第22話 のるな

「なぁ、今日、隣の課長が部下に怒ってたんだよ」


「ああ、あのひと、よく怒りますよね」


「でさ、怒られてたのは山下だったんだけど、言い返さないわけ」


「そんな感じですね」


「すると、課長はどんどん怒っていくわけ。音量が大きくなるとかではなく、なんというかノッてきたんだよ。テンションがあがってきたというか。みりみりみりみり去年の事とかも言い出したわけ。それが30分くらい続いたの」


「30分も」


「それでさ、思ったの。人って怒ってると、多分、ホルモンか何かの影響で気持ちよくなるんだろうな。いわば、あまり食欲ない時に何か軽く食べると急に食欲がでてくるみたいに、溜まっているものがあると一気に怒りって何かを吹き出させるんだと思うんだよ」


「あー、わかります」


「相手が反論して、言い争いになって燃え上がるというのはわかる。それはよくある。そうじゃなくて、相手が何も言わなくても、どんどん1人でテンションあがっていっちゃうの。いわば、セルフスターターというか。俺はそれを怒号列車と呼んでいるんだけど」


「1人炎上芸人ですね」


「でもさ、ひとごとじゃないの。俺も昔の彼女に怒った時を思い返すと心当たりある時があってさ。やっぱり、怒るって、なんだか気持ちいいんだよね。あれは謎の魅力があるよ」


「そうかもですね」


「で、思ったんだよ。そういう時は、やはり一呼吸を置くのが重要だって。人ってさ、イラッときた時に怒りのピークが6秒くらいなんだって。要は、その6秒を我慢すれば、結構我慢できるわけ」


「なるほど」


「そういう時に、お前はどうやって、6秒を我慢する?」


「6秒数えるとかですかね」


「いいね。俺は、パキスタンの田舎町を想像するんだよ」


「へー。パキスタンいかれたことあるんですか」


「ない、本ではみたかもしれないけど、具体的にパキスタンのどこというのがあるわけじゃない。単なる、パキスタンっぽい田舎なんだよ。田園風景で、木々があって、桜が咲いていて、川もあって」


「日本じゃないんですか?」


「んー、なんか空気感がパキスタンなんだよな。俺が怒りを感じている時に呼び起こす風景はなんかパキスタンなの」


「へー。パキスタン」


「パキスタンの田舎にとってはさ、部下のミスはまぁまぁ結構どうでもいいことなんだよ」


「そうかもしれないです。パキスタンにとっては、何が怒りのたねなんですかね」


「うーん。雨とかネズミが稲を食べたりとか?」


「なるほど。彼らは怒りを沈める時は何を想像するんでしょうね」


「うーん。怒らないんじゃない」


「パキスタンに怒号列車は走ってないわけですね」


「走ってない」


「パキスタン人も怒ると思いますよ」


「そうだろうね。こんな話を聞いたら怒るかもしれないですね。俺らも怒ってるんだ、と」


「ですです。」


「まぁともかく、お前も気をつけろよ。お前みたいな奴が怒り出すと止められないんだよ。怒号特急はあらゆるものをなぎ倒して、あとで、その跡をみて後悔するんだ。あー、やっちゃったって」


「稲とかしおれちゃったよ、とかですね」


「そうそう」


「怒りそうな時はパキスタンの畑に突入していく怒号列車をイメージするようにしますね」


「それがいいね。列車の顔はスティーブン・セガールだ」


「よくわかりませんが、わかりました」


「すいません。お会計ー」

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