魔術師たちの昏き憧憬 #9
「ほんとうに、ただそれだけが? その一言以外は何も書かれていなかったんですね?」
「何も。一応現物を持ってきているけれど、見てみる?」
「よろしければ」
トキヤの言葉を待ち、レイカはポーチの中から折りたたんだ紙片を取り出し、テーブルの上へと広げた。
それほど大きくはない紙面上には、簡略化された地図と、レイカが語ったとおりの文句が書き記されていた。字体はやや乱れており、焦って書き記したであろうことが伺える。
しかし、地図の方は簡略化してあるとはいえ、要点を抑えてわかりやすくまとめられていた。地図の方は予め用意されていたのだろう。送り主はそこに慌ててこの一文だけを書き記し、レイカへと送ったのだ。
「あとは頼む、ということですが、レイカさんは何か心当たりがお有りですか?」
「どういうことかしら」
「お祖父様から、何か頼まれごとをしただとか、そういうことはありませんでしたか?」
「ないわね。あったとしても、祖父と会ったのは十年前が最後よ。さすがに記憶に自信がない。……ね、フウカ。アンタは何か覚えてる?」
姉に水を向けられたフウカは、ちらりと一瞬トキヤのほうを見ると、すぐに俯いたまま首を振った。心当たりナシ、ということらしい。
「……というワケ。私たちは祖父の事情なんて何も知らないわ。でも、祖父がなにか厄介事に巻き込まれていたことだけは、確かよ」
「その根拠は?」
「あなたにもわかっているんじゃないかしら? 祖父が亡くなった時期と手紙の届いた時期。それとこの意味深な文句。いくら世間に疎くても、「何かがあった」ことを疑わないほどお馬鹿ではなくてよ?」
「あまりこういう話はしたくありませんが、お祖父様が何者かに悪意や害意を持たれていた、と?」
「その可能性は否定出来ないわね。私は直接見聞きしたわけじゃないけれど、使用人が教えてくれたわ。……祖父は"まともな死に方じゃなかった"ってね」
「まともな死に方ではなかった―― とは?」
「……発見されたのは、十二番地区。埠頭付近の海面に浮いているところを、ウチの会社の人間がたまたま発見したらしいわ」
十二番地区は、海に面した地区である。貿易や渡航など、船舶に関連した企業が数多く存在する他、巨大な倉庫が建ち並んでいる。【赤桐】の本社もまた、その近辺に存在していた。
時刻は早朝。港周辺は市街を包む煤や灰が少なく、視界はある程度クリアだ。だからこそ、偶然にでも死体の発見が為されたのであろう。
「海、ということは、水死でしょうか」
「いいえ。直接の死因は不明らしいわ。それでも敢えて言うのなら、"骨折"かしらね」
「骨折?」
「そう、骨折。といっても、そんな生易しい言葉で片付けられるものではなかったらしいけどね」
「……どういうことですか?」
「頭部を除く全身の骨が、粉々に砕け散っていたのよ。にわかには信じがたいけど」
「――――」
苦しげな吐息と共に吐き出された事実に、トキヤは思わず言葉を失った。
「そんな状況だから、もちろん内蔵も無事なものなんてひとつもなかった。想像できる? 肉体―― 表面上はほとんど損壊せずに残っているのに、中身だけが完全に破壊し尽くされていたのよ」
確かにまともな死に方ではない。人間の骨は、想像するよりもはるかに強固だ。それをもろともせず、しかも外皮を傷つけずに砕いてしまうような力があったとすれば、
「に、人間業じゃない」
「担当した警官もそんなことを言っていたらしいわよ。どんな手段を用いればこんなことができるのか、ってね」
「……それを聞く限り、市警もお祖父様の死は他殺だと睨んでいるようですね」
「当然でしょう。自殺であんなことになるとは思えない。――もっとも、他殺にしてもどんな手段を用いたかさっぱりわからないようだけど」
「調査に進展は?」
「ナシ、よ。だからこそ私は知りたくなった。祖父がどんな手段で殺されたのか。そして、なぜこんな目に遭わなくてはならなかったのか」
「それでこの地図の場所へと向かったわけですか」
「何か手がかりがつかめないかと思ってね。……本当なら警察に全部話すのがスジなんでしょうけど、そうしたら何もかも隠されてしまいそうでイヤだったから」
「なるほど」
どうやら、レイカ・アカギリは相当好奇心が旺盛で行動的な質であるらしい。
未来の経営者としては相応しい性格なのかもしれないが、凶悪な事件が関与しているかもしれない場所に妹と二人で向かったのは軽率であると言わざるを得ない。モノが勝手に動くという一見ぱっとしない怪異に遭遇する程度で済んだから良いものの、彼女たちがなんらかの凶悪犯罪の被害者となっていた可能性もある。
(まぁ、済んでしまったものは今更どうしようもない。その件についてはあとでそれとなく忠言しておくとして――)
「それで、あなたがたが調べてみた限り、何かお祖父様の事件に繋がるような手がかりはありましたか?」
「そうねえ。私たちでもすぐに「これは関係ある」と思えるような、あからさまな手がかりはなかったわ。祖父の家の様子も詳しく話したほうがいいかしら?」
「いいえ、それはあとにしましょう。先に二、三確認したいことがあります。よろしいですか?」
「構わないわ」
「では、失礼をして」
わざとらしく咳払いを挟み、トキヤはゆっくりと慎重に言葉を選び、切り出した。
「まず一つ目。レイカさんは、お祖父様の一件に、第三者が関係していると確信している。そうですね?」
レイカはしばし逡巡したあと、頷いた。
「祖父が何者かに殺されたのだと思っているということなら、そのとおりだわ」
「そういう意味で捉えてもらって構いません。少なくとも一人、あるいは複数の人間の悪意が存在していたかもしれない、というようなことを考えたことは?」
「あるわね」
それがわかっているなら、護衛もつけずに軽率な行動をとるのは慎むべきだと思うのだが。
内心の声を押し殺し、トキヤは続けた。
「結構です。――ふたつ目。今回の依頼内容である、『モノが勝手に動く怪異』の調査についてなのですが」
トキヤはそこで敢えてフウカを一瞥してから、視線をレイカへと戻す。
「レイカさん。依頼主であるあなたにこのようなことを訊ねるのはいささか失礼かとも思いますが、あなた自身は"起こった怪異について懐疑的"なのではないですか?」
「……つまり?」
「怪異が本当に存在しているのか。あるいは、それが怪異ではなく"人為的に行われている可能性"は本当に有り得ないのか。思いつく限りはその辺りでしょうかね」
「私が怪異について懐疑的であるという証拠はあるのかしら?」
「証拠はありません。ただ単にボクの憶測でしかないのですが…… レイカさん。もしかしてあなたは、怪異が起こったことを"直接感知していない"のではありませんか?」
「――ッ」
初めてレイカ・アカギリの目が泳いだ。
それだけではない。それまで俯いて黙っていたフウカが、面を上げて不安そうな表情を覗かせた。
答えをレイカの口から聞くまでもなく、トキヤは確信した。みずからの推測が間違っていなかったことを。
「レイカさん。あなたは「モノが勝手に動いた」という事実を、あなた自身の記憶と視覚によって導き出したわけではない。違いますか?」
「……その通り」
「耳で聞いたのですね?」
「そうよ」
「あなたが"発見者"から怪異が起こったことを知らされたのなら、その発見者に該当し得る人間はただひとり。あなたと一緒にその場に居た人物。……フウカさん」
「…………ぃ」
膝の上に置いた拳を握りしめ、フウカが声を絞り出す。
「はい、そう、です。わたしが、気づきました……」
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