神の社

蛇神様

「それじゃあ、始めようか」

 俺達は小さな円を作り固まった。月明かりがあるとはいえ、ここ一帯の暗さは肩がぶつかるぐらいまで近付かないと顔が見えない。お互いお腹辺りに懐中電灯を当てて、その光でようやくはっきり顔が分かるぐらいだった。

「まずは確認だ。森繁さんがいるから一から説明しようか」

 相澤が指揮を執って話始めた。

「僕達はこれからこの林の中にある神社、通称怨霊神社に行く。いろんな噂が広まっているが、その中で一番に云われているのは神様が怨霊になった説だ」

 相澤は話を続ける。

「昔ここ周辺には村があったそうだ。最初はたった数人だったそうだが、徐々に人が増え、一つの小さな村を形成した。そして、その村には崇めている護り神がいた」

「護り神?」

 俺は疑問を浮かべた。

「そう。これから行く神社はその村人達に崇められていた護り神の社なんだよ。その村では病気や飢饉、災害被害などに遭ったことが一度もないという。それは、すべて村の護り神によって護られたと云われているんだ」

 相澤は続けて説明した。

「元々いたのか村に来たのかどうかまでは分からないが、その村に神様がいたという話は間違いないよ。そのことが書かれている資料が見つかったらしいからね」

「資料があるって、そんな有名な神様や村の話なんですか?」

「う~ん、どうだろう。地方に伝わる歴史の一つ程度のものじゃないかな。ただ村はそんなに有名じゃないけど、神様についてはちょっとは広まっているよ」

「護り神って言ってましたよね。どんな神様ですか?」

「蛇神様だよ」

「蛇神様?」

「字の通り蛇の神様さ。聞いたことないかい? 白蛇は神聖な生き物だって」

 たしかに聞いたことがあるが、詳しくは知らない。

「白蛇は白化現象を起こした蛇で、その数は極めて少ないんだ。その希少性から目にしたりすると幸運が訪れたり、縁起のいい生物と捉えられている。実際に金運が上がったり知人が瀕死の状態から助かったなんてよく聞くよ。白は汚れなき聖なる色とされていて、神の使いや化身と伝わったりもしているね。そして、村でもその白蛇を神と崇めていた」

 村人はこれからも村を守ってもらうよう神社を建て、蛇神様を祀っていたそうだ。

「村人は行事や大事な行いをする際には必ず祈りを捧げ、恩恵を預かっていたんだ。でも、時間が経つに連れ若い人が村からどんどん抜け出し、みるみる村の人口が減っていった。当然お参りする人もどんどん減っていった」

 地方にありがちな話だ。外の世界に憧れる、もしくは村に嫌気が差し出ていくという話は今に始まったことではない。

「村の住人はさらに減って終には廃村となり、とうとうお参りする人が誰もいなくなった。そのせいで蛇神様が怒り、護り神から怨霊となった、という話さ」

 相澤の説明は分かりやすく、なるほど、と納得できた。ついでに言うと降りた駅名が『恵比下』も『蛇神』が訛って付いたものだそうだ。ただ、一つ引っ掛かる部分があった。

「蛇が怨霊になるんですか? 怨霊って人のイメージがあるんですけど」

「たしかにそうだけど、僕達の間ではいろんな解釈を持つようにしているんだ。怨霊といっても怨『霊』、つまり霊なんだから人だけとは限らない。動物霊だっているんだから可能性はあると思わないかい?」

 そういえば、唐澤も初めて遭った日に同じようなことを言っていた。天使から堕ちた堕天使がいるのだから、神が悪に染まっても不思議ではない、と。

「それに、蛇神様は日本のあちこちに伝わっているんだけど、地方によってはその姿が違うんだ。蛇のままの姿と言う所もあれば、顔は人間でも身体は蛇だったり、身体の皮膚が蛇の鱗だ、と様々なんだ。同じ蛇神様でも同一ではないんだな」

 それならば蛇神も怨霊になる可能性があるのではないか。そう相澤は自分達の持論を挙げ、俺も今の話に特に疑問もなく妙に納得できた。

「詳しいですね。さすがです」

 ずいぶん調べているなと俺は感心した。

「僕なんかまだまだだよ。僕よりレベルの高い人なんかごまんといるよ」

 謙遜するが、俺には相澤もかなりレベルの高い部類に入る気がした。

 相澤の分かりやすい説明のおかげでしっかりと理解ができ、その後もいくつかの説明を受け、最終確認を行った。

「とまぁ、神社の由来はこれぐらいにして、そろそろ出発しようか。目的は楽しむと同時に、神社を直接見てその噂の真偽を確かめに行くことだ。みんな心の準備はいいかい?」

 相澤の確認の声に緊張が走った。

 いよいよか......。

 不安な所もあるが、相澤のように知識もあり経験者の存在は頼もしかった。他のみんなも同じ経験者だ。何かあっても大丈夫だろう。

「はい、森繁さん」

 そう考えているときに相澤から紙を渡された。見るとそれは地図だった。

 何で俺に? と思ったが、相澤は他のみんなにも地図を渡した。そして、次の言葉に耳を疑った。

「それじゃあ、を決めようか」

 

 

 

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