第104話 時間の止まったBAR

このまま帰りたくないな、という時がたまにある。すなわち「いっぱい飲んで帰りたいな」という人だ。そんな思いを抱えて、普段の帰り道よりも少し遠回り。22時の木曜日。


- あれ、こんなところにバーがあったんだ


古い木の扉と小さなネオン。「BAR」とだけ書かれてある。簡素であるも必要十分。「店の名前などいらないのです」といった意思が見え隠れする。


扉を空けるとカウンターが7席とテーブルが2つくらいの小さなしつらえ。しかし、これくらいの空間は居心地も良い。照明も暗く、なんだか疲れた体を闇が包んでくれる


他に客は1組のカップルともう1人の男性。ちょうど頃良い密度だ。暗さと密度の絶妙なバランス。


スコッチを飲みながら、ふと店内を見渡すと、何か違和感を感じる。


考えること5分、その違和感の正体に至る。


- そうだ。このバーは時計があるんだ


時計のあるバーは少ない。きっとそれは時間を気にせずに飲んで欲しいという思いなどがあるのだろう。しかし、このバーには、そこまで大きくはないが、時計が存在している。カウンターの端に。


と、同時に、もう1つの違和感に気づく。


- 時計が止まっている


時計の針は1時を指したまま止まっていた。


そして考える。止まっているのにマスターが気づかないはずはないだろう。すると意図的に止めている?


すると、この1時が意味するものは?


バーの25時で思いつく想像はそんなに多くない。


- 「もう25時だ。終電なくなっちゃった。泊まっていっていい?」


もしかしたら、このバーの時計は、そんな会話を手助けしているのかもしれない。

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