集合
「次は~
微妙に台詞を延ばすアナウンスを聞きながら、電車に身体を左右に揺られ俺は肝試しの場所へ向かっていた。
唐澤から事前に聞いた目的地は俺のアパートの最寄り駅から二駅隣、今流れた恵比下駅で降りる。そこから徒歩で十五分ほど歩いた所に例の神社がある林があるらしい。
怨霊神社と言っていたな......。
唐澤はかなり期待して興奮していたが、正直俺は真に受けていない。
名前からすればとてつもなく怖い所のように聞こえるが、実際はそれほどではないことが多いと聞く。悪霊の家だとか死霊の湖だとか言うわりには、行っても何も起こらなかったり死人が出ることもない。その手の名前のほとんどは名前負けしていることが多かった。ネットで調べたところ、そんな心霊スポットに実際に行ったが特に何もなかったというコメントだらけだった。
「誰かが勝手にそれっぽく名前を付けてるんだろうな」
名は体を表すと聞くが、オカルトに関しては一概に当てはまらないような気がする。全部とは言わないが、恐怖スポットとして知られている内のいくつかは後付けによるものだと俺は考えている。
何も知らずに行けば大したことないのに、事前に調べてどれくらい怖いのか知ってしまったことで、行く前から既に恐怖を生み出してしまっている。そのせいで現場が怖いのではなく、自分が現場を怖くしているのだ。今回行く怨霊神社も、名前からしておそらくその手の類いだろう。
死人が出たなんて言っていたが、それも話題作りのデマであろう。
死人が出たというのに警察は動かなかったと唐澤は言っていた。その時点でほぼ百パー作り話だ。最初は警戒していたが、調べた結果や冷静に判断して今では全くの無警戒だ。
「まあ、行くんだから少しは楽しまないとな」
あれこれ考えている内に電車は恵比下駅に着き、特に深く考えず俺は開いたドアから外に出た。
この時俺は、その一歩がこのあとの事件に近付く一歩であるとは知らなかった......。
改札を出て辺りを見回すと、時刻が七時近くで土曜日であることから人の影はまばらだった。
この恵比下駅は目の前に商店街が並んでいるが昔ながらの古い店が多く、よく言えば哀愁漂う商店街、悪く言えば寂れた商店街だった。所々剥がれ落ちたペンキや壁。既にシャッターが閉まっている店も多く、むしろ営業していないのではないかと思うほど汚れていた。他に高層ビルや大型ショップなどどこにもなく、駅周辺は商店街以外に店らしい建物はなかった。
「おいおい、まだ俺のアパートの周辺の方が色々あるぞ」
たった二駅でここまで変わるものかと少し驚きながら、俺は唐澤に言われた集合場所に向かった。
集合場所は駅から左に歩いた所の小さな公園と連絡を受けていたので、その公園を目指して歩く。微妙に明るさが乏しい街灯の下を歩いているとすぐにそれらしき公園が目の前に現れ、俺は中に入った。
砂場、滑り台、鉄棒、ブランコと一般的な遊具が設置されており、ブランコの辺りに数人の人影が見えた。近付くとその人影の内の一人が俺に声をかけてきた。
「あっ、来た来た。森繁さん、こっちです」
振り向いた人物は唐澤で、手を振って俺を招いていた。他の四人も同時に顔を上げ、俺に視線を向けてくる。
「すいません、待たせましたか?」
「いえいえ、約束の五分前ですから遅刻してませんよ」
「やっとこれで全員だね」
一人の男性がブランコから降りて近付いてきた。
「メンバーも揃ったし早速行こうか」
さっさと歩き出そうとする男性。
「いや、まず自己紹介しましょうよ。森繁さんは私達のことを知らないんですから」
唐澤が男性を止めた。
「おっと、そうだった。名前も知らずに同行するわけにはいかないね。いやいや、早く行きたくて失念していたよ」
頭を叩いて失敬、と謝る男性。その後自己紹介した。
「相澤清司です。よろしく」
手を出して握手を求めてきたので俺はそれに答えた。黒髪に平均的な顔、平均的な身体。特に目立った部分のない、普通の男だった。年は三十代ぐらいだろうか。
「森繁です。今日はよろしくお願いします」
俺は頭を下げて挨拶をした。
「固いよ。そんなかしこまらなくていいよ」
手を握りながら片方の手で肩を叩かれ、俺は少し戸惑った。いきなり初対面でしかも年上であろう人に砕けた態度を取るのは中々難しい。
「いや、でも俺部外者ですから」
「何言ってんだい。こうして参加してくれたんだからもう僕達は仲間であり友達さ」
笑顔で相澤がそう話した。出会って五分もしないで友達とはどうかと思うが、不思議と相澤の押しは不快ではなく、むしろ俺には心地よかった。
「じゃあ、少し砕けてみます」
「遠慮しなくていいからね」
そう言って相澤は手を離した。
「じゃあ、次は僕だね」
相澤の後ろにいた細い身体の男性が言ってきた。
「初めまして、
こちらは相澤に比べ線が細く、スポーツとは無縁の生活をしてきたような体型だった。顔も細く、太い眉毛が特徴的だった。
北村も握手を求めたのでそれに答え、次の人に回った。
「私は狭山夏江といいます。よろしくお願いします」
狭山はペコッと頭を下げて挨拶をした。唐澤以外唯一の女性で、この中で一番若く見えた。普通に挨拶してくれたが、どこか根暗な印象を受け、俺は少し苦手意識を持った。
「最後は私だね」
ブランコの囲いに腰かけていた四人目が言った。
「私の名は永生。どうぞよろしく」
永生と名乗った男は無精髭を生やし、ボサボサの髪が伸びている。顔立ちは整っていて、髭を剃り髪も切ったらさぞかし男前になりそうな感じだが、髪と髭が邪魔して台無しになっていた。
永生は片手を挙げて挨拶し、変わった名前だなと俺は思った。それに気付いたのか永生が説明した。
「永生は本名ではないよ。彼等とのネットのアカウント名で、そのまま使っているんだ」
「じゃあ他の皆さんの名前もそうなんですか?」
「いや、私だけだよ。彼らは正真正銘の本名さ。なんなら身分証でも見る?」
そこまで確認する必要もなく、俺は手を振って断った。
「皆には悪いけど、私は自分の本名があまり好きじゃなくてね。気に入っている永生の名を使っているんだ」
名前が気に入らないというと、世間で言うきらきらネームが頭に浮かんだ。正義と書いてジャスティスと呼ぶとか、騎士と書いてナイトと呼ぶとか。はっきり言ってそんな名前を付ける親の考えが俺には理解できなかった。
相澤は年代的には違うので、女の子っぽい名前かもしれないと思った。男で
とりあえず全員の名前を知ることができた。相澤、北村、狭山、永生、そして唐澤。こうして見ると年齢がずいぶんバラバラで、年長者らしい相澤は三十代に見えるし、一番低そうな狭山はまだ十代後半に見えた。
「皆さん全員ネットで知り合ったんですか?」
「そうだよ。共通のサイトで知り合ってね」
俺の質問に相澤が答えた。
「心霊といったオカルトの情報交換をするサイトがあるんだけど、そこで共通の考えを持つみんなと出会い意気投合し、こうやって実際に会って活動する仲までになったんだ」
「サークルってやつですか」
「そうだね。別に年齢とか関係なく同じ思考の持ち主同士の集まりだから年が離れているんだよ。僕と狭山さんなんか十四も年が違うからね」
相澤は三十五、狭山は二十一歳だそうだ。ちなみに北村は二十八、永生は三十二歳。
「それに、この手の趣味を持つ人達が少なくてね。近所で同じ趣味の人がいることは稀なんだ。だから僕達は年齢も住まいも職業もバラバラ」
話を聞くと相澤は銀行員、狭山は学生、北村はゲーム会社に勤め、永生は派遣社員をしているそうだ。
「すごいですね、こうも仲良くなれるなんて」
「数少ない自分の趣味と共通の理解者だからね。僕達の絆はなかなか太いよ」
「と言うわりには、相澤さん前回すっぽかしましたよね」
すると北村、狭山、永生、唐澤が相澤をからかい始めた。
「あ、あれはしょうがないだろう。急な用事が入ってしまって」
「私達の集まりより大事な用ですか?」
「仕事と言っていましたが、実際は......」
「女ですね」
「女ですか」
「女だな」
「違うわ!」
「何? じゃあ男だったと?」
「相澤さん、そっち系だったんですか?」
「それも違うわ!」
「え~違うんですか? つまんな~い」
「わ、私はアリだと思いますよ」
「みんな人の話を聞こうよ!?」
ワイワイ盛り上がる相澤達を見て、俺は少し羨ましかった。年齢など関係なく、これほど遠慮なく交流できる人に逢えることなどまずないだろう。こんな仲間がいれば毎日が楽しいのだろうな。
ふと横を見るとレイが姿を現しており、羨望の眼差しで相澤達を見ていた。彼女も俺と同じ気持ちのようだ。
「いいよな、ああいうの」
小声でレイに話しかけると彼女は頷いた。それから俺とレイはしばらく相澤達を眺めていた。
「まあでも、仲良いかは分からんが遠慮なく接することができる相手なら俺も一人いるけどな」
レイに目線を向けるとパチパチと瞬きし、次いで笑顔を見せてきた。『偉そうに』というような笑みを見せ、彼女は姿を消した。
「あの~、そろそろ行きませんか?」
話が落ち着いた頃に北村が提案した。
「おっと、そうだった。よし、それじゃあ出発しようか」
「待て、話はまだ終わってないぞ。おい、こら~!」
永生を先頭に歩き出し、相澤が喚きながら後を追っている。俺はさらにその後ろからその様子を眺めながら公園を後にした。
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