけないですが。

 俺のブラフは思ったよりきいているようで、キュベレーは悔し気に口元を噛みしめている。


「やはり男とはこういうゲスな生き物だ。わかったかアギオルジ!」

「姉さま……我、既に命、王に預け済み」

「なっ!? 血迷ったのか!」


 キュベレーが立ち上がるが、俺は机をダンっと叩いた。


「いいから座れ」


 できる限り低い声で言うと、キュベレーは苦々しい表情をしながらテーブルについた。

 アマゾネス側にペースを握られてはいけない。

 主導権はずっと俺が握りっぱなしでないと。


「話を戻すぞ。俺はウチのチャリオットに入ったアマゾネスたちと、そうだな俺自身の首を賭けよう。俺が負ければ好きにしていい」

「ほぅ言ったな。ではこちらは我が首を賭けて……」

「おい、まてまて釣り合ってないだろ。俺はお前らの仲間全員をベットしてるんだ。なんでそれがお前一人の首で釣り合うんだよ」

「なっ……」

「賭けろよ。この傭兵団ごと」


 俺は周囲を見渡す。

 アマゾネスたちは完全に話に飲まれている。


「バカなことを言うな!」

「あぁん? あんたさっき仲間たちは名誉の死を選べっていったとこだろ。それでエインなんとかがヘルダイムなんだろ?」

「バカにするのも大概にしろ!」

「バカにしてんのはお前だろ。男を見下して弾き飛ばしてりゃ落ちぶれんのは当たり前だ。人間の半分は男なんだよ。もっと言うとギルドに依頼を持ってくる人間の約八割は男だ。それだけ金を払うのは男が多い世界なんだよここは。この大陸を管理している王のほとんどは男だし、奴隷売買も圧倒的に女の件数が多い。社会を見ずに己の価値観だけで男はクソとのたまってりゃ依頼なんて来るわけないだろ。だからこんなに暇な奴がゴロゴロしてんだ。お前が社会をかえようとして、その上で男はクソとのたまってるならまだ言い分はわかるが、こんな寂びれた酒場でプライドだけ高く持ってるバカな一族誰が使うんだよ」


 俺の挑発にアマゾネスたちはブチギレ寸前と言ったところで、アギは針の筵であろう。悪いけどまだ続くから我慢してくれ。


「良かろう。そこまで言うなら我もこの傭兵団鉄乙女を賭けよう。いいな、皆!」

「当たり前だ!」

「タネ風情の生意気を許すな!」


 いいね、この全てが敵の空間。ゾクゾクしちゃう。


「お前のいかなる勝負でも全て受けよう。しかし、ここにいる全員と勝負してもらう」

「ね、姉様それでは……」

「いい、好都合だ。それじゃ契約成立だ。後でごねるなよ」

「こちらのセリフだ」

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