妖精種と友になった日

 ラディウスさんの後に続いて、長い長い廊下を歩く。

 いや、別に今歩いている廊下自体は、言う程長い物ではないのかもしれない。

 

 長いと感じているのは、結局のところ俺の主観であり、故にそれが錯覚である可能性も決して否定はできなかった。


 止まることも出来ずに、ただ示される儘に歩き続ける――その行動自体は普段ならば何とも思わない事なのに、心持一つでこうも変わってしまうのだから如何ともしがたいものである。


 はっきり言って――苦痛だった。


 これがまだ、他の誰かと一緒だったなら、例えばテッドが一緒についてきてくれていたら、こんな風に思うことも無かった事だろう。

 だが、我が旧友は俺の事を気遣いはしてくれたが、一緒についてきてはくれなかった。


 ……まぁ、教室を出る直前にあのような話をしていれば、共に来てくれる気が無くなるのも分からなくもない。

 分からなくもないのだが――せめて、市場に連れていかれる子豚を見るような、あの憐れんだ視線だけはやめてもらいたかった。


 きっと明日の今頃には、お肉になって市場に並ぶのね、みたいな……


 ……やめよう、なんか本当に惨めな気分になってきた。



「――着いたぞ、此処だ。とりあえず中に入れ」



「えっ――は、はい、失礼します」



 っと、色々と余計なことを思考していたら、如何やら目的地に到着したようだった。

 通されたのは、其れなりに広さのある一室。

 中は物で溢れており、そして昼間だというのに薄暗い印象を覚えた。


 その印象を覚えたのは、きっとこの部屋が学園の建屋の中でも片隅に位置する間取りにあることと、部屋の中にある立派な本棚の影響だろう。

 図書室と呼べるほどの蔵書は無いが、雰囲気としては図書室に近いものがあった。


 そして同時に訪れたこの部屋が、何となく、我が魔導の師匠アルトさんの部屋にも似ているような錯覚を覚える。


 きっとそれは、この部屋の主もまた、妖精種だからなのかもしれない。



「さて、お前を此処に呼んだのは他でもない、実技試験についての事だ」



 ラディウスさんは変に隠す事もなく、直球で俺へ訪ねてきた。

 だが、その問いは俺が予想していたものだった。

 というか、俺とこの人ラディウスさんとの接点と言えば、実技試験そのくらいしかないのだから、それも当然なのか。



「……えっと、何か問題でもあったのでしょうか?」



「試験自体に問題はなかった。お前は見事に私の要求に応えた、それも完璧にだ――だからこそ私はお前に白色その色をやった」



 ――だが、とラディウスさんは自分の言葉を否定しにかかる。



「この場合、という結果が既に異常なのだ。この事実は初めて語るが、あの時の試料は、表面こそただの岩と変わりはないが、――元々あの岩は出来るようにはしていなかったのだ。割れさえすれば文句なしで合格、更にアプローチの仕方によっては割れずとも大目に見るつもりでいた」



 ……――つまり、あの場でと言ったのは、俺たち受験者の出方を見るために、あえてそうしたということだろうか?


 確かにあの場で無理難題を提示されれば、達成出来る、出来ないに関わらず、俺たちは必死になる。

 人間は苦しいときほど、追いつめられた時ほど、個々の本質と力量を色濃く発揮する。

 故にこそ、ラディウスさんの選択は、試験官という立場から判断すれば、最適だったのかもしれない。

 ……試験を受ける側から見れば、たまったものでないけれど。



「だが、例外というものは須らく存在する。――あの試験を完璧に達成できたものは二人、一人はアルマースのクソガキだが、あいつは持ちえる上位属性と馬鹿げた魔力を使って強引に破壊してきた。忌々しいことに私がは、あのガキにとっては思考や技に頼らぬ力技で突破できる物だったわけだ」



 ……如何やら、ゴリ押しであの岩を砕いた者がいるらしい。

 下位の属性しか持っていない俺からすれば、実に羨ましく思った。

 下位の属性の魔導は応用に富むが、純粋な攻撃力という面で視れば、どうしても上位や変異の属性には劣ってしまう。

 


「――凄い人もいたものですねぇ」



「潜在能力という点で言えばアルマースのガキほど優れた者は他にいないだろう。だが、だとすれば?」



「それはどういう意味でしょうか」



「分かっていることを聞き返してくるな。魔力量は優秀だが、上位属性や変異種属性を持たずして、アルマースのガキより優れた記録を出したお前はいったい何だと言っているんだ」



 高圧的な物言いで、ラディウスさんは俺へと問いかけてくる。

 彼の眼光の強さに、思わず怯んでしまう俺。

 

 けれどその眼光の鋭さと力強さには、真摯な気持ちが込められていることが何となく見て取れた。

 なれば、俺もちゃんと彼と向き合って返答を返すべきだろう。


 ……さて、なんと返事を返せばよいだろうか。


 何者か? などと問われても、なんと返せばよいのか正直思いつかなかった。



「……答えにくいのならば質問を変えよう。あの時、実技試験中に使用した魔導――あれでお前は何をしたのか。私に教えてほしい」



 思い悩んでいた俺に対し、ラディウスさんは助け舟を出してくれた。

 質問の内容が具体的になったため、先ほどよりも随分と答えやすくなったと思う。


 そしてそう思うと同時に、ラディウスさんの魔導に向き合う姿勢の一端が見て取れた気がした。


 テッドの話では、彼は魔導研究の第一人者だという。


 これは俺の偏見かもしれないが、研究者なんてモノは、物事を追求したいという強い欲求を持つ人がなるものだと思う。

 だとすれば、ラディウスさんにとって追求すべき物事ってやつが、魔導だという話なのだろう。


 だからこそ、自分の理解が及ばない物事に対しては、例えそれが俺みたいな学園に入学したてのひよっこだったとしても、真摯に向き直ることが出来るのだろう。


 なれば、俺はそんなラディウスさんの問いに対する、ちゃんとした答えを用意しなければならない。

 とりあえず、話し出す切っ掛けが欲しかった俺は、ラディウスさんに一つ提案することにした。



「――魔導について話すのは良いですが、一から十までを全て話すとなると大変ですから、とりあえずどんなことが聞きたいのかを質問してください、僕は其れに答えるってことで」



「対話形式という訳だな――それで構わない。私の方もその方が助かる」



 とりあえず提案が通ったことにホッとする俺。

 ラディウスさんはというと、部屋の中へと歩みを進めたかと思うと、背もたれのある木製の椅子を一脚手に持って来てくれた。



「座るといい、きっと長い話になるだろう」



 そういって俺へと椅子を進めてきてくれるラディウスさん。

 そう行って貰えるのはありがたかったが、同時に少しだけウンザリした。


 ……長くなることは確定なのか。そんなことを思いながら、俺は言われるがまま椅子に腰を下ろした。







 ……………


「――では、お前があの実技試験で放った風の魔導は、性質の異なった二つの魔導をと、そう言うことなのだな?」



「ええ、簡単に言ってしまえばそういうことになります」



「そうか――くっくっく」



 ラディウスさんは、喉を震わすようにくつくつと笑い声を零している。

 何がそんなに面白かったのか、俺には良く分からなかったが、満足してくれたようで一安心だった。


 俺は小さく溜息を吐き出すと、背もたれに少しだけ体を預けた。

 ふと横にある窓を見れば、太陽が随分と傾いていた――俺たちの対話は二、三時間ホーラ程度続いていたようだ。

 その時間の経過を自覚すると同時に、まるで思い出したかのように、きゅうっとお腹から音がする。


 そういえば昼食前に、この場所に呼ばれたことを思い出す。


 空腹を主張する自分のお腹を宥める様に、右手でさすった。


 お昼を食いっ逸れてしまったなぁ、なんてことを考えながら、先ほどまで対話をしていた彼の方に視線を戻してみれば、ラディウスさんの笑はまだ続いているようだった。



「……そんなに面白かったですが? 僕の話は」



「――面白いかだと? これが笑わずにいられるか、私にとってみればお前の話は未知との遭遇だ」



「はぁ……」



「素晴らしい、その年で魔力の反発暴走リジェクトアウトを理解し、だからこそ同属性で性質の違う魔導を合わせて、より強力な魔導を生み出そうとする発想、そしてそれを実現するだけの魔力操作っ! 更には武具鍛造の工業用魔導を応用した発破だと? お前はどういう発想力をしているというんだ!!」



 何やら興奮気味に熱く語りだすラディウスさん。

 

 因みに彼が語った武具鍛造用の工業魔導の応用ってのは、言わずもがな”水素爆発”の事だ。


 ラディウスさんに求められた番穿風の説明だが、その中には当然、何故魔導が爆発したのかという質問も入っていた。


 流石にこの質問については、答えるのが苦労した。

 というのも、そもそもこの世界には原子論がまだ存在していないのだ。


 流石に、いきなり俺の知っている曖昧な原子論を語る訳には行かなかった

 を、前の世界の理論を話す訳には行かなかった。


 だからこそ、この説身には水素爆発という概念を思い出した経緯を簡単に説明したのだ。


 実際俺が”水素爆発”を思い出したのは、武器屋を営むドワーフのオジサンの依頼を受けた際。

 鍛冶場の炉の炎を保つために教えてもらった魔導が原因だった。


 教えてもらった魔導は風属性で、銘を”バーント・エアー”という。

 この魔導は燃える炉の炎に吹き付ける事で、炉の炎を大きくする働きがあるのだと教えてもらった。 文字通り、燃やす風である。


 実際、この魔導を使用すると炎は大きく燃え上がる。

 それは風に吹かれて火の手が大きくなっているのとはまた違う――表現するなら、吹き付けた風自体が燃えているような、そんな現象を引き起こす魔導。


 それを見て俺は思い出したのだ。

 前世で受けた化学の授業で習った、燃焼を助ける気体の事を。


 そうして思いついたのが、空気以外の気体を使った風魔導であり、試行錯誤の結果たどり着いたのが番穿風だった。


 まぁ、それをラディウスさんに説明する際は、”バーント・エアー”よりヒントを得たということだけを伝えて、”水素爆発”のこと自体は曖昧にしたのだが――

 それでもラディウスさんには衝撃的だったらしい。



「――我が故郷アルブンガルドを離れて早六十年、驚きの連続だったがしかし、これほどの驚きはなかった。あの里を出たのはやはり正解だった!」



「アルブンガルドって、もしかして妖精族エルフの里のことですか?」



「如何にも、美しいがただそれだけの場所だ。里に住まう者たちは皆魔導に精通しているが、発展させるつもりが全くない、頭の固い者たちの集まりだ」



「はぁ、なんというか、何もそこまで言わなくても」



 というか、何ともなしに名前が出たが、妖精族エルフの里と言えば名前さえも謎とされている、幻の集落だ。

 いくら興奮しているとはいえ、ちょっとガードが緩く成りすぎではなかろうか?



「否、脱皮できない蛇は滅びる。それは意見を取り替えていくことを妨げられた精神を持つ者たちにも言えることだ、我が同胞とはえい嘆かわしい事だ」



 彼は大げさに肩を落として、溜息をつく。

 同族の事をここまで酷く言う人も珍しい。

 この人にそこまで言われる里のエルフの人たちは、いったいどんな人たちなのだろうと、逆に興味さえ出てきた。

 まぁ、幻と称されるくらいなのだから、俺がそこに訪れることなど絶対にありはしないだろうけれど。


 

「さて、年若き人間の魔導士よ、君に謝罪と感謝を、実に有意義な時間だった」



「あ、はい――というか、感謝はともかく、謝罪というのは?」



「君に取ってしまった無礼の事だ、いくら君の事を知らなかったとはいえ、いきなりこの場所に引っ張ってきてしまった。さらに言えば、君の事を強引に私の助手にしようと考えてさえいた。無知とは恐ろしいものだな」



 ……強引な人だとは思っていたが、まさかそんなことを考えていたとは思っていなかった。

 だが、考えてとはどういうことだろう、気が変わったとでも言うのだろうか?



「過大評価が過ぎると思うのでけど、それに、ということは、今はそうではないと?」



「ああ、私よりも優れているかもしれない魔導士を、私の下に置くなど烏滸がましいだろう? それに君とは、きちんとした関係を築きたいと思ったのだ」



 そういえば、ラディウスさんの事を、テッドは変人と称していた事を三度思い出した。

 ――なるほど、確かに彼は変人なのかもしれない。

 

 俺の様なガキを素直に評価してくれる上に――



「魔導科新一回生、アルクス・ウェッジウッド殿、優れた人間の魔導士よ――願わくば私の友になっては貰えないだろうか?」



 ――という対等な関係を望んでくるのだから、やはり彼は、紛うことなく変人なのかもしれない。





――――――――――――――――――――――――――――――――――――





「へぇ、あの後そんなことがあったのか、ちっとも帰ってこないもんだから、妙な実験でもしてるんじゃないかとひやひやしたぜ」



「……それならついてきてくれるなり教室で待ってくれるなりしてよ。あの後教室に戻ったら誰もいなくて、凄く寂しい気分になったよ」



「わりぃ、わりぃ、初めは待ってようと思ったんだが、腹が減ったもんで帰っちまったんだ」



「……はぁ、まぁ、そんな事だろうと思ったけどね」



 次の日、教室で再開したテッドと、そんな会話をした。

 我が旧友の薄情さに、思わず涙しそうになる俺。


 まぁ、立場が逆だったとしたら、俺もテッドと同じ行動をしそうなので、あまり悪く言うことは出来ないのだけれど。



「つか、お前が試験で岩を粉砕してたってことが俺はビックリだけどな、それで、そのあとお前はどうしたんだよ?」



「その後って?」



「いやだから、友達になってくれってやつさ」



「ああ、それなら――」



 結果を友人テッドに伝えようと口を開きかけたその瞬間、教室の扉が開かれた。

 朝のざわついていた魔導科の教室は、何故か一気に静まり返った。


 何事かと思い、俺とテッドが揃って教室の入り口に目を向ければ、またしても件の人物が立っていた。





「――失礼する。アルクス・ウェッジウッドはいるだろうか?」




 

 凛と響く声に、やはり教室の中の時間が止まった。

 ――凄く既視感デジャブを感じる光景に、少しだけ頭が痛くなった。



「ラディウス先生、授業前にどうしたんですか?」



「おお、我が友アルクスよ――なに、お前からの頼まれごとがあったろう? それを届けに来たのだ」



 俺が声を掛けると、ラディウスさんは爽やかに笑いながら、俺の方へと近づいてきた。

 その様子に、時の止まっていた教室がザワリっと戦慄いた。



「ほら、これが許可証だ」



 だが、そんな戦慄きなど毛ほども気にした様子もなく、ラディウスさんは俺へと一枚の紙を渡してきた。

 それは昨日、確かに俺がラディウスさんに頼んだことだった。


 彼が俺へ手渡してきたのは、正確には、蔵書物観覧許可証――この学園の図書館の使用許可証である。


 マルクス学園には国の誇る大図書館があるのだが、実はそこを利用するには学園からの許可証が必要だった。

 因みに普通に申請すれば、発行までに一月ほどの期間を要する物らしい。

 昨日、ラディウスさんとの会話の中で、そのことを知る機会があり、気落ちしたものだが、それを察してか、ラディウスさんが用意してくれることになったのだ。



「まさか、こんなに早く用意していただけるなんて、お手数をおかけしました」


 

「なに、友の頼みならばこの程度何でもないが、もし気に病むというのなら、一つ話を聞いて貰えるか?」



「はい、構いませんよ。何でしょうか?」



「ああ、実は最近新しくを研究しようと思っているのだが、いまいちアイディアが浮かばん。何かいいアイディアは無いだろうか?」



「――それでしたら、過去に同じような魔導を作ったことがありますけど」



「っそうか! 流石だな――参考にしたいのだが、また話を聞かせてもらえるか?」



「えっと、ちょっと待ってくださいね――」



 俺はラディウスさんに断りを入れて、手製の手帳を鞄から取り出してみる。

 ざっと予定を確認してみれば、明日の授業終了後ならば予定が空いていた。



「――明日の授業終了後なら大丈夫ですけど、それでいいですか」



 俺の言葉に少しだけ残念そうな表情を浮かべるラディウスさん。



「出来れば今日が良かったが、予定があるのならば仕方がない。それでは明日を楽しみにしている」



「ええ、許可証ありがとうございました」



 挨拶を交わすと、ラディウスさんは意気揚々と教室を出て行った。

 その後姿を見送って、俺は今しがた決まった新たな予定をスケジュール帳へと書き記した。


 ……えっと、明日の授業後、ラディウスさんの部屋へっと。


 書き記し終えた手帳を鞄へ戻して顔を挙げる。

 そこでようやく気が付いた、教室中の視線が俺へと集中していた。


 皆が信じられないとでも言いたげな視線で俺を見えくる。

 例外があるとすれば、俺の目の前で爆笑している友人位のものだった。



「――カハハッ、流石はアルクス、面白れぇなぁ、あの変人と一日で友達になるなんて、お前も立派な変人だな」

 


 テッドのぞんざいな物言いに、俺は否定の言葉が出てこなかった。

 俺は針の筵に座る気持ちを味わいながら、未だ小さい我が身をこれでもかという程小さく窄めるのだった。

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