第26話 崩壊するときは一瞬

 アラン率いるパーティーはゴブリン達の巣穴と思われる場所に立っていた。

 切り立った崖の近くにある洞穴は傍にある滝の影響で若干湿り気を帯びていた。

 ゴブリン達の巣穴は汚いことで有名だったが、この洞穴には引っ越してきたところなのか、奴らの糞尿や食い残した死骸などで汚されていることはなかった。


「ゴブリンは基本夜行性です。オークは起きているかもしれませんがオークの睡眠時間は不定期なのでオークの睡眠時間を狙うのは難しい。ですので、ゴブリン族が寝静まっている今がチャンスなのです」


 アランの言う通り現在は昼間で、洞穴から何か動く気配はしない。恐らくゴブリン族は寝静まっているのだろう。


「お嬢さん、あなたは入口で待っていてください。クラウダ、ピート我々で中を制圧する」

「了解」


 エルフ族のクラウダと、魔導師のピートが頷く。


「三人で大丈夫? 私も簡単な魔法なら使えるし、一緒に入ってもいいわよ」

「いえ、それには及びません。ゴブリンやオーク程度に手こずるようでしたら冒険者の名折れでしょう。なに、すぐに奴らを皆殺しにして、お連れさんを助けてきますよ」


 ハッハッハと自身満々にアランは長剣を引き抜いて洞穴へと入っていった。

 フレイアはその様子に頼もしいというよりは心配に思う方が勝った。

 彼女の知識が正しければゴブリンが夜行性なのは確かだが、当然寝静まっている昼間は警戒して罠を多く設置していると聞く。

 しかしオークとの混成部隊なので、もしかしたら罠ははっていないかもしれない? と思ったが、それは希望的観測だろう。アラン達の不用心さが気になったのだ。


 その様子を滝の影から見守る緑の影が二つ。

 彼らはゴブリンの見張り部隊だった。

 大量のホルスタウロスと極上の人間を捕まえ、今他のゴブリン達は寝静まってなどおらず、興奮をおさえきれないまま宴の前の儀式の最中だったのだ。

 この儀式が終われば、ゴブリンとオークのパーティーの始まりである。内容は言うに及ばない凌辱の限りをつくす捕まったものには地獄を与える宴だ。

 この宴に更なる生贄がやってきた。

 ゴブリン達はローブの上からでも肉付きの良さがわかるフレイアを眺め、口の端からジュルリと唾液を漏らす。

 宴の生贄は多ければ多いほど良い、それが極上の美少女ともなれば言うことなしである。

 ついでに現れた冒険者はズタズタの肉塊にして、彼らの崇める神デルデモン様に肉として捧げようなどと考えているのであった。


 フレイアは洞穴に入った三人の後ろ姿を見送り、手持無沙汰となっていた。

 小規模な巣穴なら恐らく一時間もあれば決着がつくだろう。

 数分しても洞穴から何の音も聞こえない。思った以上に深い穴らしい。

 それと同時に音がしないということは罠がなかったということだろう。恐らく同士討ちを警戒したのかなと思い、小さく安堵の息をついた。

 しかしその瞬間唐突に後ろから伸びてきた緑の腕がフレイアの口を押えつける。

(ゴブリン!?)

 魔法で焼き殺してやろうと思ったが、二匹目のゴブリンがめいいっぱいの力でフレイアのローブを引っ張り、彼女の体を引き倒した。


「きゃっ!」


 小さな悲鳴がもれたが、まだ魔法は使える。フレイアは即座に詠唱にはいったが、それをさせるかとゴブリンは彼女の口に無理やりネズミの死骸を突っ込んで、声をあげられなくする。

 フレイアが驚いている隙に、手慣れた動きで腕と足を縛り上げ、そのまま滝の裏側にある別の入り口から洞穴へとフレイアを連れ去ったのだった。


 一方見張りのゴブリンから冒険者が三人侵入してきているという報せを受け、ゴブリン達は洞穴の最奥にある開けた場所で待ち伏せをしていた。

 そのことに気づかないアラン達は、ゴブリン達の抵抗なくすんなりと最奥にたどり着いたのだった。


「アラン、あれを」


 クラウダが指さすと、そこには開けた広間の奥にホルスタウロスの群れとクロエの姿があった。

 みな一様に首を横に振っている。

 それはこっちに来るなという意思だったのだが、慢心しているアランが気づくはずもなく英雄気分で捕まった者たちの元へと向かうのだった。


「皆さん大丈夫ですかな? 我々がきたからにはもう安心です」

「アラン、ゴブリンたちがいない。注意しろ」

「大丈夫でしょう。もしかしたら我々が来ると知って逃げ出したのかもしれない。だとしたら相当賢いですね」


 アランはクラウダの忠告を笑みで流しながら広間へと入って行く。

 しかし彼が囚われた女性達に近づこうと中央まで歩いた瞬間、突如地面が陥没しアランの体は落下した。

 それはゴブリンが掘った大きな落とし穴だった。

 警戒さえしていれば容易に見抜くことができる程度の稚拙な罠だが、アランには目の前の女性達しか見えておらず、まさしく足元がおろそかになった結果だった。


「なっ!?」

「アラン!」


 クラウダとピートは急いで駆けよろうしたが、唐突に壁と天井から真っ赤な目がいくつも光かがやきゴブリンが降って来たのだった。

 二人が辺りを見回すと、そこには壁一面に張り付くゴブリン達の姿があった。

 二人は一瞬後ずさった後、すぐに罠にはまったのだと気づく。

 十や二十できかないゴブリンの数に圧倒される。

 アランは落とし穴にはまり戦闘不能、この数を弓と魔導士で裁き切ることは不可能と察したのだ。


「ピート逃げるぞ!」

 

 クラウダの決断は早く、正しかった。


「えっ、でも捕虜とアランが!」

「捕虜は最初から全員死んでたと言っておけ! アランはいつかこうなると思っていた!」


 クラウダはあっさりと捕虜も|仲間(アラン)も見捨てて、来た道を全力で走る。

 だが、広間の入り口を抜けようとした瞬間、突如降って来た棍棒がクラウダの頭蓋を直撃し、あっさりと絶命した。


「ひっ……」


 クラウダの頭をかち割ったのは待機していたオーク達だった。

 豚の顔をした巨漢のオークが三体、広間の入り口を塞いでいる。

 オーク達は既に絶命しているクラウダを手に持った巨大な棍棒で叩き続け、それがなんなのかわからない肉の塊になるまで叩いた。

 ピートは腰が抜け、尻餅をつく。


「クラウダ、ピート助けてくれ!」


 落とし穴に落ちたアランは、まだクラウダが死んだことに気づいていない。

 ピートはじりじりと迫りくるゴブリン達を背に四つん這いになりながら後退する。


「ふぁ、ファイアーエクスプロージョン!」


 ピートは破れかぶれになりながらも魔法を詠唱し、火球をゴブリン達にぶつける。

 二体のゴブリンが火だるまになって絶命した。

 だが、そんなものは焼け石に水で、四十近いゴブリン達を焼き尽くすことはできない。


「ファイアーエクスプロージョン! ファイアーエクスプロージョン! ファイアーエクスプロージョン!」


 更に三体を焼いたが、仲間を殺されて怒り狂ったゴブリンがジリジリとした歩みをやめ、一斉にピートへと飛びかかって来た。


「うあああああああああっ! やめて! やめてよ!」


 ゴブリン達はピートの体を押さえつけると、笑みを浮かべながら粗末なナイフでピートの腹を顔をめった刺しにする。


「ああああああああっ助けて! 助けて! 助けて!」


 ピートの絶叫を捕虜とアランが聞く。


「どうしたピート! どうなってるんだ!? クラウダ! 返事をしろ!」


 アランが薄暗い天井に向かって叫ぶと、ドチャッと音をたてて、ピートだったものとクラウダだったものの肉塊が落とし穴に投げ込まれる。

 アランは最初それがなんなのかわからなかったが、よくよく見てみるとそれが自分たちの仲間だと気づいて腰を抜かす。


「ひっ……ク、クラウダ! ピート!?」


 驚いてもう一度見上げると、そこには無数のゴブリン達がアランをあざ笑いながら見下ろしていた。

 その顔は一様に、バカが罠にかかったことを喜んでいる。


「貴様ら、許さんぞ!」


 落とし穴の下でアランは長剣を振りかざすが、そんなことは児戯にも等しい。

 ゴブリン達をただ喜ばせるだけの行為だった。

 ゴブリン達は粗末な弓矢を取り出すと、的当てゲームのように落とし穴の下にいるアランを狙い、矢を放つ。


「この卑怯者どもめ!」


 放たれた矢のうちの一本がアランの肩に命中する。

 するとゴブリン達は矢の攻撃をやめた。

 別段致命傷でもないのに攻撃をやめたのはなぜなのかと疑問に思ったが、そのわけはすぐにわかった。

 アランの全身から力が抜け、膝をついてしまったのだ。


「麻痺毒か!」


 アランが麻痺で動けなくなると、ゴブリン達はするすると落とし穴の中に降りてきて、アランの体に縄をくくりつける。

 そしてオークが縄を引っ張り上げるのだった。


「ゲゲゲゲ」

「ゲッゲ」


 嬉しそうに動けないアランの頭を踏みつけるゴブリン達。


「くそっ!」


 アランは怒りに燃えるが、どうすることもできない。

 そこにゴブリンたちに担がれたローブ姿の少女が連れて来られる。

 それは先ほど連れ去られたフレイアだった。


「フレイアちゃん!」


 クロエの口に噛まされていた縄がほどけ叫ぶ。フレイアとアランは他の捕虜達と同じ場所に転がされる。

 フレイアの口にはネズミではなく人間の骨をくわえさせられていた。

 ゴブリン達は準備は整ったと、広間に置かれていた石を積み重ねて造られた祭壇にむかって跪いた。

 祭壇の前にいるゴブリンが両手を振り上げると、他のゴブリン達が地に頭をつける。

 何かしらの儀式を行っている最中のようだ。


「このようなことになってすまない」


 アランは儀式を続けるゴブリン達を苦々しい表情で見据えながら、隣にいるフレイアに話しかける。

 フレイアは口を動かせないまま視線で動けるかと聞く。


「麻痺毒をもらってしまい動けないんだ。君の魔法でなんとかならないだろうか?」


 フレイアは麻痺解除ならクロエができるはずと、クロエに視線を向ける。

 クロエもそれを察したのか、無言でうなずく。

 幸い彼の剣は近くに落ちているし、ゴブリンのリーダーもわかった。恐らくあの祭壇の前にいるやつがトップで間違いないだろう。

 それはアランも気づいているはずだ。

 ゴブリンのリーダーを倒せば、奴らは間違いなく動揺する。その隙をつけば十分逃げることはできるだろう。

 それに頭の悪いオークのおかげで、既に奴らは広間の入り口から移動しており、障害物になりそうなものはない。

 何人かは再度捕まるかもしれないが、全員で逃げ出すことができれば絶対に外に出られる。

 アランかフレイア、クロエが外に出ることができれば助けを呼びに行くことができるのだ。

 儀式が終わってしまえばチャンスはなくなる。

 フレイアが視線で合図すると、クロエはアランの麻痺を解除する魔法を唱えた。

 アランの体が淡く光り輝き、麻痺が消えた瞬間、アランはすぐさま剣で自分の縄を切る。

 そのことに近くのゴブリンが気づく。

 だが、アランが走る方が早い。

 ゴブリンリーダーはまだ気づいていない。

 いける!リーダーを急襲することができる! フレイアはそう確信した。 だが


「すまない! すまない!」


 アランはそう叫びながら、彼女達を見捨てて一人で広間を抜け、逃げ去ったのだった。


「えっちょっと!?」


 アランは彼女達を助けることより己の保身に走ったのだった。

 後に残されたのは怒り狂ったオークとゴブリン。それと捕虜のままになった者たちだけだ。

 何匹かのゴブリンはすぐさまアランを追いかけ、残ったゴブリン達はフレイアとクロエを殴りつけ無理やり引き倒す。

 二人のローブと衣服を引き裂き、その大きな胸を露出させると、儀式の終わりを待たずして怒り狂ったゴブリン達は凌辱を始めようとする。

 ゴブリンたちは猛り狂った股間を見せつけると、フレイアとクロエは言葉を失う。

 ゴブリンがフレイアに飛びつこうとした瞬間、突如緑色の顔面が棍棒で叩き潰され、脳漿が辺りに散らばる。

 棍棒を振り下ろしたのは我慢を続けていたオークだった。

 オークはフレイアとクロエに群がるゴブリン数匹を叩き潰す。

 それは当然二人を守っているのではなく、お前らに一番はやらんという意味である。

 今度はオークがゴブリンと比べ物にならないものをみせつけると、二人の顔が恐怖に歪む。

 オーク二匹がそれぞれフレイアとクロエの体を持ち上げる。


「いやぁっ! 助けて!」


 さすがに温厚で冷静なクロエも悲鳴をあげる。

 フレイアも骨を噛まされていなかったら泣き叫んでいたことだろう。

 咥えさせられている骨を砕く勢いで噛みしめる。

 周りにいたゴブリン達は、一番の生贄を横取りされて悔しんでいるが、すぐに獲物を切り替えホルスタウロスへと組み付き、大きな乳房に歯形をつける。


「そぉぉぉいっ!」


 何か間の抜けた掛け声が聞こえたと思ったら、フレイアを掴んでいたオークの顔面が燃え上り、オークはそのまま後ろのめりに倒れた。


「えっ?」


「そぉぉいっ! そぉぉいっ!」


 また聞こえた声とともに今度はクロエを掴んでいたオークと、ホルスタウロスに後ろから組み付いていたオークが燃え上がった。

 そして広間に冴えない王が顔を出す。

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