第53話 薬指が私から離脱を図る

イギリスがEUを離脱するのと同様に、私の左手の薬指も、私から離脱をしようとしている。


どうやら、私はこの薬指を愛用していないから、らしい。薬指によると「他の女性は、指輪をはめて輝いている。なのにお前は、、、」ということらしい。確かに、うまれてこの方、一度も薬指に指輪をはめたことはない。


それに、楽器をしていないことも気に食わないらしい。ギターなどをしていると薬指を活用するシーンは多いのだが、私は楽器をしないので、そのような活躍の場を薬指に提供してあげられていない。彼の気持ちもわかる。朝、顔を洗う時にだけ、少し使われるような扱いだと、自分の存在価値を疑うのもしょうがないだろう。イギリスの機会に便乗するのはずるいように思うが、そこまで薬指を攻めることはできない。


ただ私自身、薬指がなくなってもそんなに困らないかもしれない。小指だと業界の方と間違われるので困る。人差し指だと人を指差せなくなるので困る。親指は拇印ができないので困る。中指は人に喧嘩を売る時に立てられなくてこまる。そう考えると、確かに薬指が一番、私にとって活用用途の少ない指だった。


それなりに3日ほどごねたが、薬指との協議は和解に至らなかった。薬指は私から離れた。「さようなら」と私は言った。小指と中指は少しさみしそうだった。


薬指のない生活は、まぁまぁ困った。おもったより私は薬指を使っていたことを知る。特にキーボードを打てなくて困った。ただ、すぐに他の4本指でうつようになったのだけれど。そうして、薬指のない生活が数ヶ月続き、私は薬指のない生活にも慣れた。


そんな頃、薬指がひょっと帰ってきた。別の薬指を連れて。その新しい薬指の持ち主が、今の私の旦那だ。薬指が人のエンゲージメントを司るというのは本当らしい。私は旦那に買ってもらった指輪を薬指につけた。満足そうな薬指だ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る