コンビで挑むギルドの依頼(前)

 


 むかしむかしあるところに――

 今となっては昔のことだが――

 long long ago――


 これらは、昔話・物語で使われる有名な書き出しだろう。

 誰しもが一度はお世話になったであろうその冒頭に、かく言うところの俺も、大変お世話になったものだった。


 それは前の世界然り、今の世界でもまた然り――


 少し違いがあるとすれば、以前の世界よりも、今の世界の方がお世話になる物語の種類が圧倒的に少ないことだろう。

 まぁ、蔵書という存在そのものが珍しいこの世界では、後世に残すと言うことがまず難しい。

 特別な才能を持ち得ない限り人の記憶というものは曖昧なものだ。

 一人二人ならまだしも、永久に語り継いでいくことなど決してできるものではないのだから、それは仕方のないことなのかもしれない。


 だが、そんなこの世界でも圧倒的に有名な物語が存在する。

 この物語に関しては、今こうして俺が訪れているマルクス学園の図書室にも蔵書として残されている位だ。


 俺も幼い頃に、何度もイリス母さんに話してもらったことをよく覚えている。

 

 異国より現れし光の勇者が、闇の魔王を退治する物語――


 特別な光という魔導属性を宿した、特別な人間勇者の冒険譚にして、英雄譚――


 そして同時に、現在進行形・ ・ ・ ・ ・で続いている物語――


 光の勇者の物語はだった。


 資料によれば、一番最近の魔王討伐の記録は百五十年前、勇者トールによって成されたらしい。

 闇の属性を操る魔王は、光の属性を持つ者でしか倒せない。

 故に光という属性を持つ勇者トールは伝統に準じて、お側付の騎士を一人連れ世界を巡り、やがて闇を打ち払う。

 

 これで囚われのお姫様でも救い出せばもはや王道、ヒロイック・ファンタジーだ。

 

 だが、このお話には厄介な点が一つだけあった。

 それはということ。


 周期にすればだいたい百五十年から二百年、それが光の勇者によって闇の魔王が打ち払われて、次の魔王が現れるまでの期間。

 そして次の魔王が現れると、新たな勇者が現れそれを倒す――魔王が現れ、勇者が倒す――魔王が現れ、勇者が倒す。その繰り返し。


 何故か途切れることなく現代まで続いている負の連鎖――俺が先ほどだと称したのはそれが理由だった。




 ――そして今年は勇者トールによって魔王が討伐されてから、百五十年という節目の年。




 それ故なのか、今年に入ってからというもの、街の噂話ではちらほらの話題が上がっていた。


 曰く、どこどこの町が魔王の率いる軍勢に攻め滅ぼされたらしいだとか。

 曰く、どこどこの国が魔王の率いる軍勢を退けただとか。


 どうやら今回もまた歴史は繰り返されるらしい。


 と、なれば光の勇者の出現ももう間もなくなのかも知れない――




「おーい、アルクスッ、やっぱりお前は此処にいたか」




 物思いにふけっていた俺を現実に引き戻す声がした。

 声に反応して開いていた本から視線を外してみれば、部屋の入り口に声の主がいた。



「お前俺との約束忘れてただろ! 教室で待っててもちっとも戻ってこねぇから探しちまったぜ!」



 割と大きな声を上げて部屋に入ってくる幼馴染テッド

 彼にそんな風に声を掛けれられて、俺はようやく今日の朝に交わしていた約束の内容を思い出した。

 如何やらテッドは冒険者に興味があるらしい、さらに言えば本日冒険者ギルドで登録をしたいから、ついてきてほしいというのが約束の内容だった。


 貴族の彼が冒険者になるのは良いのかと思ったが、如何やら彼はカルブンクルス家の三男であり、爵位を継ぐ必要も、そのつもりも無いらしい。

 カルブンクルス家の現当主、つまりテッドの父親ともそれについては話がついているらしく、予てから憧れていた冒険者になるというのだ。


 そういう理由ならば、と、彼の頼みを了承したのだが、元々今日はギルドに行く予定を立てていたので、あえて手帳には書かなかったのだ。

 どうもそれ故に忘れてしまっていたらしい。

 というか最近、という行動自体を記憶の切っ掛けにしている節がある。


 何でもかんでも手帳に書き込むのは流石に手間がかかるが、その手間を惜しんで今みたいに忘れてしまうのも考えものだ。


 ちょっとこの習慣はどうにか変えていかなければならないのかもしれない。

 

 

「ああっ、すっかり忘れてたよ。ごめんごめん」


 

 俺は自分の非を認めて、何時もより遥に小さな声でテッドに謝った。

 だが、テッドの溜飲はその程度では下がらなかった様だ。



「忘れてたってお前、俺スゲー楽しみにしてたんだからなっ! 兎に角早く行くぞ!!」



 テッドはと言うと怒りながら、声を荒げて俺の方へと近づいてきた。

 必然そんな彼の様子に、部屋の中の視線が集まる。

 


「テッド、ねぇテッド、僕が悪かったから、謝るから。少し声の音量下げてっ」



 俺はまたしても小声でテッドを宥めた。

 集まる視線が痛かった。 最近顔見知りになった司書のカーニャさんなんか、それもう凄い視線を此方に向けてきていた。

 向けられる視線はどれも「馬鹿騒ぎをするなら他所に行け」と言っているように思えた。


 まぁで騒いでいれば、そんな視線を受けるのは仕方のない事だろう。


 

「今この本を片づけるから、ちょっとだけ入り口で待ってて」



「全く早くしろよっ」



 テッドはそれだけ言うと、ドスドスと音を立てながら図書室を後にする。

 俺はテッドの代わりに集まった視線へと頭を下げてから、宣言通り手元の本を片づける事にした――手元にある【歴代勇者録】という名の本を。


 俺は本を元あった本棚へと戻して、そのまま踵を返す。


 ……そういえば今日も魔導関連の蔵書を読もうと思っていたのに、何故この本を手に取ってしまったのか。

 おかげで、魔導の本は読めずじまいの上、変に考え事をしてしまった。


 まぁ、娯楽の乏しいこの世界にある最も壮大な物語なので、純粋に読んでみたいと思ってしまっただけなのだけれど。


 先代の勇者トールの物語――時間が有ったらまた今度じっくり読んでみようと思う。



『――それにしても、勇者トール……ねぇ……まさかな』



 少しだけ先代の勇者の名前が日本人みたいだな、なんてことを考えながら、俺はテッドに追い付く為に学園の図書室を後にした。




――――――――――――――――――――――――――――――――――――




「――では此方がカムテッド様のギルドカードになりますので、紛失しないようお気を付けてくださいね」



 とりあえず初見ゆえの事なのだろう、テッドのギルド登録を行ってくれたアルトさんは、丁寧な言葉遣いでテッドに出来たてのギルドカードを手渡した。



「ぉぉぉおおおおっ!! っしゃー!! これが俺のギルドカードか、おい見ろアルクス!!」



「――はぁ、見てるからちょっと落ち着きなよ。アルトさん受付ありがとうございました。あと騒がしくてすみません……」



「あはは、別に気にしてないよ、それにあのくらいの男の子ならあの反応はむしろ普通かな」



 念願のギルドカードを手にし、喜びに打ち震えるテッドを宥めながら、俺はアルトさんに感謝と謝罪を同時に告げた。

 だが、ギルドの受付嬢にして我が魔導の師匠はと言うと、先ほどまでの丁寧な言葉使いを改めて俺へと返答を返してくれた。


 如何やら、アルトさんは気にしていないらしい。

 そんな彼女の様子に胸をなで下ろす俺。

が、それで懸念が全て解消されたわけではなかった。


 ニコニコと微笑むアルトさんの横では、何故か無表情のウィルダさんが、絶対零度の視線をテッドへと送っていた。

 たまに良く分からない暴走をするウィルダさんだけど、こんな様子のウィルダさんを見たのは初めてだった。


 ……というか普通に怖い。



「……すいませんアルトさん。ウィルダさんどうしちゃったんですか? 凄く機嫌悪そうですけど」



「う、うーん、さっきまでは普通だったんだけどねぇ、私にも何が何やら……ウィルダちゃんも小さい子は好きなはずだけど、色んな意味で――」



 ナイショ話をする様に、カウンター越しにアルトさんと小声で話をしてみるも、アルトさんにもその理由は分からないらしい。

 ……時にアルトさん、最後随分と含みのある言い方でしたが、色んな意味とは一体どういうことでしょうか?



「よっし、それじゃあ今日は時間もまだ早いし、何か依頼を受けてみようぜ! えーっと、掲示板は……っお、あそこだな!」



 糸の切れた凧のように、一目散に依頼の掲示板へと駆け寄ってゆく我が幼馴染。

 一応、九・十級ルーキー用の掲示板に向かっているが、それでも釘を指しておくことにする。



「初めてなんだから、達成できそうなのを選んでよ? 討伐系とかは絶対にダメだからね?」



「分かってる分かってる、カハハっ! さって、何にすっかな!」



 分かっているとは言っているが、何となく信用できない返答が帰ってきた。

 俺はそんなテッドの様子に少しだけ頭痛を覚えた。



「それでアル君はどうするの? 別の依頼を受ける?」



「いえ、当面はテッドと一緒に依頼を受けるつもりです。初めからそのつもりでしたけど、あんな状態のテッドを見ちゃうとやっぱり心配ですし」



「それじゃあ、彼とはコンビを組むってことね」



「ええ、そのつもりです」



 テッドとパーティーを組む。それはテッドと話し合って決めた事だった。

 というか、そもそも一人で活動するには、冒険者という職業は厳しい職業なのだ。

 それは単純に、命の危険が伴うが故の事。

俺の様にグランセル内部の依頼を集中して受けるならまだしも、テッドの意識は都市の外に向いている。

 

 外に飛び出したがっている彼には、尚の事命を預けられる、互いに助け合える仲間が必要だった。



「――何ですってっ!!」



 しかしながら、何故か俺たちの会話を聞いて声を荒げる人が一人。

 アルトさんと共に声を上げた人物を見てみれば、目を見開いているウィルダさんの姿があった。



「あ、アルクス君、本当なんですか? 本当にアイツとコンビを組むんですか!?」



 泣きそうな顔で両肩を掴まれたかと思うと、ウィルダさんは口早にそんなことを問うてきた。

 ウィルダさんの言うアイツが、テッドの事をさしているのは何となく分かったが、何故それを確認してくるのか?



「――え、えぇ、そのつもりですけど」



「ウィルダちゃん、アイツって貴方――あー、私分かっちゃったー、さっきのウィルダちゃんの態度の理由分かっちゃったー」 



 とりあえず事実なので、ウィルダさんの問いかけを肯定する俺。

 ウィルダさんはと言うと、俺の肯定の言葉を聞いて、まるでこの世の終わりの様な表情となった。

 なんというか、「神は死んだ!」と叫び出しそうな雰囲気だった。



「……そ、んな、何れはアルクス君もパーティーを組むとは思っていましたけど、よりによってあんな絵に描いたようなクソガキとだなんて」



「ウィルダさんっ?!」



「あー、アル君、あまり気にしないであげて、どうも何時もの病気が出ただけみたいだから」



 ガックリと項垂れるようにして、受付のカウンターに突っ伏してしまうウィルダさん。

 そんな彼女をどうしていいか分からず戸惑う俺だったが、我が師匠は如何やらウィルダさんの心情の察しがついているようだ。



「アル君、ウィルダちゃんだったら大丈夫。きっとすぐ復活するから」



「えっと、本当に大丈夫なんですか?」



「ええ、安心して、もし何か行動に出るようでも、私がちゃんと抑えておくから」



 ……ちょっとアルトさんの返答の真意が理解できなかったが、そこはあえて聞かないことにした。

 というか深く聞くことは出来なかったといった方が正しかったのか――とりあえず一つだけいえることは、あれ程凄惨な笑顔は初めてだったということだけだった。


 なんというか、一気に居心地が悪くなってしまったような錯覚を覚える。


 ――……頼むテッド! 早く戻ってきてくれ!



「ねぇアル君、ウィルダちゃんじゃないけど、君とカムテッド君はどんな関係なの? 彼はの関係者みたいだけど、それは知ってるのかな?」



 アルトさんに声を掛けられて、少しだけビクついてしまったのは此処だけの話。

 しかしながらアルトさんは、気持ちの切り替えが済んでいるようで、先ほどとは打って変わって真面目な口調で問いかけてくる。


 ウィルダさんについては良く分からなかったけれど、アルトさんの今の問いかけに込められた真意は何となく分かった気がした。



「――はい、知ってます。でもそれを知ったのはつい最近なんです。テッドは僕の――いえ、僕たちのリーダーみたいな存在で、一緒に遊び回った友達です」



「そっか――気心の知れた友人ってやつか」



「ええ、テッドは良い奴ですよ。安心しましたか?」



「――あはは、お見通しか。つくづく君は子供らしくないなぁ。うん安心した。貴族って人種の中には私たちみたいな平民の事を良く思っていない人もいるからね」



 アルトさんのその言葉には、頷くほかなかった。

 確かに貴族と呼ばれる人には、俺も良い印象を持っていなかった。

 どうにも貴族って人種には強い選民思想のある人が多いらしい。


 あのマルクス学園で なんて色を身に着けていると、それは痛い位に実感する。


 マルクス学園に入学して一月ほどの期間が立ったが、その間に絡まれた回数は既に両手の指の数をオーバーしてしまっているほどだった。


 この回数だって、基本学園でテッドと一緒にいるからこの回数で落ち着いている節さえあった。



「だったら、君がツーマンセルとはいえパーティーを組んでくれるんだから、寧ろ歓迎するよ。仲間が一人いるだけで、全然違うからねぇ」

 

 

 アルトさんが零した言葉には、万感が籠っている様だった。

 というか、実際に籠っているのだろう。


 何せ、事あるごとにパーティーを作るか、入れてもらえと言ってきた位だから。


 先ほども言ったが、一人で活動するには、冒険者という職業は厳しい職業だ。


 故にこそ、アルトさんは少しでも俺の危険が、負担が減る様にと、パーティへの加入を進めてきてくれていたのだ。


 まぁ、俺の場合はイリス母さんの事もあり、グランセルから遠く離れることが基本的に出来ない。

 それ故に、商隊キャラバンに参加したり、遠方の村の依頼なんかを受ける可能性が有るパーティーの加入は、参加の要請があったとしても基本的に避けてきた訳なのだ。

でも、そう考えれば、今回のテッドとのコンビ結成というのは渡りに船だったのかもしれない。

 俺もテッドも既にマルクス学園の生徒という立場だ。

 そうなれば、グランセルから長期間離れるような依頼は必然的に受けられないのだから。



「うん、これで私も少しは安心して君を送り出せるよ。カムテッド君もいい子みたいだしね」



「――ありがとうございます。アルトさん」



 ――本当に俺は師匠に恵まれている。


 それを強く実感した俺は彼女に感謝の意を伝えるために、深く頭を下げた。

 






「おーい、アルクス! コールドバッファローの討伐なんて依頼があるぞ!! これにしようぜ!!」






 …………下げたというのに、なんというか台無しにされた気分に成るのは一体何故なのだろう。


 というか、テッドには先ほど確かに討伐系の依頼を避けるようにと言ったはずで、そして彼もまた九・十級ルーキー用の掲示板に向かったはずだ。


 だというのに何故、選ぶのが討伐系なのだろう。


 それに確か、俺の記憶が正しければ、コールドバッファローと言えば六等級一人前推奨の獣だったはずだ。

 アイツは一体今の今まで何を見ていたのだろうか?



「――前言撤回してもいいかな、あれはちょっと自由奔放すぎるね」



「あはは、はぁっ……」



 返す言葉が見つからず、俺は大きなため息を吐き出すのだった。


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