爆弾発言

「自分、来賓席C-5番らしいです、チナミ班長!」

「そうか、私はC-4番だ。隣同士だな」

「仕事ですもんね! ちゃんと見ないと!」

「そうだな、それですめばいいんだが」

「チナミ班長?」


 眉根を寄せて、若干暗い……重々し気な顔をしたチナミとスクナは入り口でブローチとローブを見せたことにより渡された来賓専用席へと急いで階段をのぼっていた。余裕をもって訪れたはずが、少しゆっくりしすぎたらしい。白い石の階段を昇り、外円の一番外側。高くなっているところがぐるりと来賓席らしい。

 息を切らせながら席にたどり着き、腰を下ろしたと同時に。トランペットの高い音を皮切りとして、ファンファーレが鳴り出す。それと同時に、一般の観客席からわあああああと歓声が上がる。


「始まるみたいだね」

「挨拶とかって司会の人がするんですかね? それともディータ?」

「現大総統ということで、少しは挨拶くらいするんじゃないかね?」


 その通り。司会役らしい黒いスーツを着た七三わけの男が、スクナ達のちょうど対角線上。観客席と赤い幕で区切ったアナウンス席で立ち上がり、長々と祝辞を述べる。

 最初は興味深そうに目を輝かせたり、頷いたりとリアクションをとっていたスクナもさすがに20分を超えると飽きてきたらしくこくこくと小さく頷くだけになっていた。ちらりとチナミを見ると、チナミはもう頬づえをついて完全に聞く気はゼロである。


 これでいいのか来賓、と思って周りを見回すがどの人も似たような状況だったため、仕方ないかとスクナは背もたれにより深く座り込んだ。


 30分を過ぎたころには下の観客席から野次が飛び始めたため、司会役であるカウ・エアリングはあわてて祝辞を打ち切った。


「そ、それではこれより現大総統、ユースティリア・リーゼン様よりお言葉をいただきたいと思います」


 カウが言うと、その横に座っていたディータが立ち上がる。

 と。


 きゃああああああああ!!


 女性の黄色い声が目立つ中、それが聞こえていないかのような態度で、ディータはマイクを受け取るとそれを口元に当てる。それだけで、訓練された兵士のように黄色い声は消えた。ディータの声を1言も聞き漏らすまいとするその姿勢にはどこか気迫すら感じられた。

 そして、ディータの視線はまっすぐにスクナを射抜いた。

 見られている。じっとりと貫く強い視線にあたふたと周囲を見回すスクナ。スクナの下の観客席では「大総統こっち見てないか?」「やだ、私かしら?」「ないわ(笑)」「死になさい」ごすっと低い音とともに崩れ落ちる貴族の男。愉快である。チナミを見れば、あっちゃーと言わんばかりに片手で目元を覆っている。

 あわあわしているスクナに、口端へと笑みをこぼしながらカウからマイクを受け取りディータは言った。


「俺は、今日の勝利をお前に捧げよう。スクナ」


 し……ん。一瞬、闘技場が静まり返る。

 次いで。


「いやあああああああ」

「ユースティリア様あああああああ!!」

「スクナって、スクナって誰よおおおおおお!」


 見事に観客席から、爆発的に声が上がった。

 それも小さな幼女から腰の曲がった老婆に至るまで、女性という女性がいきり立ったように声を上げている。

 来賓席の下が貴族席、その下が一般席となっているが貴族席の方はそこまで目立って取り乱している者もおらず、スクナはほっとしていた。が。スクナのすぐ下に座る淑女、貴族の少女が次の瞬間片手で扇をへし折ったのを見て、顔を真っ青にした。ばれたらどうしようと。

 チナミからは非常に哀れんだ視線をもらった。まだ犠牲になると決まったわけではないのだから、やめてほしかった。


「静まれ」


 悲鳴やもはや雄たけびと言っていいものまで上げていた女性たち、それを止めようとしていた男性たち、一部なぜか女性と一緒に雄たけびを上げていた男性たちはぴたりと止まる。言われたそれが、絶対であると心得ているように。


「スクナは俺のものだ、誰一人として害することは許さん。それがわかったら大人しくするように。それではせいぜい武闘に励め」

「はい、大総統からの爆弾発言兼ありがたい激励のお言葉でした! ……これ、激励で合ってるよな? ということで、これより国盗り武闘大会、開始します!」


 疑問を浮かべたカウの言葉に、うおおおおおおお!!と今度はむくつけき男たちの叫びが上がった。


 それから10分は悲鳴や歓声が止まることはなく。


 おろおろしては止めようとするカウのマイクを通した声ですらかき消される始末。

 カウの隣で事態の収拾を見ていたディータがキレるまでそれは続いた。

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