第44話 離島にある使われない舞台の物語



30年前、オランダ系アメリカ人は、インドネシアのその島にホテルを作ろうと思い立った。ビーチ巡りが趣味の彼にとってその島とのめぐり合わせは時間の問題だった。


多くのリゾートを見てきたが、この浜の美しさは格別だと思った。リゾートは最終的に海の美しさが勝負を分ける。トーマスはそう信じている。この島の美しさに自分のホテル運営経験があれば、きっと成功するに違いない。いま、この島には、現地のホテルしかない。そこに欧州並みのホテルを作れば、欧州からの多くの旅行客を呼び込めるに違いない。


トーマスは現地のホテル経営者と提携し、資本は欧州のホテルチェーンから得ることができた。当時はアジアへのホテル出資はまだまだ限定的だったので容易ではなかったが、1984年にできたヒルトン東京が好調だったこともあり、アジアに進出したい欧州のホテルとの意向が合致したのだ。何よりトーマス自身がそのホテルに身をおいていたこともあり、その信頼度が大きな担保となったことも否めない。


ホテルのコンセプトは自然との調和にすることにした。この島を汚さないことが重要だ。当時はまだそれほどまで「エコ」という概念は今ほども強く意識されていなかったが、それでも、非常に重要なコンセプトだった。部屋は50部屋は必要だ。できるだけ多くしたくないが、運営コストを考えるとこれくらいは用意しておかないと利益を出しにくいだろう。リゾートを考えると、費用はホテル代も食事代もオールインクルーシブ。アルコール代は別にして、そこを収入源のコアにした。


部屋にはテレビは置かない。食事は現地のものと欧州のものを両方用意しよう。電気はソーラーパネルと自家発電。水は海水を浄化することにしよう。この水と電気の低コストの維持がビジネスで重要な点となるだろう。海があるのでプールは不要だがバーカウンターは必須だ。


そうだ。欧州の客を呼び込むにはハネムーン需要をつかむと立ち上がりは立ち上げやすいだろう。そのパッケージを旅行代理店に下ろせば、一気に客を確保できる。そのためには、結婚の誓いを立てられる場所が必要だ。島の奥の高台にそのような舞台を作ることにしよう。


そして、30年が経った。


トーマスが想像したように、その島は多くの観光客を集めた。初期は欧州の客が多かったが(特にフランスとイタリア)、後半は日本、中国、韓国からの観光客も増え、安定的な顧客を確保した。似たコンセプトのホテルを近くの島に3島まで展開することもできた。


ただし、結婚式場は、想定されたよりも使われなかった。ハネムーンには使われたが、結婚式をここでするには、あまりにも遠すぎた。石と竹でできた結婚式場を模した舞台は、使われることなくホテルの空き地として使われている。


ナギサが島を散歩していると、その舞台を見つけた。灯りは不十分だったので、暗い広場にしか見えなかった。しかし、近づくと少し広い石でできた舞台が用意され、その周りには席が用意されていた。何かのイベント会場なのかしら、とナギサは考える。そんなナギサを見ながら彼は、虫に刺された跡が気になっている。


ナギサは、その舞台の上で踊りだした。高校生の頃にしていたチアリーディングの踊りだ。足を高くあげて、えくぼのある愛嬌のある笑顔でナギサはその舞台を踊りだす。ナギサは高校生のころの青春を思い出す。10年以上前なのに、いまでもステップは覚えている。あの頃よりも切れはないけれど、今でもまだ踊り続けられる。


ああ、素敵だな、と彼はそんなナギサを見て思う。


踊りの上手下手よりも、たまたま見かけた石の舞台の上で笑顔で踊る彼女は、純粋に魅力的だった。美しさや可愛さとかではなく、何か鳥の求愛ダンスを彷彿するような、そのフェロモンを振りまくようなダンスは、彼の心にしっとりと何かを植え付けた。


彼が半年後にナギサにプロポーズする時に思い返すのは、この夜のダンスだった。あのダンスを見て彼は「この子とは、一緒にいれると楽しいな」と思ったのだった。


トーマスが30年前に舞台を作った意図とは違う使われ方だけれど、舞台はそのように人と人を結びつける場として役立っている。トーマスは、決して想像はしていなかったけれど。


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