第6問『愛の真ん中にあって、必要不可欠なものは?』 前編
出発
晴ノ国の首都ヒイラギ。千路の都とも呼ばれる魔法師たちの中心地。魔法省は大統領の住まう城の下、四方を白い壁で囲まれた堅固な結界の中にある。
午前7時40分。ひんやりとした朝霧で1m先も見えない歩道の中。通勤時間のためか道を行く人の波の中をころころと黒い革でできた大型のスーツケースを転がす、ローブを着込んだチナミの姿は。しかし目立ってはいなかった。
通常であればビスクドールじみた美貌とか、ツインテールに結い上げても地面につかんばかりに長い髪とか、少女が持つには大きすぎるスーツケースとか1つでも人目を引くようなそれを目立たなくさせているのは。チナミが身に着けているショートケーキカラーの甘ロリータを媒介とする謎・アリスのおかげだった。
「
人の波を抜けて、黒い柵でぐるりと周囲をおおわれた魔法省と書かれた木の看板がある入り口。そこにたどり着いたとき、開いている門の中から声が聞こえてきた。
「だから仕事なんだってば」
「しかし、雨ノ国だ。こことは違う。なにがあるかわからんだろう」
「いや本にも書いてあったけど、そんなに物騒なところじゃないから。現大総統のおかげでかなり治安もいいらしいし」
「だがあそこには……」
「あそこには?」
「……きたぞ、スクナ」
「え? あ、チナミ班長おはようございます!」
白い石で出来た道から外れた拓けた芝生の上。聞きなれた声でやり取りする影が見えて。チナミはスーツケースを引きながら何のためらいもなく、長身とチナミより少し高いくらいの2つの影に近づいていった。
なにか言いかけたらしいユティーは、自分たちに歩み寄ってきたチナミの存在をスクナに知らせる。
視線をチナミへと投げたユティーにつられるようにしてスクナは振り向き。元気よく挨拶をして、にっこりと笑顔をチナミに向けた。
その横には茶色い革でできたスーツケース。出かける準備はきちんとしてきたのだろう。スクナが左手に持つ、チナミが渡したリストにはいくつもの〇が書き込まれているのが見えた。
「ああ、おはよう。君、準備は」
「ばっちりです!」
そう言いつつ、待ってましたと言わんばかりにリストを差し出すスクナ。
うむと頷き、それを受け取る。ざっとチナミが目を通した限りではリストに載っているものの横にはすべて〇がついていた。用意出来たということなのだろう。
それからちらっと視線を外して上目でスクナを見ると。まるで「待て」をされた子犬じみた雰囲気でわくわくとチナミの言葉を待っていた。輝いている瞳に、若干たじろぐチナミ。苦笑いしながら、チナミはスクナへとリストを返した。
「きちんと準備できたようだな、上出来だ」
「ありがとうございます!」
ぱたぱたと振られる尻尾が見える。
それに和みつつ、チナミはスクナの後ろで不機嫌そうにちなみを睨むユティーに目をやった。鋭い金色に睨みあげられて、怖い怖いとチナミは肩をすくめた。
そんな反応に気に食わなそうにユティーは1つ舌打ちを漏らした。スクナはそんな2人の様子についていけてなさそうに、ただきょとんと幼い顔をさらしているだけだったが。
「ちゃんとローブも着て来ているね」
肩から膝までをすっぽりと覆う、黒地に銀糸で刺繍されたローブ。それをスクナがしっかり着ているのを見て、満足そうにチナミが頷く。そんなチナミに、照れ笑いしながらスクナは答えた。
「魔法師の証ですから。えっと、なにで行くんですか? バスですか?」
「うん? いや」
「……じゃあ馬車とか?」
「はは、まさか」
「それじゃあなにで……」
「アデルさ」
チナミの声にアデルが応える。
チナミの金糸にも見まごうほどの髪をまとめた、フリルあふれるティアラを模したヘッドドレスが朝焼けの中わずかに白く光る。
さっと鼻先をかすめるのは甘いバターの香り。それに? マークを浮かべているスクナの前に、朝霧の中でもわかる巨体は姿を現した。
その姿は紅。ぬったような紅ではなく、透明感のある紅色の鱗が朝霧の中からわずかに差し込む太陽に輝いていた。
背中にある四肢よりも大きな骨ばった翼をならすように数度羽ばたかせれば、朝霧はさあああと風に乗って流れていってしまった。
あんぐりと口を開けて、蜜色の茶髪を羽ばたきに揺らせながらスクナはその様子を見ていた。
「チ、チナミ班長。アデルって……」
「言ってなかったかね? まあ詰まる話予算削減のためさ」
「アデルで、行くんですね……」
「ああ。まあ残念だが、今回は荷物を載せているからね。ゆっくり空の旅となるが」
「そ、そうですか! すっごくいいと思います、ゆっくり空の旅!」
今までチナミの「お楽しみ」、アデルの急転直下型アトラクションもといジェットコースターに振り回されていたスクナは、ほっと息をついた。
思わずローブの中でぐっと手を握り締め、ガッツポーズをとってしまったことは仕方がないのかもしれない。チナミは至極不思議そうにスクナを見ていたが。ユティーは呆れを隠しもせずにため息をつきながらスクナを見た。
「嬉しいか?」
「うん!」
「? さあ乗りたまえ。ここから4時間はかかる。早々に出立したい」
「はい、班長! ユティーありがとう……ってもういないか」
いつのまにかユティーは姿を消していた。
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