同年代

「君、起きたまえ」


 チナミの言葉に、スクナははっと目を開けた。


 そのままの勢いで下をみたスクナは、その巨大な灰色の城にあんぐりと口を開けた。晴ノ国の首都ヒイラギにある大統領の住まう城にも負けぬ大きさ。なにより、ヒイラギの城は外壁に繊細な彫刻がしてあったりどこか細身なのに対して。

 この城は尖塔から城壁まで武骨な灰色の石が積みあがってできていた。洒落っ気も何もない、ただ必要だから整えましたと言うにふさわしい城だった。それゆえ、見た目の重量感も半端ない。


「なんというか、重そうなお城ですね」

「はは、そうだな……っともうすぐ地面につく、しっかり掴まっていたまえ。ああ、もっと早く起こせば町が上空から見られたんだが、悪いね」

「いえっ! 自分が寝ていたのが悪いですし、それに帰りもありますから!」


 チナミは本当に地上に降りる直前で起こしたらしい。通り過ぎてしまったであろう町の様子を見れなかったのを、残念に思う気持ちが顔面に出ていたらしい。チナミに謝られて、スクナはあわてて返事をした。

 あわあわ片手を振ってジャスチャーするスクナに、チナミはふっと顔を緩めた。スクナにしっかり掴まるように促すと、自らもぎゅっとアデルの手に力を込めた。

 やがてゆっくりと城門の中、城前の白い石畳で出来た広場と思わしき場所に頭を上に垂直となり。アデルは地に降りた。


 どおおおおん!! 


 地響きをさせながら。城の窓がびりびりと震えているのがスクナには見えた。この巨体のドラゴンが城前に降りようとも兵が出てこないどころか、出てきてもすぐに引っ込んでしまうことから、チナミがドラゴンで来ることは事前に知らされていたのだろうとスクナは思った。


「さて、荷を下ろそうか」


 アデルの足にくくりつけていたスーツケースを下ろしていたときのことだった。背後から、低い男性の声が聞こえてきたのは。


「これはこれはチナミ嬢とその部下殿、ようこそ雨ノ国へ」


 肩までの白銀の髪が太陽に輝いていた。青いフレームのメガネが鋭い印象を加速させる。ぴっちりとした黒い燕尾服をまとった、まるで冬を思わせる涼し気な男だった。その人物が、足音なく歩いてくるところだった。まだ25、6だろうか、しわがあるものの年若い顔立ちだ。

 気配もない突然の声かけにびくんと体を震わせたスクナに、その背をぽんぽんと叩くチナミ。


「宰相殿に来ていただけるとは、光栄だな」

「何をおっしゃいますやら。来賓様でいらっしゃる御身分、当然でしょう」

「これはありがたい限りだ、よろしく頼むよ」

「滅相もない」


 あははははは。楽し気にお互い笑顔で話しかけているものの、それは表面上だけ。何よりも目が笑っていない。さりげなくチナミが差し出した手、繊細なその手を、握っての握手すら、ぎちいっと音がしたほどだった。

 あわわわわわと見守るスクナ。握手をやめさせたいが、相手は宰相らしいしそれで外交問題になったら嫌だ。

 というかいくら来賓と言えども普通宰相なんて立場が出迎えてくれるほどのことだろうか、手をものすごい握力で握られながらチナミは首を捻ったが次いで思い出す。大総統。彼の命令ならば、出てくるだろうと納得した。

 どうしようと挙動不審になっているスクナに、ふと宰相が目を向ける。握手をほどいて、スクナに向き合うと、丁寧に優雅に一礼する。


「初めまして部下殿。私ルルー・ディラハンと申しまして、雨ノ国で宰相をやらせていただいております。どうぞお見知りおきを」

「あ、えっと。魔法省謎対策係チナミ班所属のスクナ・イクルミです。今回はお招きいただきありがとうございます、ご迷惑をおかけするとは思いますが3日間よろしくお願いいたします」

「おや、これはご丁寧に。どこかの年増とは違いますね。よろしくお願いいたします」

「誰が年増か、同年代だろう」

「誰とは申しておりませんが」

「君は……」


 今、何と言った。あわあわ2人の嫌味のキャッチボールを止めようとしていた手が止まる。

 年増と言った。チナミを馬鹿にしたことはもちろん許せないが、それ以上に。チナミの容姿は幼い。16歳でも幼く見えると言われている自分よりも年下に見えるほどだからよっぽどだろう。それが、どう見ても20代前半の男と同年代。チナミの年齢は54歳。つまり。

 この2人が同年代。驚きに固まっていたスクナに、チナミが首を傾げる。


「どうかしたのかね?」

「いえ……お2人とも、若いんですね」

「何を言うやら。君が一番若いだろう」

「何をおっしゃいます、あなたが一番若くていらっしゃるでしょう?」

「すいません……」

「いや、別段謝ることではないが」

「そろそろ案内いたしましょう」


 自覚のない2人は平然とスクナが一番若いだろうと返す。スクナはつい謝ってしまったが、その顔は引きつっていた。無自覚というか、合法ロリとジジイ怖い。そんなことをスクナが思ったかどうかは別にして。

 すっと懐から懐中時計を取り出したルルーが、文字盤を見てぱちんと閉じてまた中にしまう。時間が押しているらしく、スクナとチナミからスーツケースを奪うようにして歩き出した。

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