束の間の
それから1時間くらいしたとき、チナミはスクナがうとうとまぶたを落としかけていることに気付いた。
「どうした、眠いのかね?」
「え、はい。昨日緊張しちゃって一睡もできなくて」
「寝たまえ、と言いたいところなんだが。ここで寝て万が一にも落ちてしまったら困る。……向こうについたら夜のパーティーまでは時間があるから、寝ておきたまえよ」
「はい、そうします」
どこからどう見ても眠そうにかふかふとあくびをしているスクナに、チナミは苦く笑った。遠足前の子どもか、とつっこみたいのをぐっと我慢して代替案を出す。
仕事としては夜のパーティーに出席すればいいのだから自由時間くらいあってもいいだろうと。目をこすりつつ大人しく頷いたスクナに、普段から幼く見えるが眠気があるとより幼く見えるんだなとどうでもいいことに笑った。
「そういえばチナミ班長」
「何かね?」
「雨ノ国ってどんなところなんですか? 本には歴史しか書かれてなくて……」
「ああ。雨ノ国はその名の通り、1年の2/3が雨の降る国だ。別名雨降りの国とも呼ばれる。その分水源は豊かで、町は陸路もあるが水路が主に使われているんだ」
「水路……ですか?」
「ゴンドラと呼ばれるボートで移動するんだ。夏には水路を利用したボートレースなどもあるらしい」
「すごいですね」
眠いのか舌っ足らずになりつつも、スクナが瞳を輝かせる。こんなことなら観光用の本も一緒に渡しておけばよかったとチナミは思った。
決して説明が面倒なわけではなく、知識として知っていたならばもっと楽しめただろうという考えから。
「楽しみですね」
「初見の者は大抵驚くからな、楽しみにしておくといい」
「はい!」
元気よく返事をして、チナミへと笑顔を見せるスクナ。思わず頭をくしゃくしゃとしてやりたくなるような子犬を見た時のような衝動に、チナミはぐっと耐えた。
それを不思議そうな顔で、首を傾げるスクナ。が、すぐに何かを思い出したのかあっと声をあげた。
「どうかしたのかね?」
「チナミ班長に聞きたいことがあって」
「何かね?」
「雨ノ国の大総統ってマッチョなんですか?」
「マッ……なぜ?」
「本には長身としか書かれていなくて。もしかして、マッチョだからみんな圧倒されちゃったのかなって」
チナミ班長見たことあるんでしょう? まったく見当はずれのことをにこにこと笑顔で告げてくる部下に眩暈がするチナミ。そうもこうもそもそもマッチョじゃないとチナミは小さく呟いた。なんだと言わんばかりに肩を落とすスクナに、そんなにマッチョが良かったのかとチナミは尋ねたかった。
「長身痩躯だったよ。筋肉はどちらかというと薄い方じゃないか?」
「そうなんですか?」
「ああ。そもそも筋力どうこうで何とかしたわけではないしな」
「あ……遊子の可能性」
「そうだ、四字熟語の力だと考えている」
風に金の髪をなびかせながらチナミが重々しく頷いてみせる。すっかり晴れた青空、太陽にきらきらと輝いて本当に金糸のようだと思いながら、スクナも頷く。
チナミの髪だけでなくアデルの透明感のある紅色の鱗もきらり、太陽に照って光った。
「だとしたら君、なんだと思うかね?」
「え……
「ほ……武闘大会で敗れた者たちは、別に笑ってなどいなかったが」
「抱腹絶倒ってそういう意味だったんですか?」
「……なんだと思っていたのかね?」
「急にお腹が痛くなって倒れちゃうのかと」
「集団食中毒か。……君、やはり少し寝た方がいいな」
とろけかけている蜜色の茶色い瞳に、チナミは思わず突っ込んだ。抱腹絶倒……腹を抱えひっくり返るほど大笑いすること。過去にいたという能力から引っ張り出してきたのだろうが、いくらなんでもとチナミは頭を抱えたくなった。空の上という都合上、実際にはできなかったが。
「眠いです」
「さすがに寝るのは危険だが、目を閉じていたまえ。少しは違うだろう」
「うう、でも……」
「地上に降りる前には声をかけよう」
「じゃ、じゃあお言葉に甘えて。すみません」
「いいさ。それに大総統なのだがね」
「え?」
「見ても驚くなよ?」
少し休みなさい。見たことも聞いたこともない母の声を彷彿とさせる声で、チナミはスクナに囁いた。
それと同時に、ぽかぽかと温かい陽光を全身に感じながら、スクナは目を閉じた。
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