離れない

「別に、ならば覚える必要もないだろう」

「え?」

「私がいつでも結んでやると言っている」


 どうせ離れることもない。前から伸びてきた手がスクナの頬をなぜる。

 黒い革手袋の感触とは違い、ほのかに温かい人肌が気持ちよくて、スクナは目を閉じた。

 目を閉じたまま、スクナは嬉しそうに笑った。「離れない」という言葉に。普通の年頃の男の子ならば嫌だろうが、なんせスクナには両親がいない。愛情を示されて嫌な気はしないのだろうと出会って約1週間で、なんとなく気持ちの把握ができるようになったことに、チナミはため息をついた。

 しかしスクナは気付いた。ユティーの手の動きが最初のなぜるようなものとは違い、何かをこすりつけるような動きになってきていることに。ぱちりと目を開ける。

 見上げたユティーはにやぁとでも言えばいいのか、邪悪ともいえる笑みをその冷たい美貌に灯していた。


「ユティー?」

「どうした、スクナ」


 にやにや愉悦を交えて嗤いながら、平然と返すユティーに、スクナは思い出した。先ほど自分がユティーに叱られたときのことを。

 さっと青くなって、いまだなぜているユティーの手から顔をそらして顔を遠ざける。ぐいっと頬を拭ってみると、やっぱり。

 べったりとラメがくっついていた。


「ユティー!」

「拭くものがなかったからな」

「だからって僕の頬で拭くことないだろ!」

「スクナ、まだ礼を言われていないが」

「ネクタイありがとね! じゃなくて!」

「ふん、当然だな」


 頬を赤くしながら怒っているスクナを飄々と流しながらお礼まで要求するユティーの手腕に、チナミはめまいがしそうだった。

 それだけ怒っても全く耐えてなさそうなユティーに、スクナはため息をついて肩を落とした。あきらめたらしい。それすらも愉しそうに見ていたユティーのどこまでが計算だったのか。


 ふと、ユティーがぴたりと動きを止める。どうかしたのかとユティーを見るチナミとスクナには目もくれず。

 するりと衣ずれのさやかな音ともにユティーの細い指がスクナの腰を這うように、下から上へと撫で上げる。

 ぞわりとスクナの背筋が粟立つより早く、スクナよりもよっぽど大きな手は。ばしり、またはばちんと音を立ててスクナの腰をぶっ叩いた。

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