ちょっと一息

 それからスクナが戻ってきたとき、チナミの周りの床にはいくつかの本の塔が組みあがっていた。それを組みあげた本人はというと、長テーブルにローブとともに置いてあった自分の手荷物をごそごそと探っているところだった。

 がさがさと革でできた大きめなトートバッグ。それをあさってようやく目当てのものを見つけたのかぴたりと手を止めたかと思うと、それを引っ張り出した。ごつい筒状の銀色。水筒だった。


「チナミ班長?」

「ちょっと紅茶でも飲んで、休憩しようじゃないか」

「……図書館って飲食禁止なんじゃ」

「ここら辺の本は片したし、大丈夫だろう」


 内緒だぞ。ぱちんとウインクしながらチナミは言う。今日も輝かしいほどに人形めいた美貌にウインクされてスクナは照れ笑う。いや、だめなのだが。

 結局流されたスクナは、チナミが出勤途中にある洋菓子店で買ってきたというバタークッキーをお供に、一緒に一服することとあいなった。

 一応組み立てた本の塔を端に寄せて、椅子に座り長テーブルに着く。

 内蓋と水筒の蓋で飲むタイプの水筒らしく、うち白い内蓋に鮮やかな色の紅茶がこぽこぽと可愛らしい音を立てて注がれスクナの前に置かれる。

 ふわりと漂ってくる香りはグレープフルーツで、柑橘系が好きなスクナには嬉しかった。

 広げられ、2枚重ねたポケットティッシュの上にはクッキーがチナミとスクナに5枚ずつ。

ささやかなお茶の準備を終えたチナミは、スクナににこりと微笑みかけた。


「どうぞ、召し上がれ」

「いただきます!」


 汗をかいて少し喉の乾いていたスクナはさっそく紅茶に手を付ける。チナミが入れる紅茶はどれもおいしいというだけあって、楽しみにしていたのだ。

 傾けた口蓋。喉の奥に流れ込んでくるそれは若干ぬるいくらいで、それがまた紅茶の甘味を引き立てていて、ヒイラギに来る時の引っ越し以来の肉体労働に疲れた体にじんわりとしみた。

 ほっと一息ついて、思わず幼い笑みをこぼしたスクナに、チナミも満足そうに水筒の蓋を傾け喉を潤した。

 我ながらいい出来だなとご満悦に顔を緩めるチナミに、スクナはにこにことしたままクッキーに手を伸ばした。


 さっくりとした舌触りと濃厚なバターのとろける味のクッキー。それをグレープフルーツの香りのする紅茶で喉奥へと流せば、それだけで幸福感が得られてスクナは幸せだなあと小さくため息を漏らした。

 それに目を細めたのはチナミだった。

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